private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over 01.11

2018-10-07 07:33:18 | 連続小説

「イチエイ。オマエ、夏休みどうするつもり …だったんだ?」
 マサトがそんなどうでもいい問いかけをしてきたのは、今日最後の授業が始まる前の休み時間だった。
 六時間目に古典を学ぼうなんて、強度の睡眠導入剤以外の何ものでもなく、こんな時間割を考えたのは若者の睡眠欲を理解していないのか、精神的修行を求めているのかと勘繰ってしまう、、、 もしくは苦しむ若者を見るのが好きな弩Sとか、、、
 何もしていなくても汗がにじんでくる暑い夏の一日で、教室の中は熱気にむせかえっていた。女生徒はおれたちの目も気にせずに、下敷きを煽って胸元や、スカートの裾から風を送っている。見ていないふりして、視界に入れていると、すぐに冷めた目で見返してくる。どんだけ高性能のセンサー付けてんだ、もっと他のことに活かせばいいのに、、、 のぞき見してる自分をタナにあげておいて。
 それでおれは、
あわてて空に目線を動かす。額を手の平でぬぐうと前に垂らした髪の毛に指が触れた。新鮮な感覚だけどまだ不慣れで、そんなことだけが時間の経過を感じさせてくれる。
「 …で、シャコウ、えっ、なんだって? だから自動車学校だよ… 」
 中学・高校と部活一辺倒の学校生活の繰り返しで、あたりまえのように短髪で過ごしてきて、この頃になって髪の毛を伸ばしはじめた、、、 というより放置しただけなんだけど、、、 その新鮮な感覚ついでに、このごろは黒髪を後ろに向けて掻きあげてみたりもする。自分ではカッコ良いしぐさだと意識してみたけど、残念ながらいまのところそれほど大した効果はみられていない、、、 
 つまりおれは、まわりの影響を受け、流されやすく、いい加減で、ボヤキの多い男だ。そして当然のように友人は少ない。だからオンナにもモテたためしもない、、、 この先もたぶんない。
「 …でさあ、その教官がさあ… 」
 その少ない友人のうちのひとりで、おれが唯一、流されることのない相手であるマサトは、小さい頃からの腐れ縁の上、ヤツはおれ以上にいい加減で、軟派で、C調で、スケベエで、、、 まあ、誉めるのはこれぐらいにしておいて、これまでも数々のメーワクをかけられてきたから、それもしかたないとおれは勝手に思っている。
 マサトはなにか熱心に話している。ヤツにとっては重要なハナシらしいけど、関心が持てないおれにとってはどうでもよくて、教室の中で溢れかえる多くの言葉は、となりのヤツらが喋っている昨日のテレビの内容だったり、流行りのアイドルとことだったり、それらはマンガの表現にあるような、『ワイワイ・ガヤガヤ』と大きなフキダシが天井を埋め尽くすオノマトペの中に葬り去られていく。
 先人がうまいこと思いついたのか、おれのアタマにそんな刷り込みがあるからなのか、本当にそう聞えてしまうのはなんとも不思議な気持ちになってきた。どうせすべてを聞き分けられないんだから、その表記が『ヤイヤイ・ドヤドヤ』とかであってもいいはずなのに、コロンブスの卵というか、アヒルの刷り込みというか、パブロフの犬というか、、、 なんだっけ? まあいいや、とにかく一番最初に言い出した人物に敬意を表した結果なんだ、、、 きっと。
「 …そうしたら、となりのヤツがよ… 」
 そんなくだらない考えをアタマの中で巡らせてるぐらいなら、マサトの話しを真剣に聞いてやればいいのに、おれはマサトに、ああとか、うんとか、生返事をして、関心を示していない態度を前面に出して、話が膨らまないように応戦していた。残念なことに、これだけ近くで話されたらさすがに『ワイワイ・ガヤガヤ』とは聞こえずに耳に残ってしまうのがなんとも悲しい。
「 …いやあ、まいったよ。そうしたら… 」
