おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

運び屋

2023-01-07 10:47:18 | 映画
「運び屋」 2018年 アメリカ


監督 クリント・イーストウッド
出演 クリント・イーストウッド ブラッドリー・クーパー
   ローレンス・フィッシュバーン ダイアン・ウィースト
   タイッサ・ファーミガ アリソン・イーストウッド
   マイケル・ペーニャ アンディ・ガルシア

ストーリー
退役軍人のアールは花のコンテストで賞を貰うが、同じ頃、娘のアイリスはどこかで結婚式を挙げていた。
孫娘のジニーは結婚式にアールが来る事を期待していたが、アールの前妻メアリーは彼がいつもの様に皆を落胆させるに違いないと思っていた。
数日後、アイリスの結婚式に出席しなかったアールがジニーの誕生日に姿を現すと、誕生日パーティーに来ていたジニーの友人が生活に困っているアールを見ると名刺を渡し、ドライバーを探している知り合いがいると仕事を紹介する。
早速仕事を引き受けたアールのトラックに数人のメキシコ人たちがバッグを積み、彼にバッグの中身を絶対見ない事を約束させた。
トラックを言われた場所まで運転していくという簡単なタスクを終わらせたアールは報酬として大金を手にする。
同じ頃、麻薬取締局では新しい捜査員コリン・ベーツを採用し麻薬組織メンバーの逮捕を計画していた。
アールはトラックの運転で得た金で新しい黒いトラックを買い、差し押さえられていた自宅も取り戻す。
再びトラックの運転をするアールは、バッグの中身が麻薬であることに気づくがそのまま仕事を続行し、その90歳とは思えない良い仕事ぶりで雇い主であるメキシコの麻薬組織カルテルのボス、ラトンに一番使える運び屋として“エル・タタ”と言うあだ名で呼ばれ感心される。
麻薬取締局では、運び屋エル・タタの存在を知り、その正体を暴くため捜査を続ける。
彼らがエル・タタについて持っている情報は、彼が他の運び屋より多くの麻薬を運んでいる事、黒いトラックを持っている事のみだった。


寸評
イーストウッドが演じるといえば、寡黙で頑固な人物を思い浮かべるが、本作における主人公のアールは最初から軽口を叩き陽気な振る舞いを見せる。
アールはひょんなことから麻薬の運び屋になってしまい、その報酬としてつかんだ大金で孫娘の結婚パーティーの資金を出したり、差し押さえにあった自宅も取り戻し、火事にあって閉鎖の危機にあった退役軍人の施設を再開させるなどする。
やっていることは犯罪だが、アールは人生で失ったものを取り戻そうとしているように見える。
アールが失った最も大きなものは家族である。

アールは何度目かの運送時に運んでいる荷物が麻薬であることを知るが、銃を携えた依頼者の様子を見れば、最初からこの仕事はやばいものだと思っていたはずだ。
アールは運送の仕事で全米を走り回っていた時期があったようで、この仕事を引き受けたのは金に困っている以外に「昔取った杵柄で、歳は取ってもまだまだやれる」という自負心が持ち上がったのかもしれない。
そんなわけでアールは、楽しそうに運び屋稼業に精を出すが、その仕事ぶりは自由気ままに目的地を目指すもので、その行いが可笑しくて拍手を送りたくなる行為でもある。
「年寄りをなめるんじゃない」とは言っていないが、そんなアールのつぶやきが聞こえてきそうだ。
アールは警官に呼び止められても動じず煙に巻いてしまい、そんな彼に最初は反感を持っていた見張り役も徐々に親しみを感じて来るのだが、観客である僕も彼の自由人的な行動にあこがれを抱いてしまうキャラクターをイーストウッドが飄々と演じている。

映画では、アールの運び屋稼業の様子と並行して、ベイツ捜査官をはじめとした麻薬取締局の動向が描かれ、麻薬組織と捜査当局をめぐるサスペンスとしての要素が加わってくる。
そんな中で、アールがベイツ捜査官に人生について語る場面など含蓄に富んだ言葉がたくさん飛び出す。
アールの言葉は、若い世代に向けた人生の先輩からのメッセージでもある。
映画におけるアールの人生が、皺だらけになったイーストウッド自身の人生と重なって味わい深く感じられる。
アールは朝鮮戦争に従軍していたようで、戦争を経験した者として怖いもの知らずだ。
命を失う怖さを乗り越えていそうで「100歳まで生きたいと思うのは99歳の人間だけだ」などと言っている。
この世代の男として、仕事一途だったのだろう。
彼よりはるかに若い世代の僕も、現役時代は家族が一番と思いつつも仕事優先の毎日だった。

終盤、アールが妻と対面した時に流れる哀愁を帯びたトランペットの音色は、長年にわたる夫婦の愛憎を見事に象徴し、死の床にある元妻の「来てくれてうれしかった」に胸が詰り、娘との和解にほっとする。
そしてエンディングに流れる歌の「歳を忘れろ」という内容は、この映画の最大のメッセージだろう。
妻のいる僕は独り者のアールのように歳を忘れてバカ騒ぎは出来ないが、しかし気持ちは若くありたいと思うし、イーストウッドのように映画を撮ることは出来ないが、僕が出来うる何事にも意欲を失いたくないものだとも思う。
ユーモラスなタッチは最後まで続き、娘さんが言う「いるところが分かっているだけで安心」には笑ってしまった。