研究近況
2015-02-12 | 随想
<研究近況>
線形代数学(線形変換・逆行列・余因子行列)と全射・単射ぐらいを知っておれば理解できるような内容の私の論文が、数学専門誌に掲載されることになった。雑誌は Proceedings of American Mathematical Society で、評価抜群とは言えないだろうが、Impact Factor は日本の数学雑誌をしのぐ一応先端の著名な研究誌である。こんな雑誌に予備知識不要で取っつきやすい論文を載せることができて、とてもうれしい。
数学の場合、研究内容を業界外の人に話すことは普通象徴的にしかできないけど、今回だけは正確に話せるから以下に紹介する。
(Impact Factor: 学術雑誌の価値をはかるために考案された評価指標の一つである。詳しくはウィキペディアを。数学雑誌は他の分野に比べてとても低いし、また多くの数学者はあまり有用な指標とは思っていない。)
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「単体不等式の十分性」
ご存じように、三角形の2辺の長さの和は残りの1辺の長さより大きい。「三角不等式」と呼ばれている。逆にどの2つの和も残りの1つのより大きいような3つの正数 a_0, a_1, a_2 が与えられると、それを3辺とする三角形が存在することは高校生であってもすぐ証明できる。これを「三角不等式の逆問題」と呼ぼう。
同様に四面体の4つの面の面積を a_0, a_1 a_2, a_3 とするとき、それらのうちのどの3つの和も残りの1つより大きい。逆にそのような大小関係を満たす4つの正数 a_0, a_1 a_2, a_3 が与えられたとき、それを4つの面の面積とする四面体は存在するだろうか。これを「四面体不等式の逆問題」という。
これはネットにも Q&A がかなり交わされているが、そこでは私が調べた限りでは完全な解答は見ない。やはりかなり難しいのである。数学オリンピック金賞クラスの参加する近大の数学コンテストで平成23年に出題されたが、正解者は一人であっただろうか。しかし幾何学研究者阿賀岡芳夫氏によると、これは日本人数学者掛谷宗一氏がすでに1933年に証明されたことであった。
掛谷氏は n 次元でも同様のことが成立すると予想されている。つまり「n 単体不等式の逆問題」である。「n 単体」というのものを簡単に説明する。線分が1単体、三角形が2単体、四面体が3単体である。
そこで一般に、n 次元ユークリッド空間に一般の位置にある n+1 個の点を取る。そのうちの n 個を通る n-1 次元の平らな面が n+1 枚存在する。それらに囲まれる領域が n 単体である。
これの n+1 個の n-1 次元境界面の n-1 次元面積をそれぞれ a_0, a_1, ... , a_n とすると、そのうちのどの n 個の和も残りの1つより大きいことが分かる。これが一般の「n 単体不等式」である。
逆に「これらの不等式を満たす正数 a_0, a_1, ... , a_n が与えられたとき、それらを面の n-1 次元面積とする n 単体は存在するか」というのが「n 単体不等式の逆問題」である。
これを解くアイデアは持っていたが、退職後に暇ができたので集中して考え、肯定的に解決したのである。証明には有名なミンコフスキーの存在定理を用いるが、その必要な場合については証明も与えておいた。他に大きな理論は一切要らないが、混乱しやすいところがあるのでかなり大げさで周到な議論がいる。
以前に同じ内容の論文を他の雑誌に投稿して落とされた。先端の研究誌ではなく高度の数学教養誌。一人の査読者の意見は「これは定理ではなく注意にすぎない」という厳しいものであった。もう一人は「こんな問題が残されていたとは驚きである。これはもっと研究先端の雑誌に載せるべきである。」この二人の意見を総合して、編集長は「だからリジェクトします」と言うことであった。うーむ。
それにしても最初の査読者、初等的な数学で済むからといって、「三角不等式の逆問題」の一般化を些細なものであると判断するのは専門家によくある感覚喪失だと思うが。
今回の査読者は「当然解決済みの問題だと思って調べたが、出てこない。」と驚き、「もっと昔にかたづけられるべき仕事であった。多くの引用が見込まれる。是非掲載すべき結果である」と判定してくれた。
むろん問題は3次元に限ればアマチュアの人も何度も話題にするようなことがらであり、世界は広いので一般の場合も誰かがすでに解決している可能性も零ではない。
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この論文と、昨年の多様体の高階接空間に関する論文と併せて、退職後続けている3方向の独立独歩路線の研究のうち2つが片付いた。
