くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(35)

2016-04-04 23:57:08 | 「夢の彼方に」
 日が落ちると、博士の家が建つ草原は、暖かな日中とはうって変わって、凍えるほど寒くなった。サトルは、みんなと一緒に夕食のテーブルを囲んだ。
「さっきあれほど食べたのに、まだ食べるのかよ……」と、トッピーが夢中で料理を口に運ぶサトルを見て、あきれたように言った。博士と奥さんが、クツクツと、今にも吹き出しそうになりながら、目に涙を浮かべて笑っていた。
 食事が終わると、博士が火をくべた暖炉のそばでくつろぎながら、みんなでおしゃべりをして過ごした。サトルも、自分が住んでいた町のことや、学校や友達のことを、時がたつのを忘れるほど夢中になって話した。
 やがて眠くなると、サトルは博士の少し大きめのパジャマに着替えて、「お休みなさい」と言うと、眠そうに目を擦りながら、ふかふかのベッドに潜りこんだ。

 ――真夜中、サトルはふっと目を覚ました。
 覚えていないほど、ぼんやりとした夢を見ていた。なぜか、胸がドキドキしていた。鼻の頭が、びっしょりと脂汗をかいていた。意識していないはずの不安を覚えて、目を覚ましてしまったようだった。一度目を覚ましてしまうと、目がさえて、なかなか眠ることができなかった。ベッドの中で、何度も寝返りをうった。
 どこからか、心地よい音楽が聞こえてきた。息を殺してじっと耳を澄ましていると、言葉はわからなかったが、誰かが歌っているようだった。
 サトルは、ベッドからそっと起きあがると、聞こえてくる歌に耳をそばだてながら、暖炉のある居間にやって来た。おき火が、まだ赤くプスプスとくすぶっていた。
 心地のいい歌声は、暖炉の上の棚にある、小さなラジオから聞こえてきた。歌を聞いていると、急に友達や両親の顔が思い出されて、胸がキュッとなるほど、さびしくなってきた。サトルは、暖炉の前に座ると、目をつぶりながら、聞こえてくる歌に黙って耳を傾けていた。
 歌声が、だんだんと小さくなっていった。パチパチと、おき火のはぜる音だけが、静かな部屋に聞こえていた。
 サトルは、立ち上がってラジオを手に取ると、ベッドに戻った。枕を正面にして座ると、横に置いてあったランドセルの中から、物語をかなえる本を取り出した。パラパラとページをめくると、もともと国語の教科書だった本には、授業中にサトルが書いたイタズラ書きや、難しくて読めなかった漢字に添えた振り仮名があった。見ていると、今にも授業をする先生の声が聞こえてきそうで、妙に懐かしく感じられた。
「早く元の世界に帰りたいなぁ……」
 サトルが思わず独り言を言うと、本が金色にまぶしく輝き始めた。目も眩むような光に包まれたサトルは、けれど不思議と心地よい眠気を覚え、そのままグッスリと、深い眠りに落ちていった。
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夢の彼方に(34)

