「東京夜曲」 1997年 日本
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監督 市川準
出演 長塚京三 倍賞美津子 桃井かおり
上川隆也 はやし・こば 朝霧鏡子
花沢徳衛 七尾伶子 安部聡子
ストーリー
東京の下町にある上宿商店街に、数年前、家族を残して家を飛び出していたきりの浜中康一が帰ってきた。
妻の久子は何事もなかったように夫を迎えるが、地元住民のたまり場である“喫茶大沢”では、そんな浜中の噂話に花が咲いたが、どうも浜中はまっとうな仕事に就いていなかったようだ。
久子を秘かに慕っている作家志望の青年・朝倉は、そんな話を聞くうち浜中に反感を感じ、浜中と久子の過去を探り始め、そして朝倉は、喫茶大沢を経営しているたみと浜中が、かつて恋仲であったことを知った。
さらに、たみが彼女に熱烈な想いを寄せていた大沢と結婚してしまって、その大沢が病死したころに浜中が街を出ていったこともわかる。
喫茶大沢の向かいには、浜中の父親が経営する“浜中電気”があり、帰ってからぶらぶらしていた浜中は、父親に借金があることを知って、浜中電気で働き始めた。
まるで商売っ気のない店の様子を見た浜中は、家電屋をやめてゲームソフト専門店を始める。
この新しい商売は繁盛し、商店街に新風を巻き起こした。
やがて、浜中の店の従業員・野村と、喫茶大沢のアルバイトの中国人・ニンが結婚することになる。
喫茶大沢でそのお祝いパーティーを開いた夜、野村とつきあいのあったレコード屋の娘が野村やニンの姿を見つめる様子を目にした朝倉は、浜中とたみが恋仲にあって、大沢がたみに想いを寄せていた当時、久子は大沢のことが好きだったのではないかという推論に思い至った。
朝倉はパーティーからの帰り道、募る彼女への想いに任せて久子に真実を追求するが、彼ら4人には複雑な大人の恋愛模様があることを逆に思い知らされ、彼女への気持ちを断念する。
一方、客の退けた喫茶大沢では、たみが両親の住む岡山へ引っ越しすることを浜中に告げ、ふたりはどちらからともなく、引き寄せられるように肌を重ねてしまった。
時は流れて夏になり、朝倉が街を出ていく同じ日、浜中の家には岡山に去ったたみから桃が届いていた。
寸評
東京の下町を舞台にしているのだが、物語とは別に東京の下町の何気ない風景や、写真のような街の景色の一部を切り取ったようなショット、ビル群ではない下町と思えるような遠景による街の夜景などが度々挿入される。
そして物語の中で登場してくる主人公を取り巻く人々の姿はごく自然体で、もしかするとこの商店街界隈に住んでいる人たちがエキストラとして出ているのではないかと思えるぐらいのたわいない会話を続ける。
事件や出来事が起きるわけでもないその光景は、どこにでもあるごく普通の人々による市井の姿だ。
その雰囲気に飲みこまれるようにして描かれる4人の物語はどこにでもある出来事なのだと思えてくる。
いくら恋い焦がれていても「好きだ」と言えないこともあるし、恋い焦がれた人と結婚できないことだって、それが普通なのだと言ってもいいくらいに存在している。
たみは浜中と好きあっていたが、ちょっとした経緯から大沢という男性と結婚してしまった。
大沢に恋い焦がれていた久子は浜中と結婚した。
人生の彩とでもいう関係だが、かれらは町内という共同体の中で逃げ出すこともできず、人々の噂の中で生きてきたと言えるのではないか。
失踪していた浜中が舞い戻ってきたが、たみの夫は病死していて、たみは目下独身という状況である。
心安らかならぬ状況だと思うが、街も彼等も今までと何ら変わらない。
それが共同体である街の時間の経過なのだと言わんばかりである。
お互いに気になっているにもかかわらず「お前には関係ない」としか言えないじれったさがある。
たみと浜中はビデオ映画を見ているが、それは見る人が見ればわかる清水邦夫と田原総一朗の共同監督作品である「あらかじめ失われた恋人たちよ」で、思わせぶりなタイトルである。
ちなみに、その作品に桃井かおりが出ていたというオチもついている。
映画ファンだけが楽しめた小ネタだった。
浜中の妻である久子に作家志望の青年・朝倉は好意を抱いているようだが、相手が人妻だということもあり告白するようなことはしない。
実は告白できないでいると思われる人物がもう一人いる。
ニンと結婚した野村に思いを寄せているらしい女性がレコードショップの娘である伊藤智美だ。
ニンと野村も伊藤智美も主要人物ではないので、ほんの少ししか描かれないし登場しないが、伊藤智美にそのようなそぶりをさせている。
素直に「好きだ」と言えないことってあるんだよなあ。
登場人物たちは皆どこか淋しげである。
桃井かおりのたみも、康ちゃんの長塚京三も、朝倉の上川隆也も皆淋しそうだ。
時折笑顔を見せる久子の倍賞美津子も朝倉との別れ際は淋しそうだったしな。
それでも共同体の中で彼等は淋しさを紛らわすように関係を保ちながら生きている。
たみも朝倉も去っていったが、いなくなるとかえって素直な気持ちが出てくるのかもしれない。
浜中はそれまで「たみさん」と呼んでいたのに、最後に「たみのところへ行ってみるか」と呼び捨てにする。
その声は淋しさとはかけ離れた明るく元気なもので、たみのストップモーションと共に印象に残る。
