読書メモ⑦ 反戦・非戦を貫いたキリスト者

写真人物・明石順三
写真下・「兵役を拒否した日本人　灯台社の戦時下抵抗」稲垣真美　岩波新書)

読書メモ⑦　反戦・非戦を貫いたキリスト者
参照
「兵役を拒否した日本人　灯台社の戦時下抵抗」稲垣真美　岩波新書)

感想
  明石順三や村本一生の資本家階級糾弾の視点、階級観点に驚く。また獄中でのエピソードで【転向者の青衣組と非転向者の赤衣組】のくだりも感動した。歴史の中にはしっかりと軽蔑し尽くす必要がある人がいる。が反対に心から尊敬されるべき人々もいる。凶悪犯の囚人たちは、それを教えてくれている。

 《周りの凶悪犯の囚人たちは、転向した思想犯の青衣組を軽蔑し憎み、逆に非転向者の赤衣の明石たちをひそかに尊敬してくれた。赤衣の非転向者の中には、共産党員の市川正一(のちに獄死)、春日庄次郎、竹中恒三郎らがいた。明石順三は戦後記した遺稿『同獄記』の中でその獄中での春日ら共産党員の事を「どの顔を見ても栄養失調の影が極度に濃い。その青白い顔、顔が身体を前かがみにして黙々と歩いている。そのなかで、元気そうに胸をはり、両腕を振って歩く囚人をみた。他の者たちと同様に顔色も蒼白で、体も痩せて細かったが、何かしらその全身に強い気魄というようなものがみなぎっているように見受けられた」と書いている。明石は共産党員ともひそかに知り合う中で、春日ら共産党員が手をまわして明石に英文の聖書が届いた。》

【明石順三と灯台社】
   明石順三（1889-1965）を支部長として1926年に結成されたキリスト教新団体灯台社(「エホバの証人」)。1927年5月25日、明石順三は大阪朝日新聞社講堂で灯台社の第一回講演会を開催し、8月には東京京橋に正式な灯台社の本拠を置き、神エホバを唯一の神とし、偶像礼拝を拒否し、「現人神」「神聖にして侵すべからず」の天皇の神聖を認めず、「汝殺すなかれ」の聖書の教えから戦争絶対反対を主張した。

【明石順三、資本家階級を激しく糾弾 !】
  「工場や製造所等に関する労働状態を見るも、従業員や職工の労銀は雇主の手で益々削り取られるばかりか、雇用主は容赦もなく解雇手段を執り、今や、何百万という失業者をして喰うや食なく妻子を養い得ざる悲惨な状態に陥れ、しかも彼ら資本家側は不義の栄華を楽しんでいるのにである。一方、富める者より僅かな労銀を得て彼らにほとんど生死の権を握られている労働階級の人々の心には、益々悲哀の念が刻みこまれて行く」
　
   「良心の全く腐れはてたる暴利資本家は虚偽と巨額の金をもって政府当局と民衆の投票権を腐敗せしめ、おのれが悪行為を盛んに継続している。これに貪婪(どんらん)なる悪しき暴利資本家こそ黒幕の中にあって政府の実権を握るものである。このゆえに政府の実権は、金をもって神と崇める極く少数者の手に全く掌握されているのである」

  「正義を行うべき法廷もこれもまた強欲なる資本家の手の下に自由支配されていた。貧しき者の法廷で勝つはほとんどの場合絶望である」

  「今日において最も強欲な徒は、その強大なる財力と権力、勢力を用いて社会の報道機関なる新聞雑誌を自由に支配し、いわゆる輿論なるものをつくり上げて自己のために利し、人々をして事実の前に盲目ならしめている」

  「政治家は常に資本家の走狗であるが、今日では既にその為すべき方法を失い、昏迷の極に達せんとし」

【戦争絶対反対!】
  「もし一国政府と他の国の政府との間に紛争が発生した場合には、その国の人民は強制徴集を受けて武装させられ、他国政府の人民を殺戮する戦争に従事しなければならぬ。愛国の語は民衆を互いに殺戮せしめ合うに用いられる最も有力な道具である。―方則として、かの無暗に愛国愛国と騒ぎ回る連中に限って決して戦線にいでしことなく、常に後方にあって火事場泥棒的に不義の財産をかき集めるのである」

