華やかな夜の帳の下で、運命のレース
薄暗い照明が妖艶なムードを漂わせるバー「夜蝶」。そのカウンター席で、美咲はグラスを傾け、窓の外を眺めていた。32歳にして、この店のママを務める彼女は、知的な眼差しと洗練された雰囲気を纏(まと)っていた。
そんな美咲の視線に、カウンターの端で一人グラスを回している祐一の姿が捉えられる。25歳の証券マンである彼は、優柔不断な性格が災いし、仕事でもプライベートでもなかなかうまくいかない日々を送っていた。
「祐一くん、ジャパンカップの結果はどうだった?」
美咲が声をかけると、祐一は顔を上げ、少し慌てた様子で答えた。
「え、あの、ジャパンカップですか? うーん、実は…」
祐一は、持参していた馬券を見せながら、複雑な表情を浮かべた。
「本命のスターズオンアースは惨敗だったんですけど、4頭ボックスで買ってたので、なんとか的中したんです。でも、1着はドゥデュースで…」
祐一の話に、美咲は興味津々だった。
「ドゥデュースね。豊くんの騎乗、見事だったわね。4コーナーからの早めに動き出す作戦、あれは見ていてハラハラしたわ。シンエンペラーとドゥレッツァが最後まで粘って、本当に接戦だったね。」
「はい。特に3着から9着までが0.3差以内って、信じられないですよね。こんな激戦は見たことないです。」
祐一は興奮気味に話し始めた。
「ドゥデュースは、先行してゴール前粘るシンエンペラーと途中から逃げたドゥレッツァをまとめてクビ差で差し切ったんです。あの瞬間は、心臓が止まるかと思いました。」
美咲は、祐一の話を聞きながら、グラスをゆっくりと回していた。
「競馬って、本当にドラマチックよね。一瞬の出来事で、勝ったり負けたり。でも、その一瞬のために、どれだけの努力が積み重ねられているのかと思うと、ただの結果だけでなく、その裏側にある物語にも興味が湧くわ。」
祐一の表情は、少し複雑なものから、穏やかなものへと変わっていった。
「そうですね。競馬って、やっぱり奥が深いです。でも、美咲さんの言うように、一瞬の出来事の中に、色々なドラマが詰まっているんだなって、今回のレースを見て改めて感じました。」
二人は、しばらくの間、静かにグラスを傾けながら、それぞれの思いを馳せていた。華やかな夜の帳の下、競馬という共通の話題で、二人の距離は少しずつ縮まっていた。
「祐一くん、また一緒に競馬観戦に行こうね。」
美咲の言葉に、祐いは大きく頷いた。
「はい、ぜひお願いします!」
バー「夜蝶」の静かな夜に、二人の新たな物語が始まろうとしていた。