不安定な気候が続いておりますが、お元気でお過ごしと拝察し嬉しくなりました。
前回『読書の森』は終了、新しい名前で再びお目にかかる日迄、とかなんとか格好よく締めくくりました。実はなかなか掲載する写真を撮れなかったのが格好悪い真の理由でございます。
ところがやはりそぞろ寂しく穴が空いた気分です。大袈裟ですが生き甲斐を失った感じ。恥ずかしげもなく、古巣に舞い戻って参りました。
今回は書評や創作を主に休み休み続けてまいるつもりです。どうか宜しくお願いします。今日は以前の創作の焼き直しですが、目を瞑ってくださいませ。
覚えていらっしゃいますでしょうか?
天才的な勘の持ち主、臨床心理士の佐護拓が振り込め詐欺集団を摘発した小説、『創作 心理分析』。
あれから10年が過ぎました。
ヒョロリと背の高い草食男子、独身だった彼ももう42歳。
同年齢の奈美という可愛い女性とめでたく結婚しました。
この奈美さんは実は彼のクライエントだったのです。
拓君、民間の医院で働くうちにあろう事かクライエントに一目惚れ❣️
この立場では御法度のことで、比較的給料の良いこの職場を捨てて彼女との結婚に踏み切ったのであります。
メンタルクリニックに通う位ですから、奈美さんには周りの人に言えない辛いトラウマがありました。
彼と結ばれた事がこのトラウマを癒すのに役立ったらしく、子どもはいないものの、二人は仲良く暮らしていたのです。
しかし、翌年、2020年春、あのコロナ禍の嵐が、二人の平穏な暮らしを一変させたのです。
ある日突然拓は職場(役所)に出かけたまま帰る事がありませんでした。
必死になった奈美は心当たりを探しまくります。
しかし誰に聞いても、「拓がどこにいるかどうして姿を消したのか知らない」と首を傾げるだけでした。
、、そして2年の月日が経ちました。
その駅は、交通の便が悪い為利用者が少ない。
奈美の他には、マスクをかけていない髪の長い娘が待合室の離れた席に座っているだけである。
彼女は綺麗な脚を格好良く組んで、スマホの画面を凝視していた。
その娘の綺麗にカールさせたつけまつげと濃いルージュを取ると、かなりあどけない顔になると佐護奈美は思った。
その娘の綺麗にカールさせたつけまつげと濃いルージュを取ると、かなりあどけない顔になると佐護奈美は思った。
娘は奈美を認めるとわざとらしく笑いを浮かべ、突然スマホを取り上げて電話をかけ始めた。
どうやら上司に営業の報告をしてるらしいが、媚びを帯びた声がかなり胡散臭い感じがした。
奈美は、販売機で購入した熱い茶を素知らぬ顔で飲んだ。
この女と奈美が待合室に座り込んでから二本電車が通りすぎた。
電車に乗らずに、待合室に座り込んだままの二人を不思議そうに見ながらホームを歩く人がいた。
奈美は目を閉じて、居眠りしてるふりをしていた。
しかし悪い癖と思いながら、待合室で居座る娘の心の中を探り出そうとしてしまう。
奈美は、周りの人の心理を探って分析したくなる因果な虫を心に飼っていた。
拓と知り合うずっと昔、彼女は心理学専攻の大学院生だった。
失踪した夫が戻ってくるのは二人の暮らした部屋以外にない。
とは言え、突然のコロナの蔓延で自由に外出する事もままならず、寒々しい家の中で独り居るのは、奈美にとってかなり過酷な事だった。
買い物など所用を見つけては、ひと気のない道を選んで歩く。
一駅歩くと準急も止まらぬ無人駅に着いた。そこで文庫本を読んだり、乗客を見たり、周りに見える木々を眺めて、乾いた心を癒すのである。
彼女には誰にも言えない悩みがある。自分のスマホが何者かに乗っ取られているのではないか、という事である。
夫の失踪後間もなくして愛用のパソコンが壊れた。それは、入れた覚えのないアプリが作動してどうしても前に進まないからである。夫のパソコンと同期にしてあるので修理に出すとマズイのではないかと修理にも出せなかった。
そのあと購入した安価なパソコンも原因不明で使用不能になった。
「自分の情報が全部漏れてしまうのではないか」
パソコンの中身を精査する事で、夫の掴んだ機密情報まで漏れてしまうのではないか?(勿論家庭の機器に情報が記憶されてる筈はないが)
嫌な連想は続く。
もはや夫は生きて自分の許に戻れないのではないか?
奈美は、実体の分からない不安を外に出る事で忘れたいのだった。
今は気楽に人と話せない彼女には、孤独だからか誰かに付けられている感覚が常にある。
スマホに得体の知れない非通知の電話は何度もかかってきて、しかも行く彼女が先々の行動を見通すようなメッセージが加わっている。
夫が連絡してくる事を期待して、いつも身につけるスマホが、別な人間にハッキングされて乗っ取られてるとすれば何を信じて良いのだろう。
そうこうする内、奈美は相当疑い深くなった。
それと共に出会う人への分析癖がひどくなったのである。
奈美は前の席の娘をチラリと見た。
奈美は前の席の娘をチラリと見た。
こちらに目もくれずスマホに浸っている。無関心そうである。
ふっくらとした丸顔の奈美は、一見神経質には見えない。
その外見に安心して無関心でいるのだろう。
娘は一心に何かメッセージを送っているみたいだった。