昭和20年10月末、広島市管区気象台は中央気象台に提出する「枕崎台風調査」がまとめられた
「。。。この台風の為に中国地方は災害を被ったが、ひがいの様相は主に水害であった。台風中心に最も近かった広島県は未曾有の水害を被り、山口県がこれに続いた
被爆者は原子爆弾被害の直接的の事であり、続いた水害の惨状は言語に尽くした。広島県の流出家屋1330、死者行方不明合計3066名という数字にこれは示されている。。。」
中央気象台では、編集者の中にルーズな者がいたため、全体をまとめた中央気象台彙報「枕崎・阿久根台風調査報告」が印刷製本されたのは、昭和24年3月になってからであった
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