ひと通りの作業を終えたところで、おれはスタンドに設置してある自販機からオレンジジュースとコーヒーを買ってきて、わずかだけどバイト代だなんて、シャレた言い回しをしてツヨシに差し出した。
そういう形式じみたことが嫌いで、なれないことするもんだから、変に居心地が悪かったうえに、ツヨシはオレンジジュースではなく、コーヒーの方をふんだくっていった。オマエ飲み慣れてないもの飲んで、気持ち悪くなるんじゃないぞ。なんて、偉そうに言って、しかたなく飲み慣れないオレンジジュースをすすったおれが、むせてりゃ世話ない。
「おニイちゃん。大丈夫?」
おれたちは、クルマの陰になるところで腰をおろして、仕事の労をねぎらうことにした、、、 労を感じたのは、おれだけかもしれんけど、、、 横に並んで地面に座り込み、お互い飲み物を飲む。ツヨシの首に青色の紐がかかっているのが目に入った、、、 カギっ子か。
おれが大丈夫かって? そんなわけはない。ツヨシの心配している場合じゃないぐらい、宿題どころか、一学期のノートもマモトに取れてない。それで毎日、クタクタになるまで働いて、家に帰っちゃ、メシ食って、フロ入って、寝るだけだ、、、 今後はそれに子ネコのめんどうをみる仕事が加わる、、、 バイト先じゃオマエの面倒もみている。
そういうツヨシだって、小学生なんだから夏休みの宿題とかあるだろう。ちゃんと毎日やってるのかって、ついいらぬ心配をしていた。自分が親に言われて一番嫌な言葉なのに、自分が言ってりゃ世話ない。
「おニイちゃん、イヤなこと思いださせるなよな。しゅくだいなんかさあ、ほとんど七月ちゅうに、おわらせちゃったけど。だいたいいまどきコツコツと、まいにちやってる子なんていないよ」
そりゃそうだな。おれだってそうだった、、、 やりきれない分はそのまま放置したけど、、、やっぱりいまでもそういう悪しき伝統は引き継がれていくもんだ、、、 この国の技の伝承、、、 学校側としては日々計画的に宿題をこなしてもらって、充実した休みを過ごして欲しいだろうから、なんらかの手を打っていると思ったけど、そうでもないんだ。
夏休みなんて開放的な時期にヘタに余裕ができれば、余計なことを考えて道をはずすとか、いろんな誘惑が手をこまねいてるだろから、いつか、みっちり一ヶ月かかるぐらいの宿題の量に増やされかねないってハナシで、教育委員会のいい口実にされかねない、、、 なんて、ツヨシにはピンとこないか、、、
いつだって、隙をみせればつけ込んでくるのが権力者のやりかたで、おれはもう関係なくなるからいいんだけど、、、 無事、卒業できればだけど、、、 中学校の時にこんなことがあったっけ。
時の政権を担う生徒会長が、全校生徒がかねてから要望していたワンポイントの靴下の許可を、学校側に申請することになった。当時といえば女子は白、男子は黒の靴下が指定されていて、学校のそばにある指定用品店でしか買えなかった。
ショッピングモールとかが進出してきて、いろんな商品が目にとまるようになるし、おしゃれに目覚める年頃である中学生としては、メーカーロゴや、キャラクターのワンポイントぐらいは許可して欲しいってとこが争点だった。
近隣の学校ではとうに解禁になっていて、自分たちの学校が遅れてて、いまどき古い規則を続けてると陰口をたたかれているのも一因だった。関心のない生徒もいたけど、そういうのって一度盛り上がると誰も止められなくなったりするから、一種の集団心理に陥っているのを見て、おれは引き気味だった。
おれは母親が買ってくる靴下を履いてるだけだからどうでもよかったし、部活じゃスポーツメーカーのロゴ入りのヤツを履いてたから優越感だってあったぐらいだ。
生徒会長の主張をのむ形で学校側が折れて、その報告会となった全校集会では結構な盛り上がりで、おれの中学時代の重大ニュースのひとつといえ、生徒会長はさらに株をあげることになった。
そうまでして勝ち取った規則なのに、ワンポイントの定義はあやふやで、最初は控えめだったのに、徐々に大きなキャラクター付きなんかが見られるようになり、どこがワンポイントなんだってぐらいの大きな絵柄を堂々と履いてくるヤツも現れ、そいつが学校側にはいい口実となって、半月もしないうちに再度全面禁止の憂き目を見た。
つまりそれは、最初からワンポイントマークを許すつもりがなかった学校側が、一度歩み寄った状況見せておき、規則を破る者が出てくるのを待って、それらしいのが出たとたん、それみたことかと有無を言わせぬ状況をたてに、一気呵成に全面禁止の口実にしたってわけだ。
