第三次世界大戦を阻止するブログです。
シリア騒乱と修羅の世界情勢
戦略的 文化 財団EDITOR'S CHOICE
バランスの歴史:なぜギリシャはその「バンカーの救済 "債務を否認、ユーロを終了する必要があります |
EDITOR'S CHOICE | 2015年2月5日 |
大量破壊制裁 |
故キングアブドラ下では、サウジアラビアは世界情勢の中で最も危険な役割を果たした。そのオイルは米国の軍国主義とそのお金資金をイスラム過激派を煽っ。サウジアラビアは、おそらく米国の外交政策の最大の固有の矛盾である。 EDITOR'S CHOICE | 2015年2月4日 |
ワシントンのウクライナアジェンダは、潜在的に第三次世界大戦中に人間性を沈殿もらえますか? |
ワシントンは、計画されたとキエフのクーデターを実施しました。オバマ氏は民主的に選出された大統領のヴィクトルYanukovychをoustingための "ウクライナの電力を移行するためのブローカー(る)契約。「コード言語を米国に認めた。ネオナチ暴徒ルールで彼を交換する。 EDITOR'S CHOICE | 2015年2月4日 |
レポート:ブリードローブは、行政当局は、ウクライナのために防御的な武器をバックアップする |
将軍フィリップブリードローブ、ヨーロッパでトップ米軍の司令官は、今や守備武器でウクライナの軍隊を武装有利ますが、オバマ政権はロシア·で年近く戦争している国に致死援助を送信するかどうかを決定するためにまだ持ってバックアップされた分離独立。 EDITOR'S CHOICE | 2015年2月3日 |
BBC、架空の「ロシアの侵略」に関するその他のメディアの裸の戦争プロパガンダ |
「ロシアの侵略は、「一日のBBCのミームです。私は、フレーズは「ロシアの問題に完全に専念し、一つのプログラムでラジオ4の世界の最初の15分でポップアップした何回のカウントを失った - しかし、テーマは執拗にドラム缶た。アイデアは、ロシアが世界の平和と安定に大きな成長の脅威を与えることである。ロシアの爆撃機が(厳密に国際空域からではあるが)「英語」チャンネルを脅かしている。ロシアは特に、ウクライナを主権国家を攻撃する拡張主義電力である。そして、それを見て - 私たちは次のだ! EDITOR'S CHOICE | 2015年2月3日 |
米国が「守備」の武器でキエフ力を提供するmulls - 報告書 |
EDITOR'S CHOICE | 2015年2月2日 |
責任のなすり合いでミンスク端での和平交渉などのドネツクで一定の砲撃 |
メディエーター「協議が土曜日失敗した後ドネツクの東のウクライナの都市の砲撃は、民間人の分野での着陸シェルで実質的にノンストップで続けている。民兵とキエフの力がDebaltsevoの戦略的に重要な地域のために戦っている。自称ドネツク人民共和国(DPR)の関係者は、少なくとも3人の民間人が一晩住宅地を対象とウクライナの砲撃によって殺されていると述べた。 EDITOR'S CHOICE | 2015年2月1日 |
ギリシャ、米国と新自由主義クーデター |
西部の経済災難の開始は2007年を中心に初めから現実は物質経済的制約を装って懲罰的な政策を制定し、リモートエリートとその代理人のある間に「公式の」応答は、いくつかのポリシーのエラーでささやかな成功として囲まれています。検 討中の実際の経済の提案は、米国で1970年代の新自由主義クーデターを先行中道の教科書の経済学のように見えるしながら、この文脈ではギリシャのアレク シスTsiprasとSyrizaの選挙は急進左折を表示氏Tsiprasこの経済学とヨーロッパとアメリカのリーダーシップのクラスを行うよりも経済的 な解像度の戦略のより深い理解を有していると、解像度のレバーはこの(MIS)リーダーシップでしっかりと残っている。 EDITOR'S CHOICE | 2015年2月1日 |
警察国家は我々にです - ポール·クレイグ·ロバーツ |
注意を払って誰でも9/11警察/戦争状態を作成するために使用されたことを知る。数年前NSAの公式ウィリアム·ビニーはほとんど影響し、国家安全保障局(NSA)によるユニバーサルスパイについてのアメリカ人に警告した。最 近、エドワード·スノーデンは法的、憲法、または「国家安全保障」の理由を持っていないすべての包括的なNSAのNSA違法と違憲スパイの事実を確立する ために、グレン·グリーンウォルドによって利用可能にされたのに十分なものの解放スパイ文書によるスパイ、スパイを証明した.Yetアメリカ人は腕の中 で、最大ではありません。アメリカ人はに対して必要な保護としてそれらに対する政府の犯罪を受け入れた「テロリスト。」 EDITOR'S CHOICE | 2015年1月31日 |
ロックやハードの場所の間にドイツ |
私たちは、SYRIZAの勝利は、ユーロ圏のために意味するかもしれないかを評価し始めている。実際のところ、この勝利は、ユーロ圏についてオープンにそのダブルトークにドイツのはったりと力を呼んでいる。しかし、それはmanoeuverの余地があるように奪わ、ドイツは現在、その平均受益者であるにもかかわらず、激しく反応し、間接的にユーロ圏の溶解を誘発する可能性があります。これはわかりやすく |
nsnbc国際| nsnbc国際ニュース
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クリストフ·レーマン(NEO):エジプトとロシアが積極的にシリアとの戦争への平和的解決を仲介しようとしています。エジプトは2011年アラブ春から武装反乱に直面している もっと...
