日本の薔薇のさび病は、ケネオラ ジャポニカ(Kuehneola japonica)、フラグミディウム フジフォルメ(Phragmidium fusiforme)、フラグミディウム ロサエ ムルティフロラエ(P. rosae-multiflorae)の3種類の糸状菌が原因だといわれています。いずれも、着生した葉の上や枝上で越冬した冬胞子が、翌春の伝染源となり、その後夏胞子が空気伝染して感染します。最初に下の絵のような茶色の粉のようなものが出来ます。ご覧になったことがあるでしょうか。 黒星病、うどんこ病に比べて、日本ではあまり話題にはなりませんが、なかなかにやっかいな代物です。
Phragmidium fusiformeによるさび病、葉裏(上)と葉表(下)葉の裏と表では姿が異なります。
さび病菌は、高度に特化した植物病原体で、多様で、さまざまな種類の植物にかかわります。例外もありますが、非常に狭い範囲の宿主を持ち、非宿主植物に伝染することはありません。
さび病菌の胞子は、風、水、または昆虫によって分散されます。胞子が特定の植物に遭遇すると、胞子は発芽して植物組織に感染します。さび胞子は通常、植物の表面で発芽し、発芽管と呼ばれる短い菌糸を成長させます。
この生殖管は、接触屈性( thigmotropism;キュウリの巻きひげが支柱に巻き付く時のように、接触の刺激に反応してある方向に動いたり成長したりすること)で気孔を見つけ、葉の表面の気孔に向かって菌糸を延ばします。
気孔の上に、菌糸の先端が付着器と呼ばれる感染構造を生成し、付着器の下側から、細い菌糸が下向きに成長して植物細胞に感染します。真菌が植物に侵入すると、それは植物の葉肉細胞で成長し、ハウストリアといわれる特殊な菌糸を生成します。
吸収根は細胞壁(Cell wall)を貫通しますが、細胞膜 (Cytoplasm) は貫通しないので、植物細胞膜は、吸収根の周りに陥入し、吸収根を基盤とした空間を形成します。吸収根はアポプラスト経路※を止めて植物の栄養素を、胞子の成長が起こるまで、どんどん植物細胞に浸透し奪い続けます。このプロセスは10〜14日ごとに繰り返され、同じ植物の他の部分や新しい宿主に広がる多数の胞子を生成します。
アポプラスト経路(橙線)
※アポプラスト経路
アポプラスト(apoplast)とは、植物体内において細胞膜の外側の、水溶液(アポプラスト液)で満たされた空間です。アポプラストは水と溶質の移動と拡散に不可欠な空間で、アポプラストを植物物質の輸送経路と見たとき、この経路をアポプラスト経路(apoplastic pathway) と呼びます。
https://www.sciencedirect.com/topics/immunology-and-microbiology/haustorium
上の図で。赤い点が葉表の細胞壁に張り付いたカビの胞子です。菌糸(発芽管、赤い線)を延ばし、アポプラストに侵入しています。黄色い線は吸収根で、葉肉内で発育して
ハウストリアを生成し、そこから胞子を放出します。下に顕微鏡写真を引用しておきました。
葉の断面、上が葉表
さび菌は葉の表から侵入して葉の裏側からさび胞子を放出します。葉の下に向かってお椀のように口を開いているのがさび胞子器(aecium)で、お椀の中の赤いつぶつぶがさび胞子 (aeciospore) です。
この胞子が宿主の葉の表面に取り憑くと、新たなさび病が発生します。葉の表にくっつくと、この絵の様に、或いはこの前の葉の様にさびの膿疱を作って胞子(夏胞子:uredoniospore)を放出します。夏はこの回路を繰り返してさび病を広めます。葉の表面の粉状のさび色または茶色のものは胞子の堆積物です。
図1. この絵は小麦のさび病のライフサイクルを示したものです。薔薇のさび病とは一部分異なりますが絵の内容が良いのでし薔薇くこの絵で説明を続けます。上で述べた事象は、さび病菌の生活環の内、右~右下の部分にかけての部分です。
葉の裏側にできた薔薇さび病Phragmidium tuberculatum 夏胞子の膿疱
https://www.sciencephoto.com/media/776459/view
