五、「教会とわたしたち」(386) 5.近代から現代へ(宗教改革とその後)
はじめに、近代への萌芽としてアウグスチヌス著「神の国」から引用(その25)
⒖.マルクス・レグルスは、宗教的信仰のゆえに喜んで捕囚に堪えた人々の偉大な範例である。しかし彼の異教的信仰は、彼からその益を奪い取ってしまった。
有名な異教徒の間にも、宗教のゆえに進んで捕囚に堪えたきわめて崇高な実例が存する。ローマ軍の司令官だったマルクス・レグルスは、カルタゴに捕われの身であった。彼を捕らえた者たちが捕虜の交換を望み、その交渉のため代表を
派遣した際、彼らはレグルスを一緒に送った。しかしその前に彼らは、もしも交渉が失敗に終わった場合には、レグルスがカルタゴへ帰るという約束を取りつけた。ところがレグルスが元老院に出頭したとき、彼は正反対の論を立て、捕虜の
交換はローマにとって好ましくないと述べた。ローマ人は彼の論議を受け入れた。彼らはレグルスがカルタゴへ帰るように強制したわけではないが、彼はひとたびそれを誓ったからには果たさなければいけないと言って帰還した。カルタゴ人
は恐ろしく巧妙に工夫された拷問によって彼を殺した。彼らは小さな木箱に彼を閉じ込めたが、箱はたいへん小さかったので彼は立っていれなければならなかった。箱の各面には鋭い釘が打ちつけてあったので少しでも依りかかろうとすれ
ば、彼は恐ろしい苦痛を味わわねばならなかった。かくして彼は睡眠を奪われて、殺された。
このような勇気はまさしく賞賛に値する。これが示されたのが、恐るべき状況の下に~ (つづく)(教団出版「神の国」出村彰訳1968より)