private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over02.31

2018-11-12 20:02:14 | 連続小説

「おまえってさ、朝比奈と会話できるんだな。 …すげえ」
 こらこら、マサト。本人を前にしてそんなぞんざいなモノの言いかたしちゃあ、、、 もっとも会話っていっても、一方的に問い詰められているだけで、会話としてなりたっていないが、、、 心優しいおれは、ふたりのあいだに入って注意してあげようかと、そう思って見上げると。
「どうした? イチエイ。朝比奈なら、さっき帰ってったぞ」
 あっそ。そうなのね。うーん、あのね、オマエがこなけりゃ、ガソリンスタンドの件から少しでも親睦を深めて、クラスの女子全員を敵に回した分のモトを取るつもりだったのに。これじゃ二兎追うものは、一兎も得ずになってしまうじゃないか、、、 おっ、めずらしく最後まで言えた、、、 
 とにかくマサトと絡んでるとロクなことはないって見本みたいなできごとで。朝比奈がいなければもうこれ以上の長居は無用とばかり、帰ろうとするオレの手を引き寄せて、マサトはまだ何か言いたげなようだ。
「言いたげじゃなくて、言いたいことがあるから来たんだよ。はるばる隣のクラスから。最速帰宅できる10分の電車をパスして」
 はるばる来なくていいし、さっさと電車に乗って帰ればいいのに。どうせさっきのハナシの念押しに来たんだろう。そんなに早く結論でないって、、、 いや、朝比奈の期待? に応えるのならバイトするのもアリだな、、、 さて、どうしたものか?
 校庭に目をやれば、部活へ向かう生徒と、家に帰る生徒とが入り混り、校門への通りは混雑を極めている。
 おれだって、つい三ヶ月前までは、授業が終われば真っ先に部室に駆け込んで、校庭でランニングを始めていたものだ。そう今日のように、授業なんかに一切の関心を持つこともなく、解き放たれるこの時間を心待ちにしていた。時間をムダに過ごしてきたのはおれも同じで、朝比奈のことをどうこう言う立場じゃない、、、 どうこう言える度胸もない、、、
 あの中にいたはずの自分はもう二度と現れることなく、こうして教室の窓からの単なる傍観者となって、隣でやいのやいのとうるさい、腐れ縁の長さだけが取り柄のマサトのハナシを聞いている、、、 聞いてないけど、、、
「聞けよ、イチエイ。だからさあ、バイトの先輩がさ、いい人なんだよ。面倒見が良くて。それでさ、その彼女さんが、またキレイな人で、時々、差し入れ持ってきてくれたりして。なんていうの、大人のオンナって感じで。いいよなあ、彼女に比べれば朝比奈もまだまだだなあ。オレもあんな彼女欲し… 」
 校庭の隅を、それでも慄然と歩を進める朝比奈がいた。つい目に止まったのか、朝比奈の存在感が大きいからなのか、おれが勝手に盛り上ってるからなのか、、、 
 朝比奈は小魚の群れの中を回遊している捕食魚のようにも見え、小魚たちはうまく敵を避けながら群れをなして漂っていく。その光景を目にすれば、決定的に別の人種なんだって印象づけられるほど、自然なうちに選別されていた。
 それにしてもきれいな歩き方をしている。おれだって、だてに陸上を長く続けていたわけじゃいない。早く走ろうと思えば、きれいな歩き方からはじめる必要があり、そいつはやっぱり無意識にはできないので、それなりに身体の動きをアタマの中でイメージしながらおこなうものだ。
 調子がいい時だと、スッと自然にそのフォームに入いっていける。そうでないと、きれいなフォームがイメージできないし、自分がどんなふうに歩いているかもわからなく、異様にギクシャクした動きのまま、いくらやっても修正できないこともある。
 これはもうアタマで考えれば考えるほど深みにハマってしまい、なにが正しいのかわからなくなっていくから、そういうときは変にもがくよりカラダが自然に動きを思い出すのを待った方がいい。
 ひとの好調を評価するのは簡単なのに、自分の好調を維持するのは困難だ。まわりの見る目が変わってくると、自分も知らずと慢心していく。それが良い面に出ればいいんだけど、たいていがそうでなく余計なプレッシャーとなり、埋められないミゾに自分を保つことができずに自滅していく。
