「課長!」
久人の後ろから、聞き覚えのある女の声がした。
振り向くと、小柄な中年の女が心配げに見守っていた。
彼の課長時代に会社を辞めた早瀬ミワの笑顔が、サーチライトに浮かぶ。
「それで、本当に奥様は死んだのですか?
息をしないとか、確かめられたのですか?」
確かにいくら重量のある花瓶でも瀬戸物の花瓶で人を殺す事は、殆ど不可能である。
久人は己の馬鹿さ加減を笑った。
多分、衝撃で英美は気を失っただけなのだ。
深夜、二人は24時間営業のレストランでコーヒーを飲んでいる。
久人は、勤めていた時も今も、ちょっと見るだけでは、地味でどこにでもいそうな目前の女が、かなり大胆で頭が切れる事を知っている。
「いや」
弱々しい声で久人は答えた。
「じゃあ、私の携帯で御宅に電話をおかけ下さい」
彼は、最初ミワの言葉の意味がよく分からず、戸惑った。
そう、無事であれば、妻は必ず外からの電話に出る女だった。
グズグズしてる彼を尻目にミワは瞬く間に携帯から電話をかけた。
「酒井様の御宅ですか? 私会社でお世話になった早瀬でございます」
「何故俺の家の電話番号を知ってるのだろうか?なぜ全てを見通した様な顔をしてるのか」
久人はあっけにとられるだけだった。
「奥様は無事です」
ややあって笑顔のミワが伝えた。
その笑顔がこの上なく魅力的に見えた。
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