「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」はまもなく成立しなくなる…全国でバス路線の廃止が相次いでいる根本原因© PRESIDENT Online
全国でバス路線の減便、廃止が相次いでいる。交通ライターの宮武和多哉さんは「大きな要因は運転手不足だ。その背景には、国や自治体が行ってきたバス会社に対する補助制度の問題がある」という――。
なぜ大阪のバス会社は突如廃業したのか
運転手不足によるバス路線の減便・廃止が相次いでいる。
今年9月には、大阪府南部に営業エリアを持つ金剛自動車(以下、金剛バス)が、運転手不足のため2023年12月20日をもって全線を廃止、さらに会社も閉鎖する意向を表明した。
限界まで過疎が進む地方で、バス会社が撤退するのはしばしば見られるが、金剛バスはそれとは異なる。
大阪市内まで電車1本30分で到達できる富田林市(人口11万人)を営業の基盤に持ち、年間約110万人に利用されている。
そんな金剛バスですら、全路線の撤退を選択せざるを得なかったのだ。私が見てきた限りでは、こういった窮状に立たされたバス会社は減便・廃止による合理化、もしくは地元自治体への支援を相談の二択が常だ。
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だが、金剛バスは追加で運転手を補充する余力はないことを理由に、自治体からの補助の申し出も断り「会社ごと辞めてしまう」という“第三の選択肢”を示してしまった。
この決断が全国の同業他社に与えたインパクトは大きい。各地の自治体の関係者からは「あの人口規模のエリアを持っていても事業継続できないのか」「大阪都市圏でもバスを維持できないのか」という、ため息交じりの声が漏れ聞こえる。
「金剛バス・ショック」ともいえるインパクトを残した撤退宣言の直後にも、北海道中央バスが札幌圏を中心に約630便を廃止・短縮・減便、西鉄バス(福岡)が32路線を減便・廃止、阪急バス(大阪市ほか)が梅田・伊丹空港に発着する路線を含む4路線を廃止するなど、運転手不足を理由とする減便・廃止が相次いだ。
バス会社の9割以上が赤字
2024年4月以降は「働き方改革関連法案」により時間外労働の規制が厳しくなることで、さらなる運転手の人員が必要となる。経営体力のないバス会社が次々と金剛バスと同様の選択肢を選んでしまう可能性は大いに考えられる。
現在、路線バス各社は、コロナ禍による収入の激減で、9割以上が赤字に転落したといわれている。各社は運転士を大幅増員できるほど企業体力を残しておらず、黒字基調の路線ですら減便を余儀なくされるほど、全国的にバス運転手が足りていないのだ。
日本バス協会によると、12万人以上という必要人員に対して、実際には11万人少々しか確保できていないという。
この理由として、①職種としての不人気に加えて、②運転手を集められないほど各社の経営が弱体化していることが挙げられる。
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なぜこのような状態になってしまったのか。原因を探るとともに、どうすれば減便・廃止ラッシュが全国に波及せず、今後もサービスを続けることができるか、その解決策も考えていきたい。
あまりに厳しい労働環境
路線バス運転手の不人気の根本的な原因、それは給与水準の安さ、大型二種免許の保持者の奪い合いにつきるだろう。
厚生労働省『令和4年賃金構造基本統計調査』によると、会社員(男女計、学歴計、産業計、賞与込み)の平均年収は496万6000円。それに対し、バス運転手の給料水準は平均で404万円だ(令和3年度賃金構造統計調査)。
バス運転に必要な大型二種免許保有者には、コロナ禍明けで需要が急速に戻った観光バス運転手、物流を担うトラック運転手なども好待遇で声をかけている。
特に金剛バスの本拠地・大阪府南部では、関西国際空港に到着するインバウンド(外国人旅行者)を迎えるため、月収40万円超えの観光バスの求人まである。金剛バスの給与は基本給19万円+諸手当(金剛自動車リクルートサイトより)であり、他業種との奪い合いを行わないと、人材を確保できない状態だ。