もう一つは、さらに共鳴者の少なそうな半環ないし分配束に関する結果で、10年ほど前から当時のいろいろな分野の同僚と共同研究を進め、すでに数多くの雑誌で落とされている。意味不明なのである、ムベなるかな。これも昨年強力な米人の助っ人を得て改良している。彼は得意の乗法的イデアル論の部分を発展させた。この部分は研究者がかなりいる可換環論研究につながるので切り離し、すでに研究誌にパスした。
切り離されて残る部分は自分でも意味の分からぬ不思議な関係式だが、それだけにとても執着がある。事実であるが意味は説明できない。生きているうちに掲載許可をとるのはどうも無理のようだ。
単体不等式の詳しい論文は Sufficiency of simplex inequalityies で、その原稿は http://arxiv.org/abs/1309.4534 にある。誰でも見ることができるはずであるから、興味ある人はそこで PDF ファイルをダウンロードしてください。
[写真:Luxor Obelisk (French: Obélisque de Louxor)]
線形代数学(線形変換・逆行列・余因子行列)と全射・単射ぐらいを知っておれば理解できるような内容の私の論文が、数学専門誌に掲載されることになった。雑誌は Proceedings of American Mathematical Society で、評価抜群とは言えないだろうが、Impact Factor は日本の数学雑誌をしのぐ一応先端の著名な研究誌である。こんな雑誌に予備知識不要で取っつきやすい論文を載せることができて、とてもうれしい。
数学の場合、研究内容を業界外の人に話すことは普通象徴的にしかできないけど、今回だけは正確に話せるから以下に紹介する。
(Impact Factor: 学術雑誌の価値をはかるために考案された評価指標の一つである。詳しくはウィキペディアを。数学雑誌は他の分野に比べてとても低いし、また多くの数学者はあまり有用な指標とは思っていない。)
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「単体不等式の十分性」
ご存じように、三角形の2辺の長さの和は残りの1辺の長さより大きい。「三角不等式」と呼ばれている。逆にどの2つの和も残りの1つのより大きいような3つの正数 a_0, a_1, a_2 が与えられると、それを3辺とする三角形が存在することは高校生であってもすぐ証明できる。これを「三角不等式の逆問題」と呼ぼう。
同様に四面体の4つの面の面積を a_0, a_1 a_2, a_3 とするとき、それらのうちのどの3つの和も残りの1つより大きい。逆にそのような大小関係を満たす4つの正数 a_0, a_1 a_2, a_3 が与えられたとき、それを4つの面の面積とする四面体は存在するだろうか。これを「四面体不等式の逆問題」という。
これはネットにも Q&A がかなり交わされているが、そこでは私が調べた限りでは完全な解答は見ない。やはりかなり難しいのである。数学オリンピック金賞クラスの参加する近大の数学コンテストで平成23年に出題されたが、正解者は一人であっただろうか。しかし幾何学研究者阿賀岡芳夫氏によると、これは日本人数学者掛谷宗一氏がすでに1933年に証明されたことであった。
掛谷氏は n 次元でも同様のことが成立すると予想されている。つまり「n 単体不等式の逆問題」である。「n 単体」というのものを簡単に説明する。線分が1単体、三角形が2単体、四面体が3単体である。
そこで一般に、n 次元ユークリッド空間に一般の位置にある n+1 個の点を取る。そのうちの n 個を通る n-1 次元の平らな面が n+1 枚存在する。それらに囲まれる領域が n 単体である。
これの n+1 個の n-1 次元境界面の n-1 次元面積をそれぞれ a_0, a_1, ... , a_n とすると、そのうちのどの n 個の和も残りの1つより大きいことが分かる。これが一般の「n 単体不等式」である。
逆に「これらの不等式を満たす正数 a_0, a_1, ... , a_n が与えられたとき、それらを面の n-1 次元面積とする n 単体は存在するか」というのが「n 単体不等式の逆問題」である。
これを解くアイデアは持っていたが、退職後に暇ができたので集中して考え、肯定的に解決したのである。証明には有名なミンコフスキーの存在定理を用いるが、その必要な場合については証明も与えておいた。他に大きな理論は一切要らないが、混乱しやすいところがあるのでかなり大げさで周到な議論がいる。
