寡読禄IV「裏山の奇人」小松貴著 東海大学出版部 2014年 2000円+税
本屋では生物関係のコーナーが好きだ。予想外の収穫がある。進化論などはみんな強気でお互いにけなしあっている。人類の進化では、ホモサピエンスとネアンデルタールの交雑などしょっちゅう新説が現れる。DNA解析付であっても変わる。最近の脳や認知科学の絡む話も面白い。だが今回見つけたのが虫の追っかけ。ポスドクの体当たり研究として、前回紹介した「サルなりに思い出すことなど」に幾分似た話だ。
作者は幼少時より虫の追跡、観察、捕獲のマニアである。それだけに専念しながら、何とか進学し、得意の「アリの周辺で御利益を得ている生物」の研究で博士号をとるに至った人である。専門は好蟻性生物というらしいが、必然的に多種の生物との関わりがある。本人も好蟻性生物に属することになるのかな。本来あらゆる生物に興味を持っているようだ。ただし人間に対してはアクセスが得意でないとの自覚がある。
彼の研究の主要舞台は信州大学の裏山であった。平凡な場所においても、いくつもの新しい発見のチャンスがあるそうだ。
私も経験があるが、コウモリはタモ網ではなかなか採れない。前方に超音波のレーダー探知を行い身のこなしも早いからである。小学生の彼はコウモリをやり過ごして後ろから網をかぶせる方法を思いつき、とらえることに成功する。(鳥獣保護法違反だが時効故お許しあれとのこと。)
また臆病で畦の土中に潜むシュレーゲルアオガエルは、鳴いているところに忍び寄っても、鳴くのを止めて正確な所在がつかめず捕まえることができない。そこでおおっぴらに近付いておいて、今度は足音を次第に小さくする。遠ざかったと判断した蛙が再び鳴き出すのでそこで見当つけて手でつかむ。
常にこのような自在な知恵がいるのである。言われてみるとなるほどと思うが、なかなか誰もやってないのではないだろうか。
ペルーのジャングルでは、ジャガー、ワニ、アナコンダ、ペッカリーの危険に加えて、捕まえると団子が作れるほどの多数のカの襲来。服に入り込んで咬まれるとスズメバチに匹敵する痛さのアリ、致死的な病気をもたらすハエやカの可能性もある。そして一番恐ろしいのが、単調で方角がまったくとれないジャングルの植生だそうだ。少し踏み出せば迷ってオワになりかねない。そこで紙を小さくちぎって2mおきに播いて進んだ。だがそれを木の葉を運んでキノコを作るキノコアリに一部持って行かれて焦ったそうだ。
何のための苦労か。この場合は他の昆虫に寄生するヤドリバエに属する、メバエなる一族なのである。彼女たちは高踏派である。グンタイアリの列の先端につきまとってホバリングし、アリに驚いて飛び出すゴキブリに急降下して卵を産み付けるのだ。彼女たちのすこぶるつきの希少性に加えて、特別にスタイリッシュな姿もあって、彼の長年のアイドルとなっているのである。(彼はノートパソコンの内部に巣くう二次元美少女たちへの憧憬もある、その延長線上なのだ。)その執念が実り、三度目の南米行きのチャンスをものにした。得意の機知を用いてハエを文字通り手玉にとり、撮影に成功するのである。
この本には奇怪な虫の生き方と共に、研究費をもらい、職を得ることに苦労する自身の研究者としての生態も織りこまれている。研究において並外れた力を発揮し成果を上げても、パーマネントの仕事を得ることは大変難しい。企業化され目に見える成果をすぐ要求される現在の教育・研究の舞台を、自負心を持って自分流に生抜こうとする姿がビビッドに表れている。
これは実用性とは異なり、見えにくい理学研究の持つ(べき)もう一つの意義を説明する本ではないか。
リアルな眼を持った人物であるが、夢のような話もある。
長野県北部の広大なブナ林では、闇夜に浮かぶ街灯の舞台に二人連れを発見する。近づくとキツネとタヌキが手を取り合っている姿であった。普通なら縄張り争いと判断するところであるが、この慣れた観察者が「キツネとタヌキのワルツであったのだと信じている。」
この本が彼が研究者としてのポジションを獲得するための一助となればいいのにねえ。
[写真は記事と関係ありません。南方由来のキマダラカメムシの幼虫か。磯城郡川西町 September 2010]
