「スッげーんだ、サワムラ選手。こうして、こうして」
ショウタは、店先でサッカーボールを足でコントロールする。足先とスネでボールをはさんでから、ボールを中心に足先を一回転させて、もう一度ボールをはさんで止めるトラップを見せようとする。
小さい足でボールをはさむのにはまだ無理があり、サワムラのやったようにはうまくいかず、すぐにボールはこぼれ落ちて転々と店先に転がっていく。
「ちょっと、店先でボール蹴っちゃダメだって、いつも言ってるでしょ」
売り物の花に当たったら大変と、話をそこそこに聞いていた母親のマサヨは、ボールが転がってくるのを見ると驚いてすぐに制止する。
「けってないだろ」ショウタは口先をとがらせて反発する。
今日の出来事を母親に聞いて欲しく、あえて店先でやっているのに、そんな言われ方をされて悔しい思いもあり、そんな屁理屈を言ってしまう。
「口ごたえしないの!」不毛なやりとりにマサヨもイラついてしまい、つい言葉がキツくなる。
今日はショウタが通っているサッカークラブで交流会があり、トップチームの選手がショウタの練習場にやって来た。
ショウタがあこがれているサワムラが、パフォーマンスでリフティングから相手を出し抜くようなトラッププレーを見せて喝采を浴びていた。
ショウタも目を輝かせて、サワムラの動きをひとつも見逃さないとばかりに、最前列で食い入るように見ていた。
帰りのミーティングでコーチに、あれはプロのプレーだからオマエたちにはまだ早く、マネせずに基本のプレーを忠実に練習するようと釘をさされても、ショウタはサワムラのプレーを自分もできるようになりたくて、家に帰ってから練習しようと決めていた。
交流会には誰もが両親揃って見学に来ており、今日ばかりは母親や父親と一緒に帰っていく。そんなチームメイトの姿を見ながら、ショウタはひとりで家路を急いだ。
仕事の都合で交流会に顔を出せない母親に、今日の出来事を聞いて欲しいし、この練習を見てもらいたくて店の前でやっているのに、母親のマサヨはかまってられる状況ではない。
今日はお得意さんからの注文が入っており、明日の納品の準備をしながら、来店客の対応にも追われていた。
店をひとりでキリモミしているマサヨは、クラブの集いがあるからといってその度に休むわけにもいかず、これまではすべて欠席していた。ショウタに寂しい思いをさせているのはわかっている。
それも高い月謝を払うために少しでも売り上げを伸ばさなければならないからと、入会するときに約束していたことであり、人手が足りなくてもバイトを雇う費用も抑えるために、ひとりで頑張っていることもショウタに理解して欲しい。
ショウタもそれはわかっていても、まだ小さい子どもだ。かまって欲しい日もある。特に今日のような特別な日であれば興奮も抑えられないだろう。
マサヨにしてもそれは重々承知していた。それなのにキツく当たってしまう自分にもストレスを感じてしまう。マサヨは肩をすくめて店の中に戻っていく。
頬を膨らませて、腹いせもあってボールをモールの通路に向かって蹴飛ばすショウタ。力なく転がっていくボールは通行している女性の足に当たって止まった。
ショウタがゴメンなさいと言おうとすると、その女性は足の甲ですくうようにボールを持ち上げ、つま先をクイッと上げてボールを宙に浮かせ、膝でワンクッション経由して額の上でピタリと止めた。フードがあたまからずり落ちて、ショートのブラウンヘアーが少し揺れる。
一連の流れるような動きにショウタの目は奪われた。女性はアゴをあげたまま額の上でボールをキープしているので、ショウタの方を見下ろす。
「キミのボール?」ショウタは声がでない。コクりと首をタテに振る。
女性は首を横にして落下させたボールを肩で弾ませてから、左足でボールをコントロールしてショウタの前で弾ませた。ワンバウンドして胸の前に来たボールをショウタはキャッチした。
「コラー、手ェ使っちゃダメだろ」膝丈のチェックスカートの腰元に両手を添えて、ショウタにクレームをつける。
「おねえちゃん。じょうずだね。プロの選手?」
女性はその問いには答えず、ゆったりとしたTシャツのハーフ袖から、細身の腕を伸ばして指先でボールを寄こせと合図した。ショウタは手にしたボールを下に落として、彼女にヒールパスを出した。
「わたしは、アヤ。まだプロじゃないけどね、、 」
コロコロとアヤの足下に転がるボールは、スッと前後に入れ替えた右足底で止めてから、素早く足裏で滑らせた。紺色のスニーカーが踊るようにステップを踏む。ボールは逆回転がかかって跳ね上がり、踵で蹴り上げられる。
「キミは?」ボールはアタマを越して、シルバーのネックレスが揺れるアヤの胸元を通り、Ⅴ字にした足首にスッポリと収まった。今日サワムラが見せた止め技と同じだった。
名前を聞かれたと判断したショウタは、名前と小学校4年であることを伝える。「フーン」とアヤは言い、振り上げた右足からボールを放ち、前かがみになって両腕をいからせた肩甲骨のあいだでボールを止めた。
顔の位置がさがってショウタの目線の位置まで降りて来た。
「おねえちゃん、スゴイね。どうしたらそんなにうまくできるの?」
「ショウタもサッカーやってんでしょ? だったらさ、ボールといっつも一緒にいなきゃ」
そう言ってアヤは背を正す。背中のボールがスルスルと、アヤのお尻から太もも、ふくらはぎを通って再び踵で蹴り上げられる。今度は持ち上げた膝の上に吸い付く。
「おねえちゃんも、そうしてうまくなったの?」
膝の上にあるボールを凝視しながら言うと、その目線が下にさがっていく。アヤが折り曲げていた足を延ばしてボールを足先まで滑らせていく。
ボールが脛をつたって足先に来ると、ボールを回転させながら右足と、左足で交互にリフティングを繰り返しはじめた。それが答えなのか。
「ねえ、アヤ、ボクにサッカー教えてよ」
ラフな格好の女性が、ショッピングモールの真ん中でリフティングを繰り返していればどうしても目立ってしまい、少しづつ人の輪ができはじめていた。
「さんづけしなよ。まあアヤでいいか、、」
ショウタもアヤもそんなことはお構いなしに話しを続ける。
「クラブに入ってんだろ?」
アヤはショウタの着ているクラブチームのユニフォームを見て、自分の胸を差してそう言う。クラブのネームが印刷されていることを伝えている。
トップチームのジュニアに所属していると知れてしまい、ショウタはいまさらながらにユニフォームのチーム名を手で隠す。
小学校4年生で試合にも出してもらえない。練習と言えば基本の反復ばかりだ。それが重要なことだとはわかっていても、一生懸命やる動機にはどうしてもつながらなかった。
子ども心にも会費の支払いで母親に迷惑をかけていることも気になっていた。こんな調子で続けていてもうまくなれる気がしなかった。
「なあ、いいだろ? おしえてよ」
リフティングを続けるアヤに脈があると、ショウタはたたみかけてくる。
ボールを中心に足先をクルリと回し、また足先でつつく。そんな小技をからめると、まわりの人垣から歓声があがる。ショウタは自分の手柄のようにまわりを自慢げに見回す。
「わたしから、ボールを奪うことができたら教えてあげてもいいかな、、 」
そう言うとアヤは宙を舞っていたボールを地面に転がし前方1mの場所にセットした。
「えっ、ホント?」言うが早いかショウタは、すかさずそのボールに喰いつこうとする。
瞬時のことでアヤも気を抜いていたのかもしれない。あっというまにショウタの足先がボールに届く。