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感情解放、ヒーリング、意識の目覚めをキーワードに日々の気づきを綴っていきます

恐れの核心を掘り下げる

2016年11月11日 07時00分00秒 | 日記

私たちは嫌なことがあると、自然とそれを避けるように行動します。ある形になると苦痛を感じるので、そこを使わないで他の部分で代用し、結果的に形が同じなるように調整したり、その形になること自体を避けるようになったりします。これは身体についてと同様に、心についても言えます。ここを押さえると、「掘り下げ」はとても簡単になります。


感情解放ワークでは、自分が一体どんな感情から逃げているのかを明らかにし、それを統合していくという流れがあるので、「掘り下げ」をしていきます。けれどこれを苦手とする人は結構多いですね。

難しくなってしまうのは、心が痛む方に向かっていくわけですから、無意識にも抵抗が起こりブロックしてしまうためと、体と心を置き去りにしたまま頭で掘り進めようとするためです。

こうして頭だけ分離させると、心と身体で感じている不快感を感じないで進めるように思えるからなんですね。

感情解放のワークでは、全てのプロセスにおいて、身体の感覚から意識が離れないようにして在ることが鉄則です。頭で考える思考は、まったく真実ではないストーリーによって真実を覆い隠してしまうからです。

掘り下げも、当然「考える」ことではなく、「感じる」ことによって進めていきます。

身体を感じながら問いかけ、掘り下げを進めていくと、抵抗が起こった時に身体が緊張したりサワサワと嫌な感じが浮上してきたりするのを感じることがあるでしょう。浮上したものも感情のエネルギーなので、それも受け止めながら掘り進めていくわけです。

これを頭で「う~ん、どうしてなんだろう?何を避けてるんだろう?」と考えても、そう問いかける思考の大元であるエゴは、それが明らかになるのは都合が悪いので、何も分からなくなるか、間違ったストーリーをまくし立てて結局、核心には至らないでしょう。

形だけ向き合っているつもりで、その実、全力で逃げる体勢になっているわけです。

湧き起こっている抵抗を身体で感じ、受け止めながら進めるとギアが噛み合ったようになり、空回りせずに済みます。その状態で命の呼吸を通して行けば、それだけでも多少解放は起こります。

掘り下げでは、何かブロックしているものが見えた時、「もしそれをブロックしていなかったとしたら、私はどうなってしまうだろうか?」と問いかけていきます。

ワークをするのは、解放して楽になりたいからだと思いますが、一方でそれをブロックし続けている自分がいるわけです。表面的には解放したい、でも深いところでは解放したがってはいないのです。

つまり、ブロックしていることにもメリットがあるのであり、このメリットの部分に対処しない限り、単に解放したいから手放してしまえ!というわけにはいかないのです。

表面的な形が気に食わないからと言って、自分もメリットを享受しながら「そんなものは必要ない!」なんて言っている人がいたら、「何言ってるんだコイツ」ってなりますよね。

そういう形になっているのにも、深い深い事情があるのです。この事情を汲んで、自分が果たすべき責任を果たしていくことで、ようやくブロックは外せるようになります。

この事情を明らかにするのが、先ほどの問いです。もしこれを解放したら、エラいことになってしまう。だからそうならないように、ブロックしているのです。

よく、心の奥底に沈められたものを「パンドラの箱」と言ったりしますが、開けたら収拾がつかなくなってしまうのを恐れているのですね。

ワークでは、これを開けて一つ一つ対処していくことで不安要素を調和させていくということをします。

もしこれを開けたら、どうなってしまうのでしょう。じっと身体で感じる感覚を受け止めつつ、何となくでいいので想像してみましょう。これまでは想像することすら恐くてしなかったことでしょう。でも今は、深く命の呼吸をしながら想像してみます。

何となく、すべてを失ってしまいそうだとか、絶望して立ち上がれなくなってしまうとか、みんなに見捨てられて孤独になってしまいそうだなどなど出てくるかもしれません。

どうしても「分からない」という場合は、あまりにも恐ろし過ぎて、触れたくないのでしょう。そのときは、「もしそれが分かってしまったら、私はどうなるだろう?」と問うてみましょう。

このようにして出てきたものが自身が最も恐れるものであり、これに触れないようにブロックしているのです。

もしそんな状況になってしまったら、どんな気持ちになり、どんな風に身体は苦しいのでしょう。この感情や感覚が心の奥底に固められているので、ここに命の呼吸を送って癒しのエネルギーを届けます。

すると、時間を止めた苦しみに再び時間が戻り、流れていきます。

この苦しみは決して癒すことはできないと思う痛みも、私たちはちゃんと癒していく力を持っています。ただ、自分がその力を使うと決めるのかどうか、それだけのことなのだと思います。

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