private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

継続中、もしくは終わりのない繰り返し(駅までの経路 1)

2024-11-03 18:15:56 | 連続小説

 何となく嫌な予感はしていた。
 傘を手摺に引っ掛けたまま電車を降りようとした人がいる。
 急いでいるのか傘のことを忘れているのかと思い、勇気を出して声をかけた。声は上ずっていた。
 知らない人が周りにいる中で、知らない人に声をかけるのは初めてだった。カーッとアタマが熱くなっていくのがわかる。慣れないことをするものではない。
 その人は降り際に驚いたように振り返った。そして首を振った。それは自分の傘ではないと言っているはずだ。
 そして悲しそうな顔をた。それでまたアタマが熱くなった。どうすればいいのかと、少しパニックになりかける。親切心がアダになったようだ。
 そんな経験はなんどかあった。それなのに、止めておけばいいのに、言わなかった時の負荷を考えると、つい口に出てしまう。
 気づいたことを言わなかったために、相手のその後の不幸を考えると、自分の所為でと考えてしまう性格だった。
 でもこれではその人のためではなく、自分のためにお節介をやいているにすぎない。
 その人も自分の傘でないならば、無視して降りてしまえばよかったのに、親切心を放って置くことができなかったのか、もしくは傘を置き忘れた間抜けだと、まわりに思われるのが嫌だったのか。
 いずれにせよ降りる手前で止まったため、乗り込んでくる大勢の乗車客の波にのまれ、反対側のドアまで押し戻されていった。
 何かしてはいけないことをしてしまった申し訳なさだけが残った。自分の間の悪さに情けなさが募る。自分が楽になるために誰かを苦しませてしまった。
 何となく嫌な予感はしていた。
 シンがこの電車に乗る前からカサがそこに残されていた。シンよりあとに乗ってきた人から見れば、シンがカサを手に持っているのが億劫で、手すりに引っ掛けていると思うだろう。
 乗車客の多い駅で降りなければならないシンは、いつもドアの近くの隅、座席の真横に陣取って立っている。
 電車での移動をはじめたときに、ご乗車の方から奥に進んでくださいというアナウンスにしたがって素直に奥まで行ってしまった。
 電車に乗ろうとすると、やたらと指示を受ける。
 やれ、黄色い線の内側を歩け。ホームに入る電車に気をつけろ。駆け込み乗車はするな。必要とする人に座席を譲れ。電車の中は静かにしろ。モノを食べるな。聖人君主になれ、、 
 そこまでは言われないが、ありとあらゆる人の行動を制限しようとしているようだったる。
 どれも社会生活をするうえで当たり前のことで、人に迷惑をかけないようにと、親から厳しく言い聞かされているシンにとっては守って当然の行為だった。
 ただ、それを駅から駅のあいだ、際限なく繰り返し聞かされると気持ちが滅入ってくる。
 それはそんなにも常識を守らない人がいる裏返しであり、刷り込みのように言い続けられると、却って反発したくなるなるのではないかと心配になる。
 それに注意が多いと言うことは、それだけ守らない人が多くいる証であり、そうであれば自分ひとりぐらい守らなくてもいいのではないか、そこに大義名分があればなおさらで、そんな人間心理を増長させると聞いて事がある。
 小心者であるシンはそんなことは出来はしない。その時もいいつけ通り、車両の奥で降りる駅を迎えた。そして当然のように降りない人の壁に阻まれて身動きが取れない。これでは声をあげて道を開けてもらうしか降りられない。
 アナウンスは乗るときは奥へ行けと言っても、降りる時に奥の降りる方のために道を空けて下さいとは言わない。黄色い線の内側を歩いても、駆け込み乗車をしなくても、、 エトセトラ、エトセトラ、そこは自己責任に転嫁されるようだ。
 狭い隙間にカラダをねじ込んで、スイマセン降りますと、アタマを下げながら通ろうとしてみた。
 降りるんならこんな奥に居るなよとばかりの冷ややかな視線や、時にはあからさまに今から降りるのかと強い口調で言われた。放送の指示通りにしたのに、、
 道半ばでドアは閉じられた。乗車の群集でドア周りは固められていた。強靭なラグビーチームのスクラムを一人で押しのけることはできない。
 かくして車両の奥にいたために降りられなかった世間知らずでマヌケ面を大勢のひとに見られた。気まずい空気の中でひと駅やり過ごすことになった。
 自分が迷惑をかけた認識もないのに、ことごとく周りからは存在自体を否定されているようで、そのたびに自分の不甲斐なさで気が滅入る。
 ここでもまた、人に迷惑をかけないようしていたのに、露骨に邪魔者扱いされ、知らなかった無知と、公共の呼びかけに馬鹿正直に従ったゆえの失態を受け入れることになる。
 何か自分は元々そういった負を背負って生きなければならないのか、どれだけ自分としては、まともな行動をとったとしても、まわりからはそのように見られないことが何度もあった。
 同じようなことは過去にもあった。このあいだなど、駐輪場を出るときに、取り出した自転車を通路に一旦止めて、サイフの在処を探していた時、どこに入れたのかと、ポケットやらカバンやら、いろんな場所に手を突っ込んでいたら、見知らぬ人にこんなとこに止めるのかと嫌な顔でたしなめられた。
 最初は何を文句言われているのか分からなかった。どうやらそれは、奥の空いている場所でなく、出口に近い通路に自転車を止めようとしていると思われたようだ。通路に置かれている自転車は他にも数台あった。
 シンは駐輪場から出るところで、探し物をしているだけだと言いたかったが、言葉が出てこなかった。なによりコチラの言い分も聞かず、見た目だけで通路に自転車を止める人間だと思われたことがショックだった。
 結局それを即座に否定しきれず、スイマセンとアタマを下げて駐輪場の外に移動した。その人は未だ憤懣やる方ないといった感じで、フンッと鼻息荒く自転車を止めに行った。
 我は物言えぬ庶民の代表であり、悪人を退治した英雄気取りだろうか。うがった見方をすれば、あの人は今日こんなことがあったと、家族や知り合いにのたまうのだろう。自分がそこにいなくても、自分が貶められている想像が繰り返される。
 次の駅ではさすがに気の毒に思ったのか、まわりが気づかいしてくれて道を作ってくれたおかげで降りることができた。そんな経験を経て、それ以降はドアに近い場所を確保するようになった。
 今日は朝方に一時激しく雨が降っていた。今はもう止んでおり、朝日も零れている。早朝の雨の中に出かけたひとが降りる時には止んでいたため、引っ掛けておいた傘の存在を忘れて降りてしまったのだろう。
 自分がその立場なら、あっという間に忘れ去るだろうと思われることへの共感で、この状況下では逆に気になって仕方なく、カサのことばかり考えている。
 普段からそうであれば、忘れ物などしなくなるはずで、そうであれば、いまのシンのように忘れ物以外の思考がストップしてしまい、それはそれで様々な支障を及ぼすだろう。
 そう思えば忘却は理にかなっているのか。手から放たれたモノは、その時点で自分の所有物では無くなってしまうと仮定すれば、そうした忘却が新しい叡智を生み出してきたのかもしれない。
 そんな思いにふけっていると、次の駅に到着するアナウンスが流れ出した。
 シンはカサを見ないように、さりげなくドア脇から横にズレて行き、降りようと並んでいる人の後ろに付いた。そんな行動は余計に怪しまれそうであっても、カサを凝視しながら場所を移動するよりはマシだろう。
 車窓からホームが見えてきた。今日も大勢の乗車客が、エサを待つ野獣のようにして待ち構えている。少なくともシンにはそう見えた。ドアが開いてモタモタしていれば乗車客に丸呑みされてしまう。
 最初の頃に、降りたあと立ち並ぶ群集を前に、どこを進もうかとオロオロしていたら、乗る人達のジャマになり舌打ちを食らった。ドアの隅から横手に降りていくお作法を知らなかった。
 電車がホームに侵入し、スピードを落とし停車の準備にはいる。カサとの距離も自分の持ち物と思われないぐらい十分とれた。電車が止まりドアが開こうとするとき声をかけられた。
 心臓が跳ね上がる「傘、忘れてますよ」。震えた声が届いた。
 シンは無視すればいいのに振り向いてしまった。向こう側で座っていた人が心配そうな顔をしてカサを指差していた。同時に大勢がシンの方に目を向ける。見なければ良かったとすぐに後悔する。
 その人の身になれば、傘を忘れて電車を降りようとする自分を気遣い、勇気を持って声をかけたのだ。それを無視することはシンには出来なかった。
 その一瞬の躊躇が命取りになった。
 怒涛の如く乗車客がなだれ込んできて、シンはあっという間に反対のドアまで押し込められた。降りますと声を出すことができない。これまでと同じだった。
 今さらそんなことを言い出しても多勢に無勢、どうすることもできない密集の状態の中で、通り道を空けてもらえるとは思えない。シンは約束の時間に間に合わなくなるかもしれないと心が痛んだ。
 次の駅は押し込まれた側のドアが開いたので、そのまますんなりと降りられた。カサのことはもう忘れていた。それを指摘してきた人のことも。
 急いで反対側のホームに行くために階段を駆け上がった。普段の運動不足も響いて半分ぐらいで息が切れてくる。登り上がった通路の窓から、新旧混在した建物が立ち並ぶ商店街が目に入った。
 上から見るその風景は、カラフルな屋根と、古い甍の波が散りばめられたちょっとしたテーマパークのようにも見えた。ひと駅すぎるとこんな場所があったのかと、一瞬だけ気に留めて今度は階段を駆け下りる。
 反対方面に向かう電車はまさに出発するところで、大きな警告音と共に、駆け込み乗車はおやめくださいとがなり立てている。
 シンは心が怯んだ。自分の利益を優先するために、公序に逆らおうとしている。それでも待っている人のために急がなければならない。
 降りた客が階段を上って来る。数人だがその人たちをかき分けて進む。スイマセン、通りますと声を出す。そんなことこれまでしたことがなかった。
 ホームに着く。ドアが閉まりかけていた。シンは駆け寄った。ドアの前には駅員がいてシンを止めようとする。シンは制止する駅員をすり抜けて、閉まろうとするドアに手を突っ込んで無理やりこじ開ける、、、
 シンは止まっていた。そんなことはどうしたってできなかった。駅員がそれでいいとでも言うように微笑んでいた。シンは愛想笑いして息を整える。目の前を電車が走り出していった。
「あの、、 」そんなシンに声をかける人がいた。振り返るシン。それは自分にカサを忘れていると声をかけた人だった。


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ホテルマリアージュ 5)