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クリストフ·レーマン(NEO):ファタハ革命評議会、博士ジャマル·ナザールのパレスチナのアル·ファタハ運動とメンバーのスポークスマンは、デンマークへの彼の最初の訪問に到着 も
ジョーダンは、2つの絞首刑と空軍パイロットの運命を復讐を誓う:インテリジェンスを?
FahwadアルKhadoumi(nsnbc):ヨルダン軍は彼らが捕獲ヨルダンパイロットMoazアル·Kasasbeh含むISISの人質の殺害を、復讐することを発表した。夜明け、ヨルダン当局 もっと...
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ヌーランド、独立系メディアとプロパガンダBullhornsの戦い
クリストフ·レーマン(nsnbc):ヨーロッパとユーラシア担当国務米国務省次官補、ビクトリア·ヌーランドは、米国でロシア今日(RT)を禁止にノーと言った。 もっと...
西アフリカ:新世界秩序の賛同
アレクサンダーMezyaev(SCF):アフリカの紛争の数はますます新しい国がそれらに引き込まばかりで、成長し続けています。西アフリカの状況は特にあり もっと...
エリート主義は、薬物政策上ラッセルブランドとイアン·ダンカン·スミスを結びつけるものです
ポール·ヘイズ(TC)は:あなたはそのラッセルブランド、そのラジカル左ウィンガーと革命の提唱者、思考のために許されるだろう もっと...
グローバル·デ·ドル化と米国の政策
ウラジミールOdintsov(NEO):世界征服のための探求では、ホワイトハウスが追求されていることを...エジプトポンドは7.51 /ドルの新しい公式低いヒット
ヤスミンSamra(TCP):それは弱まっとしてエジプトポンドは公式低い日曜日のすべての時間をヒット...豪ドルはGFC以来の最低点を打つ - 専門家は反応する
Sunanda Craegh(TC)は:豪ドルは強いの裏に一晩US77.17¢に落ちた...
アーカイブ:本物の真実とは何ですか?
アーカイブ:プーチン
RT:いいえサウジ·ロシアの協議がアサドをdisowningの見返りに石油価格をつり上げるために - モスクワ
公開時間:2015年2月4日午前9時57分編集時間:2015年2月4日、サウジアラビアのロシアプーチン(L)と皇太子サルマンビン·アブドゥルアジーズアル·サウド(R)の14時08社長が本会議中にそれらの通訳を通して話すで... 続きを読む
PressTV:フィニアンカニンガムによる米国ウクライナの戦争のための緑の光、
月2015年2月2日13:32ウクライナの兵士フィニアンCUNNINGHAM米国のトップ外交官ジョン·ケ リーでは12月24日、2014年(©AFP)にDebaltseve、ドネツク地域、東部ウクライナの市内外の最前線を男が会うために彼の拒否を発表し た... 続きを読む
ウクライナ政府:「いいえロシア軍は私達と戦っていません」
エリック·ズエスウクライナのトップ一般にはロシア軍がウクライナ政府の軍と戦っていないことを言って、オバマ政 権によって、彼自身のウクライナ政府による申し立てを矛盾されるエリック·ズエスWashigntonさんのブログによって2015年1月30日に投稿さ れました... 続きを読む
読者によって提案NEWS!2015年1月28日
ロンから:ゴールド新国際通貨制度の一部になります?ジョアンナから:サウンドのヒーリングパワーはhttp://www.riseearth.com/2015/01/cancer-healing-power-of-sound.html#moreサウンドが私たちの免疫機能を変更することができます。どちらかが詠唱や音楽の特定の形態を聞いた後、あなたのInterluken-1レベルは、... 続きを読む
RT:プーチン:ウクライナ軍がロシアを抑制することを目的とNATOの軍団です
出版時間:2015年1月26日午後01時15分編集時間:2015年1月26日、ウクライナ軍の17時09分メ ンバーはヴォルノヴァーハ、東部ウクライナ(ロイター/アレキサンダーErmochenko)の町に装甲車両を運転ウクライナ軍は基本的に'ですNATO の軍団は'... 続きを読む
