土塊も襤褸も空へ昇り行く:北村虻曳

随想・定型短詩(短歌・俳句・川柳)・写真
2013/11/11開設

浪速の車中のヒロイン達

2014-01-19 | 随想

浪速の車中のヒロイン達

☆ 大阪環状線で友人が目撃したのはこうである。座席の男と吊革の女の間で、諍いが始まった。すぐ決着がついた。女が上から男の脳天に肘を落としたのだ。肘鉄ではなく、見事なエルボードロップであったと言う。

☆ こちらは京阪電車の車中であったか。制服を妙な具合に着こなした女子高生三人組に対して、中年の女が口を開いた。『あんたら、ごちゃごちゃうるさい』「うるさいって、話するぐらい勝手や」『なに云うとんのや。私は頭の悪いやつが一番嫌いや。私の姉さんは先生しとるし賢いで。おまえらあっち行け』「このおばはん、おかしいで。おまえこそあっち行け」『なにい』「やるか」すると女はハンドバッグから素早く何かを取り出し、四本の指に通した。竹刀の鍔のようなものであるが、外側がぎざぎざに切り込まれている。メリケンサックというのであろうか。女子高生たちは悲鳴を上げて隣の車両に逃げていった。

☆ これまた環状線。中年のおばさんが乗ってきた。座席にきちんと座り、菓子袋の口をO字型に開いて目の前にかざし、ねらいすまし、素早く右手を入れて菓子をつまみ、口に運んだ。そしてまたねらう。見ている間これの繰り返しだ。無心とはこのことである。

☆ 夕暮の近鉄奈良線で、とてももの悲しく美しい女の声が響きわたった。よく聞くと「ひょうたんやま~」などとこの線の駅名などをゆっくり抑揚をつけて歌っている。誰が歌っているのか分からなかったが、聞き惚れていた。これが日をおいて繰り返されるうちに心待ちするようになった。やがて私の歌姫を見つけた。顔が黒く汚れ、着物を着た中年の女性であった。座席に斜め向きに座り、両足を揃えて引きつけて身構え、美しい声で歌うのであった。ある日、中年の男性が歌っている女性に迫った。「迷惑や、やめんかい」などと言ったのだろうか、女性は歌うのをやめて逃げた。別の席で歌うとまた男が追った。歌はやめさせられた。私は残念に思い、後になって大人げない男を制止しなかったことをふがいなく思った。しかしこの男もやはりなにか気の毒な人なのだという気もした。いやもしかすると女性の配偶者かも知れない。それ以来、この女性の姿を見たことも、歌を聞いたこともない。

 すべて昭和の末から平成のごく初期の出来事である。  (2010年 豈50号 一部改)


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1 コメント

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歌声 (rei)
2014-01-25 00:07:01
もの悲しく美しい歌声で、ひようたんやま~、って、聞いてみたかったなあ。
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