2024-10-27 18:38:11 | 連続小説

 続きをどうぞと、ワカスギが小首を下げて促す。マキはワインをひと口含んでから話しはじめた。
「あそこにはね。アップライトのピアノが置いてあったの」。ワカスギの疑問を解消するようにそう言った。
「そうなんですね」。相づちをうつ。
「この商店街、、 今はモールって呼ぶらしいんだけど、ここの中央広場に移設したの」
 何度もうなずくワカスギは、自分なりにその言葉を咀嚼していく。そして、当然のようにこの疑問にたどり着く。
「なぜ手放したのですか? あっ、ムリならば答えなくてもいいですよ。ちょっとした好奇心です」
 片方の頬を膨らませるマキ。異物が入っているような険しい表情で長考に入る。
 その表情は意図せず、ワカスギを甘美な世界に誘っていく。そしてその時間が長いほど、最後に至る言葉を待つこの時間は有効になっていく。
「わたしが弾けなくなったから、、」。そう言って左手をプラプラとさせた。
 その原因が左手に不具合があると示しているのか、見た感じでだけでは結論づけるに至らない。
「簡単に言えばそうなるんでしょうけど、そうなった要因は、けして一つ二つではないと、先ほどのアナタの話しを聞けば想像はつきます。イヤなことを思い出させてしまったならスミマセン」
「まあねえ、話しだしたら3部作になっちゃうぐらいだけど、アナタの理論でいくと、こうなると決まっていたってなるのなら、それもすべてムダ話でしかないわね」
「いえ、その工程を否定するつもりはありませんよ」。ワカスギは申し訳無さそうに急いで否定した。
「ばかねえ、冗談よ。でもね、自分でも笑っちゃうけど、こうなることを望んでいた部分もあるし、さっきのタマオみたいに自分から仕向けた部分もある。だから、自業自得なのかもしれない。弾けなくなったのは物理的要因もあるけど、精神的要因の方が大きいかもしれない。それでもわたしに弾かせようとする利権者が、こうしていつまでも追いかけて来る。誰の差し金なの? 、、無理なら、答えなくてもいいけどね」
 マキはそう言って微笑んだ。今度はマキが頂点を向かえる番になった。
 未来を予知するような言い方をしても、所詮は物理的な原則に当てはめた、因果応報的なことを言っているだけだ。事故とか災害とか大きな話を絡めて、いかにも真理と思わせるレトリックも含めて、それを透かされた恥ずかしさもある。
「申し訳けないですが、それは、、 」
「でしょうね。お酒飲んで、宿探しまでは仕込み通りだろうけど、タクシーがあんなんなのは想定外だったわね」
「いえ、タクシーも仕込みで、ココに来るように段取られていたようです。無理やり飲みに付き合わされて、駅から遠いところに放り出されて、上手いこと宿を紹介するだなんて。挙げ句に財布まですり替えられてて」
「だから動揺してなかったのね。たとえ財布が空でも、あたしがいることがわかったから、成功報酬のアテができたし。ああ、そういう意味なら、わたしがどうにかしてくれるって言うのは間違いじゃないわね。えっ、そうしたらアナタの報酬を使い込んじゃったことになるのかしら?」
「いえ、ぼくはただの会社員ですから給料しか出ませんよ。さしずめアレは必要経費ですかね」
「だったらパーっと使っちゃっても問題ないわね」
 マキはそうおどける。ワカスギはどうぞの意味で手を表にする。
「別にぼくがなにか働きをしたわけじゃありません。誰かの敷いたレールに乗っかってココにいるだけです。それにしても驚きです。久しぶりですよね。ココに顔を出すの?」
 誰かがゴーサインを出して、ワカスギをここに導いた。ホギかタマキが通じていると考えるのがセオリーだが、それならワカスギが出張る必要がない。
「どうしてそう思うの?」。そう訊いた時点で、それが正解と言っている。
「まあ、いろいろと、、」。こめかみ辺りを指先で掻き、言葉をぼやかすワカスギ。
「良いから言ってみて。それも守秘義務があるの?」。そこまで言われれば気になってしかたない。
「そうですね、最初にぼくのビールを取ってくれたとき、こんなのあるんだって顔で、奥から取り出してました。彼のビールとは違う銘柄でした、、 」
 マキはハナをふくらそませた。そんなところまで見ているワカスギの目利きと、迂闊に自分の履歴を披露する不甲斐ない自分の両方が腹立たしかった。
「それだけ? それじゃあ、状況証拠でしかないわね」。精一杯の切り返しだ。
「、、 店主のひとのアナタを見る目がそんな目をしてました。久しぶりに見るアナタの動作、言葉、ロビーの雰囲気。それらを懐かしんでいるようで、嬉しそうでもあり、悲しそうでもありました。それはあるべきものがそこにないからでしょう」
 マキは、その一角に目をやった。もうおどおどとする必要はない。今は正視することができた。
「それは結果論でしかないんじゃない? まあ、いいけど。 、、あのピアノが運び出されて、初めて来たの。ホントに無くなっていた。ホギさんには悪いことしたわ。誰かが弾くと思ってたんだけど。心が痛かった。来るんじゃなかったって今は思ってる。えっ、タマオも仕込みじゃないわよね?」
 首を振るワカスギ。否定ではなくわからないという意味だ。
「でも、そうするとアイツと出会った時点で、わたしの未来は決まっていたってわけね。アナタ云々じゃなくてね、そうでも考えないと、自分が酷くツイてない人間って気になる。でっ、どうするの。報告しなくて良いの?」
「報告は明日、会社ですることになっています。直ぐにアナタを連れ戻そうというつもりは、ないんじゃないですか。もちろんこれは、ぼくがそう感じただけですけど、、 」
 少し乱れかけた髪をかき上げるマキ。これからの面倒事への対処が煩わしくアタマにのしかかる。
「遅かれ、早かれなんだから。そのうえでアナタに訊くけどね、どうしてわたしが、ここで身を隠すようにピアノを続けていたか推察してみて?」
 そう言って、マキはワインをついだ。今はそれをツマミに愉しもうという腹だ。
「そうですね、、 さしずめ、あらかじめ用意された舞台で、予定調和を演じることに嫌気が差し、こういった場末の、、 」
 言葉にトゲがあるかと心配してマキをうかがうが、ワインを口内で転がし愉しそうにしているのを見て先を続ける。
「 、、自分が目当てでもない不特定多数の客の前で演奏することで、自分の本当の価値を見いだしたかった。偶然性の混沌の中で一体感や、強い熱量を目の当たりにして恍惚を知り、アーティストとしての渇望を満たされるようになった、、 」
 マキは、音の立たない安っぽい拍手をした。グラスは空になっている。
「あたらずとも、遠からず、、 んー、でも、カスったぐらいか」と笑った。
「そんな中で、、 」。そう言われたからなのか、ワカスギは続きを語り出した。その際にワインを注ぐのも忘れない。
「 、、物理的なものか、精神的なものか、思うように弾けなくなっている自分と、それでも称賛してくれる周りとのギャップが相容れなくなり、いつしかピアノをお拒絶するように遠ざかっていった。それでもこれまでの経緯を知る者が、挫折からの再起を売りに、もう一度表舞台に立たせようとしている。なにより、その美貌に陶酔しているスポンサーが多く、金の成る木を前に、会社としてはこのまま引退させるわけにはいかない」
 頬杖をついてブスッとした表情のマキがボヤく。
「なによ、最後くだりは。自分の所の会社事情のまんまじゃないの。いいの? そんなこと本人に暴露しちゃって」
「ぼくのような下っ端には、そこまでの込み入った話は降りてきませんから。アナタの見解を聞いたうえで、あくまでもぼくの推察です。持ち得た資源の多さゆえに、苦労が多かったと心中ご察しします」
 マキは満更でない表情をしていた。遠回りな策略が、マキの気持を和らげていたのは間違いない。
「アナタを送り込んできた理由がわかった気がする。うまいこと懐柔されたのかもしれない」
「なんだいマキちゃん。こんなオトコに懐柔されたって。ボクを差し置いて。ひどいなあ」
 いつの間にか裏戸が開いていた。タマキが大袋を下げて帰っていた。決まった未来では無くなりそうだ。マキは声をあげて笑い、ワカスギは声を殺して笑った。
 部屋のひとつのドアが開いた。眠たげな女性が目を擦りながら言った。ショートの髪が無造作にはね上がっていた。
「静かにしてくんない? 明日も早いんだから」


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ホテルマリアージュ 4)

2024-10-20 16:22:33 | 連続小説

「そりゃ、どう言うことだいマキちゃん」首を傾げるタマキ。
 マキがアーモンドを一粒、口に放り込む「ココで酒を飲んでいたから、、 」。カリッと音を立てて咀嚼する。
「 、、厄介事に巻き込まれた。そうですね。あなた達の未来も決まっていたんです」
ワカスギが言葉を引き継いだ。蚊帳の外のタマキは面白くなく顔を歪めた。
 もう一度マキはサイフを改める。10万はありそうだった。全員分の宿代から、酒代からを払っても半分以上は余裕で手元に残る。
「それで、アナタのね、未来がどうなってるか知らないけど。どうせ決まってる未来なら、楽しく過ごすという選択肢もあるわよね? だってアナタ、想定外の展開にして、既定路線から外そうとしてるんでしょ。ちがうの?」
 そう言ってマキはサイフをワカスギの方へ投げた。そして指には3枚の万札が挟まっていた。
「タマオさあ。近くのコンビニでテキトーにツマミとか買ってきてよ。酒はここのを飲めばいいから」
「コンビニの酒のが安くないかい?」。そう言いながらもマキの指から万札を抜き取る。
「セコいこと言わないの。だからアナタはタマオなのよ。まだ結構、在庫が残てるからさ。店の関係者として売上に貢献しなきゃならないでしょ」
 どっちがセコいんだと言いたいタマキは言葉を飲み込む。文句あるとばかりにマキがワカスギに目をやる。
 コンビニで3万円のツマミとは、どれぐらいになるのかと、けしてセコい話でないく、ワカスギは額に手をやり目を瞑る。タマキはブツクサ言いながら裏口から出ていった。
「アナタ、狙ってたんでしょ。この展開」
 タマキが締め損ねた扉が、風の力で閉じられた。ギィーという音を立てて退室を知らせる。無表情のままに答えるワカスギ。
「そうであればアナタは、ぼくが決めた通りの未来にいるわけですね」
 ハナから息を抜くマキ「以外とそうやって煽ることもできるんだ」。
「それでもあなたは、ぼくがそうした意図をもって行動していると知っていて、ぼくの仕掛けにノッてきた」
 ワカスギの目線はロビーの奥に留まっていた。その一角だけが壁も、床も、まわりより少し小ぎれいに見えた。何か大きな物が、例えば戸棚のような物が置かれていて、それが取り去られた跡のようだった。
「どうだろ? だってアナタ、こんなに現金が入ってるなんて知らずに誘い込んだんでしょ? アナタのサイフと同様に、空っぽだったらどうするつもりだったの?」
 目立つ一角ではあり、そこに目がいってしまうのも仕方がないことだ。マキにはそれが気にかかる。
「どうもこうも、その運命のままに従うだけです。どちらかが見かねて、ぼくに援助してくれるとか、、」
 マキはワカスギの視線を遮って、カラダをテーブルに預ける。胸のふくらみの揺り返しでドレスが波を打った。
「ないわね。店主に言いつけて、とっとと追い出してもらうから。結果オーライで考えてるなら、少し甘いんじゃないの」
 チーズやナッツを摘みはじめるマキ。新しいツマミのアテができて安心したわけではなく、逆に落ち着かなくなっている。ワカスギはそれをさらに突いてマキを刺激する。
「もう、アナタもわかってるんでしょ、、 」
 マキはピクっと隆起し、こめかみが引きつった。苛立ちを感じさせる言葉だ。そこになんの信憑性もないはずなのに、それが各処に血を巡らせて行く。
「ぼくには何の力もありません。ただ運命にしたがって、生きているだけです。こうすれば、未来がこうなる。ああしたから、歴史が動いたなんてものは、都合よくそう思いたい人の。そう、まさに独り善がりでしかありません」
 マキがタマキをなじった言葉を引用された。血のめぐりが肢体をシビレさせて、粘質部分から粟出してくる。
「誰もが自分が変えたと思い込んでいる世界を信じているだけで、周りからすれば、平常な一日が整然と執り行われているに過ぎません。もちろん、それについて、ぼくはその人たちを否定するつもりはありませんよ。これはぼくの見解で、ぼくの目の前で動き続けている世界について話しているだけですから」
 マキは言葉が出なくなっていた。ワカスギにカラダを固められ、弛められ、徐々に力が入らなくなっていく。
 すべてが決まっていると断言されれば、虚しさが先に立つ中で、どこか気が楽になる自分がいることも否めなかった。
 ワカスギとは住む世界や、見ているモノが違っているだけと思いたかった。そう自分に言い聞かせようとするほど、その術中にハマっていく気がする。

