白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
ブログ移転しました→https://note.com/shiraishi_igo

Master対棋士 第23局

2017年02月28日 23時59分59秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
本日は有楽町囲碁センターにて指導碁を行いました。
お越し頂いた方々、ありがとうございました。

さて、本日はMasterの対局をご紹介します。
相手は世界戦優勝経験もある、金志錫九段(韓国)です。<追記>金庭賢六段の可能性が高いようです。
本局は序盤早々、信じられない手が飛び出しました。



1図(テーマ図)
そんな馬鹿な!

周囲に何もない状況での三々入りは、本当に衝撃的でした。
確かに、これまでもMasterは独特の打ち回しを見せて来ました。
本当に良い手なのか、疑問に思ってしまうような手も多くありました。
しかし、この手は次元が違います。
これをやったら必ず悪くなるという、タブーに触れるような手なのです。

多くの場合、三々入りは相手の模様や地を荒らす目的で打たれます。
その代わり、相手に厚みを作らせてしまうのは止むを得ません。
確か小林光一名誉棋聖が、三連星の布石に対して12手目ぐらいで三々に入った碁があったような・・・。

しかし、この場合近くに全く石がありません。
こんな時は慌てて三々に入る必要が無く、入ってしまうと相手を強くしてしまうだけで損だと考えられて来ました。





2図(実戦)
白7までと換わっておいて、一転して黒8へ・・・。
一見すると支離滅裂な動きですし、Masterにしては随分石が下に行っている印象です。

ここで重要になるのは、白7の後左下黒Aからの先手ハネツギを打っていない事です。
定石では打つ事になっていますが、打ってしまうとこの一連の打ち方は、意味を成さなくなってしまうのです。





3図(実戦)
さらに、この進行も異様に映ります。
黒10と左下から動き、気が変わったように黒12と詰めるとは・・・。
もちろん、実際には予定の行動なのでしょう。
どう打っても白が良さそうと感じますが、意外とこの後の打ち方が悩ましいのです。





4図(変化図)
白1と堅く開けば安全ですが、これにはすかさず黒2、4とハネツギを打って来るでしょう。
結果的に白1が厚みを小さく囲うような手になっており、この図は考える気がしません。





5図(実戦)
という訳で白1と大きく開きましたが、すかさず黒2と割って入りました。
白△を壁攻めしようというもので、これが三々入りからの予定のコースでしょう。
三々入りは地を取る目的ではなく、白の根拠を奪っていたのです。





6図(実戦)
そして黒10までと進みました。
白はひとまず下辺を治まりましたが、黒10までと勢力を作られると、次に黒Aが大きくなって来ました。





7図(実戦)
そこで白1に先行しましたが、満を持して黒4からの攻めが来ました。
黒12までとなると、急に白が苦しく見えて来ませんか?
支離滅裂に見えた黒石の配置も、こうなってみると無駄がありません。
この後中央に大きな黒地ができる展開になりました。





8図(変化図)
繰り返しになりますが、定石通り黒1、3のハネツギを打つようでは趣旨が通りません。
白△あたりに眼ができやすい形で、この白が厚みになってしまいます。
後に下辺を打つ際は、強気に白Aまで広げて来るでしょう。

ただし、黒1、3を打たない場合、黒Bの這いを打たなければいけません。
それ自体がかなりつらい手なので、やはり形からすれば、いきなりの三々入りは黒が悪いでしょう。
この局面の配置だからこそ成立した手だと思います。

しかし、三々に入るべき局面を見極めるのは至難の業です。
使いどころを間違えると、大きく形勢を損なう事もあるでしょうから、その点はご注意ください。
たぶん私は真似しません(笑)。
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Master対棋士 第22局

2017年02月27日 23時53分02秒 | Master対棋士シリーズ(完結)
皆様こんばんは。
明日は有楽町囲碁センターにて指導碁を行います。
ご都合の合う方はぜひお越しください。

さて、本日はMasterと陳耀燁九段の対局(2局目)をご紹介します。
序盤の一手が非常に印象的でした。



1図(テーマ図)
まずは白1にビックリです。
黒2が見え見えで、次に白Aなら黒Bとなります。
黒△が良い所にあり、白は序盤早々弱い石を作ってしまいます。
これが嫌なので白1ではBやCなど、広い方に向かう事が殆どです。





