今日も元気で頑張るニャン

家族になった保護猫たちの日常を綴りながら、ノラ猫たちとの共存を模索するブログです。

テンちゃんの思い出 ~佐竹さんの来訪~

2021年03月27日 | (故)テン
テンちゃんとの出会いは2017年、正月明けの4日のことでした。
Xmasの日に消息を絶ったシャッポを捜して街を彷徨う自分に、店からの連絡が。
「新しいネコちゃんが来てる。よれよれなんだけど。」

店に来て初めてのテンちゃんの写真

それは激ヤセで、顔が張り子のようにコチコチで目も塞がった小さな猫だった。
ヒゲも切れ、体毛のあちこちが剥げて血が滲んで痛々しい。
傍に置いたご飯を探すのにも苦労していた。

店長さんにに抱かれると、自分から膝の中に納まった
(後で疥癬と知ってギョッ!)

ようやく食べ終わると、よちよちと人の気配を追ってくる。
固まった目やにをお湯でそっと拭く。すると、つぶらな瞳が現れた。
それがテンちゃんとの初めての対面でした。

全身手当てするスタッフにもなされるままだった

重度の疥癬と低体温。先生は一見して首を横に振った。
しかしスタッフの懸命の介抱と本人(猫)の生命力で持ち直し、先生を驚かせた。
当初は子猫かと思っていたが、10才は過ぎた老猫だと言われた。

病院で手当てを受けるテンちゃん

それから3週間後、すっかり回復したテンちゃん。
昼は3mのリード付、夜は事務所に独りお泊りの生活を始めたのです。

それからの2年間、本当にいろいろなことがありました。
自分はテンちゃんとの散歩が日課に、スタッフも何かと場所を移動してくれた。
甘え上手のテンちゃんはすぐさまお客さんの人気者に。
テンちゃんのいる風景が当たり前のようになっていった。
その一方で、リード暮らしがテンちゃんにとって幸せなのかと毎日のように考えた。

初めてのリードも慣れたもん?だった

2018年の晩秋、テンちゃんの体調がおかしくなった。
暮には食欲もなくなり、療養のため家に引っ越すことにした。
佐竹さんの来訪は、そんな晩秋の頃でした。

事務所やスタッフルームで仕事のお邪魔虫をするのも日課に

佐竹茉莉子さん。
「猫のいる風景」(Sippo)や「道ばた絵日記」(フェリシモ猫部)など、
温かい目で猫たちの生活を見続け、淡々と書き綴るライターです。
単行本も何冊か出版。その中の「里山の子、さっちゃん」では、
全身マヒの猫が仲間たちに支えられて元気に暮らす日常を綴る。
やさしさに溢れるその暮らしは動物番組などでも何度も紹介された。

テンちゃんはお花屋さんの看板猫になりました

佐竹さんはテンちゃんの評判を聞いて店に来てくれた。
そしてテンちゃんの暮らしぶりを書いてみたいと。
自分はお会いできなかったけど、すごいねテンちゃんと、店のスタッフ全員が喜んでいた。

しかし年が明けて佐竹さんの2度目の来訪のとき、店にテンちゃんはいなかった。
わが家に引っ越して療養生活に入っていたのでした。
病院が店の隣なので通院のときは店にも寄ったけど、残念ながら佐竹さんには会えなかった。

春には遊歩道の桜の下で戯れた

テンちゃんは慢性腎不全の末期でした。
家に来た当初は元気復活かと思われたテンちゃん、容態は徐々に悪化し通院が負担に。
慣れない自宅輸液の開始。しかし保護者の不安が伝わるのか拒否するテンちゃん。
嫌がるテンちゃんに追う保護者。
テンちゃんにとって何が幸せなのか、今度は「命」について考えさせられた。

SC内散歩中のテンちゃん(奥は公園の丘陵)

その年、2019年の6月に、テンちゃんは添い寝する自分の横で逝きました。
最後は思い出に浸りながら、いつまでもテンちゃんを撫で続けた。
楽しく充実した2年半でした。テンちゃんにとってもそうであったと信じたい。

その中でも、断片的に脳裡に焼き付いて離れない場面がいくつか。
また折を見て、書いてみたいと思います。

テンちゃんのキラキラ瞳
(疥癬完治後も殆ど目が開かなかったテンちゃんの滅多に見れなかった瞳)

※テンちゃんと過ごした2年半は、「テン」カテゴリーに思い切り詰まっています。

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<男の鑑> 強くやさしくおおらかに ~一周忌追悼テンちゃんヒストリー・3~