さらに、路線バスの運転手は通常のサラリーマンとは異なる変形労働時間制が適用されているため、勤務体系は連勤がある上に不規則だ。特に、通勤・通学ラッシュをさばくための「朝と晩だけ出勤、その間は休憩」という「中休制度」(会社によって「ロング」「解放ダイヤ」などの呼称がある)を採用するバス会社が増加してからは、給料は変わらないのに拘束時間が長くなり、運転手のストレスだけが増加していった。
別の会社のバス運転手は、「終点からの折り返しをバス車内で待つ際、真冬でも(ガソリンを食う)エンジンと空調は絶対に切れ」と言われたそうだ。さらに乗客からのクレームは会社ではなく基本的に「運転手のせい」で丸投げされた運転手もいて、とにかく運転手が報われない事例が、あまりにも多すぎる。
補助金頼みの体質
かつてドル箱だったバス路線は次々と廃止され、バスの利用者はこの50年で6割以上も減少している。国は採算が合わなくても一定の利用者があった路線を維持すべく、各バス会社に対する補塡(ほてん)を、路線単位の補助金という形で行うようになった。補助金の原資はわれわれの税金である。
国土交通省が定めた「地域公共交通確保維持改善事業」によると、国は地域交通における赤字路線のマイナスの半分を「欠損補助」することになっている(1日の利用者15人以上などの条件あり)。
残りのマイナス分は、バス会社が貸し切りバス・高速バス、車庫跡地を売却したスーパー・不動産賃貸などの事業で穴埋めする場合もあった。しかし、そういった副業を持たないバス会社は、地元自治体から最大2分の1の補助金を受け取り、生き延びてきた。市町村などが補助を行う場合も、基準は「国に準ずる」となる場合が多い(地域によって施策に差あり)。
国や自治体がとってきた補助制度は「赤字路線に対する一律の補助」であり、ちょっと止血する程度に過ぎない。また、この補助金は運転手の待遇の向上や福利厚生には使えないので、バス会社の赤字体質解消の根治にはつながらない。
ならばと、バス会社が運賃値上げや路線の大幅廃止など利益を出せる施策を取ろうにも、各自治体や住民団体などの強硬な反対でことごとく退けられてしまう。
さらに問題なのは、補助金を出す自治体は、外圧のような形で運転手の待遇悪化を伴うコストカットを迫る傾向にあることだ。
補助制度の結末
実例を挙げよう。
首都圏のとある自治体では、市が主導するコミュニティバスを民間委託で運行する際に「バス事業の経費は人件費の比率が高すぎ。なので55歳以上の運転手を安価で再雇用して、低コストで市バスの運行を可能としました」と、鬼の首でも取ったかのようにアピール。
当時は「行政改革の成功例」「バス事業の先進的なコストカット事例」として美談扱いで全国に広まり、給料の安い高齢ドライバーの非正規雇用ならびに、若い運転手が雇われなくなるきっかけともなった。
とある政令指定都市では「市営バスの運転手の待遇が高すぎる」とやり玉にあげ、外部委託によって人材を流動化。かつ、勤め上げても待遇がなかなか上がらない給与体制に変更。こちらも多くの人々の支持を得た。
バス会社は運転士の待遇・労働環境を犠牲にしてまで、スポンサー化した自治体の要望に応えざるを得なかったのだ。
地域交通の担い手である運転手の待遇をコストカットの対象にし続けた結果、運転手の平均年齢は53歳まで上がり、その当時に働き盛りだった運転手は次々と定年退職。
各社とも新規採用を行えず、若手がすっぽり抜けたいびつな年齢構造と劣悪な労働環境のままで2024年問題への対応を迫られることになった。全国的にバス運転手が不足するのは当然の結果といえる。
人気テレビ番組にみるバス業界の改善点
金剛バスは国からの補助を得ていたものの、バスの沿線にある自治体は残りの赤字を埋める補助金の投入に消極的な姿勢をとっていた。メインの営業エリアである富田林市では「公営の農業公園へのバス路線への経費を一部補助(年度によって800万~1000万円弱)」したに過ぎない。
通勤や通学で比較的多くの人に利用されている路線があるにもかかわらず、10年ほど前から赤字に転落した。
2021年度の赤字額も7200万円にのぼり(関西テレビ「newsランナー」2023年9月12日放送)、運転手の離職を止められず、今回の「運転手不足による閉鎖」に至ったのだ。
路線バスの減便・廃止を止めるためには、単純な赤字補助にとどまらない「地域交通の再編」が必要だろう。いまの路線バスの在り方も、ムダが多い。