2図(変化図1)
黒のコスミツケに対して、白1とカケるのは一つの形です。
もし黒2と受けてくれれば、一例として白11までの進行が考えられます。
白はゆったりした形になり、こうなれば十分です。





3図(変化図2)
しかし、白1には黒2、4とごりごり切って行きます。
黒は空き三角の愚形とはいえ隅で根拠を確保しており、一方白は2つ弱い石ができてしまいます。
この戦いは黒有利という事もプロの常識です。





4図(実戦)
しかし、実戦は白1を一本打っておいて白3!
何という飛躍した手でしょうか。
恐らくこの手を見た全ての日本棋士(或いは中韓の多くの棋士も)は、本因坊道策を思い浮かべた事でしょう。
史上最強と名高い大名人も、300年以上前に似た雰囲気の手を打っていたのです。
ちなみに、その手は酒井猛九段の名著「玄妙道策」でも紹介されています。

この白3がどういう意味かというと、このあたりに援軍を作っておいて白Aを成立させようという事です。
また、黒が先に△や1の石を取りに来れば、捨てて他で利益を得ようとしています。
どちらの進行を目指すべきか、黒を悩ませています。





5図(変化図3)
黒1と出れば、白2と右側に転身する予定でしょう。
白6となった結果は、黒△と押さえて上辺の黒模様を大事にしたにも関わらず、ちょうど白に消された格好になっています。
それどころか、うっかりすると右上の黒全体を攻められかねず、黒としては嬉しくない進行です。





6図(実戦)
実戦は黒1、3とまず右側をつながり、白4を待ってから黒5に回りました。
最も手堅い対応です。
左右の黒が固まっており、これで白が上手くやったと言われても、疑問符が浮かんでしまいますが・・・。





7図(実戦)
白1を一つ利かして、白3、5の大場に回りました。
こうなってみて、はじめてなるほどと思えました。
この後黒Aと詰めて白を攻めたくなりますが、上辺での応酬の結果、その手が打ちにくくなっているのです。
Masterの打ち方は、部分だけでは正しく判断できません。





8図(変化図)
黒1と詰めれば、白4までの進行が想定されます。
白AからBの切りになり、黒としては鬱陶しい所です。
また、白Cあたりで左辺と上辺を繋げる手も生じています。





9図(実戦)
そこで詰めずに黒1と打ちましたが、白2と開いて安定する事ができました。
落ち着いた展開になり、コミを生かす事ができそうです。

この局面で、本当に白がリードしているかどうかは分かりません。
それでも、こうなるなら白で打ってみたいと感じる棋士は、それなりに多いのではないでしょうか。

ちなみに、朴廷桓九段は黒番で4図まで全く同じ布石を打ち、そこから変化しました。
48局目なので、ご紹介は当分先になりますが・・・。
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石の形と総合判断

2017年02月26日 19時40分53秒 | 仕事・指導碁・講座
皆様こんばんは。
本日は棋士の石の形についての考え方をご紹介しましょう。



1図
黒1から9までの進行は定石です。
細かい位置の違いはあっても、少なくとも江戸時代から打たれている進行です。





2図(黒良し)
前図黒7では、本図黒1と当てたくなる所です。
白2と繋いでくれればそこで黒3と伸び、黒良しです。
「山」の形の白4子は、所謂陣笠と呼ばれる愚形です。
△の点が空いており、空き三角の一種です。





3図(黒良し)
もし前図の後白1と押さえれば、黒2の繋ぎとなります。
この白の形、一見すると梅鉢と呼ばれる好形に見えますね。
しかしこれは偽物、月とスッポンです。
白△の所に黒石が入っているのが本物です。





4図(定石)
黒1に対しては白2と当て返す一手で、黒3のポン抜きを許してしまいます。
白6までの進行は一例ですが、定石となっています。

この黒5子の形が、本物の梅鉢です。
5の所の所の白石を抜いており、実質4手でこの形を作れています。
ポン抜きが好形である以上、梅鉢が好形である事は疑う余地がありません。