2016-04-04 23:55:54 | 「夢の彼方に」
「じゃあ、また青騎士が襲ってくるの……」と、サトルが不安そうに聞いた。
「残念だが、覚悟しておいた方がいい」と、風博士は言った。「ただし、マジリックが青騎士を消してしまってからは、今のところ、新たに出現したという知らせは、どの風もまだ運んできちゃいない。けれど、またいつ復活してくるのかは、誰にもわからないんだ。もしも青騎士がこのまま復活してこないとすれば、それはサトル君が、この世界を現実だと信じて、その考えを受け入れた自分自信をも、疑わなくなったってことだ。そうすれば、もう二度と青騎士が現れてくることはないし、死の砂漠に落ちることもないだろう。けれどそうでなければ、青騎士に死の砂漠へ連れて行かれるより早く、やってきた元の世界に戻るしかない。君は一刻も早く、ねむり王様の所に行かなければならないんだ」
「夢で見た、あの子供のことでしょう――」
 サトルが言うと、博士とトッピーがくすりと笑った。
「そうだな、サトル君から見れば、ねむり王様もただの子供に映るかもしれないな」と、風博士は言った。「王様はね、実はああ見えても、私よりずっと年上なんだよ」
「えっ……」と、サトルが思わず声を上げた。
「代々のねむり王様は、私達とは逆で、夢の中からこの世界を見ているんだ。平和なドリーブランドを思い描くことで、世界の均衡と調和を保っているんだよ。けど、ときどき何かの拍子で、夢が悪夢に変わってしまうと、恐怖に怯えた王様は、自分のいる夢の世界から逃げ出そうとして、別の世界に迷いこんでしまう事があるんだ。サトル君が出会ったのも、きっと悪夢から逃げていたねむり王様に違いないよ。ドリーブランドで自由に夢と現実の世界を行き来できるのは、ねむり王様と、王様が持っている夢の扉だけだからね。それで、ねむり王様の後を追いかけてきたサトル君が、ドリーブランドにやって来てしまったというわけさ」
 風博士が言うと、サトルはちょっと考えながらも、うんと大きくうなずいた。
「風の便りによると、ねむり王様はまだお城に戻っていないらしい。王様が行方不明になったと大騒ぎにならないために、大臣をはじめとして、お城のことが一切外には漏れないように、人の出入りを厳しく管理しているみたいだ」
 サトルは、不安そうにこくんとうなずいた。
「心配することはないよ」と、風博士が言った。「夢の中でねむり王様と出会って、ドリーブランドに迷いこんできた人は、君が初めてじゃないんだ。お城の大臣には、サトル君のことを報告書にまとめて、風船郵便で送っておいたから、ねむり王様の城に行けば、すぐにでも、君がやってきた場所へ帰してもらえるはずだよ」
 博士は、サトルを励ますように優しく肩を叩いた。金魚鉢の中に戻ったトッピーが、「まかせておきな」と立ち泳ぎをしながら、胸を張ってトントンと叩いて見せた。
「ねむり王様の城へは、私が明日の朝、送っていってあげるよ。驚くことばかり続いて、疲れちゃっただろう? 今日は私の家で、ゆっくりとお休み――」と、風博士はやさしくサトルに言った。
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夢の彼方に(33)

2016-04-04 23:54:51 | 「夢の彼方に」
 トッピーが、ゴクリと喉を鳴らしてつばを飲みこんだ。
「おいおい、そんなに深刻になるなよ」と、風博士は困ったように笑った。「サトル君は、きっと気がついていると思うけど、私達がいるドリーブランドは、簡単に言えば、空想や夢と言われているものの影響を強く受けてしまうんだ。もともとドリーブランドにいる人達は、生まれた時からこの世界にいるせいで、特に疑問にも思わず、そのことにはまったく気がついていないけれども、もしも誰かが、強い思いでなにかを望んだなら、この世界はその願いにすぐに答えてくれるはずなんだ」
「……魔法が、そうなの?」と、サトルが聞いた。
 こくり、と博士がうなずいた。
「魔法も、その現象のひとつだね。みんなは、特別な人にしか使えないと思っているようだけど、本当はね、誰にでも使えるんだよ。ドリーブランドの法則を知っていて、ちゃんと利用することができれば、みんなが魔法使いになれるのさ」
「ウソだろ……」と、トッピーが信じられないというように言った。「魔法使いは生まれつきで、神話の、何だったかいう血筋の者にしか、代々使えないものなんじゃなかったのかい?」
「それも、きっと間違いではないのかもしれない。神話に書かれた血筋の名を残す家系には、生まれつき魔法が使える者が多くいるからね。けど、ちゃんと調べていけば、その背後には、きちんとした法則があるんだよ」と、風博士が真剣な顔で言った。「その法則が、実は大変重要なんだ。夢に見た思いがなんでも形になる反面、もしも夢を見られない者がいたなら、この世界は何もない死の砂漠へ、その者を落としてしまう。いや、ドリーブランドに生きる者にとっては、それは自分で落ちたと言った方がいい。たとえば池に石を投げれば、石は浮かばずに沈んでしまうだろう。同じようにドリーブランドでは、夢を見られなければ、この世界にはいられなくなってしまうんだ。青騎士は、ただ闇雲に人を襲うバケモノなんかじゃない。夢を信じられなくなった者の所に現れる、死の砂漠からの使者なんだ」
「死の砂漠って言えば、地面のずっと下の方にあるって世界のことだろ?」と、トッピーが言った。「確か神話の中じゃあ、夢に迷って生命を落とした亡者達が住む世界で、小山ほどもある大きな樹木の王様が治めているって言う……」
「いいかい、これは、あくまで私の推測なんだが」と、風博士は断ってから言った。「この世界のことを疑ったり、信じられなくなった者は、たとえそれが別の世界から迷いこんできた者であろうと、容赦なくドリーブランドの法則が作用して、遅かれ早かれ、死の砂漠に落とされてしまう。けれどそれまでの間、この世界が夢なのか現実なのか、自らの葛藤に思い悩む気持ちが、青騎士となって目の前に姿を現すんだ。青騎士は、死の砂漠の使者として、夢を信じられなくなった者に襲いかかり、ドリーブランドとの繋がりを断ち切って、夢のない死の砂漠へ連れて行こうとする。襲いかかる青騎士に打ち勝ち、この世界が迷う事なき現実であると、はっきり証明できた者だけが、死の砂漠に落ちることなく、ドリーブランドに存在し続けることができるんだ」
「でも青騎士は、マジリックが消してしまったんだろう?」と、トッピーが言った。「なら、もうサトルが襲われることなんて、ないんじゃないのかい」
「そうだといいんだが……」と、風博士は小首をかしげながら言った。「私も、まだ青騎士に関しては、わからないことの方が多いんだ。ただ残っている過去の記録を見ると、青騎士は一度姿を現すと、夢を信じられなくなった者が死の砂漠に落ちるまで、何度倒されても、また必ずどこからか、復活してくるんだ」
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夢の彼方に(32)