 目の前の男が、それを当然とばかりに受け止めて、悠然としていればなおのこと、溢れるほど強く勃興する力を感じてしまう。
 マキに目の前を塞がれたワカスギは、今度はカラダを捻り、裏戸を気にしはじめた。マキはそこも気にかけて欲しくない。覆い隠すすべがなく。何度も視感に晒される。
 少し前からマキもタマキの戻りが気になっいた。あれから随分と時間が経っていた。
 ワカスギはビールを飲み干したようで、手持ち無沙汰に空のカンを回している。おかわりを待っているのかもしれない。

 ワカスギは、マキがタマキの戻りが遅いことを切り出すのを待っているようだ。それを言いだせばワカスギの思うつぼだ。そうなると決まっていたのだから。
 むしろマキがパシりをさせて、タマキが自由になれる状況を作り出していた。3万円はタマキがそうするのに十分な金額だ。それは同時に自分の価値が3万円であることを認めることになる。
 ワカスギはマキの動向を待っているようだ。この状況を変えようとマキは立ち上がり、タマキが残していった空きカンと、ワカスギのそれを引き取り、カウンターへ向かった。
 途中でゴミ箱へカンを投げ入れる。フリーザーを開け手を奥に突っ込んでビールを取り出し、ワカスギのもとに戻った。
「あのさ、わたしからもひとつ言わせて貰うけど。持論てヤツを、、 」。そうマキは切り出した。
「何かを成し遂げようとすると、いつだってその前に先ず乗り越えなければならない壁があった。それが何なの知りたかった、、」
 マキの本意を見極めようと、ワカスギは上目遣いでマキの目を凝視した。マキも視線を外さない。
「誰にでも起こる事象だと言えばそうだし、誰かに特定された事なのかもしれない。ただ、わたしはこれまで、何度も、本来ならば必要のない壁を、まず越えることからはじめなければならなかったの。それがムダな労力だったのか、それとも、その障壁を乗り越えた者だけが、高みへたどり着けるのか、もしその障壁がなければ、何も手にすることができなかったのか。その答えは明白だと思わない?」
 そう言いながらもマキは、どちらに転んだのか明白な表情ではなかった。アタマを持ち上げて空を仰ぐワカスギ。耳たぶを少し引っ張る仕草をする。
「少なからず、アナタの言葉に感化されて、決まっていた未来に巻き込まれるのに付き合ってるんだから、それについて何か腹落ちする言葉があっても良いと思うんだけど」
 小首を傾げると幾束かの髪がマキの目を覆った。あたかもそうなることが自然であるように、指先で髪を耳にかけ直した。
「ボクには、アナタが何を手にできて、何をできなかったのか、窺い知ることはできません。ただ、今のアナタを見る限り、、 」
 首をひねるマキ。耳をワカスギに向け言葉を逃さないようにする。
「 、、それがアナタに悪い作用を及ぼしているとは見えません」
「そう、、 必然なのね、、 」
 ビールの礼というわけではないだろうが、ワカスギは空になったグラスへワインを注いだ。いなくなったタマキの代わりに。そうしてマキに着座を勧める。
「ただ、そうして先人たちが勝ち取ってきた権利なり、行使できる場を、生まれたときから、当たり前のように履行している者たちは、あって当たり前のものとして、なんのありがたみもなく、さらに自分の都合のいいように解釈して、本質から外れて歪んだモノにしてしまうことは残念でなりません」
 マキはワイングラスを持ち上げ、乾杯のポーズで賛同を示す。
「ホント。そうやって、無意味な行為をこなしていかなきゃならなかった。本来なら経済的な働きであることも、これまでもこうだったという慣習と、金のことは口にしないという美徳に収められてしまう」
 ワカスギも缶ビールを持ち上げマキに応える。
 そして目線はあの一角に向けられる。意識的なのか、無意識なのか、どちらにせよその行為はマキを誘っていく。
「アナタがサイフの心配をしないのも、詐欺や犯罪の仮説にノッてこないのも、タマオが戻って来ないことも、それらすべてに関心がない理由がようやくわかったわ」


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ホテルマリアージュ 3)

2024-10-14 18:40:04 | 連続小説

 ワカスギはそう切り出した。唐突なのは承知のうえだ。それでもなぜか、いま言うべきだと決め込んだ。
「ほとんどの事象は、すでに決まっているのに、人は何も知らぬままに明日に希望を持って生きています、、」
 身近な人には言いにくいことも、明日会うはずもない行きずりだから言えることがある。
「オイオイ、ニイちゃん。何をおっぱじめるつもりなんだい。ココは哲学を語るような場所じゃないでしょう」
 何を言い出しはじめたのかと、タマキが言葉を突っ込んでくる。その表情はマキに同意を得ようとしているのがアリアリだ。
「人生観は語ってもいいんじゃない。酔ったうえでグダグダ言うのと変わんないんだから」
 タマキの言葉にはつれないマキが、ワカスギに目配せして先を促した。この若者が絡んでくれば選択肢に広がりができる。それを考慮して誘い込んでいる。
「アナタ。タマキさん。アナタはもう明日の朝どうなっているのか決まっているのに、それがあたかも自分で選択したかのような錯覚を得ている。そしてそれが思い描いた結果でなければ、運のなさを悲観したり、自分以外のせいにして精算しようとする」
 タマキはマキを見た。マキは愉快気に笑みを漏らしている。もうマキの未来は、タマキの希望通りでないと示唆している顔に見えた。薄ら笑いを浮かべるタマキ。
「わかったよ。確かにね、ニイちゃんの言うことも一理あるねえ。だが一般論としてはどうだろかな。悲観的観測ばかりじゃく、予想以上の幸運が待ってることだってあるんじゃないかい?」
 もう一度、マキを見る。考えごとでもしている表情で、目線は壁面を見渡している。まだだ、ゼロではない。この若造を言い負かすことで事態に変化があるはずだ。そんな望みを捨てきれないタマキであった。
「ムリだと思っていたことが、奇跡的に成功したとか、ダメ元でやってみたら上手くいった、なんてこともあるでしょうに。だから人は明日への希望を持って生きていけるから。そうじゃないかい?」
 マキがニヤリと笑った。よし行けるとタマキは続けざまに滑らかに語りだす。
「だいたい人類の進歩なんてものは、偶然の積み重ねで成り立っているんだからさあ。思い通りに行かない事も、後から正解だったなんてこともあるよね。望まなかった前戯も、最後にはあってよかった思えることだってさあ」
 なんの例えだと、目線で天を仰ぐマキは、否定の意味でナイナイとクビを振る。そしてタマキはつられるようにクビを傾げる。例えばという意図を含んでワカスギは人差し指を天に差す。タマキはついその先を見てしまう。シミの付いた天井があるだけだ。
「ぼくが言っているのは、悲観とか楽観ではなく、ただ事象だけが面々と続く未来があるだけということです。アナタが言う偶然の積み重ねも、誰の視点からの偶然であるか。それを仕組んだ者にとっては必然でしかないのに。それと同じように、アナタにとって素晴らしく奇跡のような出来事も、誰かにとってはただの日常にしか過ぎず、場合によっては悲観すべき出来事かもしれません。すべては個々人に捉え方に依存するだけです」
 声を漏らしそうになったマキは、すんでのところでタマキの一言でとどまれた
「えっ、なんで?」
 喜ばしいことが悲しむべきことになる意味がわからない。喜びは万人共通のはずだ。ましてや自分の前戯を喜ばない女性がいると思えない。
「そういう男のひとりよがりが、生産性を阻害してると理解できてない時点でダメね」
 独り善がりとは自分だけが良い気持ちになっていることか。それが生産性が落ちる原因と言われた気がするタマキは心外である。若者どころか、これではマキにまでもやり込められてしまう。
 こうなればと最初にワカスギの行動を見たときに、気になっていたことをカマをかけて言うしかない。これがハズレればジ・エンドだ。
「だったらさあ、ニイちゃんの明日ももう決まってる訳だねえ。その財布の中身がそれを物語ってるでしょ」
 片目を細め、いかにも知っている風に指摘をした。これでワカスギがどう出るかタマキは待つ。マキも無関心であった視線をワカスギに向けた。
 ワカスギに動揺はなかった。むしろ遅い指摘と言えた。なぜあのとき店主のホギも言ってこなかったのか、それほどワカスギの行動は余りに不自然だった。
 そして思ったほどタマキはニブいわけではなく、このふたりも気づいていたのだ。サイフに金が入っていないのではないかと。ワカスギは後ポケットから財布を取り出してテーブルに置いた。
「このサイフはぼくの物でありません」
 眉間にシワが寄る。思惑との違いにタマキが確認をしようと手を伸ばそうとする。しかし、その前にマキが取り去った「じゃあ、誰のなの?」。
 首をふるワカスギ。それを見て、マキは勝手にサイフを広げた。数枚の札が入っているのを確認して怪訝な顔をする。横目で見たタマキがヒューと口を鳴らす。
「誰かの物と入れ違ったのでしょう。たとえば、一緒に飲んだ得意先の上役の人の物とか、、」
「直ぐにどうにかしないところをみるとワケ有りね。その財布はいいとして、アナタ。自分の財布が心配じゃないの?」
 ワカスギは首をすくめる「どうせ大して入ってませんから。タクシーはポケットにあった千円札で払いましたし、そのヒトの言う通り、実は家に帰るお金も、ココのホテル代もなかったんです。前金と言われ、とにかく時間を作ろうと、、」。
「朝方に逃げ出すつもりだったのかい? なんだいニイチャンの未来が一番悲観的じゃないの」
 ワカスギは薄っすらと笑みをこぼす「、、悲観するかどうかは、ぼくの判断次第ですよ」先程も言いましたけどとはあえて言わない。それがタマキには二重に堪え言葉を詰まらせる。
「何時の時点でサイフがすり替わってしまったのか。その時点でもうぼくの未来は決定づけられたんです」
「取り違えたのではなく、すり替えられたと考えるの?」
「ぼくは自分が間違いをしない人間とは思っていません。取り違えた可能性もあるでしょう。もしくは先方が間違えたかもしれません。それと同時に、第三者によって仕組まれたことも否定できません」
「誰かにとっての必然、、」マキの言葉にワカスギは知らぬ顔をして言葉をかぶせる。
「 、、なのかもしれませんね」
 ふーんといった表情でマキは面白がっている。ナッツもチーズも必要なく、ワインが進んでいる。これではまたワインが足りなくなりそうだ。
「諦めてるの? なんだかそれじゃあ流され過ぎじゃない?」。マキは方向性を変えてきた。
「そうだねえ。今からだって、どうにでもなるじゃない。どんなことだって取り返すことはできるでしょうに」
 ココぞとばかりにマキの否定的な意見に乗っかってくる。タマキはふたりの駆け引きを気づいていない。
 誰かにとっての誰かには、当然ワカスギも含んでいるはずだ。
まだそこに行くには早い。ワカスギは一度目を閉じてから意を決したように話し出す
「非難を承知で言いますが、ニュースで報道される痛ましい事件。どうしてその場所で起きたのか。何故その人が選ばれたのか。たまたま巻き込まれたというのでは、余りにも悲劇ではないでしょうか? 例えば、楽しみして出かけた家族旅行の先で、暴走したクルマに追突された。親戚一同で集まって楽しい夕べを過ごしていたら災害に巻き込まれた。もちろんその人達のせいではなく、そこで起きることが決まっていて、たまたまそこに居たに過ぎないとしたら。運が悪かったで片付けってしまうのは、ひとがそう思わなければやりきれない、心の自己防衛をするためにバイアスをかけているにすぎません」
 ワカスギの言葉に、納得がいかないタマキが尋ねた。
「じゃあ、ニイちゃんのサイフがすげ替えられたのも、その場にニイちゃんがいただけって理屈かい? そりゃ運が悪い以外のなんだってんだか」
「すげ替えられたかどうかはわかりません。ここに別の人のサイフがあり、ぼくのサイフが無くなっているという事実しか、ぼくにはわからないんですから」
 意外な顔をしてマキが問いかけた「アナタ、サイフの中、見てないの?」。
 一度首を縦に振り「開いてもいません」。とワカスギは言った。
「フーン、そういうこと、、じゃあカードが一枚も入っていないのも知らないんだ」
 そこにタマキが食いつく「そんだけ金持ってて、カードなしは解せないねえ。現金主義にも程があるんじゃないの」。
 そこでマキはワインを飲み干した。空になったグラスにタマキがワインを注ぐ。口のなかでワインをころがすマキは、何やら思案してから言葉を発した。
「現金には手を付けず、カードを頂いて最大限利用する。で、その財布は知らぬ誰かに押し付ける。そうね、できれば気の弱そうな、お金に不自由している人が好ましいわね」
「で、ニイチャンの出番ってわけかい」。タマキが追随する。
「自分の手持ちより多くリターンがあれば、損したとは思わないし、カードなんかより現金の方が遣いやすいから」
「ああ、その日のうちに遣っちゃうねえ」
「お金を遣ってアシがつけば、その人の犯行にミスリードさせることもできる」
「知能犯の思うツボだねえ」
 とたんにふたりの会話が活発化してきた。それはマキがリードを取っている。そういう言葉のやりとりを待っていたのか、ワインの進みもスピードが増し、タマキが健気に給仕する。
「アナタがその場所にいなければ、こんな厄介には巻き込まれなかった。それは同情するけど、それはわたしたちも同様よね?」
 自分達も被害者の仲間入りを宣言しても、マキは楽し気であった。


