とりとも雑楽帳

狭山丘陵の里山歩きとクラッシク音楽の鑑賞日記です。

大学時代のクラス会参加、その前に新宿末廣亭

2017年12月01日 | Weblog

 昨日は 大学時代のクラス会を渋谷でやるよと幹事から連絡が来た。いつもは、新橋界隈が定番だったががよりによって、新宿ならばまだしも、ライバル大学の縄張りで行うことは初めてだったが、現役組の幹事の職場に近いとのことで納得。

 都心に出るのは医者通い以外は、電車賃の元を取るためプラスOneを考えた。すぐに、ホームグラウンドの池袋演芸場が浮かびNetを見ると柳亭左龍、に林家彦いちがトリだった。しかし終了予定時間が17時。17時半のクラス会には間に合わない。そこで末廣亭をみると、落語芸術協会だった。正直落語芸術協会にはあまりというか、聴きに行ったことがなかった。出演者を見ると立川談之助と桂米丸に目が行った。家を10:30に出てバスで小手指に、接続よく横浜中華街行きのFライナーと言う快速急行に座れた。そのまま11:30に新宿三丁目に着いたが、地下街はどこに出るかがわからない。伊勢丹を目印に出るとやっと末広亭にたどり着く。3千円札を出すとおつりが多い。見れば老人割引だった。顔で判定された。年は隠せない。昼の部前座から聴いた。正直、現在進行中の相撲界のひと騒動にしょっぱなが相撲漫談だった。これは初めての経験。マグナム小林と言うバイオリン漫談も面白かった。これもお初。お目当てにした立川談之助は談志の国会議員時代のおふざけ話で終始し、期待は裏切られた。また驚異に思った、御年90歳超えの桂米丸は、最終日までもたず休演。肩透かしを食らった。協会よりは芸協のほうが、漫談・奇術・講談と多彩なタレントが出るのは理解できたが、私は古い人間なので古典落語を現代版にアレンジするのは理解できるが、枕話のツギハギを落語と呼ぶには抵抗を感じたが、やっぱり、多少の遅刻してでも池袋演芸場にするべきだったと思った。昼の部がおわり、すぐに地下に潜り三丁目から副都心線で渋谷に出た。

 渋谷駅は特に副都心線から出るのには一苦労だ。しかも出たところがどこなのか方向感覚を失う。加えて、歩道橋、高速、地下鉄銀座線、JRで地上の風景がさせぎられ、見通せない。地上に出た場所が検討がつかない。タブレット取り出しGooglMapを開き、目的地を検索。節約モードにしたため途中で画面が消えてしまう。末廣亭を余裕で出たつもりが、それこそ定刻にたどり着いた。そのあとも着くメンバー誰もが、渋谷はわかりずらいと口から出た。やはり70の爺さんにはご縁のない街のようだが、会場は和風の小座敷 9名には程よい広さ。毎年年を重ねるのだが、クラス会の良いところはお互いの目線は学生時代その時のままだ。ただ話題はお互いが年を重ねた「老いゆく日常」が話題となる。3時間各種飲み放題を選んだ幹事にそれに応じた我らが仲間も、まだ若いと思いつつ、一人禁酒の身ゆえ、最初の乾杯のビール1杯が美味かった。

 今日は定期的に健康診断をしていただいている地元の病院への通院日。今日はエコー検査を受けた。結果は×。早速先生は今日の検査データーのDVDと紹介状を、現在通院中の癌研有明病院あてに作成していただいた。帰宅後癌研あて電話を入れた。



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