private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over03.12

2018-11-18 13:57:07 | 連続小説

 電車を降りたマサトは、案の定、おれの部屋に転がり込もうと必死で、あの手この手で誘いをかけてくる。どうしても、そのクルマを今日中に予約しようってハラが見え見えだ。
 子供のころ、下校途中の駄菓子屋の店先でラスイチになったベビーカステラを目にして、急いで家に帰り、母親にそれを口実にお小遣いをねだっていたころとなんら変わりない。
「だってよ、ありゃ、本当に掘り出しモンなんだ。 …ベビーカステラ? なんだ、そりゃ? そうじゃなくてさ、絶対に好きなヤツが見かけたら横取りされちまうって」
 そりゃそうだろ、マサト以外の、そのクルマに興味あるヤツ全員がそう思ってるよ、、、 マサトが駄菓子屋に駆け込む前に、おれがちゃっかり先に横取りしたように。
 道順からすればマサトの家に先に着くので、おれは当初の予定通り、まあ、おまえの家でちょっと休んでこうと、おうかがいをたててみた。
「今日ダメなんだ。水道工事しててさあ、断水。茶もだせねえし、こんな日にオマエ連れてったら、カアちゃんの逆鱗に触れると思うけど、それでもいい?」
 いいわけない。茶なんか出なくてもいいけど、、、 だいたいこれまでそんな施し、受けたことがない、、、 マサトのカアちゃんを敵に回すのは避けたい。おれたちはお互いの家で迷惑がられ、悪友のレッテルが貼られている。何をしたってこれ以上、好感度が上がるわけもなく、せめておれの嫌悪感が増さないようにはしたいところだ、、、 我が家でのマサトの嫌悪感が増そうと一向にかまわんけど。
 マサトは最初からその口実を考えてたように、よどみなく、スラスラと喋っていた。おれが家に上がり込むのを予測していたようだ、、、 マサトに先読みされているなんて、おれも地に堕ちたもんだ、、、 おれの家は、水道工事はしていないだろうな。
 ならばおれもなんとかマサトを振り切ろうと、いろいろと口実を考えてみたけど、いまさら何を言っても疑われそうで、、、 おれはウソをつくのがヘタで、顔や、言葉遣いですぐにわかるらしい、、、
 ようやく絞り出した文句が、昨日からネコの死体が庭にころがっててさあ、縁起悪いんじゃない? なんて言ってみようとしたけど、やっぱりウソっぽいし、ネコの死体って、小学生並みの発想だし、逆に興味持たれても困るし、見に来られてもそんなもんないし、、、 ネズミの死体なら物置探せばありそうだ、、、 なのでなにも伝えられないまま、マサトの家を通過して歩き続けていた。
 おれがそんなこんなで悶々としてるってえのに、マサトは電車の中でもさんざん見せられた自動車雑誌を丸めて、肩を叩きながらやけにうれしそうだ。
「なあ、クルマ見に行こうぜ。それで、そのすぐ先がスタンドだから、そのままバイトの面接行けばいいし、イチエイもあのクルマ見れば絶対欲しくなるって」
 まあよく、そんな都合のいいお願いができるもんだと感心してしまう。とにかくここは一拍間をおく必要がある。暑いからさ、おれの家で麦茶でも飲んでさ、、、 って、自分から誘ってどうする、、、 だって、このままマサトのプランAに巻き込まれるのはゴメンだ。
 マサトは、そうかあ。なんて、やけにうれしそうで、勝算ありといったとこか。意気揚々とおれの家の扉を開けた。そしてそのまま下を向いき、しばしそこに立ちつくした。いっこうに歩を進めないマサトの脇にまわり、何かあったのかと覗き込む。
 もし、おれの浅はかな、苦し紛れな、口から出まかせな、そんなヨコシマな気持ちが天に通じてしまったんなら、本当に申し訳なく思うことしきりだ、、、 もっと有効な願いが天に届いてほしい、、、 おれの家の庭先はネコの死体が転がっていた、、、 これが正夢ってやつか、、、 寝てないけどな。
 おれにとっては幸運だった、、、 という言い方は失礼なんだろうけど、、、 ネコとマサトにとっては不運だったと言うべきか。つまり幸運と不運は紙一重で、どちらか一方が良ければ、もう一方は悪くなるってことを理解して、誰かの成功ってヤツは多くのひとの挫折から成り立っていると、、、 そこまでのハナシか?