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ホテルマリアージュ 2)

2024-09-29 18:20:45 | 連続小説

「五千円。前金だ」。宿帳を確認したホギは、ワカスギにそう伝えた。
 ワカスギはとにかく一度座りたかった。立ったまま札の枚数を数えると目まいがしそうだった。
 件のタクシードライバーは、飛ばすけど良いかと訊いてきたので、ワカスギはホテルは近いのか遠いのか尋ねた。タクシードライバーはニヤリと笑ってすぐそこだと答えた。
 すぐ近くなのに急ぐ理由がわからなかった。それなのに、どうぞと言ってしまった。そう言わなければいけない気がしたのだった。ここはタクシードライバーの好きにさせれば良いと。どうせ乗りかかった船ならぬタクシーだ。
 そしてワカスギはすぐに後悔した。信号の度に加速、減速が繰り返され、直線で幾台ものクルマを抜き去った。角を曲がる動作も激しく、スピンターンでもするかのような切込みをしてタイヤが鳴った。
 角を曲がった立ち上がりでは、道幅一杯に膨らみつつ加速をするので、クルマが前を向いた時にはかなりのスピードがでており、他車がいればすぐさま抜き去っていった。
 初乗り区間なのでホンの5分ほどの乗車にも関わらず、これ程のダメージを受けていた。タクシーから降りて平衡感覚が狂っていた。それもすべて自身が望んだ結果だから仕方はない。
 ホテルの佇まいに感心して、気になるカップルを目にした。ある程度の情報の整理ができ、宿の目処が立ったところで気持ち悪さがぶり返してきた。
「スイマセン、ちょっと座らせて下さい」
 ホギにそう断ってワカスギは手近にあるテーブルから椅子を引いた。
「酔ったか?」。ホギはそう聞いた。
 その問いは酒に酔ったと訊いているようにみえなかった。多分に、あのタクシーに運ばれた客が一応に見せる姿なのだ。
 ワカスギはどちらともつかない曖昧な首肯を見せるのが精一杯だった。どう見られてもよかった。無理やり飲まされた酒でイヤな酔いかたをして、さらに運転の粗いタクシーに乗ったと、そんな言い訳など意味もなく、すでにこうなると決まっていたことだ。
「いつものことでしょ」ワインの女がそう言った。ワカスギにではなくホギに言ったようだ。
 ホギは反応しなかったが、相席の男がちょうどいいハナシのネタだとばかりに食いつく。会話が途切れてしばらく経っていた。
「なんだいマキちゃん、やけに詳しいねえ。もしかしてココは定宿かい?」
「つまんないこと、訊くんもんじゃないわ。タマオはに関係ないでしょ」
 言葉は厳しくても、微笑みながら静かな口調でそう言った。だが目は笑っていない。
「関係ないって、冷たいなあ。それにボクの名前はタマオじゃなくって、タマキだってさあ」
 顔はニヤけて、優しい口調でマキを正す。こちらも目が笑っていない。
 お互いに自分の価値は高め、相手を下げようとする魂胆だ。主導権を握るための駆け引きをしている。
「細かいこと、こだわらないの。あんたタマつい、、 」
 ワカスギには仲よさげに話しをしているように見えるふたりを横目にして、イスに腰掛け一息ついた。後のポケットからサイフを抜き出そうと、腰を浮かす動きも億劫なのか、力を入れないと動作が伝わっていかない。何とかポケットから抜き出し、長財布を開こうとする。
 この世は奇妙なことがしばしば起こる。自分の認識範囲内であれば、それば現実的な出来事で、そうでなければ奇妙な怪奇現象に振り分けられるだけのことだ。
 人が自覚できていることなど、さしてあるわけではなく、多くの怪奇現象を偶然の出来事とひとまとめにしてしまう。最初からそうなると決まっていたのに、そう考えなければ気持ちが収まらないからだ。
 ワカスギは取り出したサイフを開くのを止めてポケットに戻しクビを振った。尻の収まり具合が良くない。そう思えばタクシーの中でも違和感があった。もっとも走り出したらそれどころではなかったが。
 さて、どうしたものかと思案する。ホギはワカスギの様子を伺いつつ、どう出るのか次の行動を待っている。よくあることだとばかりに平静を保って楽しんでいた。
 ワカスギは、今度は前ポケットに手を突っ込み、タクシーや、コンビニでのお釣りだのを握り出してテーブルにひろげる。600円ぐらいはあるようだ。
「スイマセン。ボクにもビールをいただけますか?」。振り向いてホギにそう伝える。
 ホギは少しだけ口角をあげた。思ったほどボウヤではないことに感心しながらも、それは表情に出さないように努めている。
「300円だ。 、、前金でな」。ホギはそれだけ言うと、フリーザーから缶ビールを取り出してカウンターに置いた。
 良心的な値段で良かったと安堵しながらも、受け取りに行くのは難儀だった。仕方なく背もたれに手を掛けて大仰に立ち上がる。
「よかったらこっちに来て飲みなよ」。マキがそう声をかけた。
 そう言ってもらいたくてビールを頼んだ節もあるワカスギは、ただタマキには気を遣う素振りで目線を送ってみた。ホギは笑いを堪えきれずムフッと声をあげた。
 その様子を見て、すかさずマキがワインのアテにしていたアーモンドを投げつける。ホギには当たらず、カンカンと音を立てカウンターの奥に転がっていく。ホギは口に手を当てた。
「なんだい、天秤にでもかけられちゃうのかな。ボク?」
 ワカスギとしても諍いはゴメンだった。ビールの男には粘着性の気質が見て取れた。300円をカウンターに置いたワカスギは、元に居た椅子に座り直してプルトップを開けた。ひと口飲むと少しアタマが晴れた
「あら、フラれちゃったようだねえ。マキちゃん」。マキの株価が下落したとみて、今度はタマキが強気に出る。
 ホギはそれをみて奥の戸を開き中に入って行った。トイレにでも行ったのか。まだワカスギのホテル代は未納のままだ。
「手札も知らないのに、、 勝負はこれからなんじゃない」
 勝負とはマキがどちらを堕とすのかを指しているのだろう。意に反して戦いの場に上げられていることに、些かの不安と好奇心が同居していた。
 ビールを飲みきっていたタマキは首をすくめた。次の酒に代えたいところで、ホギにオーダーするタイミングを逸してしまった。
 マキも手持無沙汰にワイングラスの底を指先で押さえて、テーブルの上でクルクルと回していた。残りで持たせるか、空けて部屋に戻るか考えあぐねている。
 皿の上のナッツやら、チーズのアソートは、まだいくつか残っているので、できればもう一杯飲みたいところだった。
「飲み足りないんでしょ?」マキはそう言って席を立つ「ビールでいいよね? タマオ」
 他の酒にしたっかたはずのタマキは、ビールも、名前のことも否定せずに、トロンとした目でうなずきながら、マキの動きを目線で追っていた。
 黒いロングのタイトスカートが歩く度に脚にまとわりついて、深く切り込んだスリットから、その度に透明感のある肌が現れる。
 桃の底部のように膨らんだ臀部は歩く度に右へ左へ揺れ動いた。本人はそれを意識して行っているわけでなく至って自然体だった。それなのに男たちの創造量は勝手に盛りあがっていく。
 マキの肢体が醸し出す歪みと復元。単なる肉体の伸縮が神々しく目に映り、タマキは満足そうな表情を浮かべ、ワカスギも目が離せなくなっている。
 マキはホギが不在のまま、カウンターの中に勝手に入って行くとフリーザーを開け、缶ビールと赤ワインのボトルを取り出した。
「アナタももっと飲む?」。小首をかしげて問いかけるマキに、ワカスギは無言で首を横に振った。

「あら、お金なら心配いらないわよ」。と、当然のように言う。
 カウンターで頬杖を付き、前かがみの体勢でワカスギに選択を迫ってくる。大きく割れた胸元に極細のプラチナが光り、丸みを帯びた胸部に張りついていた。
 ワカスギは生唾を飲み込むのをガマンして、先程ホギが入った戸へ目をやった。
「大丈夫よ。もう戻って来ないから」。どうやらそこはトイレではなく自部屋だった。
「でも、ぼく宿代払ってませんよ。前金だって、、」
「だから大丈夫だって、、 」。マキはワカスギのテーブルまでくると、ワインボトルを支えに体重をあずけた。
 反動で胸が眼の前で揺れた。さっきから気になっていたが、やはりノーブラのようだ。
「 、、わたしもこのホテルの関係者だから」今度はタマキがブーッと息を吐いた。ビールが空で良かった。
「オイオイ、なんだよ、そういうことかい。とんだ食わせモンかな? さんざんメシとか奢らされて、ホテルに誘って、やけにショボいホテルだと思ったら。 、、そう言うことかい」
 タマキはこれまでと同じ調子で静かに文句を並べた。その言動から怒りの深度は見えてこない。それだけに不気味さがある。そしてロビーの雰囲気が悪化しているのは間違いない。
 ホギが事前に察知して身を隠したのはこのためで、マキが連れて来た客と揉めることも織り込み済みなのかもしれない。
 このようなことをハニートラップと言っていいのか。タクシーの運転手といい、こういった客引きをしてまで宿泊を埋めさせる理由があるのか。ワカスギはそちらに興味を惹かれていった。
「安く見ないでくれる? すぐにそういうコトと直結させるって、思考が偏ってるって自白してるようなものよ」
 そう言ってマキはビールをタマキに放り投げた。綺麗な放物線を描いて、それはタマキの手に落ちた。
 受け取ったタマキは憮然としてプルトップを開ける。プシュいう破裂音とともに泡が溢れてくる。それはそうだろう。ワカスギは予想通りの展開に呆れて目を瞬かせる。すかさず口をつけるが口に両端から多くの泡が滴っていく。
「ガマンできないからそうなるんでしょ。半分は出ちゃったんじゃない?」
 タマキは、しかめっ面で、手を振って泡を飛ばしている。
 マキは、ふたりのあいだのテーブルの椅子腰をおろし、タマキのいるテーブルから、グラスとアソートを引き寄せた。大きなグラスの底辺に少量のワインを注ぎ、指先で底を押さえてデキャンタする。
「キビシイねえ、最後の一線ありきで御婦人との時間を消費するか、その時々を有益なものとして過ごすかってことだよね。でもさあ、それがなくなったら人類は滅びるね」
 ワカスギは、それで決心がついた。自分が今日ここに来た理由がわかった。全部決まっていたことだと納得する。
「あの、ぼく思うんですけど、、 」。ワカスギがそう言いはじめた。