しかし、この分かれは数百年もの間白が良いとされ、殆ど打たれませんでした。
いくら黒が好形でも、隅に籠っているのがマイナスという事でしょう。





5図(参考図)
例えば、実戦によく現れるこのような形を考えてみましょう。
白1に対しては黒はポン抜きではなく、黒A、白B、黒Cと左側に繋がるべきです。





6図(参考図)
ところが、黒1とポン抜いてしまう方を時々見かけます。
いくら好形と言っても、碁盤の端では長所も半減してしまいますし、この場合は命すら危なくなります。
これは極端な例ですが、似たような理屈で4図は白良しと判断されていたと考えられます。





7図(呉-藤沢戦1)
その評価を変えたのが呉清源九段です。
悪いとされていた隅の梅鉢型を積極的に採用しました。
分かり易い例として、1952年の藤沢庫之助九段(後に藤沢朋斎と改名)との対局をご紹介しましょう。
呉九段の白番で、黒△に対して・・・。





8図(呉-藤沢戦2)
白1から7まで、左上で梅鉢を作りました。
さらに左下黒8、10にも白11と当てて・・・。





9図(呉-藤沢戦3)
左下でも梅鉢を作りました。
左上や左下の定石の評価は、現代では白良しが常識になっています。
しかし、当時としては非常に斬新な考え方でした。

当時は黒がコミを出す対局が当たり前ではなく、呉九段はその中で圧倒的な強さを誇りました。
黒番は当然として、不利な筈の白番でも勝ってしまうのです。
その大きな要因として、布石の考え方が他の棋士に比べて一歩も二歩も進んでいたという事があります。

現代では、日本や韓国では互先の対局は黒がコミ6目半を出します。
つまり、黒を持った側が6、7目程度有利と判断されているのです。
(個人的には、コミ7目で引き分けありとすれば、最も五分に近くなるのではないかと感じています)

しかし、白6となった局面を見ると、そんなに黒が良いとは思えません。
せいぜい2、3目程度の優位に見えます。
コミ無しとはいえ、この段階で黒はリードを大幅に減らしてしまったと言えるでしょう。

石の形の良し悪しというのは、ある程度決まっています。
しかし、碁には他の判断基準もありますから、それらを天秤にかけて判断しなければいけません。
呉九段は、その能力が他の棋士と大きく違いました。

今回ご紹介した定石では、呉九段は石の形の方をより重視しました。
しかし、どちらかといえば石の形を軽視した実戦的な打ち方が多く、そこは現代の棋士から見ても斬新ですね。

Masterの強さも、恐らく同じ所にあるのでしょう。
大半は人間と似たような手を打ちつつも、判断方法で差を付けているのです。
その判断方法が、人間に真似できそうもないのは困ったものですが・・・。





10図(参考図)
おまけにもう1図載せてみましょう。
こんな局面で白△の逃げ出しを防ぐには、黒Aとポン抜くのが最も良い形であり、そう打つべきとされて来ました。

しかし、現在は黒Bが主流となっています。
部分的に最高の形を作るよりも、白を右下の黒模様に入りにくくさせる事を重視しているのです。
ちなみに、配石が違う局面でMasterは黒CやDに打っています。
形としては薄いのですが、やはり周辺への影響力を重視したものと考えられます。
色々な手があるものですね。

碁には基本と応用がありますが、応用の許される範囲が非常に広いゲームです。
これが碁を深く、面白いものにさせているのでしょう。
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今週の対局・その2

2017年02月25日 23時59分06秒 | 対局
皆様こんばんは。
ツイッターの日本棋院若手棋士アカウントの担当者が、一力遼七段から平田智也七段に交代しました。
豪華リレーが続きます。
内容も面白いので、ぜひご覧ください。

さて、本日も木部夏生二段との対局を振り返ります。
テーマは布石の駆け引きです。



1図(実戦)
白1は、黒の布石作戦を避ける趣向でしょう。
例えば黒Aの中国流を妨害しています。
黒は分かり易く2と受け、白3を待ってから黒4と挟みました。





2図(変化図)
白1、3のように単純に逃げる手は、プロは打ちません。
黒2、4とどんどん先に進まれますし、白はなかなか治まりません。
私なら白1では4あたりに打ち、右下白は死んだふりをするでしょう。
逃げるか捨てるか、黒の打ち方を見ながら柔軟に対応しようという事です。