アメリカンドリームの終わり
我々はアメリカの夢が終りに達するのを目撃する世代だ。と語り始める表記。何をいまさらだろうが、アメリカ国内にも国外にも見果てぬ夢を夢見る人々がゐる。
《骨子》
1。 正に見んとする数字が物語を告げる。それらが死にかかっているかつては力強かった経済の物語を告げる。数十年間、惑星の残りは米国を殆ど何人もが喜んで一 心に働きさえ刷れば成功するかもしれない「機会の国」と看做して来た。そして私が成育中の時、殆ど誰もがアメリカの夢を生きているように思われた。高校生 の時、それ迄失業中の親の話を聞くのが非常に稀だった。そして事実上私の知る家族は快適な家庭と1台を越える乗物を持っていた。
2。だが今それが全部変った。「アメリカの夢」が非常に捩れた音楽席の取り合いゲームへと変容したのだ。過ぎ去る各年と共に、より多くの人々が中産階級から脱落中で,我々の残りの大半は自分の居場所を確保すべく本当に懸命に緊急発進中なのだ。
3。何かが恐ろしく間違って消えていった、そしてアメリカ人は問題の回答を発見する段になると非常に深く分断されている。我々はお互いに指差し言い争うのを愛するし,その間事態はまさに一層悪化し続ける。以下の22の数字は非常に強いアメリカの夢の死の証拠だ。
4。22の数字
No.1 オバマ政権が我々に教えるのは869万人のアメリカ人が「公式に失業中」で9290万人のアメリカ人が「労働力中にいない」と考えられるだ。それは1億100万人の米国成人に即今職がないことを意味する。
No.2 一つの最近の調査が発見した。アメリカ人の55%がアメリカの夢が決して実在しなかったか、或は最早実在しないかの孰れかを信じる。
No.3 オバマがホワイトハウスにゐる事実を考えれば、全共和党員の55%がアメリカの夢を信じ、民主党員のたった33%が信じるのは幾分驚きだ。
No.4 インフレ調整後、中央値の家計所得が2007年以来ほぼ5000ドル減少して来た。
No.5 インフレ調整後、「中間所得家族の中央値富の数字」が1983年の78,000ドルから2013年の63,800ドルへ下落した。
No.6 此の時点で、アメリカ人の59%が「アメリカの夢は大半の人々にとって達成不可能になった」と信じる。
No.7 1967年、アメリカ人の53%が「中間所得」と考えられた。だが今日、アメリカ人のたった43%がそうだ。
No.8 過去6年の各々、開業よりも多い事業が閉業した。2008年より以前、米国史凡ての中でこんなことは決して起こらなかった。
No.9 ニューヨーク・タイムズ紙によれば、「典型的なアメリカ人家計」は10年前に比べて36%減った。
No.10 最近の一つの報告書によれば、4300万人のアメリカ人が現在信用報告書中に未払い医療債務がある。
No.11 伝統的に自宅所有が中産階級貴族の重要指標の一つであり続けて来た。生憎、米国に於ける所有率が7年続けて下落して来た。
No.12 昨年実施された調査によれば、全アメリカ人の52%が正に今住んでいる家を買う余裕さえない。
No.13 バラク・オバマがホワイトハウスに居続けて来た間、食料スタンプに係るアメリカ人の数が3200万から4600万になってしまった。
No.14 食料スタンプに係るアメリカ人の数が連続38ヶ月4600万の印を今越えた。
No.15 即今、米国にゐる各5人の児童のうち1人超が食料スタンプだ。
No.16 ごく最近発行されたワシントンポスト紙記事によれば、米国公立学校の児童の50%超が今低所得家庭出身だ。少なくとも50年間でこんなことが起きたのは初めてだ。
No.17 国勢調査局によれば、米国内全児童の65%が連邦政府から何らかの援助を受ける家庭に暮らしている。
No.18 2008年、アメリカ人の53%が自身を「中産階級」と考えていた。だが2014年には、全アメリカ人のたった44%が依然として自身を「中産階級」と考えた。
No.19 2008年、18歳から29歳迄の範囲の全アメリカ人の25%が自身を「より低い階級」と考えていた。だが2014年、その年齢範囲の全アメリカ人の驚くべき49^が自身を「より低い階級」と考えた。
No.20 それは信じ難いが、全アメリカ人労働者の驚くべき53%が年間30,000ドル未満しか稼がない。