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ホテルマリアージュ 1)

2024-09-22 18:47:49 | 連続小説

 扉が床と擦れる音とともに開いた。
 勘に障るほどでもなく、とはいえ気づかないわけでもなく、適度な擦れ音が客の来店を知らせている。
 入っていいのか戸惑いながら、恐る恐る半身を入れた状態で、若い男がホテルの内部を伺っている。
 カウンターの前のアンティークチェアに深く座り、新聞を読んでいるのが店主のホギだ。新聞の端から中に入ってきた若者に視線を向ける。そしてまた新聞に目を落とす。かと言って文字を読んではいない。
 造形物のようにそうしているだけで「いらっしゃいませ」という常套句を口にしないのも、新しい客が入店をためらっている要因なのだろう。
 その客が前かがみになって、気分が悪そうに足もともおぼつかないでいるのは、単に酒に酔っているだけでもない。ホギはそんな客を何人も見てきており、取り立ててめずらしいくもない様子で察しをつける。
 入店した男、ワカスギはカウンターの奥に目をやる。ボードに掛けられた鍵がひとつしか残ってないのは、四室しかない部屋のひとつに空きがあることを意味している。
 空きがあり安堵しながらも、同時にここで満室だった場合どうするつもりだったのか。送迎してきたタクシーのドライバーの言葉を信用して、言われるがままついてきたまではよかったが、ひとりホテルに入ったとたんに心細くなっていた。
 ラジオか、有線から静かな音楽が流れていた。クラシックハリウッドの映画音楽に聴こえる。そこは現世離れしていた世界観があった。そしてそれはワカスギ好みにあっていた。
 その音楽はこの宿の雰囲気にマッチしており、薄っすらと靄に包まれたロビーも、西部開拓時代の安宿を映画のスクリーンから切り取った面持ちで、それが実際にそうなのか、自分の眼が霞んでいるのか定かではない。
 映画のロケ地に使われても、おかしくないほどの存在感と、重厚な雰囲気がそこにあった。自分が映像関係の仕事をしていたら必ずリストに上げるはずだ。
 人気映画のシーンで使われて人気のスポットにでもなれば、誰もが同じ体験を味わいたいと、あっというまに予約の取れないホテルになるだろう。
 だったらまず、あの会社のプロモーターに連絡して、ワカスギは仕事の取引先関係の伝手を追っていこうとしてイヤイヤと首を振る。そういうことは今夜の一夜を無事に乗り越えてから考えればいいことだ。
 ここに来た理由はただひとつ。終電に乗り遅れて、流しのタクシーに引っかかり、遠方の住家に帰るタクシー代より安く泊まれるからと紹介されたからだ。
 確かに家まで帰れば1万5千円は下らないだろう。それが初乗り料金と、ホテル代の5千円で済めば社会人2年目で薄給の身には随分と助かる。街のビジネスホテルより格安だ。
 素泊まりで食事は出なくても、朝食は出てからどこかで食べれば良いし、そのほうが時間を気にすることなく、好きなモノを食べれて好都合だ。
 今夜は楽しくもない接待に同行し、好きでもない料理を食べて、先方の都合でこんな時間まで飲み歩くことになり、上司にも放っぽりだされ、どうやって帰ろうか途方に暮れていたところだった。
 年代物の外国車がスーッと寄ってきて、何かと思えば5千円のホテルを紹介すると、控えめに下げたサイドウィンドウから声をかけられた。
 いかにもといった胡散臭さがあった。クルマを見ても正規のタクシーでないのは明らかだ。それなのに自動ドアでもない後部ドアを、自分で開いて乗り込んでいた。
 ドライバーが密かに漏らす笑みに吸い込まれていくように、、
 受付のカウンターと、待合室兼ロビーが手狭な空間に配置されている。ロビーにはカップルが一組いた。ふたりは小さなテーブル席に座り、黙して酒を飲んでいた。
 男はエールビールを、女はボトルの赤ワインを飲んでいる。自分でボトルを手にしグラスを満たす。男のわきには数本のカラになった空き缶がころがっていた。
 友好的な関係には見えない。なにかを探り合っている間柄なのか、それとも関係を清算する段階に来ているのか。
 彼らがどの部屋を埋めている客なのか、成り行き次第では1部屋に収まるかもしれないし、2部屋に分かれているのかもしれない。もしくは1部屋から2部屋の空きができことも考えられる。
 入店してきた客のワカスギは、仕事の癖もあり様々な邪推してしまう。ついついまわりの人間を観察し、推測の範囲を広げはじめてしまう。
 好ましいことでなく、自分でもイヤな性分だとわかっていても、ついつい思考が先立っていく。それが仕事に活かされるので身にはなっている。
 それになにか不思議なもので、今は気分が悪いにもかかわらず、なぜかいつもより感度が高く、膨大な情報量が流入してくる。だからタクシーにも乗ってしまった経緯もあった。
 そういったことは年に何度かあった。どういうタイミングでなるのか自分でもわかっていない。それがコントロールできればいいのにと何度も悔やんでいた。
 ワカスギは店の雰囲気に気圧されながらもおずおずと店内へ、そして店主の元へ進んで行き、カウンターに手を付いた。そうしないとカラダを起こしていられなかった。できれば腰を下ろしたかった。
 適当なスツールがあるはずもない。ホギは静かに顔を上げた。
 テーブルの女はチラリとそちらに目をやり、少し微笑んでワイングラスを口にした。濃い色の口紅が飲み口に付き、それを親指でスッと拭き取る。手慣れた動作だった。
 相席の男はそれを体の良いツマミとして、助平な顔で見てビールをひと飲みした。それでふたりの今の現状が見て取れた。そして画的にいいアングルだ。
 関心はあるもののふたりにばかり集中しているわけにはいかない。ワカスギは一向に接客しようとしないホギに向かって話しかける。
「あのー、タクシーの運転手に勧められて、、 アカダさんと言う、、 」
 言葉半ばでホギは立ち上がり、カウンターにまわりワカスギに対面する。
「コレを渡せって、、 」そう言ってワカスギは運転手から貰った名刺をホギに差し出した。
 これを出せばなにか割引が利くとか、サービスがあるとか、何かを期待していた。それであるのにホギは、それをひったくるように手にして、すぐに握りつぶして捨ててしまった。ワカスギはガッカリする表情を読み取られないように堪えた。
 ホギは何もなかったかのように宿泊帳を指先で押し出した。ワカスギはカウンターの上に荷物と外套を置き、従順に宿泊帳にペンを走らせはじめた。もうここに泊まるしかないのだ。
 最初に入った時の不安な気持ちは消えていた。ワカスギが書いているあいだにホギはカウンターから出て、裏扉を開き外に行ってしまった。ワカスギが入ってきた扉は裏口だった。
 ホテルの裏口はモールの通りと反対側にある。10時になればモールの通りは閉鎖されるので、それ以降の人の行き来はモールの外に面しているこの裏口からになる。そんな店があと数件はあった。 
 横付けしているタクシーのドアをノックする。サイドウィンドウが控えめに5センチほど下がり、手が伸びてきた。
 ホギはポケットから取り出したクシャクシャになった千円札を2枚その手に渡す。
「5千円の客の2千円取られたら赤字だ」毎回同じセリフを言うホギに、アカダも同じ言葉を返す「ゼロより3千円のほうがいいだろ」そう言うとすぐに手を引っ込めウィンドウを上げる。
 インセンティブをいただけば長居は無用とばかりに、60年式のローバー製のタクシーは、子気味良いシフトチェンジを繰り返し、その場を後にした。
 静かになった通りで、ホギの耳にアメリカンロックを奏でるピアノの音が、かすかに遠く聴こえた。
 無事一泊すればタクシードライバーに謝礼が入ることになっている。この雰囲気に圧されて尻込みして帰ってしまう客も中にはいた。
 アカダに謝礼を払うのは気に入らなくとも、こうして定期的に客を運んでくれており、助かっているのも事実だった。
 今日はこれで満室となり、ホギひとりで経営している手前、深夜の対応はしないので営業終了になる。表玄関はすでにクローズの看板がかかっていた。
 ろくに掃除もしない部屋に素泊まりさせて3千円ならほぼ丸儲けだった。先ほどのテーブルの男女は別々の客で、ひと部屋づつの支払いだった。もっとも女の方はわけありで満額の支払いではない。
 ただ、これからの流れによっては、使う部屋はひとつになる可能性もある。そしてそれはこれまでの経験上、高い確率でそうなる。部屋のかたずけがひとつで済んで2部屋分の上がりが入いればホギも都合がいい。
 扉を閉じてカウンターの定位置に戻る。ワカスギは宿泊帳とホギを交互に見て落ち着かない様子がありありだ。初めて来た客は常にこんな感じだった。
 かといってそんな客がリピーターになるわけでなく、どこからか漂ってきた宿無しが一夜の泊り先を求めてやって来るぐらいだ。
 サービス精神もなく、儲けにも関心がないホギがこのホテルをいまも続ける理由は別にあった。開店当初のことをがアタマによぎる。
 それは懐かしさもあり、時の流れの儚さもあり、現状の虚しさも同時に去来して、鼻の奥にツンとした油の染み込んだ木の匂いが蘇り、何とも言えない気分になる。


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(コンビニにて 3)

