読書の森

『探偵倶楽部傑作選』






その昔(昭和30年代)、NHKで『私だけが知っている』という謎解きドラマを放送していました。
これが、子供だった私の休日の夜のお楽しみで、ドキドキワクワクしながら怖~い推理ドラマに見入っておりました。

本日取り上げた本は、そんなドラマの舞台を彷彿とさせます。
戦後の混乱の中でも、人は食べ物だけでなく活字文化を求めていました。
本日取り上げたのは、推理雑誌が探偵雑誌と言われた頃の短編集です。

海外のミステリーがいちどきに入って、それに触発された、昭和モダンな雰囲気が満ちてます。

それは、私が生まれた昭和20年代の微かな記憶に繋がって、なんとも言えない郷愁めいたものがわきます。

それは、東京の真ん中で焼け残った樹木の鬱蒼と茂る邸宅のアールデコ調の窓枠であったり、露店の多い車の少ない街並みだったり、そこを闊歩する兵隊帽の男性や矢絣の和服の身についた奥様だったりします。
何故か生き生きと焼きついた光景です。

経験の無い方にこの雰囲気を伝えるのは、至難の技ですが、昭和レトロとでも感じていただければ幸いです。


短編集の中で、岡田鯱彦『密室の殺人』は、まさに『私だけが知っている』のネタを思わせる作品でした。

昭和25年3月の深夜、渋谷の大邸宅に住む金貸しの百万(今なら億万)長者が殺されました。
被害者は拝金主義の人嫌いの老人です。

老人と言っても60歳で、その秘書も老人と書いてありますがなんと55歳(!)。
驚きです。
この時代は新聞に50代の女性の殺害を「老女殺される」という見出しで載せてます。
昔日の感があります。

この老人は自分の全財産を誰かに盗られてしまわないかと心配で、宝石と現金に替えて金庫に全てしまい込んでます。
それでもなお心配で、金庫の横にベッドを置いてそこを寝室とし、内側から鍵をしっかりかけています。

これほど用心したにもかかわらず、四方に鍵のかかった完全な密室の中で、彼は青銅の花瓶で頭を割られた無残な遺体で発見されたのです。
間取り図は最初に上げた通りです。

この間取り図からして、時代を偲ばせますね。
さて、惨劇の起きる直前まで彼は茶の間で秘書とその娘、気の合う姪と四人で呑気に麻雀を楽しんでいたのです。

三人は偏屈な老人にとって唯一の気を許す相手だったのですが。

遊び疲れた老人が自室に入って直ぐに異様な物音がしました。
顔色を変えた三人が鍵を壊して部屋に入ると既に老人は死んでいました。

そして、金庫は見事に開けられて中身は空っぽだったのです。

よくある密室殺人のパターンなのですが、ちょっと脱力する様な謎解きがされています。
窃盗犯がいても殺人犯がいないのです。

この一作だけネタバレをしてしまいますね。
寝る前に部屋を全て施錠した老人が、金庫の中身が無いのに驚愕して暖炉に倒れかかった訳。
そこで背の高い重い花瓶が老人の体に引っかかって落ちて、倒れた老人の顔を直撃、即死させてしまったということでした。

出だしや舞台の物々しさに比べて毒の無い作品が多いです。

戦争という大量殺戮の後に書かれた探偵小説は、殺しを避けて探偵の名(迷?)推理でもっていたのでしょうか。
現代の推理小説に比べると、嘘の様に殺人が少ないのでした。




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