筑紫文化財研究所

筑紫における歴史的文化の探求と漫遊

野間焼について4

2013-03-24 23:00:53 | 野間焼
(5)「行平」(「現在の日本民窯」昭和十七(1932)年柳宗悦編昭和書)

「窯は福岡県筑前国高宮野間皿山。福岡や博多の裏通りの唐津屋によると、きっとこの行平を棚の上に見いだすであろう。今も盛んに作る。
 販路はもとより北九州一帯で熊本あたりでも見かける。この窯のことは本文に記載するのを洩らしたから、ここで短く語らう。福岡市内だが謂は郊外である。静かな陶郷で、仕事は三箇所に分れる。山の麓の一軒が石炭窯で汽車土瓶を焼くが、奥の二軒が行平だとか土瓶だとかの雑器を焼く。
 土瓶は二種類あって、一つは明らかに信楽系統の山水絵の土瓶で、一つは、「いっちん描き」である。郷土色の濃い雑器である。ここに掲げた「行平」は後者の手法で、蓋にも胴にも横に黒の線を入れ、縦に白のいっちんを引く。もともと行平は土鍋であるが、この野間の皿山のものは最も特色あるものとして省みられていい。把手の作り工合も他では見かけない。寸法丈四寸八分、胴布五寸。ごく小型のも作る。」


(旧西花畑公民館収蔵資料 いっちん描き用の漏斗状の道具
白土や石英粉などの混和剤を入れ、ケーキにデコレートする要領で描画する。
博多や太宰府の江戸末から明治にかけての遺跡で梅紋様や文字を
イッチン描きで表現した製品が出土している。
http://www.city.fukuoka.lg.jp/minamiku/t-shien/charm-event/nisihanahata/nishihanahata-nomayaki.html より)


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