私はブルックナーは好きではないがマーラーは大好きだ。マーラーを知ったのは高校生の頃で1960年代の中ごろだ。 My Blogでは下記にブルーノ・ワルターのマーラーですでにのべている。
http://blog.goo.ne.jp/yyamamot7493/e/9050c216b847096ac12d6ee2c136b77a
以来、すでにマーラーの死んだ年齢を超えた現在でも聴き続けている。作曲数が多くないにも関わらず、LP.CD,DVDと手持ちのメディアも多い。そんな中ではアバドはベルリンフィルをカラヤンの跡をついでシェフになり、たびたび来日したが、どれもが私にはすこぶるつきの名演を残してくれた。特にブラームスのヴァイオリン協奏曲と並んで、マーラーの交響曲2,3番はおそらく日本で演奏されたトップランクのコンサートだとおもわれる。
幸いNHKの録画をVTR→DVDにしたのを保存している。日本経済がバブル崩壊しどこまで広がるかが見えず、自身も腎臓摘出の手術を受け明日の生き死にも定かでない時期だった。アバドの演奏も彼の「美しい」演奏ではなく、不健康なある種影のある響きだが、合唱がそれこそ清涼に美しく響き渡る様は、まさに地獄で仏のような気持ちになったのを思い出す。2年後に再び来日しマーラーの3番はそれこそ日本経済の奈落の底でのコンサートだった。でもこれこそが名演だろう。この演奏を聴くまでは、私が感動したのはコンドラシンとモスクワフィルの演奏だった。独唱も合唱もロシア語でうたわれ、さながらそれらが煉獄のなかからの解放の叫びのような、閉塞感からの解放の歌だった。しかしアバドの演奏はそれこそ美しいのだ。オケも合唱も濁りがない。マーラーらしくない美しい響きだが、決して健康的なさわやかな演奏ではない。ある種美人薄命的な美しさだ。ベルリンの圧倒的な響きではあるが、モスクワの邁進する爆音ではない。アバドらしくない感情むき出しの演奏だと思う。
ルツェルンとの演奏はベルリンに比較すると、アバド本来の整理の行き届いたそれこそアバド本来のこれ以上の美しいマーラーはないという演奏だ。これは良い意味での教科書的演奏で、これまでのグロテスクと思えるこねくり回されたマーラーではなく、マーラーの詩情あふれた演奏だ。私の好みの演奏で、ベルリンが例外のマーラーだと思う。でもどちらも素晴らしい演奏であることは間違いない。 これまでのンバーンステインをはじめとする、思い入れの強いマーラーよりはこのルツェルンの美しいマーラーを聴く機会が多い。手持ちの中では、ハイティンクのマーラーも私には好ましい。マーラーの音楽そのものが感情移入過多なのに、演奏者がそれ以上に感情移入をしたら、聴くほうは疲れてしまう。
その意味では、今の私にはアバドとルツェルンの演奏がお勧めだ。
・マーラー:交響曲第2番ハ短調『復活』
エテーリ・グヴァザーヴァ(ソプラノ)
アンナ・ラーション(メゾ・ソプラノ)
オルフェオン・ドノスティアラ(合唱団)
ルツェルン祝祭管弦楽団
クラウディオ・アバド(指揮)
収録時期:2003年8月21日
収録場所:ルツェルン、カルチャー&コンヴェンション・センター内コンサート・ホール(ライヴ)
収録時間:86分
・マーラー:交響曲第3番ニ短調
アンナ・ラーション(メゾ・ソプラノ)
アルノルト・シェーンベルク合唱団
テルツ少年合唱団
ルツェルン祝祭管弦楽団
クラウディオ・アバド(指揮)
収録時期:2007年8月19日(ライヴ)
収録場所:ルツェルン、カルチャー&コンヴェンション・センター、コンサート・ホール
収録時間:104分
その他の私の手持ち
*KondrashinはLPの誤り
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