No.21 最近の一つの報告書によれば、全アメリカ人の62%が現在支払小切手から支払小切手への暮し[自転車操業]をしている。
No.22 CNNによれば、典型的アメリカ人家族は「直ぐに利用可能な資金と21日分所得」とが同じだ。
5。中産階級回復の鍵は仕事だ。真実は中産階級の仕事が無ければ、中産階級を持つのは不可能なことだ。
6。生憎、より多くの中産階級の仕事が海外に出されている、技術により代替されている、或は日ごとに減速する経済のために失われている。残る仕事を求める競争は信じ難い程熾烈だ。ちょっと以下の事例を考えてみよ…
7。2012年、エリック・オルド、英語の修士号を持つ26歳の失業者はブラック・ホールの反対側にあるものを発見しようと決意した。彼は実験として偽の求人広告を出した。
8。 多忙なミッドタウン事務所用に必要な管理助手。時間は月曜日から金曜日、9時から5時迄。職務に含むのは、ファイリング、コピー、電話応答、eメール送 付、顧客への挨拶、約束の時間調整。事務所整理の職歴有りを優遇、だが適切な候補者を訓練する。興味あればマトメをEメールされたし。報酬、時間当り 12ー13ドル。
9。そんな類の仕事に此れ迄申し込んだことがあるなら、お悔やみ申し上げる。カジノの確率の方がずっと好い。オルドは 24時間で653の反応を得た、応募者の10%に10年超の経験があり、その3%が修士号を持っていた。想定するに、彼らの1人が職を得るかもしれない。 だがそれの意味は何だ。それは他の経験ある応募者や修士号保有者が失業のままかもしれないことを意味する。つまり凡そ64人の経験ある労働者と凡そ19人 の修士号ある労働者だ。それならどうすれば我々がこれを転回し得るのか。(止め)
***
22と言うが若干の言い換えみたいに感 じるものが混入している。まあ、アメリカ経済の主として雇用面から見た現実の認識だ。アメリカ経済が「雇用無き繁栄」と言われて久しい。だがアメリカ経済 の牽引車は消費、つまり労働者を中心とした賃金からの消費なのだ。日本語の経済は「経世済民」から来るというなら、アメリカはこの意味での経済でなくなっ た。
中産階級を解体し、失業者や低賃金労働者を増々沈殿させてゆく経済は決して安定たり得ない。そうした現実に目を瞑らせる「アメリカ の夢」が胡蝶の夢だったのは最早明確だ。米主流経済学の教えに拠れば、それを是正する術がない、一国ケインズ主義も最早成り立たない。絶望的なシステムの 自動暴走に我々は翻弄されるだけなのか。アメリカ流を範にする日本の賢人が多いが、我々は不可能かもしれない経世済民の道を手探りしなければならない。タグ:米国 アメリカの夢
イラクとシリアを股にかけて活動するイスラーム国とサウジアラビア②
サウジアラビアとイスラーム国
国名人数
アルジェリア200
オーストラリア250
ベルギー250
カナダ30
デンマーク100
フィンランド30+
フランス700+
ドイツ270
インドネシア30~60
アイルランド25~30
コソボ100~120
キルギス10+
モロッコ1,500
オランダ120
ノルウェー40~50
ロシア800+
サウジアラビア2,500
シンガポール1
スペイン51
スウェーデン30
スイス10
チュニジア3,000
トルコ400
英国400
米国70+
報道や公式の発表による。数字は概数
[Barret 2014]。
さらに,3月の内務省声明は,アルカイダ,およびその支部(アラビア半島アルカイ
ダ,イラクのアルカイダ,ヌスラ戦線),サウジアラビア・ヒズバッラー,ムスリム同胞
団,フーシー派⑻および類似の組織をテロ組織としてブラックリストに掲載したことを明
らかにし,国外での戦闘に参加していたものは声明発出後,15日以内に改悛して,帰国
すれば,情状酌量の余地があると述べている。
つまり,実際にサウジ国内でテロ行為を行わなくても,国外で戦闘に参加したり,テ
ロ組織と認定されたグループに加わったりしただけで,厳罰に処せられるという非常に
厳しいものである。
しかし,こうした措置をとったからといって,疑惑がなくなるわけではない。その後
もサウジアラビア黒幕説は何度も現れては消え,消えては現れてくる。このような状況
について2014年7月8日,サウジアラビアの在ロンドン大使館は以下のような声明を発
