土塊も襤褸も空へ昇り行く:北村虻曳

随想・定型短詩(短歌・俳句・川柳)・写真
2013/11/11開設

犬、人に遇う

2014-08-08 | 随想
犬、人に遇う*

狼が犬として家畜化されていった理由には、食物残滓の利用、防衛・警戒、狩猟などにおいての相互依存が考えられている。しかし犬と人間はもっとシンボリックなレベルでも、まれなる出会いをしたのではないだろうか。

行く先々で犬が激しく吠えかかることがある。撫で付けていない髪が逆立っているからだ。これは私が犬に対して敵意や警戒を表明していることになる。あるいはポケットの中の硬貨や鞄の金具がチャリチャリと鳴っているときも同様だ。私は塀の向こうの吠え声によって初めて、自分がたてている微かな金属の響きに気づくのであるが、つながれて退屈している犬にとっては、散歩させてもらっている同類の鎖の音であり、縄張りの侵害者、あるいは嫉妬すべき幸福な状態の同類の出現を意味している。目の前に見えるのが人だけだとわかっても侵入者の象徴である音は許せない。ウォフ・ウォフと音を立てる革靴も同様だ。これらはある種の誤解が人と犬のネガティヴな関係を作り出しているということである。

むかし日本には「送り狼」の言い伝えがあった。狼が人の後をつけてきて平静に歩き続ければ何事もないのだが、つまづいて転んだりすればたちまち襲ってくるというものである。送り狼に似た経験を持つ私の親戚の話がある。戦前に非常に稀な東大を出た男であるが、定職は持たなかったのか趣味に生き、後年私の親は彼のことをフーテン、ヒッピーの先駆者と呼んでいた。彼は戦中に中国に暮らしていて、敗戦時、混乱の中を日本に引き上げた。途中で野犬が生きてる人を襲い食うのを見たそうである。「恐ろしくてどうしようもなかった。」と話している。

その彼が日本に戻り、夜中一人で現福知山市にある六人部村生野庄から現綾部市にある中筋村下延への峠道を夜中に越えた。この路は低山であるが人里が遠く、10kmほどの行程である。長田野というましなコースもあるがそちらは距離が増え、低い同じような丘が続くためか迷った話が多い。その峠の近辺を私どもは奥山と呼んでいた。10才の頃、山仕事に入る親に「ここで少し待っておれ」と言われて一人にされると大変恐ろしいと感じたところである。私は峠を越えて私の家に到着した彼の話を、大人たちの傍で眠りながら聞いていた。「途中から山犬が後についてきて離れないので、ナイフを取り出して逆手に握り締めて歩いてきた。」「そいつは結局、人里に入るまでついてきた。」この山犬が何であったかは知らぬ。その頃まわりにあふれていた狐狸の話よりも迫真性があった。

ここで私の提出する仮説は、狼・犬族は人が歩くとき手を振るのを、友好の挨拶とみなして近づいてくるのではないかというものである。犬が尻尾を振るのは、人が笑顔を見せるようなもので、上機嫌、友好、遊びの呼びかけ、興味、恭順などを表している。そして、歩く人は尻尾を振っているように見えるのではないだろうか。少し過剰で二本の尻尾を。この信号の誤読によって、送り狼が生まれた。人族は狼・犬族に格別に受けがいいのだ。

人が鈍感な嗅覚の世界などでも、人の周辺の発する匂いが彼らの仁義で解釈すると意外な意味を持ち、意図せぬ遭遇をもたらしている可能性もある。

* K. ローレンツ「人イヌにあう」(至誠堂・小原訳)

----------------------------------

これは手を振ると犬が注目することから思いついた、人の2足歩行が狼を惹きつけたというファースト・コンタクトの仮説である。犬も餌のみにて生きるに非ず。初出は1988年「たるにゆ19号」である。上記 Man Meets Dog - Konrad Lorenz の影響を受けている。
しかし、彼の唱える犬に対するジャッカルの影響は大きくはなく、現在では狼が主たる先祖とされている。尾を振ることの意味は狼も犬も大差がないようである。
その後、犬に関する知見は飛躍的に増えたようである。特に人間と犬の共進化と言う視点が面白い。犬が人に学んだだけでなく、人が共同性を犬に学ぶことにより、今の人になったという説である。原典を見ていないが次のサイトからたどることができるであろう。
YAMATAKU-TIMES http://honyakubiyori.blog37.fc2.com/blog-entry-318.html
Made for Each Other http://falkor.jinendo.org/article/47704560.html
写真はパリ・ノートルダム寺院 (Gargoyles of Notre-Dame de Paris)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 丹後空襲の周辺 | トップ | 冷気、御所に降る »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