とりとも雑楽帳

狭山丘陵の里山歩きとクラッシク音楽の鑑賞日記です。

所沢でゲルギエフの「春の祭典」を聴く

2007年11月11日 | 所沢ミューズ
昨日NHKのBShiでゲルギエフとメトロポリタンオペラの「エフゲニー・オネーギン」を見た。タチアーナを演じるルネ・フレミングを引立たせるように全編を叙情的に運んだゲルギエフの音楽はすばらしかった。ただ演出が照明だけで表現するにはあまりにもお手軽な演出だと感じたが、いつもの度派手メトよりは良いのではとも思った。そんな印象を引きずって今日の演奏会に出かけたが、それとは打って変わったこれまで聴いたゲルギエフに戻った演奏会だった。
今日は雨だったので、3時開演ではあったが、所沢ミューズに行く前に近くにある中央図書館で時間までと思って昼過ぎに家をでたが、来年の1月まで図書館が改装で入れず、やむなくミューズのロビーで2時間も時間を潰した。その間ザウルスにダウンロードしたマニャールの交響曲全曲を聴いていた。
昨日のオネーギンと直前まできいていた、プラッソンのマニャールも透明感のある、叙情的な演奏だっただけに、余計に今日のゲルギエフとマリンスキー歌劇場のオーケストラの演奏は、荒々しく吼えに吼えまくった演奏に聞こえた。
このコンビでの演奏会は過去2回、素晴らしい演奏会であったが昨年1月ののワグナープロの時は客の入りが6割程度で気の毒だったが、今日の入りは7割程度の入りだった。しかし出だしの「春の祭典」から気合の入った演奏で、金管のフォルテはすさまじかった。ただブーレーズやマルケビッチの演奏に慣らされた耳には、あまりにも泥臭く、こぶしの利かせた演歌のような節回しに思えたが、これも「春の祭典」の一面ではあるかと妙に納得してしまった。
後半のチャイコフスキーの交響曲5番は、もろにルースキー魂全開の演奏で、ゲルギエフも乗りに乗った演出で、終楽章へ一気に突き進み、昨日はオネーギンのワルツをチャーミングに音だししていたのが嘘のように、3楽章のワルツも終楽章への前奏のように突き進み聞き手を催眠術にかけたように熱狂させた。
それにしても、タフと言うしかない音量を出し続け、私はワグナーの時以上に音圧に圧倒された。曲を考えればコレもありかと満足した演奏会だった。
さすがにアンコールで演奏した、花のワルツではホルン奏者がへたばった感じだった。


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