「失恋をするたびに二度と恋なんかしないと誓うくせに、あたしはまたすぐに恋をしてしまう。とはいえその秋の失恋はかなりの痛手で、こんなに辛いのなら恋なんてするもんかなんてことを本気で思っていた。そしてその決意と同じくらい、何番目かも数えていないくらいの恋を本気でしていた。」
12月、冷え込む冬の夜。車の中はエンジンをかけても暖かくならず、外からずっとコートを着ている。東京の空は恐ろしく冷たい。複雑に絡み合った首都高は今、東京タワーをぐるりと回った。赤い光がぼやけて映る。今日は雪が降るかもしれない。
「・・・・・・『寒いね』と言う君のいる暖かさ」
「どこかで聞いたことあるなあ」
「うん」
天現寺、芝公園、竹橋。矢印は自由気ままな方向をさしていて、祐介は車線変更を何度かして右や左に曲がっていく。本当に道をわかってるのかと思いつつ、正直なところ祐介は迷っていてほしいと思っていた。美女木の出口を見つけられないままのほうがいいと思っていた。
「それにしても寒いね」
「うん、でもそのネタ何回目?」
「何回目かな」
2人きりになってから話題の9割が天気についてだ。あたしと祐介は初対面というわけでもないし、最近流行っているお笑い芸人の話だとか美味しい居酒屋のことだとか色々と話題はあるはずなのに、あたしはずっと寒いだとか冷えるだとか冬だとかしか言っていない。
「なんで窓開けたの」
「なんとなく」
「寒いじゃん」
「冬は寒いものだよ」
「そうだね」
あたしは彼に恋をした。20分くらい前。その瞬間にただの友達は、その瞬間から好きな人に変わった。20分前と21分前では世界の輝きが違って見えた。水が沸点に達すれば沸騰しはじめるのと同じくらい当たり前のことで、きっと恋も化学も大して違いはないのだと思う。ずっと唱えていた呪文も辛い経験も簡単に忘れ、あたしはまた恋をした。
──ああしまった!好きになってしまった!
友情が恋愛感情に昇華した瞬間から、あたしはずっと天気のことしか言っていない。天気のことしか言えなくなった。
雪が見たこともないくらいきれいだよ。
やっぱり春は暖かいね。
梅雨早くあけるといいな。
雨ひどいね。
今日は暑いね。
あたしの天気予報を聞いてくれるのは祐介だけ。あたしも祐介にしか天気予報を話さない。それがこの上ない幸せだった。春夏秋冬の季節を肌で感じて、あたしは幸わせだった。
色んな天気予報をしたけれど、秋が来てあたしは1人になった。正式には祐介に告白してフラれただけだからずっと1人なわけだったが、どんな失恋よりもズッシリきた。いつもそう言うよね、と友人に言われるけれど、実際にそうなのだから仕方ないじゃないかと思う。
「なんで窓開けたの」
「なんとなく」
「寒いじゃん」
「冬は寒いものだよ」
「そうだね」
思い出すのは春夏秋冬。全身で季節を感じ取っていた。あなたの横にいること。同じものを見ていたこと。何を言ったか、何をしたか、何をされたかなんて覚えていないけれど、あの冬の寒さや春の暖かさ、夏の暑さだけが染み付いている。なんであたしじゃだめなの。なんであなたじゃなきゃだめなの。なんで好きになっちゃったの。なんで嫌いになれないの。
ひとしきり問答を終えたあと、あたしはまたあの呪文を唱えた。電車の中、友達と飲んでいるとき、寝る直前、お風呂に入っているとき。頭の脳の皮の部分に、言葉を染み付かせた。過ごした季節に上書きするように染み付かせた。もう二度と恋はしない。もう誰にも天気予報はしない。
12月、冷え込む冬の夜。車の中はエンジンをかけても暖かくならず、外からずっとコートを着ている。東京の空は恐ろしく冷たい。複雑に絡み合った首都高は今、東京タワーをぐるりと回った。赤い光がぼやけて映る。今日は雪が降るかもしれない。
「・・・・・・『寒いね』と言う君のいる暖かさ」
「どこかで聞いたことあるなあ」
「うん」
天現寺、芝公園、竹橋。矢印は自由気ままな方向をさしていて、祐介は車線変更を何度かして右や左に曲がっていく。本当に道をわかってるのかと思いつつ、正直なところ祐介は迷っていてほしいと思っていた。美女木の出口を見つけられないままのほうがいいと思っていた。
「それにしても寒いね」
「うん、でもそのネタ何回目?」
「何回目かな」
2人きりになってから話題の9割が天気についてだ。あたしと祐介は初対面というわけでもないし、最近流行っているお笑い芸人の話だとか美味しい居酒屋のことだとか色々と話題はあるはずなのに、あたしはずっと寒いだとか冷えるだとか冬だとかしか言っていない。
「なんで窓開けたの」
「なんとなく」
「寒いじゃん」
「冬は寒いものだよ」
「そうだね」
あたしは彼に恋をした。20分くらい前。その瞬間にただの友達は、その瞬間から好きな人に変わった。20分前と21分前では世界の輝きが違って見えた。水が沸点に達すれば沸騰しはじめるのと同じくらい当たり前のことで、きっと恋も化学も大して違いはないのだと思う。ずっと唱えていた呪文も辛い経験も簡単に忘れ、あたしはまた恋をした。
──ああしまった!好きになってしまった!
友情が恋愛感情に昇華した瞬間から、あたしはずっと天気のことしか言っていない。天気のことしか言えなくなった。
雪が見たこともないくらいきれいだよ。
やっぱり春は暖かいね。
梅雨早くあけるといいな。
雨ひどいね。
今日は暑いね。
あたしの天気予報を聞いてくれるのは祐介だけ。あたしも祐介にしか天気予報を話さない。それがこの上ない幸せだった。春夏秋冬の季節を肌で感じて、あたしは幸わせだった。
色んな天気予報をしたけれど、秋が来てあたしは1人になった。正式には祐介に告白してフラれただけだからずっと1人なわけだったが、どんな失恋よりもズッシリきた。いつもそう言うよね、と友人に言われるけれど、実際にそうなのだから仕方ないじゃないかと思う。
「なんで窓開けたの」
「なんとなく」
「寒いじゃん」
「冬は寒いものだよ」
「そうだね」
思い出すのは春夏秋冬。全身で季節を感じ取っていた。あなたの横にいること。同じものを見ていたこと。何を言ったか、何をしたか、何をされたかなんて覚えていないけれど、あの冬の寒さや春の暖かさ、夏の暑さだけが染み付いている。なんであたしじゃだめなの。なんであなたじゃなきゃだめなの。なんで好きになっちゃったの。なんで嫌いになれないの。
ひとしきり問答を終えたあと、あたしはまたあの呪文を唱えた。電車の中、友達と飲んでいるとき、寝る直前、お風呂に入っているとき。頭の脳の皮の部分に、言葉を染み付かせた。過ごした季節に上書きするように染み付かせた。もう二度と恋はしない。もう誰にも天気予報はしない。
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