3図(実戦)
実戦は白1と一本カカリ、黒2を待ってから白3、5と仕掛けて来ました。
これは予想外でした。
何故なら黒6の後・・・。





4図(変化図)
白1と逃げるのが自然ですが、黒10までほぼ一本道です。
白△が腐ってしまい、黒有利の分かれです。





5図(実戦)
実戦は白1、3と、1子抜かせて渡って来ました。
よくある捌きの手筋ではありますが、序盤で打たれる事は滅多にありません。





6図(実戦)
黒6までは順当な進行でしょう。
黒△の5子は梅鉢とも呼ばれる形で、古来から好形とされています。
序盤でこの形ができては、黒が悪い筈が無いと思っていました。
しかし、白はくっついている黒〇の働きが悪いと主張しているのです。





7図(実戦)
そして白1、3となって、白のもう一つの主張が見えて来ました。
次に黒Aと、2目の頭をハネる手が自然ですが・・・。





8図(変化図)
黒1とハネると、白6までの進行が想定されます。
こうなると、白△と黒△の交換が白にとってプラスだと主張しているのでしょう。
黒△があるにも関わらず、白△と荒らしに来る狙いがあり、黒の構えが中途半端だという事です。





9図(実戦)
私としても相手の注文に乗りたくないので、黒1と変化してみました。
白Aなら黒Bあたりに挟み、攻める予定です。
白△の揚げ足を取り、悪手にしようという事です。





10図(実戦)
しかし、相手も私の意図を避けます。
逆に白1と、黒の2目の頭をハネて来ました。
白5の後、白A周辺に打ち、黒を分断する手を狙っています。





11図(実戦)
そこで黒5までと守りましたが、黒が非常に強くなったので、惜しまず白6、8を利かしました。
白10と回り、上辺や中央の広がりで勝負する構えです。

お互いが相手の意図に反発し、意外な変化になりました。
こういった駆け引きも碁の面白い所ですね。

明日は、今回出て来た梅鉢という形を題材にする予定です。
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今週の対局・その1

2017年02月24日 23時59分59秒 | 対局
皆様こんばんは。
本日は昨日の対局について振り返ります。
碁聖戦予選、相手は木部夏生二段です。
野性的な碁中盤戦の力強さが持ち味だと思います。

木部二段は日本糖尿病協会のインスリンメンターとしても活動しています。
木部さんのインタビュー動画はこちらです。





1図(テーマ図)
私の黒番です。
白1のハネは予想していた手で、予定通り黒2とハネました。
当然白Aと伸びる一手と思ったら、ここで何故か相手の手が止まりました。
そこで私も気付きます。
「あっ、これはまずいか・・・?





2図(実戦)
果たして、心配していた手をやって来ました。
白1のツケ!
強烈な手があったものです。





3図(変化図)
黒1と繋げば白2と切ろうというのです。
白6までとなると、黒石は内側に籠り、白石の姿はピンとしています。
黒△も浮いてしまい、これは考える気がしない図です。





4図(実戦)
止む無く、実戦は黒1、3と変化しました。
ここでもし白Aと取ってくれれば、黒Bと押さえて何事もありません。
黒が外回りになっただけで、白の仕掛けは空振りです。





5図(実戦)
という訳で、白1から出て行く一手です。
白5まで黒を分断してから、白7の抜きに戻りました。
黒がバラバラになったようですが、黒8のハネが生命線です。





6図(変化図)
白1、3と出れば、一例として黒6までの変化が考えられます。
黒△はボロボロになりましたが、その間に左下の黒を安定させつつ、大きな地も作れました。
一応捌き成功と言って良いでしょう。





7図(実戦)
前図では不満と見た白は、1と切って来ました。
これには黒2の当たりが先手になるのが、黒にとって大きなプラスです。
左辺白は完全に生きている訳ではないので、黒Aと出る手も狙いになります。

見落としは迂闊でしたが、何とか形になりました。
運が良かったとしか言えませんね。

ちなみにこの後乱闘に発展し、お互いの大石同士の攻め合いも絡む難解な事になりました。
そこでも見落としなどがありましたが、結果的には幸いしました。

明日はこの対局の序盤について振り返ってみたいと思います。
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