 なんだって一足飛びでは成長はできないんだから、いつだって一歩づつでいいはずなんだ。
 一歩づつ、カタチのいいオシリが無駄な力を使わずに大転子を軽やかに回し、右へ左への動きと連動してセミロングの髪の毛も右へ左へと揺れている。もちろんおれの目は、髪よりオシリにロックオンしているんだけど。
 部活の時だって、アップするフリをしながら、しばらく前を走るケーコちゃんの後ろを追っかけてたこともあった、、、 往来でやれば変質者扱いまちがいなし、、、 いやべつにオシリだけを見てたいわけじゃなくて、速く走るための美しい動きに目が離せず、そのついでで見ちゃうだけで、、、 ウソです、、、 煩悩に勝てるほどの強い意志など持ち合わせているわけがない。
 朝比奈の歩き方は部活のころを彷彿させてくれた。いいオンナってヤツは、やっぱりなにをさせても無敵なんだ。そいつが武器になりハンディにもなる。いいじゃないかそれだって、若いうちだけだ。そんなこと言えるのも、言われるのも、、、 オシリの動きで、そこまで語らなくてもいいかな。
「 …それでさ、約1ヵ月半。みっちり働けば、10万くらいにはなるんだよ。いいだろ。さっきも言ったけど、クルマ買うのにアタマ金にはなるし、セコハンならそれで買えちゃうかもよ。おれさあ、具体的に言っちゃうと、ナナイチ欲しいんだよねえ。通りのU-Carショップに置いてあるの目エ付けてんだ。20万だからさ。二人で10万づつ払えば買えちゃうんだぜ。中古だから予約しとかないと、売れちゃったらおしまいだろ。今日の帰りにでも寄ってさ、予約しようぜ。そしたら夏休み明けには飛ばせるぜ。オレたちのカーライフの華麗なるスタートだ。なっ、これいいだろ? 授業中に勉強もせずに考えたんだぞ」
 考えなくていいから、、、 授業聞いてないの自慢しなくていいから、、、 おれが言うこっちゃないな、、、
 超利己主義なマサトの考えは、そんな都合のいい購入方法を忘れないうちに、念押しついでに言いに来たんだ。授業中から居ても立ってもいられなかった姿が思い浮かぶ、、、 浮かべたくないけど、、、 朝比奈の記憶が薄れていく。
 だいたいナナイチって何だ? ナナハンか? ああ、そりゃバイクだ、、、 ってひとりノリツッコミしてみた。
 だからおれの誕生日は12月だって。マサトは免許を持っているかもしれないけど、そりゃ単に、おれがバイトしたら手に入れるはずの10万を、いいように遣おうと画策しただけじゃないか。なにが電車の時間を飛ばしてやってきただ。
 マサトの報われることない夢物語を語り終わる頃には、朝比奈の姿はもう見えなくなっていた。たった一匹の捕食魚は、駅へ向かう歩道の中で、イワシの群れに飲み込まれていった、、、 やっぱり数は力なのか。
 これでもう、この教室の窓際にいる必要もなくなり、、、 本当なら朝比奈との余韻を思い出しながら、ここで優雅な時間をしばし反芻していたところなんだけど、、、 その記憶をもとに楽しい夜を過ごそうと、、、
 マサトには適当に相づちを打って話題を変え、一緒に次の電車に乗って帰ることを提案した。
 なにが不幸って、小学校の頃からの腐れ縁なおれたちは、家も近所で、歩いて5分もしないうちにお互いの家を行き来できてしまう、、、 本当に不幸だ、、、 
 だからここは小細工せずに一緒に帰ったほうが面倒がない。どうせまとわりついてくるつもりだろうから、おれの家にまで押しかけて、それこそやると返事するまで居座られても困る。だったら、コッチからマサトの家に押しかけてのらりくらりっと交わして、適当なところで帰ってしまえとの判断からだ。
 今日は良くても、夏休みになるまでに、何度も返事の請求に来るのは間違いないから、しょせんは問題の先送りでしかないわけで、なぜならおれはヒマで行動範囲のせまい高校生だから学校が終わっても家に居るか、近所をぶらつくぐらいしかすることはない、、、 なのに勉強はしない。
 マサトへの返事も、将来の展望なんてモノも、もう少し、、、 できるだけ長く、、、 できればずいぶん先まで、引き延ばしておきたいだけなんだ。それがおれのいまの精一杯なんだ。