出している。少し長いが全文引用する。
サウジアラビア王国は再度,イラクとシリアのイスラーム国,あるいはイラクと
レバントのイスラーム国,イスラーム・カリフ国として知られるテロ組織を,資金
的,道徳的,あるいは他のいかなる方法でも支援していないし,これまでも支援し
たことはなかった。サウジアラビアは他のいかなるテロ・ネットワークも支援して
いない。
この点について何度も説明しているにもかかわらず,英国の一部メディアでは不
正確で,誤解を招くような,歪曲した主張が行われているため,われわれは再度説
明しなければならなくなった。サウジアラビア在ロンドン大使館から信頼しうる,
事実にもとづく情報を提供しているにもかかわらず,これらの虚偽の主張は継続し
て行われている。
サウジアラビアは国内外で先頭に立ってテロリズムと対峙している。とくにシリ
アでは,サウジアラビアは,そうした過激主義の拡大を阻止するためのもっとも効
果的な方法として穏健な勢力に対し支援を行ってきた。「シリアの友人たち」を通じ
て,サウジアラビアは,穏健なシリア反体制派のみに支援を提供している。これら
のグループはすべて,シリアにおける,アサド体制の排除による政治的な変容を支
持するという共通の目標をもっている。われわれは,シリア国内でテロ組織のネッ
トワークが跳梁跋扈しているのは,国際的な関与が欠如しているためであると考え
る。
われわれは,英国および国際メディアに対しこのテロ組織の資金的な背景および
組織的な構造に関し緻密な調査を行うよう求めるとともに,域内情勢について客観
的かつ公平に報道し,事実として報じるまえにきちんと検証するよう要求する。
このなかには,いくら何をいっても,聞く耳をもたない英国および国際メディアに対
するサウジアラビアの苛立ちが読み取れるだろう。
これらはいずれも外務省や内務省といった政府機関の反応である。イデオロギー的に
アルカイダやイスラーム国と近いとされるサウジアラビア宗教界からは,当然異なる反
応が出てきている。サウジアラビアのサラフィー主義者と呼ばれる連中のなかには,イ
スラーム国やヌスラ戦線へのシンパシーを感じさせるような発言を繰り返したり,何ら
かの関係を有していることを匂わしたりするものも多いからである⑼。
さて,問題はサウジ宗教界の公式の意見である。実は,イスラーム国,あるいはイラ
クとシャームのイスラーム国の活動が活発化してからも,それに関するサウジ宗教界の
公式見解がなかなか出ず,サウジアラビアのメディアでもその沈黙について批判的な論
調が出るほどであった。比較的早いものとしては2014年7月3日付のワタン紙で紹介さ
れたサーリフ・スヘイミーの議論があるが,そのなかで彼はイスラーム国を虚偽だとし,
ハワーリジュ派であると非難,さらにカリフになったアブーバクル・バグダーディーに
関してはダッジャール(反キリスト)の大嘘つきとこきおろしている。ただし,これも
みずから積極的に発言したわけではなく,聞かれたから答えただけにすぎない[al-‘Anazī
2014]。
サウジアラビア宗教界の最高権威であるアブドゥルアジーズ・アールッシェイフ総ム
フティーから―イスラーム国の躍進がはじまって以降―イスラーム国に関する公式見解
が出たのは,筆者が知るかぎり,ようやく2014年8月後半になってからだ。8月19日,
このときはじめて,サウジの最高宗教権威は,イスラーム国に対し,名指しで,そして
明確なことばで批判を行ったのである。総ムフティーはこのなかで世界に腐敗を蔓延さ
せる過激思想やテロは「けっしてイスラームに由来するものではなく,イスラームの第
一の敵であり,ムスリムこそがその第一の犠牲者であるとの認識を示し,イスラーム国
DĀ‘ISH とアルカイダと呼ばれるものたち,およびそれらから派生したグループをイス
ラームではなく,ハーリジー派だと弾劾した[Muftī al-Sa‘ūdīya:“Dā‘ish” wa“ al-Qā‘ida”
Jamā‘at Khārijīya la Tuh4
sab ‘alā al-Islām 2014]。ハーリジー派(あるいはハワーリジュ派)はイスラーム世界最初の分派とされ,第4代カリフ,アリーを暗殺したことで知ら
れる⑽。サウジアラビアの公式の文脈ではしばしばテロリストを表すのにこの語が用いら