 マサトが怨霊とか悪霊とかタタリみたいなのを信じてるなんて、これまで聞いたことなかったけど、どうやらそういう類の人間だったらしく、今日は気運が悪いからオレ帰るわ。といってあっさり引き返してくれた。人間は見かけによらないし、くされ縁の幼なじみの知らない側面を今頃知るところとなるなんて、、、 別に知らんくてよかったんだけど、、、
 おれだって気味が悪いのは同じだし、できれば避けて通りたいところだけど、自分の家は避けて通れんし、やっぱり人として丁重に埋葬してやるのが情けってやつだろう。それが本人の、、、 人じゃないか、、、 希望なのかはわかんないけど、おれの希望をかなえてマサトを追い払ってくれたし、そんな恩返しも含めて。
 おれはきっと何度もこんなことして何かを埋葬してきたんだと思う。その割には何を埋めてきたかなんてまともに覚えちゃいない。生き物を飼ったことはこれまでもあるし、それが死んでしまえば埋めただろうし、何度かあったそんなこととしてそれぐらいの記憶にしか残っていないだなんて、おれが飼った生き物達には本当に申し訳なく思う、、、 きっと死んだ日には大泣きしたはずだ、、、
 おれはネコの死体を包もうと、月末に廃棄するために束ねてあるはずの新聞紙を物置から引っ張り出そうと、ようやくその場を離れる決意をした、、、 ネズミの死体を捜す手間もなくなってよかった、、、 スコップとビニール袋を準備していると、物音に気づいた母親が、戸口から顔だけ出して、何してんの? なんて、のんきな声をかけてくるもんだから、ネコの死体、いままで気づかなかったのかと、家から一歩も外に出てないのかって、あきれてみせた。
「そんなことないわよ、ちょっと前に買い物から帰って来たところよ」
 と特に感情の起伏もなく言ってのける。
 あっそう。じゃあ、できたてか、、、 死にたてか、、、 ホヤホヤか、、、 生温かいのかどうかは触ってみればわかるけど、ゴキブリも殺せないヤワなおれは、とても触れる度胸はなく、スコップですくって古新聞の上にのせるのが精一杯だ、、、 これが丁重なのかは疑問が残るところだ。
「やあねえ、じゃあ、さっき死んだのかしら? それとも、通りがかりにだれかが捨てていったのかしらねえ」
 母親はそう言って迷惑がるだけで、ネコのことなどどうだっていいみたいだ。
「暑いからすぐに嫌な臭いするわよ。さっさと裏の空き地にでも埋めときなさい。腰痛めないように気おつけてね」
 余計な言葉で締めくくって、母親は家の中に入っていった。
 そのネコは極めて平穏な顔をしていた。目を閉じているからそう見えるだけかも知れないけど、死因がなんなのかなんて、おれなんかにわかるわけないし、とりあえず外傷は見当たらないから、内部的な問題なのだろうか、苦しんだようにも見えない、、、 苦しそうなネコの顔なんて見たことないけど、、、 なんだか、昼寝しているぐらいにしか見えない、、、 昼寝しているネコはみたことある。
 持ち上げたときには、新聞ごしでも体温は感じられなかったし、身体が硬直しているのは包みの外からの感触でもわかった。顔を覆うともはや単なる固形物となってしまい、動く気配はない。まちがいなく死んでいるんだ。それなのに、その表情が死とは無縁のように、おれのあたまに残っている、、、 死体との遭遇がそれほどあるわけないのに、、、 それほどあっても困るけどな。
 同じ体勢のままネコを見つめていたら腰がうずきだしたので、おれは意を決してビニール袋にその固形物を放り込み、スコップを手に取った。
 穴を掘っていて、さっき思い出しかけていたこと、死んでいった生き物たちをこの空き地いろんなものを埋めてきたことを思い出した。思い出したのはそこまでで、どこになにを埋めたのか、それが死んだ生き物だったのか、大切な宝物だったのか。それさえも思い出せない。
 なにか目印を立てて埋めたはずだけど、年月の風雨で消えたのか、おれの記憶不足で消えたのか、もはやなにもなくなっていた。きっとこのネコだってあっというまに忘却の彼方に消えてしまう。
 いつだって自分の都合で物事を進めていくのは人の悪しき習慣で、人とそれ以外の場合であれば、そいつは特に顕著に現れるものなんだ。
 個体から不明物になってしまったビニール袋をぶら下げて、おれは母親に言われたままに裏の空き地に向かい埋葬をはじめることにした。
 猫だから穴を掘るのにそれほど手間取らないだろうと、高をくくっていたらそうでもなく、途中で土が固くなり、これじゃあ本当に腰を悪化させそうで、背を伸ばして少し休むことにした。
 穴の中にビニール袋を置いてみたけど、これじゃあ土を山のように盛らないと隠れそうにもなく、ため息をつく。
 見渡した久しぶりの裏の空地は、子供のころから遊び場として駆け回っていた場所で、そしてきっとおれの人生に関わったいろんなモノが埋まっていて、それはほとんどマサトと共有した時間で、どうやらこの先もそんな日々が続いていくのだと、うっすらではあるけれどイメージできてしまうのがなんとも、進歩がないやら、安心するやらで、まだまだおれたちの腐れ縁は切れそうにもない、、、 当面の課題はこの夏休みだ、、、
 それにしても多くの空地や、広場が、マンションとか、ショッピングセンターとか、駐車場になって消えていったのに、ここだけは、なぜか一向に人の手が入らない。
 母親が言うには、昔に一家心中があって、家が燃えちゃって、みんな縁起悪がって近寄らないのよと、なんだか子供ダマシみたいな説明をされたけど、、、 たぶん口から出まかせだ、、、 あれから変わったことといえば、雑草が多くなったことと、遊んでいる子供が見あたらないことだけだった。
 そんな空地は、もう過去とは切り離れて別の空間になっている。たしかにおれたちが駆け回った場所なのに存在としてあるだけで、なんの接点も見いだせない。変な感傷にひたるのは人間の側だけで、それもおれのふがいない記憶だけの中にある。
 自然とか、時間とか、そんなことにいちいち関わっちゃいられないんだ。もう何度こんなことを繰り返せば、おれはまともな人生をすごせるんだろう。