テレビ東京で放送しているテレビ番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」を見た方はわかるかと思うが、地方のバス会社には、人が多い駅や市街地からほぼ誰も利用しないような県境まで走らせる路線を持っている。
乗客が多い「駅~市街地」と、一転して車内が寂しくなる「市街地~県境」は路線を分けるなど、営業面でのテコ入れや最適化が行われるべきだろう。
国からの提案
国(国土交通省)は、この状況を座視しているわけではない。
補助金を含めた諸々の制度の不備を是正していくために、今年9月に「地域の公共交通リ・デザイン実現会議」が立ち上がった。
ここでは、鉄道、バス、タクシー、スクールバス、病院の送迎車など、地域交通を丸ごと巻き込み、一体経営するような再編を目指している。
例えば、「朝には大型バスが必要だけど、昼は乗客数人」という場合は、朝にスクールバスで使った小型のマイクロバスを昼間に回したり、予約制の「デマンドタクシー」を出したり、将来的にはライドシェアを折り込んだり、という選択肢が話し合われる。
また乗客の少ない区間のバス運行を見直すために、バスがUターンできる土地を購入し区間短縮を行うなど、攻めの再編もありそうだ。もちろん人材不足が解消されバス事業が持続可能となるように、担い手となる運転手への相応の支払いも議題になることは間違いない。
補助金について言えば、これまではバス路線単位で一律補助を行っていたが、事業見直し・再編が進むことで、利用実態がない末端区間などは廃止されやすくなる。
こういった路線は県境・自治体境に近い場合も多く、バス路線網の再構築とともに「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」のような乗り継ぎが不可能になってしまう(もしくは数十km歩いてつなげる)かもしれない。
実現には国交省・厚労省・文科省などと自治体の連携が必要となる。省庁縦割りの壁を越えられず、プランが骨抜きにされる可能性は消えない。どのような形で再編が実現するのか、その推移を見守りたい。
なぜ自治体は早めに対応できなかったのか
国だけでなく、自治体もバス会社について考えなければいけない。
実は金剛バスの廃業は地元自治体に数カ月前に伝わっていたものの、補助金などを条件に慰留しているうちに時間が過ぎ、廃業が表面化したのは報道の3カ月前。
運休中の路線を含めた15路線のうち5路線については、コミュニティバスとして近鉄バス・南海バスに運行を委託。他の路線については再編を行って存続するものの、減便や区間廃止が多く生じる見込みだ。
後継路線を引き受ける南海バス・近鉄バスは、「急に言われても引き受け体制をとれない」という事態を呼んでおり、地元自治体に対して「なぜ早めに対応しなかったのか」という強い疑問が残る。
リ・デザイン会議は数年先を見すえた話だ。直近のバス会社の苦境に対してはどうすればいいのか。
各自治体には今回の「金剛バス・ショック」をせめてもの教訓として、非常事態に陥る前から「このバス会社、先行きが厳しくないか?」と早めに実態を調査すべきだ。
さらに、補助金を出すのではなく、実質の公営化という選択肢を考えても良いのではないか。
行き過ぎたバス路線の廃止は、地域社会の非効率化を生みかねない。
子育て中の家庭は学校に子供を送迎するという負担が増える。クルマも免許もない人々は街中に出ることができず、雇用や消費への影響という問題も起きる。移動手段の消滅によって団地や市街地の価値が下がってしまうこともあるだろう。「出て行こうにも、家が売れない」「人口減少で税収も減少し、道路や街灯が補修されない」などの事態も考えられる。
金剛バスのような突然死による混乱を避けるためにも、国・自治体が主導して、救済、再編など先手を打つ対応が求められる。
全国には、運転手不足の面でも財務面でも、金剛バスより苦境に立たされているバス会社は多くある。
---------- 宮武 和多哉(みやたけ・わたや) 交通ライター 香川県出身。バス・鉄道・クルマ・駅そば・高速道路・都市計画・MaaSなど、「動いて乗れるモノ、ヒトが動く場所」を多岐にわたって追う。ダイヤモンド・オンライン、ITmediaに寄稿。著書に『全国“オンリーワン”路線バスの旅』(イカロス出版)など。 ----------