2016-04-04 23:53:55 | 「夢の彼方に」
「ドリーブランド……」と、サトルは言った。
「そうか、君は聞いていないかもしれないね」
 博士は、開け放した窓からベランダに出ると、木製の柵によりかかって、草原を見ながら言った。
「この世界はね、ドリーブランドと呼ばれているんだ。けれど、我々の知っている世界は、この世界のほんのわずかにしかすぎない。君が、奇妙な姿の人間に出くわして、危うく襲われそうになった場所や、私達がまだ知らない場所が、風が運んできてくれる便りの数だけあるんだ。もちろん、あまりに膨大で、収集することはできても、すべてを読み尽くすことなんて、けっしてできはしない。君がやってきた場所だって、きっと、風が届けてくれた便りの中に書かれているはずだよ。どの便りに書かれているかはわからないけれど、ここに君がいることが、疑うべくもない証拠だもの」
 サトルは、博士が寄りかかっている柵の隣に並んで、風に揺れる草原に目をやりながら、黙ってうなずいた。
「ちょっと待っていてくれないか、いいものを見せてあげよう……」と、博士はサトルに言うと、小走りに研究室に戻って、すぐに分厚いノートを何冊か、脇に抱えるようにして持ってきた。
 博士は、持ってきたノートを、ベランダのテーブルの上に置いた。先に置いてあったマイクを横にどけると、サトルを手招きしながら、向かい側の席に座るようにうながして、自分も椅子に腰をおろした。
「君がやってきたことを風が知らせてくれた記録が、ほら、ここにある」と言いながら、博士はノートをめくると、目がちかちかするほど細かく描かれたグラフを、サトルに示した。
「ちょうどそれと前後して、ねむり王様の城でも変化があったんだ――」
 と、博士は立ち上がると、一冊目のノートを開いたまま、その上に別のノートを重ねて広げた。中には、やはり目がちかちかするほど細かいグラフが描かれていた。
「風が運んできてくれる便りは、あいまいな時間軸を修正するのが難しくってね。その前後の出来事をつなぎ合わせなければ、何が起こっているのか、はっきりわからないんだよ」
 博士が、また別のノートを広げて言った。
「――君がマジリックと希望の町を訪れた時、ほら、このとおり青騎士の反応が現れて、君が別の世界から来たんだってことが、やっと確認できたのさ」
「青い鎧を着た、人ですか……」
「そう」と、風博士は椅子に座りながら、うなずいた。「けど、アレは人じゃないんだ」
 サトルは首をかしげた。と、それまで興味がなさそうにそっぽを向いていたトッピーが、金魚鉢の縁に胸まで登って、両方のヒレを組みながら、真剣な顔で言った。
「知らないヤツなんていないさ。青い鎧の騎士が現れて、町や人を襲うって話だ。本物は見たことがなかったけれど、子供の頃から、よくお説教された時に聞かされていたよ。悪いことをすれば、青騎士がオマエを食べにやって来るってね」
「本当のことを知っている人は、ほとんどいないからね」と、風博士が言った。「トッピー君のようにドリーブランドで生まれ育った者には、まるで実感がないだろうけど、少なくとも我々が暮らすこの世界では、誰もがひとつの法則に縛られているんだ」
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夢の彼方に(31)