2024-09-15 20:18:34 | 連続小説

 会計を終えた老婆は、そちらに目を配ることもなく、ようやく精算できた荷物を持って出口に向かいだした。エコバック2袋分だ。店員はたどたどしいニホン語で「ありあとごらいまひたあ」と言って見送る。
 あれだけ迷惑をかけておいて、老婆は店員にも、フードの女性にも、お礼の言葉ひとつ述べず老婆は去っていった。それが当然のことだという認識なのか、別に迷惑をかけている認識がないのか。
 当のふたりも、そんなことは気にしていないようで、フードの女性と店員は顔見知りといった然で、何やら一言、二言会話をすると、店員は肩を上げて、おどけた風で困った顔をして見せた。
 彼女達の様子を見ていると、よくある日常のひとコマであるように見え、対照的にその後ろに座り込んでいる男は、レジ前のフロアで大きなカタマリと化している。茫然として目がうつろのままで違和感しかない。
 誰も座り込んでいる男には、声をかけようとしないし、かけられない。すると何人かが手にしていた端末で、その男を撮影しようとした。すかさず振り向いた女性は、フードの奥から冷徹な眼を光らせる。
 何かを言ったわけでもないのに、誰もがかざしていた端末を下ろして、その目を見ないようにした。彼女の先程の行動、物言わせぬ眼光に、誰もが圧倒されていた。
 会計を終えた彼女は膝を折って、へたり込んでいる男の耳元に口元を近づける。何か言葉をかけているのだろうがまわりには聞こえない。
 何事か言い終えた彼女は立ち上がって店から出ていった。ドアの開閉時に流れるメロディがこれほど不似合いに聴こえるのもめずらしい。そんな殺伐とした店内が残されていた。
 なんだか出来すぎた一幕であり、テレビカメラがどこからか出てきて、番組の企画であることをネタバラしするのではないかと言う声も聞こえた。そんな笑いでこの場を取り成しすことを望んでいるのだ。
 男はユラユラと、魂が抜けたようにユラユラと立ち上がり、何も買わずに店を出て行った。その手には何も持っておらず、レジ横商品か、タバコでも買うつもりだったのか。
 後ろ姿の男は、グレーのスウェットの股間にシミが見えた。それで座り込んでいた床に目を移すと、薄っすらと水が滲んでいた。それは水ではなく失禁の痕だった。
 彼女のシャドウで肝を冷やし、そんな事態になっていれば、恥ずかしくて反撃するどころか立ち上がりもできない。さっきの耳打ちはそれを言い含められたのだろう。これでは捨て台詞も吐けず、そそくさと退散するしかない。二度とこのコンビニでお目にかかることはないはずだ。
 レジの店員が商品を補充していた店員に共通言語で声をかけた。コミュニケーションが取れるなら、どうして混雑しているときに声をかけなかったのかと誰もが思ったはずだ。
 呼ばれた店員は、言葉ではなく、何故そうするのか理由がわからないらしく、何度も訊きなおしている。バーコードリーダーで商品をスキャンしながら、時折その店員の方に目をやって急がせているレジの店員の声が段々と荒っぽく、大きくなっていく。彼は彼女をなだめるような口ぶりで、指示にしたがう返事をしたようだ。
 一旦、バックヤードに入った店員はモップを手に戻ってきた。レジの店員は、腰に手を当てて、男の店員にひととおり言葉を浴びせたあと濡れた床を指さした。
 男の店員は大げさに両手をうえに上げ、なにやら言い返している。どうしてこんなところが突然濡れているのかを問いただしているのだ。自分がそうでも訊いただろう。ただその答えは聞かないほうがいいとユウヘイは気の毒がった。
 男の店員は、今頃になって店内の異変を察したようで、レジの店員とやり取りをかわす。なんてことだとばかりに片手を上げるが顔は笑っていた。レジの店員もこの時ばかりは薄ら笑いをした。なにか気の利いたことでも言ったのだろう。
 彼らの共通言語が理解できず列に並ぶしかできない人々は、なにがおかしかったのか全くわからない。おかしなもので人数はコチラの方が多く、この国の原住人であるのに、なにか疎外感がありバカにされているような気持になる。
 言語が通じないのは、なにか暗号でやり取りしているのと同じで、解読できない文章は人々に不安をあたえるし、それが元で諍いが起きる。
 同じ言語でも意味が通じ合わなかったり、通じても対応しなければ同じことで、先ほどの老婆とのトラブルを見ていれば争いの火種はどこにでもある。
 レジの店員は再び無表情になり、レジ打ちを続けながらアゴ先で隣のレジを差す。カウンターを開いて男もレジ打ちに参加した。
 その後の店内は、先程の騒ぎなどなかったかのように、いつもの風景に戻っていった。列は順調に流れていく。先程の騒ぎを知らない新しい客も入ってきた。彼らには日常の光景でしかない。
 新鮮な空気が入って来なかったから、列が滞っていたのではないかとさえ思える。それほど先程までの店内は息が詰るほどの圧迫感の中にいた。彼女がそれらをすべて解き放っていった。流れが止まって血が濁っていた動脈が、再び滞りなく流れ出したのだ。
 それと同期するようにユウヘイは、じわりじわりと血が沸き立っているのを抑えられなかった。楽しみにしていたボクシング中継が、自分でも不思議なくらい、どうにでもよくなっていた。
 目の前でおこなわれたノーヒット・ノックアウト劇は、それほど印象的で圧巻だった。当たってもいないことがそれをさらに増幅させていた。では当たったらどうなるのか。その想像を掻き立てられた。そして、それ以上の興奮をテレビから得られるとは思えなかった。
 今にして思えば列に留まっていてよかったと、自分の判断を珍しく評価した。プロテインバーの男に見習って、離脱していれば、あの場に立ち会えなかったのだ。
 あのまま家に帰っていれば、ビールを飲めなかったことを悔やみながらも、テレビ中継で疑似体験から得られる脳内分泌物に興奮感情を操作されて、気分の高揚の中にあったはずだ。
 それとともに楽しみが終わってしまったことへの虚しさも同居する。それは過去の悦楽体験の追随であり、経験のうえで得た精神浄化を呼び覚ますための儀式でしかなかった。過去の事例の繰り返しの域を超えることはない。
 彼女が何者なのか知りたかった。店員とも顔見知りのようだった。この近くに住んでいる常連の客であるはずだ。ユウヘイも仕事帰りによくこのコンビニを利用していても、これまでは時間帯が合わなかったのだろう。
 どこかのボクシングジムに所属しているのか、それともボクサー崩れか、単なる喧嘩で鳴らしてきたツワモノか。
 ユウヘイは、自分の目利きを確かめたかった。女子のボクシングはこれまでは観たこともなく、所詮パワーもスピードも男は比較にならないと見ていた。
 それなのに、間近で見た名も知れぬ彼女の得も知れぬ能力はどうだ。こうして自分の心を鷲掴みにしている。男より強いとか、男に比べてどうだという比較論ではなく、ユウヘイの中では、彼女という存在自体が重要になっていた。
 ユウヘイもようやくビールを買うことができ、会計を済まし店を出た。店を出てみたら少し気持ちが落ち着いてきた。熱狂の渦の中で少し気持ちが昂ぶり過ぎていたようだ。
 冷静に考えればおかしな事ばかりだった。別世界にでも引き込まれていたような錯覚に陥りそうだ。
 最初は誰もがお年寄りに迷惑してれいた。レジ打ちにも、もうひとりの店員にも不満があった。店のオペレーションにも問題がある。
 どうしても嫌なら列に並ばず買わないという選択もできる。多くの損得勘定の中で、自分の選択肢を正当化するために、誰かの不備を詰ったり、とにかく人のせいにしていた。
 そこで人々の不満を代表するかのように立ち上がった者が、そのやり方のマズさもあり、周囲の同意を得られずにスケープゴートとされた。
 あのとき列の誰もが事態が収束するとは思うどころか、余計に拗れると悲観した。男が手を出したためにそれが決定的になるはずだった。
 それが一瞬にして事態は解決してしまった。やり方はどうであれ、彼女の一撃ですべては無しになっていた。それが皆が畏敬を持って彼女を見送った要因なのだ。
 決して正しい行いではなかったはずなのに。混迷化しようとしていた事態を収めただけで、その価値は高められ、暴力は無しになった。
 その激情に飲み込まれたのはユウヘイも同じだった。物事の真偽は正論ではかたれない。悪貨は良貨を駆逐することもあれば、異物が悪巣を浄化することもあるらしい。行いの良し悪しを超えた異景を目にしたとき、人はこうも従順になってしまうのか。
 何時だってそんな机上の理論をぶち壊して行くのは、凡人が妄想してひとり悦に浸ることを、実際にやってのける常人離れした行動だけなのだ。
 夜風にも当たり、さらに気持ちが整理されていくと、ひとつの疑念が深まっていく。当たってないとしても、あの状況は彼女に取って不利なのではないかという心配だ。
 画像の撮影は止めさせたが、削除したかはわからない。コンビニなので防犯カメラの画像もある。誰かが面白がって投稿し、拡散されて話題になったりすれば、防犯カメラを確認することに発展して、あの男の出方次第で過剰防衛として訴えられることも否めない。
 そこで彼女がプロのボクサーであれば深刻な状態になる。そうでなくても今の時代は、たったひとつの汚点で、それがいくら過去のことであっても、責任は、いま取らなければならず、それが元で表舞台から降ろされることもある。
 なぜかしら負のイメージが進んで行く。自分が見つけた原石が、こんなことで消し去られるのではないかという、期待値の損失を怖れている。まだ何者でもない彼女にここまで肩入れしてしまうことに苦笑いして肩の力を抜いた。
 専門性の高い人間が、自説を説いていくうちに、暴走してしまい着地点から離れてしまうこともある。彼女が巻き起こしていった劇場に飲み込まれているのだ。
 そうしてユウヘイは、ビールを家まで持ち帰ることはせず、プルトップを開け、ビールを煽るとブラリとモールの通りを進んで行った。
 一台の古い外国車がユウヘイの横を駆け抜けていった。普段なら舌打ちをするか、悪態をついていたところだ。ユウヘイは何か自分の存在意義を見つけた気になり、いつしか足取りも軽くなっていった。


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(コンビニにて 2)

2024-09-08 18:05:17 | 連続小説

 3番目に並んでいた男が遂にこらえきれず声を荒らげた。蓄積された時間が長いだけに、その爆発力も比例している。それはユウヘイが言いたかったことを代弁していた。と同時に口に出さなくて良かったと安堵した。もしかしたら自分がそうなっていたかもしれない。
 これはどう見ても悪目立ちしただけだ。あーあ、やっちゃたよと言うような、周りも賛同の声を上げるわけでなく、むしろ冷ややかな目で見ている。男は短絡的行動をとる、不寛容な人間に振り分けられた。
 ひとつ前のフードの女性がピクリと肩を動かし、男の声に慄き不安を感じたようで、読んでいた本を閉じ手に持ち替えて、何が起きたらすかさずその場を離れるつもりなのだとユウヘイは推察した。
 これまでヒソヒソと異口同音を唱えていた者たちもピタリと口を閉ざした。あれだけ好戦的な口を叩いていた後ろの高校生達も、あいつ最低だなと、自分達が口にしていたことを棚に上げて手のひら返しだ。
 周りの雰囲気に勝ち馬を得たと、行動に出た途端にハシゴを降ろされる。ユウヘイも、そんな時勢の波に乗りそこねる英雄気取りをこれまでも何度も目にしていた。
 列に沈黙が流れる。別の意味で並んでいるのが辛くなっていた。聞こえないふりや、気づかない振りにも限度がある。男がまわりに目をやり、賛同はないのかと強要してくる。
 そんな状況あってもお年寄りと店員の態度は変わらず、お金を数え続けている。店員と普通に会話しているので、耳が遠いというわけではないだろう。自分のことだと思っていないのか、だとすれば認知機能の劣化を疑がいたくなる。
 これで収まらないのは声をあげた男だ。誰にも同調してもらえず、お年寄りやレジに無視されて面白いワケがない「何だ、オマエら。そう思わねえのかよ」さらに憤る。
 他の人たちは見てはいけないものを避けるように、目を反らしたり、下を向いたりする。同じ不満を持った者たちの代表者として声を上げたはずなのに、これでは唯一無援の反乱者になってしまっている。
 ユウヘイは嫌な予感しかしなかった。やり場がなくなった怒りの矛先がどこに向けられるのか。どうしたってあの老人に危害がおよぶだろう。
 イメージしてみた。自分が列を離れて、あのオトコの元に歩み寄り、”よせよ、もうすぐ終わりそうじゃあないか、そんな言い方したら、焦って余計に時間がかかるだけだ”とたしなめる。
 男は怒りに任せてユウヘイを突き飛ばそうとする。ユウヘイは、伸びた手を払いのけると、左足を軸にして鋭い右フックをアゴ先に。ただしヒットする紙一重のところで寸止する。自分のお気に入りのボクサーの得意技だ。そうして男はその衝撃だけでヘナヘナと崩れ落ちてく。
 首を振って苦笑いする。できるわけがない。単なる格闘技好きが観ているだけで自分でもできるような錯覚を覚えてしまうのはありがちだ。小さなころからケンカひとつしたこともないユウヘイが、そんな行動に出ればいろんな意味で大怪我をするだけだ。
 お年寄りは財布の隅にある小銭が取り出せないようで、震える指先でほじくり出そうと必死で周りに気が行っていないのか、それともそもそも気にしていないのか。後者であれば相当な胆力だ。
 レジの店員にしても同様で、なににしろ男の怒号で竦み上がっている様子はない。その時点でユウヘイの妄想は的はずれだ。
 これはある意味最強のふたりだ。そう思うと、一体誰のせいで自分たちがこんな目に合っているのかと、迷惑を被り続けているこちらの身にもなって欲しい。
 男はついに行動に出た。高い身長を利用して、前に並ぶ女性の肩越しから手を延ばす。老婆を無理やりにでもこちらを向かせようした。
 ユウヘイはどうなってしまうのかと息を呑んだ。行列に巻き込まれて観たかった番組を見逃したぐらいなら、ありきたりのエピソードだ。それが傷害事件になれば穏やかではない。
 警察沙汰になり事情聴取に協力することになれば、8時のテレビに間に合わないどころではない。
 しかし、その男の右手は老婆には届かなかった。
 ひとつ前にいたフードの女性は、肩越しから伸びる男の腕を本を持った手で払いのけると同時に、右脚を軸に左回転する勢いのままに、男のアゴに左の拳が伸びた。
 稲妻のような一撃。ユウヘイは目を見張った。自分がこんなふうにできたらと思い描いた夢のような打撃を、彼女は現実にやってのけた。
 それでとどまらなかった。彼女のカミソリのように鋭く、切れ味抜群のフックは、男のアゴに当たったか、当たらなかったかぐらいのところで寸止めされていた。強い打撃はなかった。せいぜい触れたと言ったところか。
 男が反撃を想定していなかったことを差し引いても、見事なスッテプと切込みからの攻撃と言って良かった。ここはコンビニの店内で防犯カメラもあるだろう。だからこそ彼女もヒットさせなかったはずだ。ユウヘイがそうイメージしたのもそのためだった。その点が一致したことで何か満足感がある。
 背丈の差がありフック気味のパンチは、アッパーになっていたのかもしれない。それもカウンター気味に入っていたので、試合だったらKO間違いなしの決定的な一発だ。ユウヘイが観てきたこれまでの経験がそう言わせた。
 そしてその男は、その大きな体躯を折り曲げて、ヘナヘナと崩れ落ちていく。一体何が起きたのか。ユウヘイもそうだが、列に並んでいた客も呆気にとられる。実は当たっていたのかという疑念さえ起こる。
 何の音もしなかったことが、その疑念を否定していた。あれだけの大男が崩れ倒れたパンチが、無音のはずである理由がない。それが唯一当たっていないと断言できる理由だった。
 そこまで完璧に再現されればユウヘイは薄気味悪ささえ感じる。自分の脳内が誰かに読み取られているのか。スキャンされて電子的に映像化でもされているのかと、あわててアタマを抱えるようにして隠した。
 あの素早い動きと、ヒットさせなくとも男を腰砕けにさせた、死を想起させるほどの内なるパワー。ボクシング中継を楽しみにしての帰宅途中に、思わぬ足止めを強いられた中で、ユウヘイはとんでもないものを目撃してしまったと、イメージとの偶然も含めて興奮状態になっていた。
 自分ができもしないことと妄想した、最高のシチュエーションを現実のものとしてやってのけた。まさにマンガやアニメが実写になり、そこになんの演出も加わらない、大男の撃沈を生で目の当たりにした。


