其の言を奇(あや)しと思ほして、其の方(まさ)に産まむとするを窃(ひそか)に伺ひたまへば、八尋和邇に化(な)りて、はひ【委蛇(もごよ)ひき】。即ち
見驚き畏(かしこ)みて遁(に)げ退(そ)きたまひき
豊玉毘売命、其の伺ひ見し事を知らして、心恥(うらは)づかしとおもほして、其の子を生み置きて
「妾(あれ)、恒(つね)は海つ道(ぢ)を通りて往来(かよ)はむと欲(おも)ひつるを。しかれども吾(あ)が形(すがた)を伺ひ見たまへる。これ甚怪(いとあや)し」と白して、【海坂(うなさか)】を塞へて返り入りましき。これをもちて其の産みませる御子を名(なづ)けて
【天津日高日子波限建鵜草葺不合命
(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあへずのみこと)】と謂ふ
★委蛇(もごよ)ひき
身をくねらせて動く
のたうちまわる
★海坂(うなさか)
海神の国と葦原中国との境
さか→境界
★天津日高日子波限建鵜草葺不合命
(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあへずのみこと)
渚にある産屋の屋根を鵜の羽で葺き終わらないうちに生まれた勇ましい神
■火遠理命は豊玉毘売命の言葉を不思議に思い、豊玉毘売命が子を産もうとする様子を覗き見すると、八尋もある大鰐に姿を変えて、這いのたうちまわっていた
火遠理命はこの有様を見るや、驚き、恐れをなして逃げ出した。豊玉毘売命は見られたことを知り、恥ずかしいことだと思い、御子を生み、その場に残して
「私はずっと海中の道を通って、この国と往き来しようと思っていたのに、それなのに、私の姿を覗き見なさったのは、まことに心外です」と言って、すぐ葦原中国と海神の国との境をふさいで、海神の国に帰られた
このようなわけで、豊玉毘売命が生んだ御子を命名して
天津日高日子波限建鵜草葺不合命
(あまつひこひこなぎさたけうがやふきあへずのみこと)という