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読書の森

物語 城抜け その1

戦国の終わり頃、近江の大名堀氏の娘真由姫は美濃の不破氏の長子仁貞に嫁いだ。真由子10歳、仁貞も同年の10歳の年である。


美しい琵琶湖を抱く故郷の城に比べ、山里の不破城はいかにも鄙びて風習も野卑に思え、嫁いだ当初世間知らずの姫はただただ戸惑うばかりだった。

夫の仁貞は理発そうではあるが極端に寡黙で滅多に笑いを浮かべた事がない。
未だ幼い事を理由に寝屋を共にした事もない。
お互い馴れる事も無いうちに、蒲柳の質の仁貞は流行り病いにかかり呆気なく他界してしまった。
今更、実家に帰る事もならず、さりとて馴染まぬ城の居心地が良い訳でもない真由姫は厄介者の後家として鬱鬱と日々を過ごした。

天下は未だ不穏な情勢で、不破家にとっては真由姫はいざと言う時の人質のようなものだったが、何せ女子なのでその役にも立ちそうもない。
数少ない侍女達も表面上は丁寧に接するが、何事につけても彼女を軽んじてるのを敏感な真由は感じていた。

7年の時が流れ、真由姫も年頃らしく桃色の頬と艶のある黒髪を持つ女となった。
しかし、娘の身体であるのに娘とは扱われない。
このまま、この雅とは程遠い城の片隅で朽ちていくのか?真由は絶望感に襲われていた。

そんな時、真由姫の前に一陣の清新な風のように現れたのが、市井文之介である。

仁貞の父、貞恒も身体が弱く心の臓の薬が手放せない。
文之介は不破城下の名のある武士の出で、かつ薬師としてこの城にきたと言う。
非常に勘の良い男で、神経質な貞恒の気持ちのキビをよく捉えて仕えた。
学問に秀でた独り身の若い男で、かつ逞しい美丈夫、と言う事で城中の若い女中達の噂の的となった。

真由姫の居室は城内の渡り廊下を通った離れにある。申し訳程度の木々が並ぶ庭に面した居間で真由は書物を熱心に読んでいた。
古の異国の都を描いた書を特に好んでその世界に没頭していると己の惨めな境涯を忘れる事が出来るからである。

「真由様、真由様でいらっしゃいますな」
聞き慣れぬ声がして、顔を上げると若々しい男の眩しそうな顔が見えた。
その瞬間、真由は目の前に光が見えた気がした。
今まで周りにいた男も女も人形に見えたが、目前の男は生きた血の通った人間に見えたのである。

男は声を落として囁いた。
「真由様、この城に参ってからずっとあなた様をお探し申し上げておりました」
「えっ!」
真由の頬に朱が散った。
「そんな」

追記:尚、城の名や人名は史実に基づいたものではありません。言うまでもありませんがフィクションです。



読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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