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(コンビニにて 1)

2024-09-01 18:07:46 | 連続小説

――あの店員、遅いよな、、
――もっとパッパっとできんのか、、
――あのバアさん買いすぎだって、、
――こんなに並んじゃって、マジ腹立つ、、
 そんな怒りの声が、列のあちらこちらから聞こえてるくる。列の中程に並ぶユウヘイも、気が長い質ではない。そんな声がなければ、自分も憤っていただろう。外野の声がかろうじてユウヘイの冷静さを保たせていた。
 缶ビールをひとつ買いたかっただけだ。ものの数秒で支払いを終えて、家に帰るつもりだった。
 8時から観たいボクシング中継があり、普段通りに帰れば間に合う時間だった。コンビニでビールを買う時間を含んでも余裕はあった。そうであるのに、こんな足止めをくらうとは思ってもみなかった。
 ユウヘイがボクシングに興味を持ったのは、子どものときに見たいくつかの格闘アニメの影響だった。自分もあんなふうになりたかった。でもなれなかった。自分は観る側の人間であると知った。
 次第に生身の闘いを観るようになり、テレビで放送されるようなビッグマッチは必ず観たし、気になる試合でチケットが取れれば生で試合を観に行くこともあった。
 周りにはそんな共通の価値観を持つものはおらず、メディアを賑わすほどのビッグマッチでなければ、誰かとそれについて話しをすることはなかった。今日はそのビッグマッチと言っていい試合だった。それであるのに、、
 年配の女性は食料品を大量に買い込んでおり、さらに外国人のレジに何やら質問をしている。どうやらレジ横のコロッケが欲しいようだが上手く伝わっていない。
 レジの女性は嫌な顔ひとつせず、あたかもそれが当然のこととして、唐揚げか、春巻きか、順番に確認してお年寄りに寄り添っている。そしてこの列をなす状態であっても、動じることなく落ち着いた対応を続けている。
 余程の強靭なメンタルの持ち主か、状況を把握できないほどアタマが回らないのか、どちらにせよユウヘイにとって好ましくはない。
 当の本人の後ろに並ぶフードを被った女性は、買う予定らしき冊子を開いて集中している。買うつもりでも買う前の本を読むのは、立ち読みになるのだろうかと、余計な心配をしている場合でなく、助け舟を出す様子もない姿に腹立たしさを覚えてしまう。
 端で見ていれば子どもでもわかるようなジェスチャーで、やり取りを繰り返しているのに、一向に埒があかない。ユウヘイがレジまで行って教えてやりたいぐらいだが、列を外れて行くのには勇気がいる。
 戻ってきて同じ場所に戻れる保証もない。いやそんなことより周り目がある中で、うまく事態を収める自信が全くない。こういう時にしゃしゃり出て、これまでうまくできたためしがない。それがユウヘイを萎縮させていき、ストレスを増大していく。
 誰もが誰かが何かを言い出すのを期待して、匿名で悪舌をつくことはできても自分からは行動するつもりはなく、見て見ぬふりをしているようで、自分もそのひとりであることに落ち着いている。
 もうひとりの店員も外国人で、奥で商品の補充をしている。この状況をわかって補充を続けているのか、気付かないフリをしているのか、それとも補充をすることが最優先事項なのか。黙々と続けている。
 それを見てユウヘイは、彼にとってレジが滞って客が並ぼうが、それによって店の評判が悪くなろうが、それで客数が減ろうがどうでもいいようにみえた。彼が真面目に働く姿も歪んで見えるほどユウヘイは苛立たしさが募っていた。
 このコンビニはモールへ続く通りの角地にあり、モールの東側の玄関のような存在だ。10時には通りへの進入路が閉鎖されてしまう。建物自体はモールの中にあるが出入り口は、外の大通りに面しているので営業には支障はない。
 モールの組合には入っていても、さすがに10時に閉店ではコンビニとしてやっていけない。そんな例外は他にも何軒かある。いずれも立地条件がうまい具合にかなっている場所だった。そうでない店は受け入れるか、店仕舞いするしかなかった。
 一つ前の会社帰り風の女性が、聞えよがしに言った「あの人、レジやればいいのに、、 」。
 聞こえても彼らには通じないと、わかったうえで言っているようだった。いわば確信犯で、自分は意見を言えるという周りへのアピールをしている。
 街のコンビニで高いサービスを求めることがそもそも間違いで、この程度で甘んじる代わりに、価格が抑えられていたり、人手が確保されることを望んだ結果だ。あえて言葉が通じにくいか、通じないと思わせる異国人を雇うメリットはそこにあるのかもしれない。
 どうやら賛同する者の声が同調を呼ぶことを期待している節もある。何にしろ自分からは動くつもりがない。誰も自分が当事者にはなりたくない。正論を主張することも、匿名の範囲で留めて置きたい。矢面に立って責任は取りたくない。いわゆる選挙の時に誰がなっても一緒だからと、選挙に行かない理由を声高々に言う人たちと同類だ。
 さらにユウヘイの後ろに並ぶ高校生らしき二人連れの会話が耳障りでしかない。
「オレ、ちょっと、文句言ってこようか?」。そうするともう一方は「ガイジン働からかねえな」と、ななめに返答する。
 普段から、そんなお互いの役割が決まっているようで、一方はやりもしないことを口に出して虚勢を張り、一方はその言葉を直接的にではなく肯定する。それがエンドレスに続いていく。
「なあ、おれ言ったろか?」「うん、アイツ、なんでレジしないか、ワケわからん」「あのバアさん蹴ったろか」「ボケ老人、多いよな」そんな、聞いていて噛み合わない、彼らには噛み合った会話が続いている。
 ユウヘイは自分の心がささくれ立っているのがわかる。すべての状況に対して否定的な感情しかわかない。違う状況で聞けば、すべてたわいもない会話なはずだ。
 後ろの若者達の会話に嫌気がさしつつも、ユウヘイも次第に焦ってきた。理解していても落ち着かない。それが自分の弱さであり、そうして自分の性格が一層イヤになっていく。
 ライブ放映されるのボクシング中継は8時からのスタートだ。この日のために有料のコンテンツに入会して、満を持して臨んでいた。選手入場やらなんだかで、15分は余裕を見ても残された時間は多くない。
 試合前の両者の状態や駆け引きも重要な観戦ポイントだ。そこから得られる情報も多く、ビール片手に気持ちを昂ぶらせていく予定だった。
 老婆がようやく買い物を終えたと思ったら、財布の中からクーポン券をいくつか取り出して使えるモノがあるか訊きはじめた。店員も良くわかないようで、一枚一枚手にとっては確認している。まだ時間がかかることが確定した。
 ビールの冷たさが指先からジンジンと伝わってくる。手で握っているとカラダが冷え込んで、それに伴ってビールの冷たさが緩んでいくのでこうして持っていた。
 こんなことなら昨日のうちに買っておけばよかったっと悔やまれる。そうであればこんなところでムダに時間を浪費せず、行列にイライラすることもなかった。
 失敗したときに限って過去の同じような体験を思い出す。運が良かった時もあったのに、自分は判断力の乏しい駄目な人間だと、そんな後悔したことばかりがアタマに浮かんでいく。
 そのあいだにも店のトビラが空いて新しいお客も来るが、この列を見て引き返していく。余程の急用がなければここで買わなければならない理由はない。自分が入ってきた時にこの状態であれば入らなかった。その時に戻りたい。
 自分はココに並んで時間を使ってしまった為に、その損失を取り返さねばならないし、その時間が有益なものであったと認知できる理由が必要だ。今この列を離れれば、その時間が不易だったと認めることになる。
 トータルで考えればそうしたほうが正しいかもしれないのに、自分が離れてからスムーズに列が動きはじめたらと考えると決断できなかった。もうすぐ事態が改善されると信じている。まんまと負のループに取り込まれてしまっている。
 ふたつ前に並んでいた男がしびれを切らしたようにチッと舌打ちをして、手に持っていた2本のプロテインバーを近くの棚に突っ込んで離脱していった。
 スイーツが並べられた商品棚に置かれたそれは、場違いであり握られた跡が残っている。あれではもう売り物にならずに廃棄処分されるだろう。監視カメラに映っていたら、賠償請求されるのだろうかと、ユウヘイは缶ビールを左手に持ち代える。
 あのプロテインバーと違って、散々手にしたこの缶ビールをもとに戻しても、次に買う人が気づくことはないだろう。それは同様に自分が手にしている缶ビールの履歴も不明といえる。すべては性善説のうえでなりたっている。なにも不具合が起きなければそれで世の中は回っていくだけだ。
 もしかしたら生活に困っている住まいを持たないような人が手にしたものの、お金が足りなくて仕方なく買うのを諦めたかもしれない。トイレで用を足したあと手も洗わないような人が、どのビールがいいか何本か手にとって見比べて、落選したモノかもしれない。
 もっと言えば、、 とあり得ない想像に走り出し、顔を歪ませるユウヘイはもう一度指先でつかむようにして、接触面を最小にしていた。こんなことをして何の意味があるのかと自分を笑う。
 握り潰されて廃棄処分されれば次の人に渡ることはなく、そう思えばプロテインバーの男は正解なのかと変な納得の仕方をしてしまう。
 ユウヘイはビールをそこらにおいて離脱した自分をイメージした。ここまでで並んでいた時間を無駄にしたくない思いと、この先無駄に消費される時間が天秤にかけられる。プラス、ビールで一杯やりながらボクシングを観る楽しみも捨てられない。同じことを繰り返している。
 クーポン券やらポイントカードの件が一段落したと思えば、次は支払いで新たな問題が起きたようだ。膨れ上がった財布から、小銭をバラバラと出して数えはじめた。
 また時間がかかることが決定した。ユウヘイの意識が自分の制御から外れた。 
「おい、バアさんいい加減にしろよ。こんなに並んでんのがわかんねえのか!」