以前に同じ内容の論文を他の雑誌に投稿して落とされた。先端の研究誌ではなく高度の数学教養誌。一人の査読者の意見は「これは定理ではなく注意にすぎない」という厳しいものであった。もう一人は「こんな問題が残されていたとは驚きである。これはもっと研究先端の雑誌に載せるべきである。」この二人の意見を総合して、編集長は「だからリジェクトします」と言うことであった。うーむ。
それにしても最初の査読者、初等的な数学で済むからといって、「三角不等式の逆問題」の一般化を些細なものであると判断するのは専門家によくある感覚喪失だと思うが。
今回の査読者は「当然解決済みの問題だと思って調べたが、出てこない。」と驚き、「もっと昔にかたづけられるべき仕事であった。多くの引用が見込まれる。是非掲載すべき結果である」と判定してくれた。
むろん問題は3次元に限ればアマチュアの人も何度も話題にするようなことがらであり、世界は広いので一般の場合も誰かがすでに解決している可能性も零ではない。
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この論文と、昨年の多様体の高階接空間に関する論文と併せて、退職後続けている3方向の独立独歩路線の研究のうち2つが片付いた。
もう一つは、さらに共鳴者の少なそうな半環ないし分配束に関する結果で、10年ほど前から当時のいろいろな分野の同僚と共同研究を進め、すでに数多くの雑誌で落とされている。意味不明なのである、ムベなるかな。これも昨年強力な米人の助っ人を得て改良している。彼は得意の乗法的イデアル論の部分を発展させた。この部分は研究者がかなりいる可換環論研究につながるので切り離し、すでに研究誌にパスした。
切り離されて残る部分は自分でも意味の分からぬ不思議な関係式だが、それだけにとても執着がある。事実であるが意味は説明できない。生きているうちに掲載許可をとるのはどうも無理のようだ。
単体不等式の詳しい論文は Sufficiency of simplex inequalityies で、その原稿は http://arxiv.org/abs/1309.4534 にある。誰でも見ることができるはずであるから、興味ある人はそこで PDF ファイルをダウンロードしてください。
[写真:Luxor Obelisk (French: Obélisque de Louxor)]
いまどきその冊子体は無いことを予想していたが、理工図書室や電話で京大などにも問い合わせ、苦労して https://zbmath.org/authors/ なるWEBSITEにたどり着いた。そこで名前を打ち込むと出版数を表す棒グラフが現れた。そこでまた困ってしまった。やがて自分の出版数を表す棒グラフの対応年次のところをクリックすると、やっと目指す論文を紹介する文が現れた。無料でアクセスできるのだ。
しかしそこで現れた文が大変。上の結果はすでに Leon Gerber 氏によって1975年に得られていたとある。
http://msp.org/pjm/1975/56-1/pjm-v56-n1-p09-s.pdf
僕よりも専門家と思われる3人のレフリーが気がつかなかったのだし、方法も違う。いけないことをしたわけではない。でも Gerber 氏の証明の方が優雅そうであるし、知って居れば投稿しなかったものだ。
初等的なところで結果を出すという大それた夢はやはり無理があったのか。新しい結果ではないかとお話したことをお詫びします。
たしかに僕が示した結果と同値な主張が Gerber 氏の論文の Theorem 5.1 として主張されている。証明はとても短くてスマートである。しかし気の利いているのはすでによく知られている Minkowsky の existence theorem の証明であって、肝心の「単体不等式を満たす n+1 個の正数に対して、それらを長さとし、和が零ベクトルとなるような n+1 個のベクトルが存在する」ことの証明が述べられていない。
氏の論文のオリジナルなアイデアは、この和が零となるベクトルの存在に帰着することと、その存在の証明の実行の2点であろう。この後者が無いのである。
3次元のイメージを思い浮かべれば、この存在主張は一見自明に見えるが、証明を記述することは泥臭く見かけほど簡単ではない。僕の論文では7節でそれを実行している。Gerber 氏が何らかの証明を意識されていたか、あるいは専門家として自明とみなされたかどうかは、氏の論文からは不明である。だから僕の論文は最小限、氏の論文を補完するものとしての価値はあるものと信じる。
ご無沙汰しております。泊です。私は先生の論文は大変価値があると思います。Proc. AMS は世界中の数学者が見る、非常に公開の意義のある雑誌だと思います。関連のお仕事を勉強させていただきます。
失礼しました。