2016-04-04 23:53:02 | 「夢の彼方に」
「……でもマジリックは、逃げられなかったんだ」
 サトルが言うと、博士が笑いながら言った。
「おっと、そういえば大事なことを忘れていたよ。知らせるのが遅くなってしまったけれど、マジリックは無事だよ。君達が宿屋から逃げた後、マジリックは誰も見たことがないようなイリュージョンを披露して、青騎士を消してしまったんだ」
「本当?」と、サトルは聞いた。
「ああ」と、風博士はうなずいた。
「じゃあ、マジリックは無事なの――」と、サトルは言った。
「そうさ」と、風博士は大きくうなずいた。「毎日、風の便りが運んで来てくれるよ。マジリックが相変わらず困った手品で、人を笑わせているってね――」
 サトルは、ほっとしてトッピーに話しかけた。
「よかったね、トッピー。マジリックは助かったんだよ」
 金魚鉢の中のトッピーは、つまらなさそうに口をパクパクさせながら、ガラスに顔を近づけたサトルにスッとしっぽを向けた。
「ちぇっ」とサトルは言いながら、人差し指の先で、ポンと金魚鉢を弾いた。
 トッピーはくるりと向き直り、何をするんだという目で、ギロッと怒ったようにサトルを睨んだ。
 家に戻ると、博士はサトルとトッピーを研究室に案内してくれた。
 博士の研究室は、家の二階にあった。仕切のない部屋には、天井からいろいろな形の風車がぶら下がり、頑丈そうな厚い木のテーブルが数台、縦横にきちんと並べられていた。それぞれのテーブルの上には、何に使うのかわからない機械が、無造作に積み上げられていた。一見すると、形も大きさも違うおもちゃがバラバラに入れられた箱を、崩さないように丁寧にひっくり返して、高さが等しくなるように並べ替えたような感じだった。機械は、その多くは金属の箱のような形で、辺の短い面に丸いレーダーのような装置が付き、針が振れるようになっているメーターや、見慣れない文字が書かれたスイッチのような物も並んでいた。その反対の面には端子があり、取り付けられたコードが、他の機械から延びるコードと束になって、床板の下に続いていた。サトルは、もしかするとここには電気があるのかな、と思ったが、コンセントのような物は見あたらなかった。その他には、木箱にラッパのようなスピーカーを付けた機械や、薄い板の円盤で、小さな穴がたくさん開けられた物もあった。ひとつのテーブルには、作りかけなのか、鉄板の切れ端や木片が、工具と一緒に置かれていた。そのテーブルの回りにだけ、踏むとパリパリとつぶれる小さな木くずが、掃除をされないままこぼれ落ちていた。
「私はね、世界中の風を研究しているんだ」と、風博士は言った。「ここにある機械達は、外にある大きな風車が捉えた風を、それぞれの種類ごとに分解して、また組み立て直す仕事をしているんだよ。ちょうどこの家が建っている丘の上はね、山脈から吹く風が一年中止むことなく吹いていて、ドリーブランドの風の大半がここを通っていく、絶好の観測地点になっているんだ」
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夢の彼方に(30)