 マサトのおしゃべりで、おれの貴重な休みの時間が食いつぶされていく。時間の流れはいつだって容赦なく、毎日が充実していようと、のんべんだらりと暮らしていようと夏休みは近づいている。このまま就職することになれば、おそらく人生最後の長期休暇。いわゆるラスト・ロング・バケーションってヤツになる、、、 別に英語にする必要ないけど、、、 合ってんのかも知らないけど、、、 定年まで働けば長い休みが待ってるけどそれじゃあ意味ないし。そんな決まった未来が待っているだけだと思うとなにか物悲しいじゃないか。
 だからって、そんな平凡とは別に、よっぽど人生に成功すれば、また手に入れられる優雅な日々も、いまの段階でそいつを視野にいれられるほど余裕はない。それどころか、この先のことも、卒業後のことも、明日のことだって何も決めていないし、何も決まりそうにもない。何の目的も目標もない日々がなんとなく続いている。
 まだ時間があるからそんな余裕を持てるだけで、これが例えば夏休みの最後の日だとしたら、もっと真剣実をもって考えるだろう、、、 もしくは開き直って明日を迎える、、、
 少しでも体裁を取り繕った言い方をすれば、おれのやる気ってやつはこの春を境になくなってしまった。それをやらないことの言い訳にして、そんな言い訳があるからこそ、不真面目な自分を放置できている。そいつはどんなに努力を重ねてきたとしても、人生ってやつは一方的に方向転換を強制してくるって知ってしまったからだ。
 このまま流されるように日々を消費して、あと十年も過ぎれば、ああ、あの夏休みをもっと有意義に過ごして置けばよかったなんて口にしてるんだ。それはその時はじめて後悔でき、今を生きているおれに意見のひとつでもしたくなるわけで、残念ながらそれが分かっていたとしても、反駁するだけの強い意志がいまのおれには欠けているし、補正しようとする意欲も湧いてこなかった。
 マサトはまだしゃべっていた。
「 …そんでようやく車校終わって、クルマの免許、取っちまったから、バイトしてるんだ。先輩に頼んで夏休みいっぱいまでスタンドでさ。オマエも就職するつもりだったんだよな。だったらさ… 」
 こんなおれでなくたって後悔するとか、しないとか、高校三年生という区切りでだけで、いったい何を決めさせようというのか。そいつをまだ、自分の意思で決めさせてもらえたなら話は別だけど、おれたちが生まれる前から続けられている教育体制の中で、時代遅れだとわかっていても見直しもせず、ほころびが見えても無理やり維持したままで、この時期を境に自分で食扶ち探すか、もっと勉強しろと放逐されて、どれだけの高校生が満足できる人生設計を描き出し、実践できたんだろうか。
 これって選択の幅が多くなった弊害なんじゃなかろうか。年末の大安売りじゃあるまいし、これもできる、あれもできる、さあアナタはなにをしますか? なにを選んでも自由です。ただ、アナタの責任でね。そんな将来の叩き売りをされて、あせって、急いで手にしたものに責任を取れだなんて、いつかこの国の息の根を止めることになるはずだ。
 そう思ったって誰も口にするわけないだろうし、かの首相が言うところの、それに代わる代替案も持たないおれたちが偉そうに意見できるはずもなく、体制に抗いながら生きていけるほど芯あるわけでもない。だから現実的にはしかたないから取りあえずこの方向で、って先生と共に妥協できるもっとも堅実的な路線を歩んでいる。自分の置かれた状況を正当化するために、体制への不満を持ちつつも、自分に都合のいい先人の言葉をよりどころにして、せこく世の中を渡っていくのが無難で、いまのおれができる精一杯なんだ。
 どうやら高校3年ってやつは世の中に毒素を抜かれつつも、どれだけ従順に大人の言うことを聞ける人間になったのか品評する年なんだって、純正培養の壁の裏側にあるカラクリがそこにあった、、、 なんて、えらそうなこと言ってるけど、だからって何かするわけでもなく、こうして民主主義は成長していく。
 おれだって春先までは顧問の先生の従順なシモベとして部活に精を出し、うまくすれば推薦で大学へ、なんて甘い言葉にほだされて、その時、その時の目標だけを追いかけていたのに、突然宙ぶらりんの状態に陥ってしまった。被害者ヅラして情けをかけてもらうことが、いまのおれに考えられる将来を後悔しないであろう精一杯の身の振り方なんだけど、、、 マサトのハナシがようやく終わったみたいだ。