膿疱を切断したことろ。上の方に褐色に染まっているのが夏胞子 ( Urediniospore ) です。これが風に吹かれて宿主の葉に付き、繁殖を繰り返します。
https://gramho.com/explore-hashtag/teliospores (上が葉の裏面)
薔薇の葉の断面に寄生した、フラグミディウムさび病菌(Phragmidium rust fungus)の冬胞子(テリウム、telium)。その上に、蒲の穂のように見える細長い胞子;5〜7個の細胞に分割された長い楕円形のテリオスポア(Teliospores)が見えます。
https://www.sciencephoto.com/media/666420/view/rose-rust
Phragmidium mucronatumのキャプションスキャニング電子顕微鏡写真。
茎のteliosporesから出た冬胞子(telium)、緩んだ夏胞子がその下に見えます。倍率x400。 別の写真で見ると下の様になっています。
葉が勢いを無くし、緑の葉が少なくなるとさび胞子の上に冬胞子が発生し,さび菌は冬の段階に入ります。冬胞子は感染しませんが、それらは発芽して担子器から担子胞子を生成します。
2つの半数体真核細胞を融合するプロセスである核融合(Karyogamy;細胞核の合体。これに対して、細胞質だけ融合して核が合体しないものを 細胞質融合(plasmogamy、原形質融合ともいい、2個の細胞が合体する際に最初に起こる過程です。一般には,これにひきつづいて核融合(karyogamy)が起こって合体が完成しますが、担子菌類ではこの二つの過程が間をおいて起こるため, 異核接合体(heterokaryon )という特殊な状態になる。)が起こります。
図1. をもう一度取り上げます。
一つの細胞の中に白と黒の二つの核があるのが、 異核接合体のさび胞子、夏胞子、冬胞子です。テリオスポア(Teliospore)までは二核です。次の段階で核融合が起こり、担子器が生じます。担子器が縦に4つに分かれて担子胞子 ( Basidiospore, 減数分裂した胞子、図では白と黒に分かれた胞子 ) が作られます。春になると風に飛ばされて、上の図では小麦の代替宿主(小さび病ではオオアマナの類、赤さび病ではアキカラマツの類、黒さび病ではオオトリトマラズの類)に取り付きます。
薔薇に感染するPhragmidium tuberculatumおよび他のいくつかの種には代替宿主がいまません。最初に形成された胞子は若い茎に感染し、歪みと明るいオレンジ色の膿疱の生成を引き起こし、葉に感染してほこりっぽいオレンジ色の胞子(夏胞子)を生成し、それが、さらに感染をひろげます。夏の終わりに、夏の胞子を作る膿疱が切り替わり、暗くて丈夫な休眠胞子を生成します。これらの胞子は茎や支柱に付着し冬を乗り切ります。そして、春に再び感染が始まります。夏の間、さび胞子の繁殖は10〜14日ごとに発生します。ほとんどの感染は防除を必要としないほど軽いものですが、稀に深刻な損傷を引き起こす場合があります。
Basidium, illustration from Soviet encyclopedia, 1926
担子器の上部から減数分裂した担子胞子が生まれ、放出されようとしています。
https://mrnatural.ca/applications/mold-species-library/basidiospore/
担子器の上部から担子胞子(青)が放出されています。
中国西部でRosa omeiensisとRosa lichiangensisに感染していたサビ菌Phragmidium zhouquensis
A;Phragmidium zhouquensis に感染した薔薇の葉。 B、C;テリウムの表面。 D;表面が疣状のteliospores。 E;黄色で透明な疣状の卵胞子、各細胞に2〜3個の胚芽孔がある、 F;テリウムの垂直断面、スケールバー:A = 1 cm、B =500μm、C、F =200μm、D、E =50μm
薔薇のサビ病のライフサイクルを現した図です。担子胞子が代替宿主ではなく、薔薇の蕾や若い葉に付きます。