2016-04-04 23:52:00 | 「夢の彼方に」
 博士は、地面に寝かせてあったはしごを持ち上げると、ゴンドラの屋根に立て掛けた。はしごを登って屋根に上がると、今にも滑り落ちそうになりながら、ふらふらと立ち上がった。丸く傾斜のついた屋根を恐る恐る進むと、そっと膝立ちになって、うんと手を伸ばしながら、船体から延びている一本のロープをつかみ寄せた。
 すると、トッピーが怖がって、ベソを掻くように言った。
「ねぇ博士、なんだかお腹の辺りが、くすぐったいような感じがするんだけど……。どうにも難しくって手に負えないなら、このまま元の姿になんて戻らなくてもいいよ」
「大丈夫、怖がらなくてもいいさ。魔法なんてのはね、いつかは解けるものだって、相場が決まってるんだから。ホイッ!」
 と、博士がロープを持つ手に力をこめて、ぐいっと思い切り引っぱった。
 パン!
 クラッカーが破裂したような音が鳴った。真っ白な煙が、どこからともなく吹き出し、あっという間に飛行船を包みこんでしまった。吹き出した煙は、すぐに飛行船ごと、瞬く間にかき消えた。
 ゴンドラの屋根に登っていた博士は、飛行船が消えると、足場を失って、どしんとお尻から地面に落ちてしまった。尻餅をついた博士が、痛そうに体を起こすと、まぶしい光がキラリと瞬き、金魚の姿に戻ったトッピーが、ポトリと博士の手の中に落ちてきた。
「あたたたた……」と、地面にお尻をしたたか打ちつけた風博士が、腰に右手をあてながら、ぎくしゃくと立ち上がった。
「博士、大丈夫ですか……」と、サトルが口の周りを手でぬぐいながら、小走りに駆け寄って来た。
 食事の後片づけをしている奥さんが、心配そうな顔をして、窓からこちらの様子をうかがっていた。
「大丈夫、どこにも怪我なんてしちゃいないさ――」と、風博士は顔をしかめながら、サトルに言った。「トッピー君も、なんとか元の姿に戻れたよ」
 博士は、窓から様子をうかがっている奥さんの顔を見ると、何でもないというように手を振った。振ったその手でずり落ちたメガネを直しながら、風博士は受け止めたトッピーが無事でいるか、握っていた手をそっと開けた。サトルも心配そうに顔を近づけると、二人が立っているすぐ真上の空で、パッと何かが光ったのに気がついた。サトルが顔を上げて見ると、ゴンドラに姿を変えていた金魚鉢が、百合の花のように大きく開いた口を真下に向けながら、ふわふわと、羽根が宙を舞うように落ちて来た。
 風博士に受け止めてもらったトッピーは、口をパクパクさせながら、どうやら気を失っているようだった。
 サトルは顔を上げたまま、逆さまになって落ちてくる金魚鉢に素早く駆け寄ると、走りながら両手を伸ばして、抱きかかえるように捕まえた。マジリックの魔法がかけられていたのか、なみなみと入れられた水は、逆さまになっても、水面をぷよぷよと波打たせたまま、一滴もこぼれ落ちてこなかった。
 金魚鉢を手にしたサトルが、博士の所に戻ると、
「気を失っているだけだよ……」と、風博士はにっこりと笑いながら、トッピーをそっと水の中に離した。
 ぷかりと水面に浮かんだトッピーは、トントン、と軽く金魚鉢の縁を叩くと、はっと我に返ったように目を覚ました。ブクッとあぶくを吹きながら、怪訝そうな顔で辺りを見回すと、すぐに金魚に戻った自分に気がついて、水の中をうれしそうに泳ぎ回った。
「やった! これであの硬くてガチガチの体とおさらばだ――」
 サトルは「よかったね、トッピー」と笑顔で言いながら、けれどすぐに思い出して、悲しそうに目を伏せた。
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夢の彼方に(29)

2016-04-04 23:50:36 | 「夢の彼方に」
 飛行船からは見えなかった正面の玄関に回って、サトルは博士の家に入った。案内された部屋のテーブルには、奥さんが腕を振るった料理が、食べきれないほどびっしりと並べられていた。
「約束通り、ご馳走をたっぷり用意しておいたから、遠慮しないでどんどん食べておくれ」
 トッピーは、ゆらゆらと風に揺られながら、窓から見えるサトルの様子をうかがっていた。むしゃむしゃと、盛りつけられたお皿まで残さず食べてしまいそうな勢いで、夢中になって料理を頬張っているサトルを見て、
「いいなぁ、サトルばっかり。オレだって金魚のままだったら、今頃は背中にくっつくぐらい、お腹がペコペコだったはずだよ……」
 と、大きな体を左右に揺らしながら言った。
 サトルの向かい側に座った博士は、テーブルの上に並んだ料理が、みるみるうちに減っていくのを驚いたように眺めていた。すると、正面に見える窓の外で、トッピーがゆらゆらと風に揺れながら、物欲しそうにジッとこちらの様子をうかがっているのに気がついた。なにやらブツブツと、聞き取れないほど小さな声で、ぼやいているようだった。
「そうだ、トッピー君はどうしてるだろう」と、風博士は窓の外を見ながら、思い出したように言った。「どれどれ、ちょっと様子を見てこようか――」
 博士はそう言うと、斜めに傾いたメガネをかけ直して、席を立った。サトルもあわてて立ち上がろうとしたが、
「おいおい、ちょっと様子を見てくるだけだよ……」と、立ち上がりかけたサトルの肩をポンと叩いて、食事を続けているように席に戻した。
 博士は、玄関から外に出ると、物干しの支柱に結わえられたトッピーの飛行船を見上げながら、注意深く船体を調べていった。
 パンパンに膨らんだ飛行船の回りを「フムフム……」と独り言を言いながら、博士は行きつ戻りつしていたが、何かを見つけたのか、何度も同じ場所で立ち止まっては、確かめるように船体に近づいた。
「やっぱりそうだ。きっと、このロープに間違いないと思うんだが……」
「……ちょい、博士、なにをするつもりだい?」と、トッピーが不安そうに聞いた。
「もしかしたら、君を元の姿に戻してあげられるかもしれない、と思ってね」
「やったよ、博士!」と、トッピーはうれしそうに体を震わせた。「いつも浮かんでばかりじゃ、退屈でしょうがなかったんだ」
「おいおい、そりゃちょっと気が早いな……」と、風博士は頭をぼりぼり掻きながら言った。「悪いが、私は魔法使いじゃないからね、元に戻す呪文は使えないんだ。だけど、あのマジリックのことだ、もしかしたら、変身する前の姿に戻す仕掛けがあるんじゃないかと思ってね、調べていたんだよ」
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夢の彼方に(28)