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監督 市川準
出演 長塚京三 倍賞美津子 桃井かおり
上川隆也 はやし・こば 朝霧鏡子
花沢徳衛 七尾伶子 安部聡子
ストーリー
東京の下町にある上宿商店街に、数年前、家族を残して家を飛び出していたきりの浜中康一が帰ってきた。
妻の久子は何事もなかったように夫を迎えるが、地元住民のたまり場である“喫茶大沢”では、そんな浜中の噂話に花が咲いたが、どうも浜中はまっとうな仕事に就いていなかったようだ。
久子を秘かに慕っている作家志望の青年・朝倉は、そんな話を聞くうち浜中に反感を感じ、浜中と久子の過去を探り始め、そして朝倉は、喫茶大沢を経営しているたみと浜中が、かつて恋仲であったことを知った。
さらに、たみが彼女に熱烈な想いを寄せていた大沢と結婚してしまって、その大沢が病死したころに浜中が街を出ていったこともわかる。
喫茶大沢の向かいには、浜中の父親が経営する“浜中電気”があり、帰ってからぶらぶらしていた浜中は、父親に借金があることを知って、浜中電気で働き始めた。
まるで商売っ気のない店の様子を見た浜中は、家電屋をやめてゲームソフト専門店を始める。
この新しい商売は繁盛し、商店街に新風を巻き起こした。
やがて、浜中の店の従業員・野村と、喫茶大沢のアルバイトの中国人・ニンが結婚することになる。
喫茶大沢でそのお祝いパーティーを開いた夜、野村とつきあいのあったレコード屋の娘が野村やニンの姿を見つめる様子を目にした朝倉は、浜中とたみが恋仲にあって、大沢がたみに想いを寄せていた当時、久子は大沢のことが好きだったのではないかという推論に思い至った。
朝倉はパーティーからの帰り道、募る彼女への想いに任せて久子に真実を追求するが、彼ら4人には複雑な大人の恋愛模様があることを逆に思い知らされ、彼女への気持ちを断念する。
一方、客の退けた喫茶大沢では、たみが両親の住む岡山へ引っ越しすることを浜中に告げ、ふたりはどちらからともなく、引き寄せられるように肌を重ねてしまった。
時は流れて夏になり、朝倉が街を出ていく同じ日、浜中の家には岡山に去ったたみから桃が届いていた。
寸評
東京の下町を舞台にしているのだが、物語とは別に東京の下町の何気ない風景や、写真のような街の景色の一部を切り取ったようなショット、ビル群ではない下町と思えるような遠景による街の夜景などが度々挿入される。
そして物語の中で登場してくる主人公を取り巻く人々の姿はごく自然体で、もしかするとこの商店街界隈に住んでいる人たちがエキストラとして出ているのではないかと思えるぐらいのたわいない会話を続ける。
事件や出来事が起きるわけでもないその光景は、どこにでもあるごく普通の人々による市井の姿だ。
その雰囲気に飲みこまれるようにして描かれる4人の物語はどこにでもある出来事なのだと思えてくる。
いくら恋い焦がれていても「好きだ」と言えないこともあるし、恋い焦がれた人と結婚できないことだって、それが普通なのだと言ってもいいくらいに存在している。
たみは浜中と好きあっていたが、ちょっとした経緯から大沢という男性と結婚してしまった。
大沢に恋い焦がれていた久子は浜中と結婚した。
人生の彩とでもいう関係だが、かれらは町内という共同体の中で逃げ出すこともできず、人々の噂の中で生きてきたと言えるのではないか。
失踪していた浜中が舞い戻ってきたが、たみの夫は病死していて、たみは目下独身という状況である。
心安らかならぬ状況だと思うが、街も彼等も今までと何ら変わらない。
それが共同体である街の時間の経過なのだと言わんばかりである。
お互いに気になっているにもかかわらず「お前には関係ない」としか言えないじれったさがある。
たみと浜中はビデオ映画を見ているが、それは見る人が見ればわかる清水邦夫と田原総一朗の共同監督作品である「あらかじめ失われた恋人たちよ」で、思わせぶりなタイトルである。
ちなみに、その作品に桃井かおりが出ていたというオチもついている。
映画ファンだけが楽しめた小ネタだった。
浜中の妻である久子に作家志望の青年・朝倉は好意を抱いているようだが、相手が人妻だということもあり告白するようなことはしない。
実は告白できないでいると思われる人物がもう一人いる。
ニンと結婚した野村に思いを寄せているらしい女性がレコードショップの娘である伊藤智美だ。
ニンと野村も伊藤智美も主要人物ではないので、ほんの少ししか描かれないし登場しないが、伊藤智美にそのようなそぶりをさせている。
素直に「好きだ」と言えないことってあるんだよなあ。
登場人物たちは皆どこか淋しげである。
桃井かおりのたみも、康ちゃんの長塚京三も、朝倉の上川隆也も皆淋しそうだ。
時折笑顔を見せる久子の倍賞美津子も朝倉との別れ際は淋しそうだったしな。
それでも共同体の中で彼等は淋しさを紛らわすように関係を保ちながら生きている。
たみも朝倉も去っていったが、いなくなるとかえって素直な気持ちが出てくるのかもしれない。
浜中はそれまで「たみさん」と呼んでいたのに、最後に「たみのところへ行ってみるか」と呼び捨てにする。
その声は淋しさとはかけ離れた明るく元気なもので、たみのストップモーションと共に印象に残る。