とりとも雑楽帳

狭山丘陵の里山歩きとクラッシク音楽の鑑賞日記です。

弱り目に祟り目・泣き面に蜂

2016年07月04日 | Weblog

 1か月前に、田植えの時に足を足られて、抜く際に足首を痛めた。2週間ほど家にあったロキソニンの湿布薬を張って痛みは治まったが、28日に癌研病院に行く際に、時間に追われ、乗り換え時の階段の上り下り等、無理して走ったのが響いたのか、その後再び痛み出し、我慢していたが、土曜日には我慢しきれずに、Netで調べると、近くの病院が外科が診察を受け付けていた。

 ビッコを引きずって病院まで歩いて行った。腎臓の治療でお世話になっている病院ゆえかっては知っていた。相変わらず土曜日も混んでいて、初診ゆえにだいぶ待たされると思っていると、受付の人が、今日は整形外科の先生がおりますので、そちらになさいますか、と私の問診票を読んでのアドバイスを受けた。するとすぐに整形外科で呼び出され、先生に事情を話すとこれまたすぐにレントゲン科に回され足首を撮った。結果は、足首の骨にもアキレス腱にも異常は見つからず、ロキソニンの湿布薬をいただき、ここ2-3日は出歩かず安静にしてくださいと言われ、病院を出た。

 したがって土日はクーラーをかけた部屋でそれこそ音楽を聴いていた。

 日曜日の夜に突然叔母から電話がきた。聴けばご主人が肺癌と宣告され月曜日に、手術の打ち合わせに病院に行くとのことで、これまで2回癌の手術を受けた私に経験談としてアドバイスを求めてきた。私はすぐに手術先の病院名を聴いた。その病院は我がおふくろが肝硬変の末期症状で、救急搬送された病院で、私は翌日呼び出され、担当の医師から「この病院は生存の確率が見込める患者を優先する方針なので、残念ながらお母さまにはこの病院としての打つ手がないため、明日朝10時までに退院してください」と言われ呆然とした。私は納得いかぬまま、すぐに転送先は決まらぬまま、民間救急業者を確保し、当時おふくろが入所していた老人ホームに連絡を入れ、ホームの医師に事情を話し、長年おふくろの様態を見ていた病院の担当医に電話を入れた。担当医は個室を含め病室は埋まっているが、何とかするのでとりあえず明日連れてきてくださいとの回答を得た。結局おふくろは翌月なくなったが、最初の医師の言葉は、埼玉県の医療状況を反映した発言だが、割り切れない思いがしたそんな記憶がよみがえった。

 私はなぜその病院を選んだかを聴いた。答えは「家から近い」だった。この理由は私が最初の癌手術を受けた時の病院選択の理由と同じだった。その時小学校からの友人はその病院はやめろと自身も肝臓癌わ患った経験から数冊の本を渡された。「病院の選択は自分の人生の選択だ」と彼は言った。彼にもらった本の影響で日進月歩の医療界を知り、すでに決まっていた我が手術日程で個人の要望として当時すでに実施していた、ステージの低い癌での部分削除、リンパ腺の温存を先生にお願いしたが無視されてしまった。腎臓の性質から部分的に残れば腎臓機能は維持されることから現状では腎臓の全摘手術例は少ないと聞く。今もってその病院選択の安易さを悔やんでいるしその後の腎臓の機能低下の通院をしいられている。

 2度目の前立腺がんは、癌を発見してくれた先生に感謝だ。その先生は所沢地区では名の知れた病院の医長を定年で退職してクリニックを開業された方だった。私の癌のステージが高いので治療法は多面的になるので、病院の施設、実際の手術例が多いところが良いと、現在治療を受けている病院に紹介状を出していただいた。癌の治療は結果論になるが、自分の人生は自分が納得できる選択をするべきだと思った。

 叔母には「手術の内容」と「手術にかかる時間」を必ず聞くようにアドバイスした。現状の癌手術も事前の検査が進んでいることから、予定時間はかなり詰められたものと思う。したがって予定時間より早く終わればそれは想定外の要素の問題だろう。癌そのものよりもがん以外の病状の悪化だろう。早く終わるということは最悪のパターンだろう。

 予定より長くかかった場合は、手術者の熟練度の差でハンドリングエラーが生じたケースであろう。したがって患者としては「なぜ予定時間より長くなったか」の理由は聞くべきだろう。その意味からも現在それなりの病院は最近の手術事例を公表していることからも、これは患者としては病院選びの参考とすべきだろう。

そんなことを叔母に伝えて電話を切った。

 そして風呂に入ると股関節の右側のリンパ腺にしこりがあった。イヤーな感じになった。ベッドに入ったが、何が原因かを考えると眠れなくなった。明け方その個所を触るとかなり膨らんでリンパ線ではないと思い明かりを付けよくよく見ると膨らんだ箇所に2つの虫刺されの穴を発見した。すぐに「キンカン」を塗ると飛び上がるほどにしみた。

今週末はそれこそ、「弱り目に祟り目・泣き面に蜂」の日々だった。

 







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