2016-04-04 23:49:37 | 「夢の彼方に」
 だんだんと近づいてくる風博士の家は、丸太を組み上げた二階建てで、屋根は手の平を合わせたような三角形をしていた。一階の外から二階のベランダまでは、斜めに延びる階段がついていた。向かって右側の壁には、草原に吹く風を受け、ゆったりと回る風車が取り付けられていた。大きく縫い合わせた布を、木の骨組みに括りつけたような風車だった。家の玄関は反対側にあるため、飛行船から見ることはできなかった。風博士は、窓を開け放した二階のベランダから、飛行船に向かって大きく手を振っていた。身につけている白衣が、ひらひらと風にはためいていた。もう片方の手には、マイクのような物が握られていた。下についた細長いコードが、窓の奥の部屋へと伸びていた。
『さあ、そのままゆっくりと、家のそばまで来てくれないか――』
 ゴンドラのスピーカーから、風博士の声が聞こえてきた。
 サトルは、地面にぶつからないように注意しながら、さらに高度を下げ、飛行船を、できるだけ風博士の家に近づけるように飛ばしていった。
 風博士は、飛行船が真っ直ぐ家に向かってくるのを確認すると、持っていたマイクをベランダのテーブルの上に置き、丸く輪に束ねたひと巻きの太いロープを手にとって、階段を駆け下りていった。
 速度を落とした飛行船が、家のそばにふわりと近寄ってきた。下で待っていた風博士は、手にしたロープをほどくと、先を素早く結って固く結び目を作り、頭上でぐるぐると回しながら、間近に迫った飛行船に向かって、勢いよく放り投げた。
 投げられたロープは、飛行船と、ゴンドラとを繋ぐロープに引っかかり、簡単にはほどけないほど、しっかりと巻きついた。
 風博士は、飛行船に引かれて次々とほどけていくロープの一端をつかむと、物干しに使っている頑丈な支柱に足早に近づいて、けっしてほどけないように結びつけた。
 と、支柱に結ばれた太いロープが、ピンと一瞬だけ張りつめ、すぐにゆるんで、飛行船がやんわりと動きを止めた。
「ようし、これで大丈夫だ――」
 風博士の声が、ゴンドラの外から聞こえてきた。
 サトルは操縦桿を離すと、急いで席を立ち、窓を開けて、外に顔を出した。
「やあ、サトル君、だね?」風博士が言うと、サトルは笑いながら、「はじめまして」と大きな声で返事をした。
 風博士は、サトルが声を聞いて想像していた人物とは、雰囲気がちょっと違っていた。黒い髪の毛はもじゃもじゃで、顔の二倍はありそうなほどふっくらとしていた。かけている丸い形のメガネは、どんなに真剣な話をしていても、ずっと左側に傾いたままで、自信なさげに首をかしげているように見えた。博士がちゃんと元の位置にメガネをかけ直しても、すぐにずり落ちてきてしまった。気になるのか、何度もメガネを持ち上げる仕草は、博士のくせになっているようだった。着ている白衣はしわしわで、汚れているわけではないだろうが、うっすらと、全体的に灰色がかっていた。
「ようこそ、私の研究室へ」と、風博士が言った。「ちょっと待ってくれないか、今すぐはしごをかけてあげるから……」
 サトルは、はしごにつかまってゴンドラを下りると、博士とがっちり握手をした。クラスで並ぶと、まん中に立っているサトルより、頭ひとつ分ほど背が高かった。
「助けてもらって、ありがとうございました」と、サトルはお礼を言った。
「よく無事だったね」と、風博士は言った。「風の便りで、君が別の世界からやって来たのを知ってから、ずっと行方を見守っていたんだ」
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夢の彼方に(27)

