水晶岳(2,986m) ((4)のつづき)
「~ 夕方から十五号台風がおそってきて、山は荒れ狂った。われわれは水晶小屋のことおよび雲ノ平で天幕を張って仕事をしていた人たちのことが心配だったが、どうすることもできなかった。翌日の明け方に、雲ノ平の人夫たちが震えながら逃げこんできた。 ~」
「~ とにかく全員無事に逃げこんできてよかった。だが水晶小屋はどうなっただろう。正午ごろ雨はやんだので、われわれは水晶小屋へとんでいった。小屋は跡かたもなく吹き飛ばされていた。 ~」
(『定本 黒部の山賊-アルプスの怪-』 伊藤正一(山と渓谷社))
2,825mの祖父岳から、岩苔乗越を通って水晶小屋に到着したのは朝の10時半でした。昨日、雲ノ平で「祖母岳(ばあだけ)」に登ったので、「祖父岳(じいだけ)」にもぜひ登っておきたいと思っていました。
岩苔は「いわのり」と読んでしまいそうですが、「いわごけ」です。
現在の水晶小屋の建物は、平成19年に新築された5代目とのことです。雨も風もやまない、北アルプスの稜線上に建つ、とても小さな小屋でした。
水晶小屋は昭和30年代に、二度も台風で全壊してしまったといいます。その歴史を知ると、例えば応仁の乱で焼失した寺院のように、小さな山小屋がとても偉大な建物に見えてきました。
カップヌードルを食べながら、風雨が少しおさまるのを待ち、水晶岳まで片道1kmの登山道を往復しました。小さな梯子が現れた時は、あの向こうが山頂かなと思いましたが、そこからが長かったです。濃い雲に覆われていましたが、たくさん高山植物の咲いているのが分かるのは救いでした。
北峰と南峰に分かれた山頂が一瞬だけ見えました。12時過ぎに2,986mの南峰に着きました。何も景色が見えなくても、ここが頂上であることは実感できる場所でした。「水晶岳」の名前らしく、雲の中で、宝物の埋まっている場所を探し当てたような気がしました。
「~ そして小屋の残骸を、みなで探した。おそらくは空中分解したものだろう、バラバラになって散らばっていた。いちばん近くにあった残骸でも約二〇〇メートル、遠くは東沢の流れにまで達していた。この小屋は四〇メートルくらいの風ではビクともしないものだった。六、七〇メートルの風が吹いたにちがいない。 ~」(『定本 黒部の山賊-アルプスの怪-』 伊藤正一(山と渓谷社))
それに比べれば、この日の風はずっと弱かっただろうと思います。
(登頂:2014年8月上旬) (つづく)