日本キリスト教会 大分中央教会

1517年、宗教改革による改革派信仰の伝統を引き継ぐ教会です。

プロテスタントとカトリック

2015-03-31 20:00:47 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(305)

4.近代の教会の夜明け

―宗教改革―スコットランド

(そして正式にノックスの後任に任命される時まで彼を助け、説教のできないときは代って説教を引き受けた。ノックスは、精神的にも楽になったことが、大きく彼の力を回復し、健康に留意しながら説教を継続して担当した。このローソンが訪れた時、同9月15日、改革派教会の存亡にかかわる大迫害事件がフランスで起こったことがノックスに知らされた。その大事件は聖バルテルミー祝日の大虐殺と呼ばれる事件であった。1582年の8月24日のことである。その夜、約2千人のプロテスタントのユグノー信徒が殺害されることから始まって、パリーで起きた虐殺が地方にまで広がり、その犠牲者は数万に及んだと(ここまで前回)

いわれている。このニュースは全ヨーロッパに広がり、スコットランドで、それを知ったノックスは次の日曜日9月22日、最後の力を振り絞るようにして説教壇に立ち、その事件の実行者らには、彼らが悔改めない限り、遠からず神の復讐が下されるであろうと力説し、近い将来、同じような事件に巻き込まれないようにするためにも、いっそうこれまでの改革の戦いを続けねばならないと、説教壇から呼びかけることを怠らなかった。また、彼は公然と文書に表して、フランスのスコットランド大使ラ・クロースLa Crocに伝達するように依頼した。この闘いを(つづく)


聖書研究

2015-03-31 19:55:10 | 大分中央ウィークリー

創世記21章1節である。「主は約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、~」という。「主は約束されたとおり」という言葉で始まるこの節は、新しい展開を告げる。12章からアブラハムは、妻サラと甥のロトを連れてハランから波乱万丈の旅にでかけるが、ここは、その大事な転換点である。 

ヘブライ著者によると、ただ神のご命令によって、ハランを「行き先も知らずに出発したのです」(ヘブ11:8)といる。三日月沃土といわれるカナン人が住む約束の地に向って出発した。アブラハムの妻サラには、なかなか子供が生まれなかった(16:1)。サラは悩み、後々禍根を残すことになる女奴隷に子を生ませた(16:2)。しかし、やっとサラに子が与えられる。 

2節である。「彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。」という。「年老いたアブラハムとの間に」という。これは常識的に子が生まれる可能性がないことをそれとなく告げている。それにもかかわらず生まれたというのがここの趣旨である。 

もう一つ大事な言葉は、「神が約束されていた時期であった」という御言葉である。この誕生物語は、わたしたちが今日的な考えによる、何か偶然の出来ことではなかったといっているのであり、また、人間の世界の当然のことでもなかったというのではない。まさにそれこそが神の存在を現し、神が働いている世界であるということの再確認である。現在もまた同じ。


牧 会 通 信

2015-03-31 17:43:16 | 大分中央ウィークリー

 (原 光訳 2000年、沖積舎)

ダンテの「神曲 地獄」編 第9歌(カッコ内は筆子、その8)

◯すでに濁つた波を越えて、恐怖に満ちた打ち砕く激しい音響がやつてきて、両岸を震はせてゐたが、

それはまさに敵対する熱気どもによつて生じる、猛烈な風が森を襲ひ、なにものにも妨害されず、

枝を撃ち折り砕き森から運び去り、倣然と塵埃を巻上げて前進し、獣と牧人たちを逃げさせるのにそつくりだつた。

ここまで前回)

◯ 師はわたしの眼を解き放して言つた、「さあ、まつすぐ凝視(みつ)めろ、この古沼の向う、靄(もや)がひときはひりひりと濃いあすこを。」

蛙が敵の蛇が見えるとみんな水の中に消え、てんでに底土に麦束堆(むぎたばつみ)よろしく蹲(うずくま)るやうに、

足裏を濡(ぬ)らさずスティヂェを歩み渡る一者(ひとり)の前から、千以上もの亡霊が逃げ去るのが見えた。(つづく)

 

◯2015年3月29日は、今年の第十三主日である。日聖協の「聖書愛読こよみ」は、ルカ19章28節、「イエスは~先にたって進み」といわれている。これは他の福音書にない一句である。エルサレム入場の序文として。十字架の勝利に向っての決意が力強く現されている。 

◯写真は、新築された県立美術館の外構に植樹された白樫(しらかし)の一本が枯れた。樹木には受難環境であった。胸が痛む。この他、大木のケヤキ19本などは大きく育ったものを山から根切りして、持ってきて植樹しものばかり、根付くまでがそれぞれは大変です。


プロテスタントとカトリック

2015-03-27 00:18:50 | 大分中央ウィークリー

五、「教会とわたしたち」(304)

4.近代の教会の夜明け

―宗教改革―スコットランド

(以下のような書簡を彼に送った。1572年9月7日、エディンバラにて、ジョン・ノックスより、愛するジェームス・ロウソン殿。「愛する兄弟よ、わたしの期待をはるかにこえて神のあわれみは、私をふたたびエディンバラによび戻して下さった。けれど。私の肉体は非常に衰弱していることを私は感じます。しかもその衰えは日に日に加わりつつあります。~以下省略」この手紙を受けたロウソンは、9月15日にエディンバラのノックスの許を訪れた。さらに、その次の日曜日にはノックスのトルブース教会で説教をして、会衆に大いなる満足を与えた。そして正式にノックスの後任に任命される時まで彼を助け、説教(ここまで前回)

のできないときは代って説教を引き受けた。ノックスは、精神的にも楽になったことが、大きく彼の力を回復し、健康に留意しながら説教を継続して担当した。このローソンが訪れた時、同9月15日、改革派教会の存亡にかわる大迫害事件がフランスで起こったことがノックスに知らされた。その大事件は聖バルテルミー祝日の大虐殺と呼ばれる事件であった。1582年の8月24日のことであった。その夜、約2千人のプロテスタントのユグノー信徒が殺害されることから始まって、パリーで起きた虐殺が地方にまで広がり、その犠牲者は数万に及んだと(つづく)


聖書研究

2015-03-27 00:15:49 | 大分中央ウィークリー

創世記20章18節である。「主がアブラハムの妻サラのゆえに、アビメレクの宮廷のすべての女たちの胎を堅く閉ざしておられたからである。」ここに「宮廷のすべての女たちの胎を堅く閉ざしておられた」とあるが、この女たちにはサラも含まれる。神の厳しい裁きとして受け止めるべきであると思われる。その解放は、女たちは性的に守られ、新しい命を生み出せるようになった。

 宮廷のアビメレクばかりでなくアブラハムも、サラも、宮廷の女たちも、ここから新しい出発になる。神の相手はいつのもこの世界全体である。全世界の人類に向って語りかける。この一つの解放は世界全体の裁きとその解放と自由が告げられる。このサラに、イサクの備え(22章)の予表を見る。 

創世記21章1節である。「主は約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、~」という。「主は約束されたとおり」という言葉で始まるこの節は、新しい展開を告げる。12章からアブラハムは、妻サラと甥のロトを連れてハランから波乱万丈の旅にでかけるが、ここは、その大事な転換点である。 

ヘブライ著者によると、ただ神のご命令によって、ハランを「行き先も知らずに出発したのです」(ヘブ11:8)といる。三日月沃土といわれるカナン人が住む約束の地に向って出発した。アブラハムの妻サラには、なかなか子供が生まれなかった(16:1)。サラは悩み、後々禍根を残すことになる女奴隷に子を生ませた(16:2)。しかし、やっとサラに子が与えられる。