斉東野人の斉東野語 「コトノハとりっく」

野蛮人(=斉東野人)による珍論奇説(=斉東野語)。コトノハ(言葉)に潜(ひそ)むトリックを覗(のぞ)いてみました。

27 【忖度(そんたく)】

2017年06月19日 | 言葉

 今や流行語
 ここ数か月で俄然クローズアップされたコトバに「忖度(そんたく)」がある。大阪・森友学園の国有地取得問題は近畿財務局絡みで、続く今治・加計学園の獣医学部新設問題は文科省絡みで、どちらも安倍首相との関連が取り沙汰され、そのたびに、このコトバが使われてきた。権限を持つ官庁の役人が、首相や首相周辺の意向を「忖度」して許認可する、といった意味で使われる。あまり好ましい使われ方ではない。
 もともと「忖度」には「他人の気持ちをおしはかる意の漢語的表現」(三省堂『新明解国語辞典』)や単に「他人の気持ちをおしはかること」(『岩波国語辞典』)という以上の意味はない。要は「気遣う」ことだから美徳の一つであり、好ましい文脈中で使われることが多かった。気遣う側と気遣われる側との上下・強弱の関係で言えば、双方が同等か、気遣う側が優位の場合の方が自然な感じはある。逆に「下の者が上の者を気遣う、思いやる」であれば、意味は「阿(おもね)る」や「へつらう」「追従(ついしょう)する」に近くなる。
 この点、最近のニュースに込められた「忖度」には「(お役人が)先回りして政治家や権力者の意向を汲(く)む」というニュアンスが強く、「阿る」に近い。ある日の新聞には「意向忖度政治」の文字もあった。「行動の主体は役人の側にあり、政治家の側から積極的に働きかけたわけではない」とでも言いたげな様子が感じられる。

 急登場した「忖度」の語
 まだ「忖度」の語が有名になる前のこと、筆者も当ブログでこの語を使ったことがあった。今年1月に載せた「20【準高齢者 高齢者 超高齢者】」の終わり近くで「エリート官僚たちは、頭脳が優秀でも他人(ひと)の気持を忖度(そんたく)することはニガテなのかもしれない」と書いた。他人の気持ちを「思いやる」ことが不得意なエリート役人だからこそ「後期高齢者」や「超高齢者」といった、高齢者なら歓迎したくないコトバを使うのだろう、という意味だ。もちろん、この時の「忖度」は、ごく普通に「他人の気持ちをおしはかる」の意味である。
 ところが間をおかず森友学園問題が世間を賑わすようになり、「忖度」なる語がしばしばメディアに登場し始めた。安倍首相ら政権側から発せられる場合が多く、意味も「役人が先回りして政治家や権力者の意向を汲む」というニュアンスに変わっていた。そこで筆者は「このままでは誤解されるかもしれない」と思い、原文を「他人(ひと)の気持を思いやることはニガテなのかもしれない」に変えてしまった。

 もとの意味をたどれば
 ここで小辞典でなく少し大きな辞書を本棚から出してみよう。『広辞苑』では「忖度」の語を「他人の心中をおしはかること。推察」と説明している。『大辞泉』では「他人の心をおしはかること」、使い方として<相手の真意を――する>を挙げている。『大辞林』は少し詳しくて「忖も度もはかる意。他人の気持ちをおしはかること。推察。<相手の心中を――する>」である。『漢語林』によると、中国最古の詩篇である『詩経』には<他人に心あり、われ之を忖度す>との一節があり、性善説の孟子もこのフレーズを引用して説いたことがあるという。
 耳慣れないコトバが登場し、新しい意味あいも加わって、メディアを通じて広く流布する。耳慣れないコトバの方が、新しいニュアンスを加えやすい。たとえば「気持ちをおしはかって」といった平易な言い回しでは「先回りして政治家の意向を汲む」という意味には変化しにくい。耳慣れないコトバであること、微妙に意味が変わること。2つの条件が揃うとコトバのトリックは成立しやすい。

 加計学園と「総理のご意向」文書
 政府は6月15日、加計学園・獣医学部新設をめぐる「総理のご意向」文書問題で、再調査結果を公表した。5月半ばまで安倍首相や菅官房長官が「怪文書のように出所も明らかでない。相手にするのもバカらしい」と一蹴していた文書である。前川・前文科省事務次官が5月25日の記者会見で「その文書は確かに存在していた」と証言するに及んで、にわかに雲行きが怪しくなり、民進党など野党が再調査を要求した。再調査の結果、文科省が「14件の文書を確認した」と発表した。14の文書中には野党側が主張してきた通り「総理のご意向」や「官邸の最高レベルが言っている」といった表現もあった。
 こうなると「怪文書」扱いしてきた政府側には、大きなダメージとなる。前川氏が会見した5月25に菅官房長官は「前川氏は(文科省の天下り問題で)責任者としてみずから辞める意向を示さず、地位に恋々としがみついていた」と、ふだん冷静な長官らしくもなく、問題をあらぬ方向へすり替えた。テレビのニュースに失笑した人は多かったかもしれない。また義家・文科省副大臣は「文書を外部に漏らせば、公務員の守秘義務違反に当たる」とも言っていた。外交・防衛機密や個人のプライバシーに関わる事項ならともかく、政権の政治姿勢を問う問題にまで「公務員の守秘義務」を云々するのは笑止である。こんな拡大解釈を通そうとするから、国民は「テロ防止法案」の適用範囲に疑義や不安を抱くのだ。
 公務員と利害関係者のゴルフ禁止(国家公務員倫理審査会の規定)や、内部告発者を保護する公益通報者保護法の制定(2004年)。にもかかわらず安倍首相は加計学園の当事者と頻繁にゴルフを楽しみ、義家副大臣は「公務員守秘義務」の御旗をチラつかせる。高い内閣支持率に支えられた安倍氏とその周辺に、気の緩みが生じているとしか思えない。

 「意向忖度」の語が生きる?
 「意向」は政権サイド、「忖度」は役人サイドの問題である。今後、前川・前事務次官の証人喚問が実現するか否かは不透明だが、実現したとしても政権サイドの「意向」の中身が、つまり政権内の誰が、どんな言葉で指示したかが明らかにならなければ、野党側は安倍政権を追い詰めることは出来ないだろう。漠とした「意向」が以心伝心のレベルで役人へ伝えられた、ということであれば、世間の目はむしろ「役人が先回りして政治家や権力者の意向を汲んだのだから、悪いのは役人の阿諛追従(あゆついしょう)の方だ」と見る。
 「忖度」というコトバへの注目度が高くなるほど、「役人サイドの問題」という印象も強くなる。最近の「忖度」は政権サイドに便利な言葉だ。

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