土塊も襤褸も空へ昇り行く:北村虻曳

随想・定型短詩(短歌・俳句・川柳)・写真
2013/11/11開設

キライな食べ物と

2015-11-01 | 随想
<キライな食べ物と> 写真はトロントのチャイナタウン (photo: Chinatown Toronto)

渋柿の渋さは、これを好む人を知らない。その渋さはタンニンが口腔のタンパク質を変質させるからである。渋さと近いとされる苦さも、強ければまず人は受け付けない。タンパク質に強い作用を持つアルカリの味でもあるから、これを生理的にはねつけるのは自然である。
苦さ渋さは一種の痛さと言ってもいいものらしい。これらを避けるのは、危険を避ける生物の生体防御機構としての合理性がある。怪我した瞬間痛さによってその重大性を知り、さらなる被害を防ぐためにその原因から遠ざかろうとするのと同じである。味ではないが、他人の食べかけを避けるのも感染を防ぐという理由が考えられる。

毒性と言っても動物によって異なる。同じ哺乳類でも異なる。一般のドングリは、人間には、渋い、エグい味がしてそのままでは食えない。熊、鹿、猪、リスなど野生の動物は喜んで食べるという。有名なのはイベリコ豚。好物のドングリで育てた豚が高級なのだそうだ。逆にユリは人間が得意とするが、猫や犬にとっては危険な食物である。特に猫は微量でも腎臓にダメージを受ける。牛馬ではどうかなど詳しいことは定かではないがここがある程度扱っている。
一方、猿のたぐいはユリ科のネギの類を好んで食べるものが多い。霊長類は、ニラのようなものを食べられる動物が少ないというニッチ(生態学的空地)に発達した、という説もある。
ネギ類の嫌いな人が多いが、これはユリ科が危険であった原始的な頃の身体的記憶ではないだろうか。僕自身はユリ科の植物は好きなのであるが、多量にとると身体が痒くなる。私の遺伝子も進化が十分ではないようである。しかし上のリンクに拠れば、いま食える人も量はほどほどにした方がいいかもしれない。僕の体がネギ類が合わないことを発見したのは、ニンニクの生を丸齧りしてひどい発疹を出してからのことである。

酸っぱさについても苦手の人がいることは同様である。むかしテレビの番組でマサイ族の人にいきなり梅干しを食べさせる趣味の悪い(見る奴も)実験を行っていた。マサイ族の男は口にすると慌てて吐き出した。強い酸は直接的に危険であるが、ほのかな酸味でも腐敗の初期段階を知らせてくれる重要なサインである。しかし人類はその酸味を厳選して料理に利用するようになった。半端な分解でできたアルコールは人をして病みつきにさせると聞く、クワバラ。

腐敗でも特にタンパク質の腐敗はしばしば毒をもたらすであろう。そもそも匂い、外観でとても食べる気が起こらないので毒性がどの程度なのかはっきりしない。これを避けるのは自然な防除である。僕らが腐肉とする肉でもハイエナならへいちゃらだろう。ボツリヌス菌等による食中毒菌の増殖は、はるかに危険である。味や匂いの変化をあまり起こさないで警戒をすり抜けてしまうものもあるという。特にハムやソーセージはボツリヌス菌の危険があるので、一般に亜硝酸ナトリウムの添加でそれを防いでいる。しかしこの添加物自体の、あるいはそれで生成されるニトロソアミンの発がん性が問題で、避けよという議論もある。

腐敗と言えば、流行の発酵食品も元来大変な匂いと味である。なれずし、納豆、魚醤、チーズ、そして(食べたことも嗅いだことも無いが)もっとも臭いとされるデンマークのニシンの缶詰surstrommingなど。発酵と腐敗は地続きである。人間に対する有益度・有害度が異なるだけである。有害そうであるが有害でないものを各地の人間が見分けて利用してきたのだ。文化であるから評価は地方に大きく依存する。

人間は有害なものもかなり利用している。非食物の麻薬や煙草はその最たるものであるが、食物であっても有害らしきものは多い。現代でよく摂っているのは、マーガリン、ショートニングなど。「私はマーガリンは止めてますよ」と言っても、パン、とくに安いクロワッサンにはたっぷり入っている。ショートニングも菓子の多くに含まれている。添加される肉の発色剤の発がん性など、害があっても効き方が遅いので、長寿社会の今になって問題となってきたものもある。それに人間の考えは一筋縄ではない。少々身体に悪くても精神には「いい」じゃないかという考え方もある。

子供の頃、鶏を飼育していて気がついたことがある。白色レグホンという採卵用の一番ありきたりの鶏の雛を数羽買ってきて育てていた。小さい時からイナゴやナメクジ、ミミズを与えておくと大きくなっても喜んで食う。だが、糠や残飯、草だけで育てた鶏は、大きくなってからそういう動く生き物を見ると「ビェービェー」と怯えたときの特有の声をあげて食べようとしないのである。「高校生の頃」くらいまでに与えておかないといけないのだ。これを見ると平均的日本人は納豆が好きで、ブルーチーズ、コリアンダー(香菜、パクチー)が嫌いな人が多いなど、民族差がでることがよく分かる。生理的ではなく文化的につまり頭の中で好き嫌いが生じているのだろう。