さび病は治療が非常に困難です。マンコゼブやトリフォリンなどの殺菌剤は役立つかもしれませんが、病気を根絶することはできません。胞子の発芽を止めるために硫黄燻蒸をする方法もありますが、使えるケースが限られます。良い衛生状態、良好な土壌排水、注意深い散水で問題を最小限に抑えることが大切です。錆が発生した場合は、影響を受けたすべての葉を取り除き、燃やしてすぐに対処する必要があります。堆肥にしたり、感染した植生を地面に残すと、病気が広がります。
十分な空気循環を取るために、植物を十分に離して完全な太陽の下で剪定し空気に触れさせます。温室では、結露を避け、胞子の生成と拡散を防ぐために、感染を見つけたらすぐに駆除します。越冬する胞子の数を減らすために、秋の清掃では落ち葉を集めて処分します。
先に書いた、9/22のツクシイ薔薇、以下10/24までに取り上げた18種の薔薇の内、サビ病に弱い準絶滅危惧種、絶滅危惧種は、気候変動、大気汚染等の影響もあって、人の手を借りなければ絶滅するのも時間の問題かも知れません。
薬剤耐性菌の出現を回避するためには作用機序の異なる殺菌剤をローテーションさせて使うことが大切です。下の一覧表を参考に薬剤を散布してください。
https://www.sc-engei.co.jp/myroses/dispersal/1.html から
商品名 |
成分 |
殺菌剤の系統 |
作用性 |
予防 |
治療 |
薔薇の |
ベニカⅩファインスプレー |
メパニピリム |
アニリノピリミジン系 |
病原体のアミノ酸やタンパク質の合成を阻害 |
○ |
|
○ |
ベニカⅩファインエアゾール |
メパニピリム |
アニリノピリミジン系 |
病原体のアミノ酸やタンパク質の合成を阻害 |
○ |
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○ |
STサプロール乳剤 |
トリホリン |
EBI剤 |
病原体の細胞膜成分の合成を阻害 |
○ |
○ |
○ |
マイローズ殺菌スプレー |
ミクロブタニル |
EBI剤 |
病原体の細胞膜成分の合成を阻害 |
○ |
○ |
○ |
ベニカⅩスプレー |
ミクロブタニル |
EBI剤 |
病原体の細胞膜成分の合成を阻害 |
○ |
○ |
○ |
パンチョTF顆粒水和剤 |
トリフルミゾール |
EBI剤 |
病原体の細胞膜成分の合成を阻害 |
○ |
○ |
○ |
シフルフェナミド |
酸アミド系 |
病原体細胞のミトコンドリア内の呼吸を阻害 |
○ |
○ |
||
GFベンレート水和剤 |
ベノミル |
ベンゾイミダゾール系 |
病原体の細胞分裂を阻害 |
○ |
○ |
○ |
トップジンM |
チオファネートメチル |
ベンゾイミダゾール系 |
病原体の細胞分裂を阻害 |
○ |
○ |
○ |
モスピラン・トップジンM |
チオファネートメチル |
ベンゾイミダゾール系 |
病原体の細胞分裂を阻害 |
○ |
○ |
○ |
GFモストップジンRスプレー |
チオファネートメチル |
ベンゾイミダゾール系 |
病原体の細胞分裂を阻害 |
○ |
○ |
○ |
サンケイオーソサイド |
キャプタン |
有機塩素系 |
病原体の酵素に作用 |
○ |
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○ |
STダコニール1000 |
TPN |
有機塩素系 |
病原体の酵素に作用 |
○ |
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○ |
サンケイエムダイファー |
マンネブ |
ジチオカーバメート系 |
病原体の酵素に作用 |
○ |
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○ |
家庭園芸用カリグリーン |
炭酸水素カリウム |
炭酸水素塩 |
細胞のイオン薔薇ンスを崩し 細胞の機能障害を起こす |
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○ |
○ |