れる。ちなみに,この少し前の8月8日にも総ムフティーは過激派に関する声明を出し
ているが,このときは過激組織が国際諜報機関の道具であるとの陰謀論めいた議論を展
開している。
いずれにせよ,8月19日の声明をきっかけにサウジアラビア宗教界のメインストリー
ムは結束してイスラーム国に対する非難を強めていく。9月17日にはサウジアラビアの
最高宗教機関である最高ウラマー会議が声明を発表,やはりイスラーム国,アルカイダ
を名指しで非難した。なお,この声明では,シーア派のヒズバッラーやフーシー派,イ
スラエルのパレスチナ占領などもイスラーム国の同類としてあつかわれている。
また,翌日9月18日夜からはいくつかの宗教系衛星テレビを中心に,イスラーム国を
非難し,若者たちがテロ組織に加わるのを阻止しようという啓発キャンペーンがスター
トしている。
一方,サウジアラビア政府は宗教界への締めつけも強化している。2014年8月はじめ
には,サウジアラビア内務省から,説教師やムアッジンは,治安審査を受けないかぎり,
働くことができなくなるという指示が出された⑾。また,国内でも多数のテロ容疑者が逮
捕されている。
イスラーム国側が反サウジアラビア的姿勢を明確にしていることは,あえて言及する
までもないだろう。したがって,サウジアラビア政府の一連の反イスラーム国的政策を
みれば,2014年9月22日に米軍がシリアにおけるイスラーム国の拠点を空爆した際,サ
ウジアラビアがその軍事攻撃に参加したことはある意味当然だったといえる。
おわりに
一般的にいって,シリア政府やイラク政府,そしてイラン政府,さらにはそれらの政
府系メディアからは,当然のことのように,サウジアラビアがイスラーム国を支援して
いるとの説が頻繁に現れる。しかし,説得力のある証拠を提示しているのはほとんどま
ったくといっていいぐらい存在しない。たとえば,イラクのマーリキー前首相は2014年
3月,サウジアラビアやカタールがイラクにおけるテロリズムをメディアや資金援助,
武器供与などで支援していると主張しているが,具体的な証拠はいっさい挙げていない。
西側の報道も似たり寄ったりである。9.11事件以来,西側メディアはとくにテロがらみ
ではヒステリックになりがちで,とくにサウジアラビアを悪役に仕立てようとする傾向
はいぜんとして強い。
一方,サウジアラビアからの主張をみると,自分たちはやってないの一点張りで,こ
れはこれでかならずしも納得できるわけではない。もちろん,存在しないものを存在し
ないと証明するのは困難なので,この点は割り引いて考える必要がある。だが,たしか
に政府レベルでの支援の証拠はないが,いぜんとして大量のサウジ人がシリアやイラク
で戦っており,さらにそれを煽動する宗教関係者もけっして少なくない。また,政府か
ら独立したメディアがない点もサウジ側の主張が信じられない大きな理由になってい
る。これらの点がクリアされないかぎり,サウジアラビアが他国の信頼を勝ち得るのは
むずかしいだろう。
ちなみに,サウジアラビアのメディアでは,サウジ犯人説とは正反対の説,つまり,
アサド政権やイランこそイスラーム国と結託しているとの主張もみられる。たとえば,
シャルクルアウサト紙は,ご丁寧にも,アサド政権側から発見された極秘文書なるもの
を画像つきで引用し,アサド政権とイスラーム国が裏で手を結んでいると報じている
[‘Anās4
ir min “Dā‘ish“ Murtabit4
a bi Niz4
ām al-Asad 2014]。
また,ある自由シリア軍幹部は2014年4月28日付ハヤート紙とのインタビューで,(イ
ラクとシャームの)イスラーム国は当初,反アサド側で戦っていたが,途中(8ヵ月前)
からアサド政権との戦いを完全に停止してしまったと述べている。
シャルクルアウサト紙もハヤート紙もサウジアラビアの王族資本であり,その意味で
イスラーム国・アサド政権結託説をそのまま信用することはできない。だが,筆者はこ
れらを否定する材料も持ち合わせていない(とくにシャルクルアウサト紙の記事)。
彼らの言い分によれば,アサド政権側が,自由シリア軍など反体制武装グループとの
戦いを有利に進めるために,イスラーム国を利用しているという。それまで,大して機
