昭和一五年七月未明。上海で街路灯が倒れて、ラムネの行商人が下敷きになって、死ぬという事件が起きた。公安(中国の警察)は街路灯が根もとを工具でV字型に切断されていることから、殺人事件として捜査を始める。その時間帯に「作業員風の二人組がいたけど」と言う目撃者がいた。公安が街路灯の、設置業者の事務所に行くと、その二人組がいる。公安が事情を聞くと、「新規の受注工事で一本足りなくて移設作業中に、『一本いかが』と話しかけるから事故になって逃げたよ」と言う。そのとき責任者が出てきて「浅いカウントで軽打すると凡打になるんだ」と二人をどなりつけた。二人は会社の、野球チームのメンバーだったようだ。公安は地もとの体育団体が野球を、やっている光景をなんどか見たが、サッカーよりもルールがひとまわり複雑で、知能が低い人に、誤解される恐れがあると感じた。バッターの格闘スタイルはゲーム性が高いけど、投球カウントごとのかけひきは理解されないことが多いと思う。ワンツーぐらいの、真んなかのカウントで強く打つと計算された闘争心がむき出しになって美しいけど、なにかのポジションどりがよくないとヒットにならないらしい。公安は作業員二人を逮捕する。その日公安は、米国の推理小説を読む。思考描写がおもしろくて、中国語版が少し出版されている刑事シリーズだ。文章の半ぶんぐらいが、空と大地がひっくり返るような思考描写で大変おもしろい。逆に中国人の作家だと、状況描写の比重が大きくてつまらないと感じた。公安が金貨に関係のある描写を探すと、「拷問のカタログから脳が受ける負荷を体感して着払いで注文したような」と「家内がオークションでわざわざめずらしいタイプの金貨を買ってから、鳩時計の鳩が、ひっかかって出てこないような頭痛がして」がある。公安は思考描写と野球の、例のポジションどりが、なにか関係しているような感じがしたけど、原因は本のタイトルが「八九番地シリーズ」だった。全部読み終えて中国語版の冊数を目算するとなにが書いてあったかなにひとつ覚えてない。公安は「野球とはえらい伯父さんが家系図に放物線を描いてバウンドして飛び火するようなスポーツだ」と思いながら本屋の、おつりでもらった同じ年号の銅貨二枚に手変わりがあるかチェックする。「年」の位置が違っていた。別な作家が「おれが言うとおもしろくなるように」と言っているからあの書店員は猛獣(いらない商品をおつりとして渡す)だったみたいだ。