読書の森

村山由佳『Anniversary 』



江戸情緒漂う、浅草浅草寺のほおずき市、
明日35歳の誕生日を迎える女は風鈴を買う。
病みあがりとは言え、愛する夫と子供を持ち充たされた妻は、ふと暗い四つ角に入り込み、そこで魔物に遭う。

編笠を目深に被った胡乱な男の引く人力車に彼女は弾き飛ばされるのである。

そして、気がつくと、彼女は時間をループして九つの子供に帰っているのだ。
それは、以前の自分と同じ世界の様でいて、決して以前の自分には無い世界だった。
微妙に前に生きてた所と違う。

しかし、彼女はもう一度大好きなあの人に巡り会い、もう一度二人だけの生活を繰り返したかった。
さりげない振りで必死に努力して、夫だった人の生まれ変わりに巡り合うのだ。

そして、彼女は又結婚して子供をもうけ、平和な日々を送る。
しかし、酷く不安がある。
ここじゃ無い何処かを願うあまりに幸せが通り過ぎていく不安である。

そして、この世界で35歳を明日に控えた夏の日、今も変わらないほおずき市に女は一人出かける。

そこで、彼女は最早決して向こう側の前の世界に自分は行けないと悟る。
彼女は二度と懐かしいあの世界に戻る事が出来なかったのだ。



この作品は、お盆とあって雑誌の特集、怪異短編競作集の中に載っている。
ただ、私はこの作品を単純に面白いホラーだと読まなかった。

作者独特の繊細な感受性の響きが、りりりという江戸風鈴の音として聞こえる気がする。

愛してる人は側に居るが、本当に愛してる人ではない。
もう元に戻れない世界にいて、自分の魂が
いくつもの世界へループを繰り返してるだけではないか。
彼女の恐怖はそこにある訳だ。

しかし、このストーリーは怪奇ものというより浪漫に思える。

私は今やっと、過去に佇む事もなく、何処かで自分が終わる日が来ると思う様になれた。
歳のせいと言えば身も蓋もないが、無鉄砲な瞬間時間旅行が出来ない故の安心感がある。
休める場所は何処か知らないが、こんがらがって見えたループは一本の線になって続いている。

大好きだった人の処へ戻れなくても、たとえ、これから大好きな人に会えなくても、歩ける様だ。



さて、この作品の題名は松任谷由実の『Anniversary 』から付けたらしい。
主人公の誕生日を意味するのか、異界を彷徨う日を意味するのか?
私は寧ろ別の意味を受け止める。


「青春を渡って
あなたとここにいる
遠い列車に乗る
今日の日が記念日」

この「あなた」は現実に居なくなっても人の心に存在する。
もう青春の輝きを帯びた日々は過ぎてしまった。
しかし、ときめいた確かな思い出を抱いて、なにものかに向けて出発するのだ。
旅立つその日がいつだろうと、記念日になり得ると思う。

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