嫌いなもの、好きなものは変わらないものではない。長じるに連れて変わることはある。玉葱や人参が大きくなって好きになったという話はよく聞く。戦後で食べ物の少なかった僕でさえ、好き嫌いがあったが次第に消えていった。一番覚えているのは手術を受けたあとで腹が減り、嫌いであった味噌汁が飲めるようになった。海岸近くで友達と自炊生活をしたときは、這いまわるフナムシを手で叩き潰して釣りの餌とした。これ普段ならとてもできない。飢えると気持ち悪いという標準が変わるのである。むろんそうして釣れた魚はすべて食べた、フグを除いて。もっと飢えるとフナムシを食べてしまうだろう。イナゴなどは食べることはできるが、未だに少し不気味な感じは覚える。理性的になっている飲酒時の方が食べやすい。

大学1年のときの下宿は「まかない付き」であった。ときどきマトンのカレーが出た。臭い肉で、食えないことはないが、いまいちだなと思っていた。長じて北海道に出張するようになるとサッポロビール園の「ビールとジンギスカンの食べ放題」を覚えた。以来マトン、ラムは大好物となった。しかし今住む奈良県北部ではなかなか手に入らない。でも全国の人が集まる天理ではジンギスカン屋があって、先日試すと冷凍ではなく生肉を用いているのであろうか、とてもうまかった。
下宿していた頃はマトンは安かった。牛タンも美味いのでよく食った。どちらもなれない匂いがあるから、当時は一般の人が食べていなかったのである。しかし冷凍や、輸送システムの向上もあるだろうが、その旨味が知られ、需要が増えたのだろう、値は次第に上昇していった。また、どんなものでも臭みがあるが、慣れると気がつかなかったり良い匂いになったりする。仙台の牛タンはその普及に大きく寄与している。ウィキペディアでその歴史を読まれると面白い。米軍や単身赴任者の話が出てくる。いずれにしてもラムの骨付き肉や牛タンはいま、なかなかの高級品である。

もう少し意志的に食性を変えることもできる。頭の了解でも好みが変わるのであるから、これは利用しない手はない。自分では何度か試しているのである。例えば東京名物クサヤ、コイツは関西では手に入らぬし、恐る恐る食う程度であった。しかし関東人と言っても人間、あいつらが美味いというなら、おれにも美味いはずと考えた。東京出張のとき飲み屋に入り注文した。大きなアジが炙られてやってきた。少し努力してゆっくり食い終わる頃には、どういう味を美味いとしているのが理解できた。もっとも最近は機会がないので、今も自分に美味いのかどうかわからない。

しかしこの強引な入門の仕方はあまり良くないと思う。たとえばパクチーやホヤ、ニガウリなどは、僕も最初は抵抗があった。だから初めは味を確かめるだけで大量に食わなかった。日にちを置いて再挑戦するのである。ここが大切と思うのだが、その間に頭がその味を了解して位置づけてくれるという感じがあり、再度挑戦ではうまく感じるのである。だめなら更に繰り返す。家族も同様であった。とにかく今では家族みんなの好物となっている。頑なな人は最初不味いと思うと二度と手を出さない。損である、と僕は思う。
逆に頭で嫌いになるものもある。人工甘味料のある種のものは初めさっぱりしていて美味いと思ったが、発ガン性があるという説も散見する。添加を認められているものは安全説のほうが強いが、以来味も好きではなくなってしまった。どうもまっとうな味ではない、といった感じである。
またキシリトールはどうも腹具合が悪くなる。これを書くときに調べると、やはりこの事実は認められているようだ。カロリー・オフとかカロリー・ゼロと書いてあると手が引っ込む。
他方、天然に存在するオリゴ糖のたぐいは、腸内善玉菌を増やす働きが認められている。これが含まれているというものは味も非常に良いような気がする。たとえば精製度の低いてんさい糖に含まれているようである。

本当に有害なものはおくとして、その他のものについては、意思や知識で好き嫌いをかなり変えることができると考える。
しかしそう割り切れないものも残る。僕にとってはふかし芋やカボチャの煮つけ、十分実ったえんどう豆。慎重に味わうと、芋やカボチャはどう見てもまっとうな良い味と思えるし、どうにか食べることができるが、やはり好きにはならない。「酒飲みは芋はいらん」と言って、このテの人は多いようだがなぜだろう。焼き芋、芋けんぴや加工した「おおさつどきっ」なら食べる。違いは甘みが半端でないということかな。

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1 コメント

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キライなものがスキになる ()
2020-07-21 00:44:57
阪大の研究室で嫌いな食べ物が好きになる仕掛けの一端が解明された:
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200430_2 「脳内麻薬として知られる内因性カンナビノイドは味覚嫌悪記憶の消去に関わる」
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