2020年06月18日 | (故)テン
その3.命を考えさせる猫

テンよ、お前がこだわり、そして貫き通したもの
保護したつもりがいつの間にか欠かせない存在になっていた
お前を失って嫌というほど考えた今ならわかる
お前が貫いたのは猫としてのプライド、そして対等の付き合いだったんだ

守り神になったテンちゃんの分身(分骨)は、店の所々に置いてある

腎不全で尿毒が身体中に回ると、気持ちが悪くて食べるどころじゃなくなる
テンちゃんは尿毒(BUN)の値も振り切れるほど高かった
少しでも楽にするには輸液しかない
わが家でのテンちゃんの療養は、輸液生活へと変貌した

わが家に来ても日光浴は大好き(奥にみう)

山ほど読んだ猫の慢性腎不全の記述の中に
末期と診断されてからの平均余命は200日というのがあった
胸が詰まった テンちゃんはこの夏を越えられないと言うのか
しかしそれから、テンちゃんとの二人三脚で奇跡への挑戦が始まった

当時尿管結石と急性腎不全に苦しんでいたニャーはその後回復した

一方わが家に来たテンちゃんは元気を取り戻したようだった
かつて相手猫に奇襲攻撃をかけた時の忍び速足が復活
1階2階、部屋から部屋へと早い早い、それはまるで瞬間移動だ
テンちゃんに突然近寄られた他の猫たちが慌てるほどだった

ちび太との9ヶ月ぶりの再会はよそよそしく

でも、テンちゃんが他の連中に手を出すことは一切なかった
近くにいても意にも介さず、興味すら示さない
テンちゃんの持つ威厳と威圧感は畏れられたけど
あのゴジラ顔と怪獣声には、周囲がいつの間にか慣れていた

新しい仲間たちにはすぐに溶け込んだ

8匹目のネコとしてわが家に加わったテンちゃん
この家での生活はまあまあだったようだ
何より、2年に及んだ狭い事務所でのお泊りとリード付の生活から解放された
でも自然への未練は残ったらしく、ボーッと外を眺めることも多かった

リビングから外を眺める

テンちゃんには、こなさなければならないノルマがあった
1回150ccから200ccの皮下輸液
理想は毎日、でも夫婦が病院に付き合えるのは週に2,3日が限界だった
しかし3日も空けると、テンちゃんが目に見えて動かなくなる

キャリーケースに押し込められるのが嫌で、当初は旅行バッグで通院した

テツやニャーと違い、頑として強制給餌を受け付けなかったテンちゃん
食べるためには具合が良くなってもらうしかない
夫婦は、自宅輸液の決断をした
そしてテンちゃんとの輸液攻防が始まった

穏やかな生活とやさしい保護者を信じていたが・・

唸り声をあげて拒否するテンちゃんが暴れ出せば、猫も人間も大出血だ
保護者の緊張やためらいが伝わってますます意識過剰になる
それでも5回に1回、3回に1回と受け入れられるようになって
2ヶ月後には毎朝の輸液が可能になった

輸液を待つテンちゃん

その後も最低週1回の通院は続けた
テンちゃんの状態チェックの他に、もうひとつの理由があった
病院がお店のすぐそばなので病院帰りにお店に寄れる
"通いの看板猫"は、お店の人たちにもテンちゃん自身にも好評だった

戻って来た看板猫に多くのお客さんが喜んだ

テンちゃんは通いとなった店で、かつて知ったる自然を満喫
やがて自分の後継者になるレオとも仲良くなれた
しかし6月に入ると、テンちゃんの容態が再び悪化
輸液を拒否し、食欲もなくなり、手の施しようがなくなった

テンちゃんの後継者、レオ(左)の旧名は「テンチビ」だ

まるで骨と皮だけになったテンちゃんには、輸液の針もきつかったに違いない
テンちゃんは尊厳死(自然死)を望んだのだろうか
先生は言う、「無理やり輸液を続けても、猫にとって幸せなのかどうか」
命を、そして幸せの持つ意味を考えた

外の自然に触れれば思わず気張る (久々の裏駐車場にて)

テンちゃんはその2週間後に逝きました
そのとき書いた「テンちゃんFOREVER]という記事の結び
・・幸せの指数とは、どのくらい周囲からの愛情を感じているかだ・・
少なくともテンちゃん最後の2年半は、この上なく幸せだったと今も確信できるのです


テンちゃんが最も好んだ場所は、スタッフの往来を見渡せる場所だった

テンちゃんが逝く1週間ほど前
衰弱状態で保護された生後2ヶ月足らずの幼猫、チキンがやって来た
動けなくなったテンちゃんに何故かいつも寄り添ったチキン
テンちゃんは、チキンに命のバトンを渡したのだと思います

