「問題が、それほど単純ではないからです。理由は2つあります。1つは、社会の分断が、国内外で加速度的に進んでいるためです。支配層にとってよいことが、必ずしも全体にとってよいことではないのです。富は富裕層にますます集中し好景気は経済格差を助長する傾向にあります」実際、アメリカは実質的にウォール街に支配されており、定期的にバブルを生み出しては崩壊させて、投資した庶民の富を吸い上げては売り抜けた資産家階級へ「逆富の再配分」に貢献していた。ジェフは話を続けた。「湾岸戦争は、所詮は利権を守ろうとするビジネスマンの戦争にすぎません。蹂躙されたクェートの人々を救う人道的介入という建前は、アラブの人々にとっては『喉元過ぎれば熱さ忘れる』です。資源の国際的利権の安定より、異教徒の聖地滞在によって傷つけられた民族や宗教的プライドを重要視する人々は手段を選ばす報復を考えるでしょう。ハリウッド映画を観ても80年代以降、狂信的原理主義者を描いてきたアメリカがテロを受けるのは自己充足的予言と言えます。もう1つの理由は、アメリカ国内の『振り子の原理』が過度に振れる危険です」
「最初の問題は分かりやすいけれど、『振り子の原理』とは?」
「アメリカは、世界で唯一大統領制が、ある程度うまく機能してきた国でした。あたかも疑似議院内閣制度のように、極端な候補者は予備選段階で排除されるために、二大政党制という厳然たる現実を無視すれば誰でも大統領選に立候補し当選できる『自由と民主主義の国』という居心地のよい幻想に浸れたのです」
「それのどこに問題があるの?」
「20世紀後半以降、振り子が揺れるごとく、前任者と真逆の人物が大統領に選ばれるようになります。53年に第二次世界大戦の英雄アイゼンハワーが選ばれた後、60年には若々しく俳優も顔負けにハンサムなケネディ上院議員が選ばれ、65年には老練な政治家ジョンソンが選ばれ、69年にはベトナム戦争終結を掲げた元副大統領ニクソンが選ばれ、ショートリリーフのフォードをはさんで、それ以降は州知事の時代に入ります」
「州知事の時代とは?」
「大統領への最も近道であったはずの連邦議員が、中身の薄い政治的綱引きを演じるだけのワシントンインサイダーと見なされ、地方で実績を上げた州知事が大統領に選ばれるようになります。77年にジョージア州のピーナッツ農場主カーターが、81年には元ハリウッド映画俳優でカリフォルニア州知事レーガンが、89年にはレーガン支持を受けた元副大統領ブッシュが挟まりますが、93年にはアーカンソー州知事だったクリントンが選ばれます。連邦議員から大統領を選ぶ時代から、振り子がワシントン・アウトサイダーの時代に大きく振れたのです」
「それが、どんな問題をはらんでいるというの?」
「間接制民主主義がはらむ根本的矛盾です。理想的人物が当選するのではなく、有権者は立候補した人物の中からしか当選者を選ぶことができないのです」
「それは、しかたのないことじゃないの?」
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