鳥
海原のおもき霞みゆ漏れいづる彼方の邦のとよめく声よ
今生も駆け行く犀を見送りぬその蹠の白消ぬるまで (蹠=あうら)
北国のプラットホームに凍てつきて取りも敢ずの昭和残片
枕辺を氷踏み割り人過ぎるものごとなべて省みするかは
座る人吊革の人向きあひて平野の彼方へ滑りて行くも
夕暮れの街路をたましひ流れゆく車の高さをわき目もふらず
天から張る垂直の糸一本 絡まり堕ちた鳥の数々
降下兵首かたむきて漂へり緑の村の人無き午後を
逆吊りの降下の兵のまなかひに南国の花開きて散るも
蝙蝠の羽を透かせば顕れる泥の陽の下ひしめく馬群
ならび飛ぶ蛾の群次第に増して頬を掠める翅音べうべう
顔上げぬコミック男で脇固め無法地帯を全速突破
音もなくビル駆け上がる影一つ胴ともつれて羽ばたき消える
水ながれしばしたゆたひまたはしる大きな水のにほひ求めて
真夜中に見知らぬ姉が訪ねきて着替えすませてまた出でゆきぬ
バス終てて闇の草道離るとき人鳥へはたは蛇へと還り行く (離=さか)
異邦に臥して瞑れば滝糸の連なり落ちる崖蘇る (異邦=とつくに)
足浮きて身は泳ぎたり水壁の碧き抱擁遠のくひかり
影深き樹の間にまどろむ五位鷺のむねにたゆたひ揺らめくひかり
ゴイサギがクエッと一声吐き捨てた 暗い宙には絵文字が残る (宙=そら)
(2007年発行豈45号掲載)
その絵文字も飛行機雲のように広がって消えてゆくのでしょうねえ。
ゴイサギも何か言いたいことがあったのでしょう。生きているのですから。
藪
二十年以上昔のことである。ある夜、田原本町笠縫のあたりであったか、家並みを外れた真っ暗な川縁を散歩していた。私は突然大きなくしゃみをした。すると、道に面している藪の上から、ゲッヘッヘッヘッという大勢の笑い声が起こり、しばらく続いた。出た?何が?藪の縁には墓場が在るので、いろいろな教養がはたらいた。
そこはしかし、すぐに思い直した。川縁の藪は鷺や鵜のたぐいの宿となり、糞で植物が真っ白になったりするほどであることを。強烈なくしゃみで驚愕したのは、あちらさんだったのだ。
内田百の「冥途」という短編集に、好みの一編「五位鷺」が在る。これをを読まれると、夜の鷺の声の味わい深さを分かっていただけるであろう。
ゴイサギがグエッと一声吐き捨てた暗い空には絵文字が残る (虻曳)
なお、寺田寅彦が『疑問と空想』において、五位鷺などの鳴き声に関して、まったくクールで興味深いエッセイをものしている。
「豈」52号。