2016-04-04 23:48:32 | 「夢の彼方に」
         5
 管制塔ならぬ風博士の誘導で、サトルは飛行船の操縦桿を慎重に操作した。
 日差しが痛いほど眩しい青い空から、徐々に高度を下げ、厚く立ちこめた雲の海に入った。ゴンドラが雲に触れると、白いしぶきが煙のように跳ねあがった。トッピーの飛行船が雲の中に姿を消すと、重い水蒸気の塊が、長い髪の毛のようになって翼にまとわりついた。グニャリグニャリとムチのようにしなる翼は、あとほんのわずかでも力を加えるならば、すぐにでもへし折れてしまいそうだった。
 目の前が白一色の闇に覆われている中、サトルは風博士に励まされながら、しがみつくように操縦桿を握っていた。体格に合わない大きな椅子から、いまにもずり落ちそうな姿勢だった。飛行船の降下に伴い、下から突き上げるような重い雲の動きが、ぐんと早さを増した。厚い雲を上下に断ち切りながら進んでいく翼が、大きくしなるように震えるたび、飛行船の舵が勝手な方向に動こうとした。手首をひねられ、そのまま床に投げ出されそうなほど、強い力が伝わってきた。サトルは、操縦桿に体重をすべてあずけるようにしながら、正しい舵をなんとか維持しようとこらえ続けた。両手でしっかりと操縦桿をつかんだまま、どんなに痛くても、けっして手を離さなかった。
 やっとの思いで厚い雲を抜けると、実際にはまだほんの少ししかたっていない時間が、永遠に思えるほど長く感じられた。舵が嘘のように軽くなり、飛行船もグングン速度を増していくようだった。四方を覆っていた厚い雲にかわり、眼下には、濃い緑に溢れた山々が連なっていた。前方には、周りの山々に比べ、ひときわ大きな奇岩の山脈が聳え立っていた。うっすらと、かすむような雲を山頂にまとわりつかせていた。まるで、大地を二つに分断する壁のようだった。
 切り立った山脈を越えると、そこには色鮮やかな緑の草原が広がっていた。丈の短い草の上を、風が波紋を描くように繰り返し薙いでいった。さわさわと、手を振るように揺れる草を残し、風は次々と、どこへともなく吹き過ぎて行った。
 草原の上を低く飛んでいると、上空の冷たい空気とは違い、暖かな風が、飛行船をふんわりと、柔らかく包みこむように吹いているのがわかった。甘く薫る草のにおいが、風に乗って、ゴンドラの中にもほのかに漂ってきた。
『――もう少しだ。まだ小さいが、君達の乗った飛行船を確認した。ご馳走をたんと作って待っているから、操縦桿をしっかりとつかんで、そのまま正しい舵をとり続けなさい』
 サトルは小さくうなずくと、飛行船の左右に目をやりながら、見えない風を捉えるように舵をとった。
「見つけた! サトル、あの家じゃないか」と、トッピーがうれしそうに言った。
「えっ、どこ……」と、サトルは首を伸ばして、窓の外にキョロキョロと目を走らせた。
 ゆったりと弧を描く緑の地平線を背にして、三角形の屋根をした一軒の家が、小高い丘の上にぽつりと建っているのが見えた。
「見ろ、誰かこっちに手を振ってるぞ――」トッピーが言うと、サトルも家の二階から、こちらに手を振っている人がいるのを見つけた。サトルは飛行船の舵を切ると、丘の上に建つ家に向かって、草原の上を低く、滑るように飛んで行った。
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よもよも

2016-04-04 06:28:42 | Weblog
なんとも、

最近間食が止まらない。

特に夜、

いいだけ食べた後、

昨日もナッツのバラエティパック

最初はそんなつもりもなかったのに、

気がつけば残り3袋・・・。

そう言えば、

ここん所いつもなんじゃかんじゃ

お菓子むさぼってるなって気がついた。。

太ったらどうしよう。

今が痩せてるとも言えないのにぃ。。
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