回転すし屋で壁にかかったメニュウを見て、一皿260円「のれそれ」
と書いてあるが、なんのことだか?わからない君。
調べてあげましたよ。
「のれそれ」は「マアナゴ」の幼魚です、レプトケパルスと呼ばれており
これから徐々に細長~いアナゴのような型に変形します。
関西では「べらた」と呼ばれ、高知県では「のれそれ」と呼びます。
この「のれそれ」は地引網を引くとドロメ(鰯の幼魚)と一緒に網に掛か
って来るのですが「ドロメ」は弱いので網に掛かるとすぐ死んでしまうの
です。その「ドロメ」の上に乗ったり、それたりしながら網の底の方へ滑
って行く様子が「のったり、それたり」→「のり、それ」「のれ、それ」
→「のれそれ」と言うふうになったのが語源だそうです。
でも寿司飯の上からそれても、のってても「それのれ」と間違って呼ばぬ
よう、気をつけましょう。でも人間はせっかちです、穴子になってから食
べればどうなの?って思います。
(松原川の子供河童。なにかおる~?)
結局今日もレンタルビデオ屋には行かなかった、ていうかここ2年くらい
行ってないじゃん!外に出たのでちょっと見たい本があり、ジュンク堂ま
でいったら、またも迷宮迷路にはまり込んでしまって、日曜日の午後中ず
っと迷い込んで、入り浸ってしまっていた、今日はでも雑誌コーナーには
行かずに、2~4階の異次元空間にスリップしておった。
淀川さんごめん「八月十五日茶屋」はいずれ、そのうちにね
それで今日は「放送禁止歌」森達也著(知恵の森文庫光文社)を読んだ。
かなり面白かった、放送局にある「要注意歌謡曲一覧表」にはA、B、Cの
ランクづけされた表がある、Aは放送しない、Bは旋律は使用しても良い
Cは不適当な箇所を削除または改訂すればよい。と記され、注)として、
ある曲を放送に使用することの適否は、究極的に各社で判断していただくべ
きことです。この要注意歌謡曲一覧表は放送基準の精神に基づく一つの範例
として、放送音楽の取り扱いについて各社の自主規制の参考にしていただく
ためのものです。とある。著者は「要注意歌謡曲制度」は民放連(日本民間
放送連盟)が放送禁止歌を決定するシステムだと思っていたが取材をとうし
てその本質は強制的な拘束力などまったくないガイドラインでしかないこと
がわかったという。
しかも現在イメージされる放送禁止歌のほとんどはこの中に含まれていない
ことも「イムジン河」「手紙」「自衛隊に入ろう」「竹田の子守唄」「チュ
ーリップのアップリケ」等々など代表的なこれらの名前はなく1988年に
この「要注意歌謡曲一覧表」の効力はなくなっていると表記されている、し
かし、そのシステムに実体がないにもかかわらず放送禁止歌が存在するとテ
レビ業界人は思い込んでいたというのだ。
そーんなばかなである、実際るるが小学生ころから大学生頃までよく耳にして
いたフォークのメッセージソングも載っていた。
要するに放送局側の自主規制で日本のテレビは「表現の自由」を高らかに保障
されながら、放送事業が免許制であることも手伝ってか?独自のオピニオンや
見解を呈示することを無自覚に回避し、常に横並びの論調に陥って楽なほうを
選んできたと、著者(彼も業界人なのだが)は書く。
なんだかあいまいな煮え切らない気持ちの悪い話なんだけれども、いかに日本
のテレビ局が「へたれ」かということを証明する一冊でもあるので、おすすめ
です、文庫やしね。
人間は組織の中でマニュアルに乗っかって、自分自身で考えるという基本的な
ことを忘れたまま腐っていく。
と書いてあるが、なんのことだか?わからない君。
調べてあげましたよ。
「のれそれ」は「マアナゴ」の幼魚です、レプトケパルスと呼ばれており
これから徐々に細長~いアナゴのような型に変形します。
関西では「べらた」と呼ばれ、高知県では「のれそれ」と呼びます。
この「のれそれ」は地引網を引くとドロメ(鰯の幼魚)と一緒に網に掛か
って来るのですが「ドロメ」は弱いので網に掛かるとすぐ死んでしまうの
です。その「ドロメ」の上に乗ったり、それたりしながら網の底の方へ滑
って行く様子が「のったり、それたり」→「のり、それ」「のれ、それ」
→「のれそれ」と言うふうになったのが語源だそうです。
でも寿司飯の上からそれても、のってても「それのれ」と間違って呼ばぬ
よう、気をつけましょう。でも人間はせっかちです、穴子になってから食
べればどうなの?って思います。
(松原川の子供河童。なにかおる~?)
結局今日もレンタルビデオ屋には行かなかった、ていうかここ2年くらい
行ってないじゃん!外に出たのでちょっと見たい本があり、ジュンク堂ま
でいったら、またも迷宮迷路にはまり込んでしまって、日曜日の午後中ず
っと迷い込んで、入り浸ってしまっていた、今日はでも雑誌コーナーには
行かずに、2~4階の異次元空間にスリップしておった。
淀川さんごめん「八月十五日茶屋」はいずれ、そのうちにね
それで今日は「放送禁止歌」森達也著(知恵の森文庫光文社)を読んだ。
かなり面白かった、放送局にある「要注意歌謡曲一覧表」にはA、B、Cの
ランクづけされた表がある、Aは放送しない、Bは旋律は使用しても良い
Cは不適当な箇所を削除または改訂すればよい。と記され、注)として、
ある曲を放送に使用することの適否は、究極的に各社で判断していただくべ
きことです。この要注意歌謡曲一覧表は放送基準の精神に基づく一つの範例
として、放送音楽の取り扱いについて各社の自主規制の参考にしていただく
ためのものです。とある。著者は「要注意歌謡曲制度」は民放連(日本民間
放送連盟)が放送禁止歌を決定するシステムだと思っていたが取材をとうし
てその本質は強制的な拘束力などまったくないガイドラインでしかないこと
がわかったという。
しかも現在イメージされる放送禁止歌のほとんどはこの中に含まれていない
ことも「イムジン河」「手紙」「自衛隊に入ろう」「竹田の子守唄」「チュ
ーリップのアップリケ」等々など代表的なこれらの名前はなく1988年に
この「要注意歌謡曲一覧表」の効力はなくなっていると表記されている、し
かし、そのシステムに実体がないにもかかわらず放送禁止歌が存在するとテ
レビ業界人は思い込んでいたというのだ。
そーんなばかなである、実際るるが小学生ころから大学生頃までよく耳にして
いたフォークのメッセージソングも載っていた。
要するに放送局側の自主規制で日本のテレビは「表現の自由」を高らかに保障
されながら、放送事業が免許制であることも手伝ってか?独自のオピニオンや
見解を呈示することを無自覚に回避し、常に横並びの論調に陥って楽なほうを
選んできたと、著者(彼も業界人なのだが)は書く。
なんだかあいまいな煮え切らない気持ちの悪い話なんだけれども、いかに日本
のテレビ局が「へたれ」かということを証明する一冊でもあるので、おすすめ
です、文庫やしね。
人間は組織の中でマニュアルに乗っかって、自分自身で考えるという基本的な
ことを忘れたまま腐っていく。