忙中閑話

四季の移ろい、花鳥風月を楽しみつつ
趣味はミニチュア木工、電子工作、旅行など

突然の訃報

2015-04-20 | 日記

 このところ連れ合いの縁者等に急な不幸が続いている。

一昨日、近所に住む二従兄の奥さんが亡くなった。享年63歳。まだ若い。
先月は熊本に住む従妹を亡くしている。こちらはまだ58歳とさらに若い。
いずれも死の間際まで病気の事を周囲のごく限られた人にしか伝えていなかったという。

また連れ合いは昨年秋に叔父、初夏には高校、大学が同じで姉妹同様の付き合いがあった
友人を亡くしている。

現在、平均寿命は男女とも80歳を超えた。70代の叔父も早すぎるが、二従妹の奥さんや
従妹、それに友人はあまりにも若過ぎる。

いずれも癌。しかも二従妹と友人は乳癌である。気をつければ比較的気付きやすい部位
であるはずなのだが意外と手遅れになるケースが多い。

早期発見、早期治療が肝要である。
乳がん撲滅の”ピンクリボンキャンペーン”が推進されることを願ってやまない。

連れ合いが野良猫の捕獲をしばらくやめてくれという。仲良しだった二従妹が猫好きだった
からである。


お隣さんの桜も満開中

2015-04-08 | 歳時

 お隣の裏庭にある染井吉野が満開となった。

このところ雨模様が続くが”花散らしの雨”や突風にもめげず満開を保っている。

この30年で随分大きくなった。隣の家の屋根以上の高さほどもある。わが屋2階のベランダから見ると
見下ろす形になるがこれもまたいい。

もう2~3日で散り始めるだろう。そうなるとそよ風程度の微風でも一斉に花びらが舞い「花
吹雪」となる。桜はそんな時期が最も美しいと思う。

ただ、真夏の時期のクマゼミの鳴き声には閉口させられる。大木であるため一斉にクマゼミが集まって大音量となる。それも10日ほどの我慢で済む。


靖国神社の桜と軍神・古野少佐

2015-04-06 | 雑感

 先々週の休日に、横浜に住む三男が靖国に桜見に行ったと連絡してきた。
こちらから送った山口の桜便りをした返信として。

靖国といえば、英霊が祀られているところ。太平洋戦争開戦の真珠湾攻撃に特殊潜航艇
の乗組員として参加し戦死した古野少佐(戦死により二階級特進)は母の従弟に当たる。

その旨を三男に初めて伝えたが、息子は少しは感じることはあるかも知れないがおそらく
実感はないだろう。かつて米国と戦争をしたことさえ学校で教えないので多くの若者が
その事実を知らないという。

自分自身、戦後生まれで戦争体験はなく、ましてや昭和16年の真珠湾攻撃で戦死した古
野少佐と会ったこともない。母から聞かされた時は全くの上の空で聞き流していた。

話を”軍神”に戻す。
特殊潜航艇5艇の乗組員10名のうち1名は太平洋戦争第一号の捕虜となったが、残り
9名は戦時中は”軍神”と崇め奉られて、戦意高揚に利用された。

真珠湾攻撃のいわゆる”華々しい戦果”は航空機からの攻撃によるもので、特殊潜航艇の
方は出撃はしたものの湾外で探知されて撃沈されるか暗礁に乗り上げただけで実戦には
至らなかったという。暗礁に乗り上げた艇の乗務員1名が捕虜一号ということになる。

実際に戦果は出さなかったにもかかわらず、軍部は敵空母撃沈などと大々的に喧宣し
国民は浮かれて「軍神詣」として彼らの実家に昼夜を問わず押し寄せたらしい。

そのため、家族は盛装をして茶などを出し応対に追われて気が休まる時がなかったという。
古野の母親は息子の戦死を人知れず陰で泣いていたという話もある。

そのうち、戦争が進むにつれ戦況が厳しくなって軍神どころではなくなった。そして戦後は
逆に戦争加担者として非難されるようになったという。いま”軍神”という言葉さえ知る人も
ない。