能はしていなかったものの,まがりなりにも形式上はアサド政権対反アサド政権という
対立の構図ができていた。だが,ヌスラ戦線,そしてイラクとシャームのイスラーム国
が登場することで,これがアサド政権・反体制派・イスラーム国というぐあいに三つ巴
の構造に変化してしまったのである。反アサド勢力へ向かっていたはずの支援の一部は
イスラーム国へ流入し,反体制勢力の攻撃力は,対アサド政権,対イスラーム国という
かたちに分散せざるをえなくなる。仮にイスラーム国がアサド政権と馴れ合いの関係に
あれば,イスラーム国は事実上アサド政権の別働部隊として機能することになるだろう。
このような仮説は陰謀論めいていて,鵜呑みにはできない。だが,たとえば,ユダヤ
系米国人の有名な社会学者,イマニュエル・ウォーラーステインのイスラーム国をめぐ
る洞察はその意味で示唆的であろう。彼は,一連の騒動において,少なくとも短期的に
みれば,3つの勝者がいると述べた。第一はもちろんイスラーム国自体であり,そして
2番目がアサド政権,そして3番目がクルドである。2番目に関して,ウォーラーステ
インは,反アサド勢力への外部からの支援はつねに不十分であり,短期的にみれば(イ
スラーム国対策に流用されることで),さらに足りなくなってしまうと主張,くわえて,
シリア反政府勢力がつぎつぎとカリフ国家側に寝返る可能性も指摘している[Wallerstein,
The caliphate vs. everyone else 2014]。
ウォーラーステインは,イラクやシリアどころか,中東の専門家ですらない。しかし,
2014年3月,まさにイスラーム国の活動が活発化しはじめたころ,彼はイランを訪問し,
研究者や学生たちと議論を行うなどそこで大歓迎を受けている。爾来,中東やイスラー
ム国の問題についても,数は少ないが,ときおり鋭い観察眼を発揮してきた。2014年6
月に公開されたサウジアラビアとイランの和解の可能性について言及した短い論考
[Wallerstein, Jihadistan, Saudi Arabia and Iran 2014]など,なかなか含蓄に富んだもの
といえるだろう。いまだこの老社会学者の目はにぶっていないとみた。
(注)
⑴ ちなみに,国際テロ組織アルカイダについても,かつてサウジアラビアがつくった
との言説が流布していたが,米国の9/11調査委員会は,サウジアラビア政府,あるい
はサウジ政府高官によるアルカイダ支援については証拠がないと結論づけている
[National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States 2004]。
⑵ United Nations Security Council Adds Names of Six individuals to al-Qaida Sanctions
List.
⑶ しばしばアブドゥルアジーズ副外相の母がそれだといわれるが,彼女は名前をアー
イダ・フォスタクといい,実際にはレバノン人という説が有力である(ただし,シリ
ア人説もある)。
⑷ シャンマルのなかでは複数のジャルバー支族出身の妻がいる。サウジアラビアが支
援していたとされるシリア反体制派,シリア国民連合のアフマド・ジャルバーは,こ
のジャルバー支族の有力者である。
⑸ ザフラーンはダマスカス生まれのシリア人だが,マディーナのイスラーム大学で学
んだほか,ビン・バーズやビン・オセイミーンらサウジ宗教界の重鎮たちからも教え
を受けたとされる。
⑹ なお,表にはリビアやヨルダンが入っていないが,リビア人・ヨルダン人の数はサウ
ジ人やチュニジア人に匹敵するものと想像される[Zelin, Foreign Jihadists in Syria:
Tracking Recruitment Networks 2013]。
⑺ これは9.11のときも同様である。サウジ当局は事件発生後,サウジ人の関与が明ら
かになっても,なかなかそれを認めようとはしなかった。
⑻ ここでいうイラクのアルカイダはイスラーム国を指すものと考えられる。また,こ
れらのうちサウジ・ヒズバッラーとフーシー派はシーア派の組織である。
⑼ たとえば,過激な言説で知られるユースフ・ビン・アブダッラー・アフマドYūsuf
b. ‘Abdullāh al-Ah4
