とりとも雑楽帳

狭山丘陵の里山歩きとクラッシク音楽の鑑賞日記です。

旧東海道 箱根関所跡から箱根湯本まで下って、小田原でのクラス会に参加

2017年01月29日 | Weblog

 27日土曜日このところ背中に鈍痛を感じ、 カミサンからは28日の小田原でのクラス会参加を取りやめるよう言われていたが、たまたま腎臓でのかかりつけの病院の2か月ごとの定期検診日に当たり、医師にそのことを伝えると、「CT検査を受けてください」と言われ受けた。検査の結果は、脳に小さな血栓が見つかったが、特に現状は問題なしで、既存の胆嚢結石の状況は次回再度検査することで、その日は帰宅した。しかし帰宅直後にトイレで少し血尿というか血栓みたいなものが出た。一瞬ビビった。明日のクラス会はドタキャンかと思ったが、それ以降はなにも起こらず鈍痛も消えた。

 そんなことで28日の予定は17時に定例会場、「小田原江戸っ子」での集合に間に合うような寄り道をしようと思った。以前から行ってみようと思っていた「旧東海道を歩く」の大磯宿ー小田原宿の続きをしようと、箱根湯本にとりあえず行ってみようと小田急特急のNet予約をした。すると新宿ー箱根湯本間は満席、やむ終えず9:30発の「はこね」号を小田原までの予約をした。そして家から新宿までの検索をすると、土日ダイヤのために本数がなく新宿に9時前後の到着となり1本早い9時10分の「さがみ」号に乗れるのがわかり、当日新宿で変更する予定で、翌日、下山口発8時7分に乗車、新宿に9時に着いた。ここでミスしてしまった。山手線から小田急の乗り換えをダイレクト改札を通過した。そのためNet予約の変更はホームの特急券販売機では変更できないことを知った。20分間の無駄をした。やむなく予定特急に乗り、持参のタブレットで箱根関所跡行のバス時刻表を検索すると、小田原発10:45分のバスがあり小田原駅での乗り換え時間が9分あることで一安心した。また電車は小田原駅切り離しのために小田原止まりは空席があり、中国人、韓国人の大声の話し声もなく、一眠りできたが、小田原駅では最後尾車両で改札までに時間がかかり、駅構内も混雑して、バス停が遠かった。幸い韓国人の団体が切符手配に時間がかかり、救われ間に合った。案の定車内は韓国人の話し声が響いたが、箱根湯本で大勢の人が乗り込み、話し声も止まりほぼ満員状態で、私は関所跡で下車した・。

 関所跡で資料館へ行くと、オダキューカードを持っていますか=No、箱根フリーパス券で来られましたか=No 次に、お年は65歳以上ですかと聞かれたので「はい」と答えると、「お生まれは昭和何年ですか」とまた聞かれたので「23年です」と答えると20%offの400円にしてくれた、関所裏手の丘が関所破りの監視塔だったとのことで登ったが、富士山の眺めは目的外のためか良くなかった。帰りがけに、これから箱根旧道を下るので、地図があればほしいといったのだが、「これから行かれるのですか?ただただ石の階段を下るようなものなので膝に響きますのでお気付けてください」と言って地図をくださったが、その地図は役に立たなかった。「旧道の入口はセブンイレブンを目安に行くと鳥居があります。そこからです。」と教えていただいた

 杉並木を歩いて、セブンイレブンで、おにぎりとお茶を買い饅頭屋さんのところの鳥居を上がった。すぐに鼻水が出てきた。花粉症の症状が出た。(12:25)スタート

(クリックすると大きくなります。)

 鳥居を上がると石畳の道となった。すぐに箱根の自然保護を唱えたケペル&ペニーの碑があった。二子山を眺め甘酒茶屋に着いた(13:09)さすがに腹が減りせっかくのことだからと甘酒(¥400)と力餅 (¥500)を注文した。

 出発後ほどなくして猿滑リ坂の立て札。続いて樫木坂、西海子坂の急坂の東海道箱根路難所を、つづら折りの自動車道を横切りながら下り階段を使いながら降りて、雲助に逢わずに無事畑宿にたどり着いた。(14:05)畑宿は「間の宿」として本陣もおかれ栄えたそうだが、寄木細工の里として最近TV番組でも紹介されたが、当日は寄木細工会館には観光客は私だけだった。

 ほどなくして10名ほどの女性(おばさんハイカーグループ)に遭遇。 割石坂のところで道に迷った様子。大きな神社のわきに川に通じる道に須雲川遊歩道の標識を発見。私はこの道を選んだが、おばさんグループも私の後についてきた。河原にかかった丸木橋には、増水時禁止の立て札が、、東海道でないことに気づいたが、どのみち東海道に続くものと先に進んだ。この標識は誤解を招くし、そのあとの道も荒れていて遊歩道とは言えない。子供ずれには危険な道だと思った。ほどなくして、旧東海道だがまさに732号線、交通量のある道路になり、鎮雲寺を過ぎ、小田急ホテル、ど派手な箱根大天狗山神社、星野リゾートとホテルが続き奥湯本温泉にたどり着いた。ここからは交通量が多くなり、旧東海道の散策とは言えなくなったがやむを得ない。そのまま進んだ

  ほどなくして早雲寺に到着(15:20)。やはり、北条一族の栄華がしのばれる気品のある風格を感じたお寺だった。箱根路起点の三枚橋に到着(15:30)、須雲川で、カルガモが逆立ちしていた。箱根湯本駅に出て小田原に到着(16:15)。今日の旅はひとまず終了、17時開催のクラス会に出席。

 クラス会はいつもながらの盛況で、6月13-14日で毎年恒例の京都旅行が決まり、今年のテーマは「嵯峨野トロッコ鉄道と保津川下りにクラスメイトの紹介により{京都大学でフレンチのランチと夜の祇園で酒を飲む」と内容豊かなテーマが採択された。今後の課題は、3月のエコー検査がどう出るかだが、今度の箱根下りでは、結構足というより膝が堪えた。それこそ年相応に体力の衰えを感じた。それにしても、入口にあった立看に湯本まで2時間の標識はどのような基準なのだろうか。

 10Km2時間とすると時速5km 江戸時代の飛脚の速度なら理解できるが?とても観光案内の標識とは思えない。

 クラス会は1次会で別れを告げ、帰宅は20:06分発のはこね号に乗ったが、本厚木駅から遅れだし、結局「小動物=ねずみ?との接触事故によりダイヤが乱れています」のアナウンスだった。池袋で21:50の急行に乗り小手指までたちっぱなしだったが、終バス2本前に乗れ、23時には帰宅はできた。たかがネズミ1匹での混乱だった。それにしても、体力の衰えを感じ疲れた箱根路だった。

(国土交通省の旧東海道地図参照)

 



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