今振り返ってみると、戦没者は(言葉は悪いが)全くの犬死である。古野はわずか23歳。
戦没者の多くが補給路が確保されぬまま前線に送られたため弾なく食糧さえないという
中で病死、餓死と聞くと悲しい。
今の平和は彼ら数百万人の戦没者および空襲などの戦争被害者の上に立っていると言えるが、これほどの犠牲を払わないと平和を導き得なかったのだろうか。

世界中みんな仲よくやりましょうなどと奇麗ごとを言うつもりは毛頭ない。ただ今は国際世論
が強く、たとえ軍事大国でも武力でもって他国を侵略し占領することは不可能に近い。
クリミヤや東ウクライナのように裏で反対勢力に加勢して内部分裂させる等の薄汚い手段が
選ばれるだろう。

”軍神”ではないが今も猛々しいことの方が美化される傾向にある。
そして転進(実際は退却)、玉砕(〃全滅)、終戦(〃敗戦)、進駐軍(〃占領軍)と言葉を
換えて誤魔化す姿勢は今も変らない。”積極的平和主義”などという言葉はその一つで
ある。

少しづつ変えれば分からないが気が付けば変なことになっていた──そんなことにならない
ようによく注意しておく必要がある。

とうとう桜に関係のない話になってしまった。








山口市一の坂川沿いと瑠璃光寺の桜が満開

2015-04-03 | 歳時

 山口市内を流れる一の坂側沿いの桜がこの陽気で一気に満開となった。

さて、昨日は午前中晴れ、午後からは天気が崩れてその後一週間近く雨模様が続くとの
予報が出ている。折角の満開だが、この時を逃すと桜は散ってしまう恐れがある。

ということで早速行ってみた。

瑠璃光寺駐車場に車を置き、一の坂川沿いに散策することにする。


まずは瑠璃光寺の桜。
瑠璃光寺の五重塔は桧皮葺きの塔で、均整のとれた容姿が素晴らしい。
何度見ても惚れ惚れとする。

駐車場から

公園の入口付近から


池越しに


奥の方から(公園の桜が満開、桜の下には多くの桜見客の家族・グループ)


真正面から


一の坂川沿いに桜並木の所までは1km足らず。歩いていくと枝垂れ桜が一本植わっており
これがまたいい。

この枝垂れから離れてコブシの木が3本ある。最盛期をやや過ぎ散り始めているがこれも
また見事。


さらに進んで国道を渡ると川の両岸に600mほどの桜並木が続く。

桜並木の下を流れる一の坂はホタルが飼育されており両岸が土手になっている。


狭い道路だが一方通行で車も通る。

両岸を往復すると空模様が怪しくなり風も出てきた。ライトアップも見るつもりで
来たが、車でもう一度一巡してそのまま帰宅した。

風に吹かれるたび花びらが舞い散る。桜は散り際もいい。


ウグイスカグラが裏庭にあった!

2015-04-02 | 歳時

 先日ニワウメをウグイスウグイスカグラ(「ウグイス」)と混同し、さらにそれを誤まってグミと
記してしまった。

ニワウメの実は子供のころ食べた「ウグイスの実」に実によく似ている。ただ、「ウグイスの実」
はよく食べたが子供の頃の「ウグイスの花」については全く記憶がない。

子供は実に実利的である。食べられない花なんて興味が湧かなかったのだろう。
裏を返せば花を愛でるようになったということはそれだけ歳を取ったということか。

 

昨日裏庭に廻ってみると雑草がこの温かさで少し伸び始めていた。ふと見るとブロック塀の
片隅にネットで調べた時に見たウグイスカグラに似た形の花が咲いているのに気が付いた。
ネットでは紫色の花だったがこちらは白。

よく見ると丁寧にも義母が付けたネームプレートが付いていて、「ウグイスカグラ」とある。
まさに「灯台元暗し」である。