本屋では生物関係のコーナーが好きだ。予想外の収穫がある。進化論などはみんな強気でお互いにけなしあっている。人類の進化では、ホモサピエンスとネアンデルタールの交雑などしょっちゅう新説が現れる。DNA解析付であっても変わる。最近の脳や認知科学の絡む話も面白い。だが今回見つけたのが虫の追っかけ。ポスドクの体当たり研究として、前回紹介した「サルなりに思い出すことなど」に幾分似た話だ。
作者は幼少時より虫の追跡、観察、捕獲のマニアである。それだけに専念しながら、何とか進学し、得意の「アリの周辺で御利益を得ている生物」の研究で博士号をとるに至った人である。専門は好蟻性生物というらしいが、必然的に多種の生物との関わりがある。本人も好蟻性生物に属することになるのかな。本来あらゆる生物に興味を持っているようだ。ただし人間に対してはアクセスが得意でないとの自覚がある。
彼の研究の主要舞台は信州大学の裏山であった。平凡な場所においても、いくつもの新しい発見のチャンスがあるそうだ。
私も経験があるが、コウモリはタモ網ではなかなか採れない。前方に超音波のレーダー探知を行い身のこなしも早いからである。小学生の彼はコウモリをやり過ごして後ろから網をかぶせる方法を思いつき、とらえることに成功する。(鳥獣保護法違反だが時効故お許しあれとのこと。)
また臆病で畦の土中に潜むシュレーゲルアオガエルは、鳴いているところに忍び寄っても、鳴くのを止めて正確な所在がつかめず捕まえることができない。そこでおおっぴらに近付いておいて、今度は足音を次第に小さくする。遠ざかったと判断した蛙が再び鳴き出すのでそこで見当つけて手でつかむ。
常にこのような自在な知恵がいるのである。言われてみるとなるほどと思うが、なかなか誰もやってないのではないだろうか。
ペルーのジャングルでは、ジャガー、ワニ、アナコンダ、ペッカリーの危険に加えて、捕まえると団子が作れるほどの多数のカの襲来。服に入り込んで咬まれるとスズメバチに匹敵する痛さのアリ、致死的な病気をもたらすハエやカの可能性もある。そして一番恐ろしいのが、単調で方角がまったくとれないジャングルの植生だそうだ。少し踏み出せば迷ってオワになりかねない。そこで紙を小さくちぎって2mおきに播いて進んだ。だがそれを木の葉を運んでキノコを作るキノコアリに一部持って行かれて焦ったそうだ。
何のための苦労か。この場合は他の昆虫に寄生するヤドリバエに属する、メバエなる一族なのである。彼女たちは高踏派である。グンタイアリの列の先端につきまとってホバリングし、アリに驚いて飛び出すゴキブリに急降下して卵を産み付けるのだ。彼女たちのすこぶるつきの希少性に加えて、特別にスタイリッシュな姿もあって、彼の長年のアイドルとなっているのである。(彼はノートパソコンの内部に巣くう二次元美少女たちへの憧憬もある、その延長線上なのだ。)その執念が実り、三度目の南米行きのチャンスをものにした。得意の機知を用いてハエを文字通り手玉にとり、撮影に成功するのである。
この本には奇怪な虫の生き方と共に、研究費をもらい、職を得ることに苦労する自身の研究者としての生態も織りこまれている。研究において並外れた力を発揮し成果を上げても、パーマネントの仕事を得ることは大変難しい。企業化され目に見える成果をすぐ要求される現在の教育・研究の舞台を、自負心を持って自分流に生抜こうとする姿がビビッドに表れている。
これは実用性とは異なり、見えにくい理学研究の持つ(べき)もう一つの意義を説明する本ではないか。
リアルな眼を持った人物であるが、夢のような話もある。
長野県北部の広大なブナ林では、闇夜に浮かぶ街灯の舞台に二人連れを発見する。近づくとキツネとタヌキが手を取り合っている姿であった。普通なら縄張り争いと判断するところであるが、この慣れた観察者が「キツネとタヌキのワルツであったのだと信じている。」
この本が彼が研究者としてのポジションを獲得するための一助となればいいのにねえ。
[写真は記事と関係ありません。南方由来のキマダラカメムシの幼虫か。磯城郡川西町 September 2010]