「アルプススタンドのはしの方」 2020年 日本
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監督 城定秀夫
出演 小野莉奈 平井亜門 西本まりん 中村守里
黒木ひかり 平井珠生 山川琉華 目次立樹
ストーリー
埼玉県立東入間高校野球部は夏の全国高校野球の1回戦に出場した。
東入間高校の全校生徒が甲子園球場に詰めかけ、吹奏楽部や応援団が必死に声援を送った。
演劇部に属する安田あすはと田宮ひかるはアルプススタンドのはしの方で観戦していたが、二人とも野球のルールを知らず、ただ気だるそうにグラウンドを見つめるばかりだった。
その頃、元野球部員の藤野富士雄は中々応援席に着く決心がつかずにいた。
藤野はラジオ中継で試合の経過を追っていたが、応援席には藤野が密かに想いを寄せている帰宅部の宮下恵がいたことから、彼女の席の近くまで行ってみることにした。
安田と田宮はたまたま近くにいた藤野に声をかけ、元野球部員とは気づかずに野球の解説をしてもらった。
常に成績学年トップだった宮下はその座を吹奏楽部部長の久住智香(黒木ひかり)に奪われていた。
4人の近くに熱血漢の英語教師・厚木修平がやってきた。
厚木は応援する気のない生徒たちにもっと気合い入れて応援しろと発破をかけており、安田はそんな厚木を疎ましく感じていた。
安田と田宮は野球部のエースピッチャーである園田がプロ野球球団のスカウトからマークされていることを知り、野球部があまりにも演劇部を含む他の部活よりも優遇されていることに改めて驚いた。
園田に密かに想いを寄せている宮下は、思い切って藤野に声をかけてみた。
藤野は宮下がてっきり自分に振り向いてくれたのかと勘違いして舞い上がってしまったが、「園田くんって野球以外で何が好きなの?」と問われて落胆してしまう。
そんな宮下は田宮と藤野の会話から、園田は実は久住と交際していることを知って深く傷ついてしまう。
寸評
誇張ではない高校生を感じさせる脚本が素晴らしいのだが、実は全国高等学校演劇大会で最優秀賞に輝いた戯曲の映画化ということなので、それはすなわち高校生が高校生に見せるために作られた話の映画化と言うことであり、どうりでリアリティを感じたはずだ。
何の変哲もないくだらない会話が高校生の言葉で語られながらドラマを成り立たせていくのが心地よく、それを75分でまとめているのも素晴らしい。
彼らは野球の試合を見に来ているが、試合の劇的な場面になってもグラウンドや選手の姿は一度も登場することはなく、彼らの会話を通じてのみ試合状況を想像するのも新鮮に感じる。
その為に元野球部の藤野君を登場させ、今どきそこまで野球を知らない女子高生はいないだろうと思われるような安田さんと田宮さんと言う女子生徒を登場させている。
高校生を描くとどんなことがあっても一生懸命に頑張る姿を描くものが多いが、ここに登場する藤野君はそうではなく、野球部でピッチャーだった藤野君は園田君という絶対エースがいて自分は高校三年間でマウンドに立てることはないと見切って野球部を辞めている。
そしてその行為を安田さんに肯定させている。
藤野君は時間を他のことに費やした方が有意義な高校生活を送れると言っているが、彼に野球に代わる他のものが見つかっているようには思えない。
振り返れば僕にも経験のあることで、あの頃は立派な理屈を言うようになっているのだが実際は何も出来ていなかった事を恥ずかしく思う。
高校時代に友人とラグビー部の試合を応援に行ったことがあるが、ルールを知っていた事を除いてまったくもって彼らと同じような状況で、彼らの姿はくすぐったいくらいにあの頃の僕たちであった。
4人が距離を置いている野球というものを触媒にして自分たちの心の内を吐露していくのが瑞々しい。
さらにブラスバンド部の部長である久住さんも絡んできて高校生の生身の姿が生き生きと描かれることになる。
安田さんは高校生を描く映画では禁句とも言える「しようがない」を連発する。
しかし「しようがない」ことって世の中にはよくあることなのだ。
男の僕は女性徒のやり取りが興味深かった。
僕は時々高校時代の友人と飲み会をやっているが、半世紀を過ぎても話題になるのは高校時代に経験したバカバカしい出来事である。
今から思えば笑い話に過ぎないようなことに真剣に対峙していたのだ。
彼らも卒業後に再びアルプススタンドのはしの方で再会する。
絶対エースだった園田君は社会人野球で頑張っていて、控え選手で練習の虫だった矢野君は努力が実りプロ野球選手になっている。
彼らが矢野君とどのような関係になったのかは分からないが、矢野君のデビュー戦を見るために集まってくる。
藤野君は野球用品のメーカーで働いており宮下さんと交際しているようだ。
それぞれが思い思いの道に進んでいるが園田君と久住さんは別れたみたいだ。
矢野君の打った打球は4人の前を通り過ぎていくが、それは彼らの未来を祝福する打球だったと思う。