昭和一二年四月未明。北京で床屋の店主が、長さ一mぐらいな髪の毛で絞め殺される事件が起きた。目撃していた客は「紙袋をかかえるように、入ってきた客が鏡越しに見えて、店主がおれの顔を剃ってるときに、その客が絞め殺して逃げたよ」と言う。公安が「顔を見たか」と聞いたら、客は「よく見てない」と答える。髪の毛は、髪の毛を固定する器具みたいな物を使って絞め殺したあとに店主が使っていたかみそりで切られているようだ。公安が奥さんに事情を聞くと、奥さんは「二週間前に髪が、ものすごく長い女性がきたけど」と言った。公安が「切った髪の毛はどうしたんだ」と聞いたら、奥さんは「『持って帰る』と言うから紙袋に入れて渡したわ」と言う。公安は人相を聞いて事務所に戻って、書類を手短につくってから昨日起きた飛翔教団の信者が、事故死した事件の書類を見なおす。その事件では、地もとにある教育大学の学生が、入信の儀式で事故死していた。教団の、シンボルである飛翔の塔は、高さが約一〇mで、直径が約五m。なかが空洞になっていて五百㎏ほどの重りを上から落とす構造だ。塔のふちに高さが四mぐらいで、L字型の支柱があって、先端に滑車がついている。塔の上に枕木が二本あって、中央に重りを載せたパレット。信者二人がハンマーで枕木をずらして、重りを下に落とす。重りについているロープが支柱の滑車をとおって、塔の下にいる信者とつながっている。ロープの長さがおよそ一八m。斜めと腰の高さが同じくらい。塔外側の、信者側の壁はすべるように、つるつるになっている。重りが一〇m下に落下すると信者は腰の高さだけ、塔のふちから猛烈に引っ張られてから空中を飛翔。五百㎏だと七〇㎏の大人が七人ぐらいだ。滑車にぶつかるほどの推進力は、ない。死んだ大学生はどこに頭をぶつけたのだろう。ずらしてない方の枕木だ。ぶつかった衝撃で枕木が下へ落ちたために、報告書では「滑車に激突」になったらしい。恐らく入信の儀式で重りを落とす二人は、もうひとつの枕木をふちへどかすか下に落としているはずだ。公安は担当の公安に重りを、落とした二人をとり調べるように指示した。あとは床屋の、事件の犯人に呼びかけるだけだ。次の日に、その女が自首してくる。女は「毛先だけ切るように言ったけど肩口から切られたので殺した」と言う。女は弦楽器の演奏者で弦を、引き伸ばす器具で凶器をつくったそうだ。