継続中、もしくは終わりのない繰り返し(花屋の前から欄干にて 3)

2024-08-25 17:31:07 | 連続小説

「アヤさあ、ホントにオンナなの?」ショウタの顔に悔しさが滲んでいる。
「なんでヨ?」
 アヤは橋の欄干に腕をのせて川の流れを漠然と眺めていた。ショウタは欄干を背に、ボールを体に挟んだ状態で座り込んでいる。モールの通りから離れた場所にふたりはいた。
 ショウタが騒ぎを起こしてモールに迷惑をかけてれば、その尻ぬぐいはマサヨのところにやって来る。忙しいさなかにそんな面倒が増えれば仕事が遅れてしまうと動揺していた。
 ただでさえ、モールで子どもを遊ばせないでと会長からは口うるさく言われており、マサヨのような子持ちでは、かと言って家に閉じ込めておくわけにもいかず、言うことを素直に聞く年頃でもなく思い通りにならない。
 ショウタはただ、アヤにサッカーを教えてもらおうとボールを奪おうとしているだけで、通行人が勝手に集まって盛り上がっていることを自分の所為にされては、たまったものではない。「そんな、、 」
「ゴメンなさいっ!」ショウタが言い訳をしようとするとアヤがそれを遮った。

「アタシがいけないんです。ショウタを巻き込んでしまって、ゴメンなさい、、」ボールを両足に挟んだ状態で、手を後ろに組みアヤはあたまを下げた。
 取り巻きにしていた人垣は、なんだか居心地が悪くなり、まわりの様子を伺いながらその場を離れて行った。いつまでもアタマを下げているアヤに、マサヨもどうしてかいいかわからず、店先でいつまでもそんなことをさせておくわけにもいかず取り成した。
「わかったから、アタマをあげてちょうだい」
「ショウタは何も悪くないです。どうか決めつけて怒らないでやってください」
「アナタ、どなたなの?」見知らぬ女性が低姿勢でショウタをかばっている。マサヨは振り上げたコブシの落としどころを失い、怒りも失せていく。
「サッカークラブの関係者で、ショウタに今日のおさらいを指導してたら、熱がこもってしまい。やりすぎました。別で続きをやりたいので、ショウタをもう少しお借りしていいですか?」
 そういうことならと、マサヨはココではやらなきゃかまわないと釘を刺して、ショウタを預けることを承諾した。その時間で仕事をかたづけようと、いそいそとまた店内に戻ってく。
 そんなやりとりのあとふたりはふらりとモールを歩き、ここに行きついた。なんとなく会話も途切れたところショウタの悔しさがぶり返してきた。
「だってさ、サッカーうまいし。オッパイ、ペッチャンこだし、、」
 すかさずアヤの右足がショウタの足下をつつく。
「あのさあ、ショウタ、、 もう少し言いようがあるでしょ。ピンチを救ったんだし、それ二重の意味で失礼よネ」
「だってさああ、、」そう言いながらも二重の意味がわかっていない。
「アタシがオトコだったら負けた言い訳が立つって思ってるんでしょ。じゃあさあ、そうやってみんなに言ってまわったら? 実はオトコだったから、負けたってしかたないってさ」
 蝶々がヒラヒラとショウタの鼻先を嘲るように飛び回ると、欄干の上にとまり羽根を閉じた。
「ごめんなさい、、」ショウタはぐうの音も出ず首をもたげる。
「ショウタ、サッカーうまくなりたい? それとも誰かのマネをしたいだけなの?」
 とまっていた蝶々がまたヒラヒラと舞いはじめた。澄んだ川には小魚が2~3匹で、流れに逆らって尾びれを振っている。
 何も言ってこないショウタをみて、アヤが続ける。
「アタシはショウタがうらやましい。戦ってくれる相手がいるからね。倒すべき相手もいる。なんだってできる。負けたってやり返せる次がある」
「 、、アヤはいなかったの?」
 ハナシの流れからそうなのかと訊いてみた。アヤは少し間をおいた。訊いてはいけなかったのかもしれない。進むことのなかった小魚は身をひるがえし川岸に進み、流れが弱まったところで回遊しはじめた。
「どうだろ? いたのかもしれないし、見つけられなかったのかもしれない」
 高校生になってからは部活に入らずに、ひとりで練習を続けていた。何かと戦うことにもう疲れていた。自分の技を高めることだけに集中していた。
 比べる対象は何もなく、うまくなったのかどうかもわからない。こなせる技は増えていった。それが何の役に立つのか、どの場面で使えるのか、何もわからない。
 ただ誰とも争わない状況に気持ちが楽になると同時に、もう一度誰かと戦ってみたいという気持ちを、いろんな理由をつけて押し殺していた。
 それが今日、ショウタと戦うことで、ひとつひとつ検証出来ていった。真剣に戦うことに理由はいらなかった。あの日の自分と相対させながら、なによりも本気になっていく自分を止められなかった。
 それと同時にわかったことは、どれだけ練習を重ねてきても、小学校4年の自分を越えられていないことだった。もちろん技術はあの時とは雲泥の差ではあった。
 あの時のカラダの動きは脊髄反射で反応していた。誰よりもうまくなりたいと渇望した。誰にも負けたくないと貪欲だった。いまの自分は技術はあってもその根本的な部分が劣化していたことに気づいた。
 時は戻ってこない。どんなに望んでも。もう一度はないのだ。その時にやるべきこと、やりたいことをしておかなければ後悔だけが後に残る。
「あのさショウタは、アタシと勝負してて、悔しいばっかりだった? 悔しくて何とかしたくって、やり返したくて、、」
 ショウタはジロりと上目遣いになった。悔しかったに決まっている。
「 、、悔しい気持ちがあるうちはいいよ。まだショウタは戦える。でもね悔しがってやるより、楽しんでやったほうがいいんじゃない」
 ショウタはアヤの言う事をポカンと聞いていた。悔しさをバネに強くなるのがマンガや、アニメで見たヒーローだ。楽しんで戦ったらヒーローではない。
 アヤは今はそうでもしかたないとショウタの顔を優しく見た。自分もわかっていなかった。サッカーをすることで敵を作り、敵に打ち勝って認めさせることが目的になっていた。
「自分よりうまい相手がいたらワクワクしない? どうやって倒してやろうかって楽しくてしかたないけどな」
 アヤはショウタと戦ってるとき、いつも笑ってた。それは楽しんでいるというより、バカにされているとしか思えなかった。
「ボクだって、うまくなりたいんだけど、、」
 ショウタはアヤに何を言われても、どうすればいいか判断がつかないままだ。それがわかっていれば、これまでもやっていたし、このままではわからずに日々を過ごしてしまうのも目に見えている。
 自分は本当に上達できるのか、母親に苦労をかけてまでやるほどの価値があるのか、そうまでしてやった結果が報われるのか。
 時折りこんな刺激を受けて少しはモチベーションが上がったりするが、それを継続させるまでの熱量にはならない。そうであったことを後悔するのは、やはりアヤぐらいの年齢になってからなのか。
 あって当たり前の環境を用意されている者は、そのありがたみを知ることはなく、手に入れられない環境にある者は、なにをどうあがいてもその恩恵を受けることはない。
 その分あがくことへの熱量が高まり、自分の力量以上を発揮できることもある。自分をここまで高めることはできたのは逆説的に言えば、目の前にある障害のおかげだったとアヤは感じていた。
「あのね、ショウタ。なんでもできるコがウマくなれるわけじゃないヨ。できることが少なくて、たくさん詰め込めなけりゃ、できたことだけを磨いて自分の武器にすればいい。そうすればその武器は誰にも負けない力を持ち、ショウタが戦うための強い味方になるんだから」
 なんだかゲームの攻略でも指導されているようだった。ショウタは自分ができることが少ないから、仕方がないと言われている気になっていた。サワムラやアヤのようなテクニックをマネするなどおこがましいと。
 すぐそこにある成果は、捕まえられないからこそ捕まえようとして、捕まえるために自分を高め、それでも届かないことで継続し続けることができる。
 手の届く場所に最初からあり、いつでも自分のモノにできるならば、誰が努力を惜しんでそれを手に入れようとするだろうか。
「誰かのせいでこうなったとは思わないように、自分で決めなよ。ショウタは自分で決められるポジションがあるんだからさ」
 ショウタは小さく肯いた。肯いてみたものの本当はアヤの言葉が正解なのかわからなかった。アヤがそう言ったからそうなんだと肯定した。
 ポジションはフォワードがやりたかった。コーチにはフォワードは希望者が多いから、別のポジションも考えておけと言われた。余り見込みがないのだろう。何れにせよアヤの言っている意味とは違う。
 まわりには自分よりうまいコがいっぱいいた。ショウタもそうなりたいのになれない。練習だってしてるのにうまくなる感じがしない。コーチもいろいろ教えてくれるけど、やってみせると少しこまったカオをして、何回もくり返せと言うだけだった。
 アヤは足下にあった小石を蹴って川に落下させた。水面にしぶきと波紋が拡がり、ある場所まで来ると流れに取り込まれて消えてしまう。川は何もなかったように、すぐにいつもの表情へ戻っていった。
 アヤの目にも当然ショウタの不味いところは見えていた。自分ならこうするのにとか、こうすればいいのにとか幾つも注意点が浮かんだ。
 自分はそれを大人から指摘されるのがイヤだった。反発して余計にやらないこともあった。かつて自分に線引きをした大人に嫌悪感を抱いていたはずなのに、自分がその立場になれば同じであることに心が痛んだ。悲しくて涙が出る。
「どうしたの、アヤ? 泣いてるの?」
「ボクさあ、ガンバるからさあ、泣かないでよ。うまくなるように努力するからさあ」
 なんとかしてアヤを励まそうと、ショウタはそんな見当違いのことを言い出した。アヤは洟を啜って涙をこらえた。
「そういうことはお母さんにいいなよ。そんなことよりさあ、ショウタ。どうするの?」
「なにが?」ショウタはおとなの女性の涙を見てドキドキしていた。
「サッカー教えてってハナシ」あきれてアヤがそう言った。
「でも、ボク、ボール取れなかったよ」
「アタシは、イイよ、、 ショウタが望むんなら」
「ホント!? 、、でもボク、アヤにお金払えないよ」
「なにショウタ。アンタ、お金払ってナニ教えてもらうつもりなの?」
 アヤのこれまでおかれた環境と、持ちえる能力を何のために使えるかを考えたとき。それがもしショウタの役に立つならそれでいい。ショウタが持ち得た力が、それを持たない人の支えになるなら、同じようにしてくれればいい。それが自分への対価になるはずだとアヤは思った。
「そういうことは、アタシからボール取れるようになってから言いなヨ」
 ショウタの腹に収まっていたボールをアヤは足先で掻き出す。コロコロと橋の向こう側へボールは転がっていく。
「あっ、ズルいぞ」これはズルいといえた。ショウタは立ち上がってボールを奪いに行く。
 アヤも続いた「アタシね見た目より大きいんだヨ」。変なところで意地を張るアヤだった。