テンちゃんから命のバトンを受け継いだチキン

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<男の鑑> 強くやさしくおおらかに ~一周忌追悼テンちゃんヒストリー・2~

2020年06月16日 | (故)テン
その2.人気者看板猫と野生の矜持と 
(本日6月16日はテンちゃんの命日です)

テンよ、お前が捨てられたのか脱走したのかそれは知らない
だけど家猫だったお前が
その後にどれだけ過酷な運命と試練に耐え、そして生き抜いてきたのか
お前が何も言わなくても、その背中が語っていた

リード付でも屋根に上るくらいは朝飯前

テンちゃんのリードは2連結で合計3mと超ロング
スペースに余裕のある店内ではまず絡むことがない
草地や日陰日向を考慮して繋げる場所を選ぶ
30分もしないうちに、スタッフが必要に応じて場所を移動する

ヤシの木の大鉢の上がお気に入り

こうして昼は店内、夜は事務所というテンちゃんの店猫生活が始まった
保護者のオジンを中心に、頻繁に散歩にも付き合った
お客さんは繋がれているテンちゃんにはやさしい
甘え上手のテンちゃんも、目一杯愛想がよかった

朝、事務所でスタッフを待つ

評判が鰻登りだったテンちゃんには、もうひとつの顔があった
閉店後に毎夜続けた夜の見回り
ダイフクやモドキに出会うと、唸る間もなく一気に襲い掛かる
繋がれた大型ラックを倒したり、鉄製のS字フックを伸ばして外したりもした


看板猫お勤めの後は夜の見回り

人も猫も誰もが怖れた攻撃性と、実際に残した数々の武勇伝
やがてテンちゃんには「番長」の異名がついた
まず唸り合いという、猫社会の喧嘩のルールを無視した戦法
卑怯ではあるけど、家猫だったテンちゃんが生き抜くための手段だったに違いない

事務所前の店内を見渡せる場所から監視

愛嬌のある甘えん坊、番長の異名を持つ威圧感
秋になると、そんなテンちゃんのもとに小さな訪問者が現れた
生後2ヶ月ほどの子猫は、テンちゃんに出会うなり後追いを始める
後に「ちび太」と名付けられるその子猫を、テンちゃんがどう扱うのか注目された

テンちゃんの後追いを始めたちび太

威嚇して振り払うテンちゃん
そのたびに恐怖の表情で固まる子猫
しかし子猫は諦めなかった
そしてついに、テンちゃんはその子を受け入れた

ちび太との共同生活

それからテンちゃんの子育てが始まった
睡眠中、食事中、トイレ中まで無遠慮に絡んでくる子猫
テンちゃんは自分の時間すら持てない
それでもテンちゃんは、子猫の成長を見守り続けた

傍若無人なちび太に翻弄される

春になると、大きくなったちび太に絡まれて転がされることもあった
あのテンちゃんが何故怒らないのか、スタッフ一同不思議だった
やがて手術を受けたちび太は保護者の家に引っ越し
テンちゃんは、再び穏やかな日常を取り戻したのです

ちび太とのお別れの日、最後のツーショット

平穏が続く店猫生活を経て、テンちゃんは変わった
好戦的な面が影を潜め、歳とともにボケたのか物事に疎くなった
そしてやけに頑固になった
不満とかワガママとは違う、何かこだわりがあるようだった

日課の散歩も随分遠くまで行くようになった

そんなテンちゃんを、どうしても家に迎えたいと常連さん
気が進まなかったが、断り切れずにトライアルに伺った
予想以上にいじけたテンちゃん、姿を隠したままの先住ネコちゃん
再トライアルの約束をして、その日は帰った

ケースに逃げ込んだ初めてのトライアル

テンちゃんのこだわりとは、「自由」ではなかったか
リードから解放するには家猫になるしかない
慣れた環境で余生を過ごすか、家猫になってリードからの解放か
保護者は迷ったが、結果的にテンちゃんが再トライアルに向かうことはなかった

店内でくつろぐ

その頃、テンちゃんの動きに生彩がなくなって食欲も落ちていた
回復するどころか悪化の一途で、年明けから療養のためわが家に移ることに
わが家に迎えたテンちゃんはいつもと変わることなく
家の連中もテンちゃんを暖かく迎えてくれた

念願叶ってオジンの膝の上

ニャーの結石などでバタバタが続き、1月下旬になってようやく通院
CREの値が測定限界を超え、診断は末期と思われる慢性腎不全
「治る見込みはない」という先生の言葉に、ショックを隠せなかった
そんなになるまで気付かなかった自分を責めた

