私達の旅の最後の国、ドイツに来ていました。
はしゃいでいたのは、私だけだったのかもしれません。
ドイツに憧れてドイツ語を第二外国語に選択し会話もそこそこ出来るくらいには練習してきたのだから。はしゃぎたくもなります。
フランスでは全くアルファベットをそのまま読んでも無駄で、そもそも読めず、二人きりにさせてあげようと1人で観光したのはよかったけどパリのメトロは入り組んでいて、違う列車に乗ってしまい、慌てて戻って駅員さんに聞く始末。それも話せないから地図を見せて、英語やらフランス語モドキを駆使してやっと理解して貰いました。明日の朝にはセーヌ川に浮かんでいないよう、目をバッチリ開けて、リュックを持つ手に力が入ったのは、まだ20歳の小娘の精一杯の自衛でした。
ドイツはパリじゃなくお店の名前もちゃんとわかる!
彼女も同じくドイツ語を選んでいたので、緊張感が取れているのがわかりました。
一週間近く一緒に過ごしていると、人柄や家族構成もどんな生活環境かもわかってきます。
彼(Tくん)は、東京の23区内、山の手線の中である目黒区に住み、住んでるマンションはお父様が建てたので、家賃収入で食べていけそうなマンションオーナーの息子だった。(芸能人も沢山住んでるらしい)
それだけならただのお金持ちのボンボンだけど、Tくんはまだ色々と女性をクラクラさせる武器を持っていました。
亡くなったお祖父様は、東大の名誉教授で何等かは忘れたけど勲章も持っていらした立派な方で、お父様も同じく東大の教授、3代目のTくんは残念だけど、東大には二浪しても合格できず違う私立の大学の理工学部に通っていました。将来はやはり大学に残り博士号を取って、講師から准教授、教授と進みたいそうです。
またTくんの家柄は元華族。
お母様も新潟のさる旧家から嫁いできたお嬢様。
聞いてるだけで私は、こんな家族や一族と付き合うなんてゴメンだわと内心思っていました。
Tくんのバックグラウンドはかなりの資産と家柄の良さ。
Tくん自体の風貌は181cmの長身にほど良く筋肉もあり、顔はどことなく唐沢寿明に似ています。メガネが似合い、そのメガネを取ると妙に愛嬌のある笑顔が印象的、ですが、幼い時から恵まれて育ったせいか時々辛辣な言葉で他人や物をけなします。
理系男子は無口と云うのは単なる噂です。私の彼も理工学部で、人前では無口でクールですが、仲間や私といる時はクールな外見から想像出来ない程話好きでお笑い好き。
Tくんも話好きと言うか理屈で人の意見を封じて、自分が話まくるタイプに見えます。
彼女にそう言うと、「自分の意見があるのはいいじゃない?」
「いや、でもあなたの意見も聞いてもらった方がいいよ」
「うーん。でも年上だから私より頭いいし、いっぱい色んなこと話してくれて、聞いてるだけで楽しいんよ」
「そうかもしれないけど」
「心配してくれてありがとうね。私も今色々悩んでて…」
恋してる乙女は人の忠告など無視するか怒るのに、ありがとう。と言ってくれるのが彼女の美点なのです。
旅行前、彼女のお母様に「よろしくね○○ちゃん」と頼まれた責任が私にはありました。まさか異国で恋に落ちましたと聞いたらびっくりしてあの優しいおばさまは倒れないかと今からハラハラします。
「Tくんさ、私達の大学が関西でどのレベルか確かめてたよ。
そりゃ一流じゃないけど、誰もが知ってる女子大だよ?なのに関西では優秀な方?とか聞くし、ムカついてトリプルAランクよ!って答えちゃったわ」
「あははっ○○らしいね💕上の中か下くらいって私は言ったけど」
「はぁ!何言ってんの!東大2回落ちて正月の箱根駅伝や夏の甲子園の出場校の付属大学に行ってるだけでうちらを見下していいわけ?東京では有名じゃないけど、地方からは結構有名な女子大だよ。歴史も長いし」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。○○の彼も一流大学なんだし」
「ここで私の彼の大学は関係ないし、そんなことで人を決めるような人じゃないよ」
「知ってるよ~背も高いし優しいし、少し似てない?」
「理系と背が高いしか似てない」「優しいよ」「あなただけにね」
と言うと、彼女は何を勘違いしたか顔をバラ色に染めました。
今は何を行っても無駄、と私はガックリと肩を落としてディナー用のラフなワンピースに着替え、ミュンヘンの有名なビアホールに行きました。
大きなジョッキグラスを幾つも手に持ちながら、歩くウェイターさんに、
可愛いい民族衣装で歌って踊る女性たち。
運ばれてきたビールジョッキは両手を使わないと持ち上がらない重さです。
何とかジョッキを上に掲げて私達は「プロージット!(乾杯)」と言ってビールをゴクゴク飲みました。
私は、お酒は好きだけど弱く、ビールは苦くて1口でいいのですが、流石に本場のビアホールのビールはまろやかで飲み心地良く、思わずゴクゴク、ゴクゴクとジョッキを一杯空けてしまいました。顔をアルコールで真っ赤にしている私を見ていたドイツのおじさん達は、豪快に笑い、
「Ach!Gut!(やあ!いい飲みっぷりだ!「Fraulein,(フロイライン.お嬢さん)ブラボー!」と次の、ジョッキがきました。
「Danke!(ありがとう)」と私は受け取り、お腹も空いていたので、
マッシュポテト、ハーブのソーセージを口に入れながら、先週がミュンヘンのビア祭りだったのに残念だったね、日本から来たのかい?まだ子供なのにすごいな、とか言われ「ナイン,ツヴァンツィヒ(違いますよ~私は、二十歳です」と言うと、「そうか!グラトリーレ(おめでとう)」とまたもや「プロージット!」と乾杯が続く。
ミュンヘンの人はお祭り好きで陽気。
私がドイツのおじさん、おばさんに囲まれているのを、彼女とTくんはニッコリ笑いながら見てお互いに乾杯しながら、ミュンヘンは夜のベールに包まれて行きます。
明日は、ノイシュバンシュタイン城を見学。もはやワーグナーの世界に入ってる私は、酔にまかせてオペラ『リング』のワルキューレの騎行など口ずさみ、おじさんたちはバーゲンの迫力ある場面を歌ってくれました。日本の小娘が酔っ払ってオペラを歌ったのが嬉しかったようです。
二人にはそんな私が目に入らないかのように、二人だけの世界に入っていました。
酔った私を部屋のベッドに横たわらせて、二人は夜のミュンヘンに消えて行きました。
③に続きます。