  「一国の民衆は他国の民衆と戦うを欲せず、またこれを煽動もしない。——この戦争を製造したる当人らは国家に勲功ある者として光栄ある勲章を受け、なんら事情を知らざる数百万の人間が無理やり死なされるに至っては全く言語道断、沙汰の限りである。いわんやそこに戦争の結果として無数の老弱男女を苦悩せしむる戦争の恐怖の甚大なるをおいてである」

　1925年の治安維持法が28年に改悪され最高刑は死刑・無期懲役とされた。また同年には特高が新設された。1931年の中国侵略満州事変、翌年には各都道府県警察部に特高課がおかれた。
　灯台社は積極的な伝道を全国的に繰り広げていた。一度に4万部余りの文書を郵送で配布したり、自転車による伝道グループ「戦車部隊」はリヤカーに自炊用のなべ釜、食料等々を積み、野山を行き熱心に伝道した。このころ明石順三はドイツのナチスやイタリアのファシストがいかに悪の体制の手先であるかを熱心に説き、その危険性をくりかえし警告している。

　1933年5月ちょうど京大滝川教授事件とときをおなじくし、灯台社への最初の大弾圧が起きた。全国で100余名が不敬罪で一斉に検挙された。任意出頭した明石順三も市川署に留置され特高のきびしい取調を受けた。この時は、灯台社の書物・印刷物全部が発禁処分となり、数百万部が押収された。この弾圧はナチスがドイツ国内の戦争反対を主張し続ける「エホバの証人」1万9268人を絶滅させようと検挙投獄で強制収容所に送り込み、約2千名の信者を殺害したことと連携していた。1939年6月21日には再び122名を一斉検挙した。

　軍隊に召集で入営した明石順三の長男真人ら3名が銃を上官に返上した。信徒の村本一生は軍を脱走して灯台社に帰り自分の意志を告げた後もう一度部隊に戻り、銃器返上と軍事訓練全面拒否を申し出て、軍法会議のすえ6月14日不敬・抗命罪で2年の刑に処せられた。真人は3年の刑を受けた。彼らは「神以外の被造物、偶像の礼拝の拒否」と「宮城遥拝、御真影奉拝拒否」をし、また神は人殺しを禁じているからと「兵器を返上」したのである。真人はその後転向し「天皇陛下に捧げまつる」と復軍している。

　灯台社事件は、起訴者52名は長く厳しい拷問や取調べで明石順平ら5人以外は転向や信仰から脱落している。その5人のうち雀容源と玉応連の2人は朝鮮人であり、2人は懲役5年と4年の刑で服役し玉応連は豊多摩刑務所で獄死させられている。明石はじめ5人はあくまで反戦の姿勢を貫いた。

【村本一生の獄中反戦手記】
　兵役拒否を貫き軍法会議で2年の刑を受けた村本一生は、 1939年8月、陸軍刑務所の服役中『シナ事変の真相』と題する半紙150枚あまりの手記を書きあげた。この村本一生の獄中手記は全編を通して対中国の戦争に断固反対すると主張し、「戦争へ戦争へと狂うがごとく盲進する日本の先途こそまことに危なきかな」と叫んだ。この戦争に大義名分がない。なぜ日本が戦争をしなければならないか国民には全くわからない。ドイツのナチスやイタリアのムソリーニのファシスト、日本のファシストら支配者どものやり方は、1、支配者は、社会不安が増大するにつれ輿論操作として「無産党の脅威」を国民に吹き込む。2、支配者は、一方でファッショの反動勢力を養成する。3、支配者は無産党への資金の援助ルートを断ち、ファシストには豊富な資金を供給する。4、ファシストは急激に勢力を拡大し、萎縮し力を弱めた無産党をひと思いに壊滅する。イタリア共産党もこれをやられた。ドイツでもナチスが国会議事堂に計画的に放火し、その責を共産党に帰するというやり方で一挙に葬りさってしまった。5、悪の支配下の報道機関はこれら反動支配者たちを"救国の英雄"と賛美・宣伝させられる。ヒトラーもムソリーニもこうして"つくられた"英雄にすぎない。6、しかし、衆愚化されている国民はこうした"つくられた輿論"に無条件に服従する。こうなった国民にはもう"英雄"を批判する能力もなく、独裁者が登場したからくりも知らない。
　
　「このいわゆる"日本主義""国粋主義"と名付けられたファッシズムへの日本の転向は果たして日本に益をもたらすであろうか?　否 !」

