夜蝶と証券マンとエリザベス女王杯
薄暗いバー「夜蝶」のカウンターで、美咲はグラスを傾け、静かに祐一を見つめていた。
妖艶な雰囲気が漂うその姿は、まるで夜の蝶が羽を広げようとしているようだった。
「祐くん、どうしたの?そんな顔して」
美咲が、隣に座る祐一に声をかけた。祐一は、美咲から目を離すことなく、肩を落としている。
「あの…、ライラック、惜しかったですね…」
美咲の声はかすれていた。
彼は、今回のエリザベス女王杯で、10番人気の穴馬ライラックから買っていたのだ。
ゴール前で見せた豪脚は、多くの競馬ファンを驚かせたが…
「勝ったのは…薔薇一族のスタニングローズって馬さ…」
「3着争いに3頭が並んでね、差せー!って大声で叫んじゃったよ」
祐一は、あと一歩のところで勝利を逃してしまったのだ。
「そうね。ライラック、よく頑張ったわね。でも、祐くん、そんなに落ち込まないで。競馬って、そういうものよ」
美咲は、優しく祐一の頭を撫でた。祐一は、美咲の温もりに包まれながら、ようやく顔を上げた。
「でも、美咲さん。僕は、ライラックに賭けたんです。僕の人生も、ライラックみたいに、一発逆転のチャンスを掴みたいんです」
祐一は、本音を打ち明けた。彼は、証券会社に勤めてはいるものの、優柔不断で、将来への不安を抱えていた。競馬に賭けることで、何かを変えたいと願っていたのだ。
「祐くん、それは素晴らしいことよ。でも、競馬と同じように、人生も予想がつかないものなの。大切なのは、どんな結果が出ようと、諦めずに前に進むことよ」
美咲は、祐一の瞳を見つめながら、そう告げた。
「でも、美咲さんみたいに、自信を持って生きていくなんて、僕にはできないですよ」
祐一は、ため息をついた。
「祐くんは、まだ若いんだから、これからいくらでも変われるわ。それに、祐くんには、私にないものを持っているのよ」
美咲は、微笑んだ。
「僕にですか?」
祐一は、首を傾げた。
「そうよ。祐くんは、純粋でまっすぐなの。それは、とても素敵なことよ。それに、祐くんは優しいから、きっと誰からも好かれると思うわ」
美咲の言葉に、祐一の表情が少し明るくなった。
「でも、美咲さんは、僕なんかよりずっと魅力的ですよ」
祐は、照れながらそう言った。
「そんなことないわ。私たちは、それぞれ違う魅力を持っているのよ。だから、お互いを認め合い、尊重しあうことが大切なの」
美咲は、祐の手を握った。
「美咲さん…」
祐は、感動して言葉が出なかった。
その夜、二人は「夜蝶」を後にして、近くの公園へとやってきた。満天の星の下、二人はベンチに座り、しばらくの間、何も言わずに夜空を見上げていた。
「美咲さん、僕、これからもっと頑張ります。そして、いつか、美咲さんに素敵な男だと認めてもらえるようになりたいです」
祐は、決意を込めてそう言った。
「応援しているわ。祐くんなら、きっとできる」
美咲は、優しく微笑み、祐の頭を撫でた。
二人は、これからも、それぞれの道を歩みながら、お互いを支え合い、励まし合って生きていくことだろう。