ニャー(手前)とも不思議と仲がよかった


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<男の鑑> 強くやさしくおおらかに ~一周忌追悼テンちゃんヒストリー・1~

2020年06月15日 | (故)テン
その1.出会い、九死に一生、そしてリード生活の始まり 

テン、あれからもう1年になるんだね
お前が長い眠りについたあの瞬間
時の流れが少し止まった
まるで昨日のことのように覚えているよ

お店時代、いつもオジンの仕事を見守ってくれた

テンちゃんと出会ったのは3年半前の正月
置き餌の匂いに引かれたのか、事務所までたどり着いた
しかし食べ物がどこにあるのかもわからず
事務所の前をうろついていた

初めての出会い

連絡を受けてシャッポの捜索から慌てて帰店して
初めてその子を見たときは衝撃だった
まさに傷だらけの満身創痍、ヒゲは切れ目は塞がっていた
それでもよちよちと、スタッフの気配を追っていた

目が見えてなかった

スタッフの一人が抱きかかえると
顔が張り子のように、叩けば音がするほど固かった
しかし腕の中で態勢を整え、落ち着くと顔を埋めてくる
飼い猫だったんだと、誰もが思った

店長さんに抱かれると落ち着いた

スタッフが集まって湯タオルで全身を拭いた
毛が抜け落ちて赤くただれた皮膚が痛々しい
べたついた山盛りの目やにを丁寧に拭き取ると
中からつぶらな瞳が出てきた

めったに見せないつぶらな瞳

当日は休院で事務所にお泊り、しかし翌朝動かなくなっていた
慌てて病院に連れていくと、「こりゃさすがにダメかもしれない」
ノラにそこまでやるんですか? と聞かれた
迷うことなく頷いた

病院で手当てを受ける

極度の脱水症に低体温症、重度の疥癬、FIV陽性・・
病院から戻った後のスタッフの献身的な介抱
それに応えるように、テンちゃんは少しづつ回復した
そしてついに、疥癬ダニの完全駆除までこぎつけた

落ち着きが出てきた頃

でも塞がった目が完全に開くことなく、ゴジラ顔になった
耳も聞こえているのかどうか、反応が鈍い
そして声は、ひしゃがれただみ声が直ることなく
スタッフから「怪獣の声だね」と揶揄されるようになった

ゴジラ顔が"売り"になった

1ヶ月ほどの間、テンちゃんは事務所の中で暮らしました
8畳ほどの中に机やラックにロッカーが並んで狭苦しい
でも、療養中のテンちゃんには十分だった
命の恩人のスタッフには、怖がるどころかとても甘えん坊だった

知る人ぞ知る甘え上手

しかし元気になるにつれて、テンちゃんが出たがるようになった
ダイフクにカブキにモドキにミセミケ・・
夜になるとやって来るよそ者たちが気になって仕方ない
そうは言ってもまだ治療中の身、放すわけにはいかなかった

外の連中が気になる

ある日、リードをつけて一緒に外に出てみた
初めはリードをつけただけでパニックになる
少し慣れてもお客さんが近づくと
リードが切れるか首が切れるか、暴れに暴れて保護者が何度も流血した


リードに少し慣れたけどまだぎこちない

それでも、外に出ればいいことが沢山ある
「10歳から12歳くらいか」と言われたテンちゃんの
ノラ生活がどのくらい長かったのかは知らない
自然の風、自然の匂い、自然の光景・・・それはテンちゃんの故郷だった

草むらでの休息が大好き(店裏にて)

諦めずに、保護者付き添いのもと何度も何度もリードの練習をした
やがてリードを気にしなくなり、お客さんが近づいても気にしなくなった
そしてついに、テンちゃんはリードの達人(猫)と言われるまでになったのです
同時に、押しも押されぬお店の看板猫になっていました

テンちゃんはお花屋さんの看板猫になりました

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なかよし・お店編

2020年05月06日 | (故)テン
レオとちびニャン
ホントにホントにいつもいっしょ
もう言葉は要りません

お店の奥で日向ぼっこ

夜の2匹(外から)

夜の2匹(中から)

最近の2匹の悩みは
天敵(失礼! ご来店の小さなお子様のことです)が増えたこと
それと、モドキがたまに昼間にやって来ること

でも、2匹いっしょなら大丈夫
何とかやり過ごしています

ミニブーケ陳列用の箱で一緒に(それぞれの寝床よりもお気に入り?)

この2匹を見守っているのは・・
言わずと知れたお店の守護神


テンちゃんです

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