生徒側の落ち度を都合のいいように拾い上げ、言い訳のきかない校則を成立させていく、これが大人のやりかたってヤツだ。そこまではよくある話なのかもしれないけど、どうやら生徒会長も、ルールをやぶったおバカさんも“仕込み”だったらしく、他校に影響されず、早いうちに厳格なルールを確立しておきたかった学校側が描いたストーリーどおりにものごとが運んだってことらしい、、、 あくまでもウワサだけど、、、
そのハナシに信憑性を増したのが、ルールをやぶったおバカさんは、学校指定店の親戚だったし、生徒会長は県下トップの進学校に推薦入学したことだ、、、 生徒会長は学業優秀だったから推薦されてもおかしくはないんだけどね、、、
「いいんだよ。観察日記とか。読書感想文とか、工作とかさ、面倒なのがまだ残ってるんだから。それをちゃんと計画的にやればいいんだろ」
ああ、そういうのあったな。読書感想文にあとがきとか、あらずじを丸写ししたヤツとか、観察日記も7月中に全部終わらせて提出した強者もいたなあ、天気や最高温度を予想で書いてあったからあっさりバレてたけど。
先生なんて何年も悪ガキの面倒見てるんだから、ほとんどの不正はあたまのなかに入っているはずで、それを上回るような手を考えないと、先生を出し抜くことなんてできないだろうけど、そんなこと考える時間があれば、真面目に宿題した方が効率よさそうだ。
どうしてもラクしたいとか、ほかっておいた宿題を最後の二日ぐらいでこなそうとすると、あの手この手と抜け道を考えるのもしかたないところで、そういう窮地からすごいアイデアなんかが浮かぶこともあるなんて、伝記のなかの偉人は言う、、、、 おれもそれに期待するか、、、 偉人になれるわけないな。
「なんだよ、おニイちゃん。そんないきあたりばったりじゃダメだって。それにね、ズルしたって、かんらずバレるようになってんだよ。ボクたちって、そんなにツヨイきもちをもってられないからさあ」
ああそうか、ズルした自分をおさえきれずに、罪悪感にさいなまれて自分をおさえきれなくなるってやつか。実際そうだよな。悪いことをした意識があれば、それを正当化しようと普段じゃしないような行動に出て、ボロがでてしまうなんてよくあるし、、、 意識がなきゃウソもまた、真実になるけど、、、 まれにそんな些細なことを屁とも思わないヤツだっている、、、 マサトとか、、、、 マサトとか、、、、 マサトとか、、、
「あっ、そうだ、こんどさ、しゅくだい、もってくるからさ、てつだってよ」
オマエさっき、自分でズルしてもバレるとか言ってなかったっけ。それにさっきのおれの話しを聞いてたのか。結構ためになるいい話しだったぞ、、、 そうでもないか。
おれが経験した大人の世界を垣間見た嫌な話を、これから明るい未来を夢見て学校生活を送ろうとする少年が知るには早すぎるんだろうか。それともそういうのって人から聞いてどうのこうのってのじゃなく、自分で経験して初めて身になったりするから、年上の話しなんて、当人にとってはあまりタメにならなかったりするのもまた真実だ。
それはそうだ、おれがその立場だったとしてもそうだろう。だから人間てヤツはこれまでの失敗を糧に、成功を上積みしていくことができず、同じ軌道から繰り出されるパンチを何度でも喰らうんだろうな、、、 おれの言葉が軽いせいでもある。
「いいんだよ、てつだってもらうだけだから。マルうつしするわけでも、こたえをおしえてもらうんでもないからさ。それにズルでやるんじゃなくて、これがただしいやりかただってしんじてやれば、しんじつになるんだろ」
オマエ、いい生徒会長になれそうだな。
「でもね、しゅくだいってさ、おわればおわったで、なんだか、かなしいんだよね。しゅくだいがおわっちゃうっと、夏休みもおわっちゃうだろ。のこってれば、まだ夏休みものこってる… そんなわけないのに、そうおもっちゃう。そうおもっていたいのかもね」
なんだよ、今度はやけに感傷的になっちゃって、こんなにも情緒的な言葉をよどみなく語るんだから恐れ入る。いやいや、そうじゃない、子供のほうが、ある意味、真実を正確に捉えていて、使える言葉が少ない分ストレートに伝わってくるんだ。
立場の違いが言葉の意味までも変えてしまう。ひとを動かそうと思えば、その言葉に自然と魂が宿るものなんだろうな。そうでもなけりゃ何も話す必要はないと、おれの言葉の真意さえも吸収されていくし、口から出たあとはもうウソかマコトかさえわからなくなるんだから。