　「ファシストはみな殺人狂、悪鬼的精神の所有者である」

　「ファッシズムの悪意と戦争で利益を得る資本家」

　「嗚呼多難なるかな日本の前途よ。徹底抗戦を絶叫する150万のシナの大軍あり、子供だまし的な宣撫工作などとても追いつかぬシナ民衆の徹底的対日憎悪あり。新政権(中国共産党)の続々成長するあり」

　「しかも金属、燃料、ゴム、 化学薬品原料、皮革、被服原料等々ほとんど全ての戦用物資を否米塩等の食料品の大半をさえ英米その他の諸外国に仰がねばならぬ日本。・・・祖国日本よ、汝は果たして何処へか行かんとする?」

　村本は、服役中も宮城遥拝を拒否し、さんざんになぐられ両手を背中に緊縛れたまま暗い懲罰小屋に監禁され、塩と麦飯と水だけの減食処分と戸外運動禁止という制裁が2カ月も続けられた。しかし、兵役拒否の決心はひるがえさなかった。刑務所から釈放された後も憲兵・特高・民間刑務所などからの迫害が続いた。1941年12月村本は灯台社再建運動をしたと再び検挙された。この時一緒に検挙された田辺トミと寺井幹彦は二人とも獄死させられている。1943年治安維持法違反で懲役5年の判決を受け熊本刑務所に下獄した。1944年12月厳冬の日、"非国民"を理由に看守部長ほか10数名の獄吏は、彼を裸にして後ろ手に縛りあげ、水浸しのコンクリート仰臥させ、鼻孔からバケツで水を注ぎ、気絶をすれば蘇生させ、またしても同じ拷問をくりかえした。しかし、村本はなおも反戦と兵役拒否の姿勢をつらぬいたのである。

【赤衣の非転向者】
　懲役10年の刑を受けた明石順三は仙台の宮城刑務所へ移送された。非転向の思想犯であることを示す赤衣を着せられ悪逆非道の扱いを受けた。しかし周りの凶悪犯の囚人たちは、転向した思想犯の青衣組を軽蔑し憎み、逆に非転向者の赤衣の明石たちをひそかに尊敬してくれた。赤衣の非転向者の中には、共産党員の市川正一(のちに獄死)、春日庄次郎、竹中恒三郎らがいた。
　明石順三は戦後記した遺稿『同獄記』の中でその獄中での春日ら共産党員の事を「どの顔を見ても栄養失調の影が極度に濃い。その青白い顔、顔が身体を前かがみにして黙々と歩いている。そのなかで、元気そうに胸をはり、両腕を振って歩く囚人をみた。他の者たちと同様に顔色も蒼白で、体も痩せて細かったが、何かしらその全身に強い気魄というようなものがみなぎっているように見受けられた」と書いている。明石は共産党員ともひそかに知り合う中で、春日ら共産党員が手をまわして明石に英文の聖書が届いた。

【解放】
　1945年8月半ばのある日、赤衣グループ10数名の思想犯が刑務所の中央ホールでにぎやかに談笑している。その時の情景を明石はこう書いている。
「これまで威張りかえっていた看守の顔や姿が小さくなっている。また青服連中(転向組)の羨ましそうな視線が春日さんらのグループに注がれている。『とうとう我々の勝利です』と竹中さんがいった。『日本は全面降伏したのです。ご苦労さんでした。ほんとに我々は今日までよく生き抜いてこられたものです。マッカーサーの命令で我々はすぐ出所することになりました。それまではこの所内にいて、自由に行動してさしつかえないことになっています」(『同獄記』)。
　
　1945年10月9日明石は共産党員らとともに刑務所から解放されたのであった。