madはヌスラ戦線やイスラーム国に対し比較的寛大な発言を行って
いる。ただし,彼はサウジ当局から過激な言説によってしばしば逮捕拘束されている。
⑽ オマーンのイバード派はこのハワーリジュ派の流れをくむ。
⑾ ほぼ同じころ,最高ウラマー会議メンバーのサーリフ・ビン・フマイドは,ツイッ
ターやフェイスブック上で出されるファトワーを信用しないよう呼びかけている。
イラクとシリアを股にかけて活動するイスラーム国とサウジアラビア①
サウジアラビアとイスラーム国
はじめに
イラクとシリアを股にかけて活動するジハード主義テロ組織,イスラーム国al-Dawla
al-Islāmīyaがまだイラクのイスラーム国,あるいはイラクとシャームのイスラーム国al-
Dawla al-Islāmīya fi al-‘Irāq wa al-Shām と呼ばれているころから,筆者は,この組織が
資金面や武器供給の面でサウジアラビア政府によって支援されているとの説を頻繁に見
聞きした。また,筆者自身,そのことについて何度も質問を受けた。こうした質問に対
する筆者の答えはこれまでも,そして少なくとも今現在でもほとんどかわっていない。
つまり,サウジアラビア政府による対イスラーム国の資金・武器支援は,可能性として
は否定できないものの,信憑性のある具体的な証拠はない,というものである⑴。
こうした発想は,個人や報道のレベルだけではない。たとえば,イラクのマーリキー
政権は,サウジアラビアがイスラーム国などの過激組織に対し支援を行っており,責任
を取らねばならないと非難している。当然,サウジアラビア政府は,こうした疑惑に対
し,説得力はともかく,そのつど反論しているのだが,そうした反論が,サウジアラビ
アや湾岸諸国以外のメディアで大きく取り上げられることは少ない。
もちろん,サウジアラビアなど湾岸諸国の民間慈善団体や富裕層がシリアやイラクの
スンナ派勢力に資金や武器を提供していることはまちがいないし,同じ反アサドという
立場からイスラーム国へも資金等が流入していると考えるのは十分根拠がある。
しかも,サウジアラビアには前科がある。1979年にソ連軍がアフガニスタンに進攻し
たしたとき,当時のサウジ政府は対ソ連軍のジハードのために大量のサウジ人の若者を
ムジャーヒディーンとしてアフガニスタンやパキスタンに積極的に送りだしたのであ
る。その結果,たしかに,ソ連軍は駆逐されたが,行き場を失ったアラブ人ムジャーヒ
ディーンがやがてそれぞれの国に帰国し,社会問題化していった。いわゆるアラブ・ア
フガンである。アルカイダを含め,1990年代のサウジアラビアにおけるテロの多くがこ
うしたアフガン帰りの仕業であった。このことはサウジアラビアにとって大きな教訓と
なったはずである。彼らが同じ轍を踏むとは考えづらい。
可能性があるというのと,実際にやっているのを同一視するのはいささか無謀であり,
証拠も挙がっていない段階で,サウジアラビア政府がイスラーム国を資金・武器面で支
援したとか,イスラーム国を創ったと主張するのは,きわめて無責任である。とはいえ,
火のないところに煙は立たぬのた
とえどおり,後述するように,多数
のサウジ人がシリアやイラクでイ
スラーム国やヌスラ戦線に加わっ
て戦っているのは否定のしようが
ない。また,たとえば,2014年9月
には国連安保理のアルカイダ制裁
委員会は6人を新たに制裁リストに加えた。そのうち2人はサウジ人で,いずれもアル
カイダのメンバーであり,なおかつイスラーム国から分裂したヌスラ戦線Jabha al-
Nus4
ra で外国人リクルート等の分野において重要な役割を果たしているとされる⑵。
しかし,繰り返しになるが,少なくとも政府レベルでの支援に関しては証拠がない。
サウジ政府も,報道があるたびに否定しているが,焼け石に水という状態である。
本稿は,サウジアラビアと周辺国の関係を瞥見しながら,イスラーム国に対するその
公式の立場を探っていこうとする試みである。と同時になぜサウジアラビアがイスラー
ム国を支援しているといった言説が流布するのか,その背景についても考えていきたい。
サウジアラビアの対シリア外交
サウジアラビアはワッハーブ派で,シリアのバッシャール・アサド体制はアラウィー
派,ワッハーブ派はアラウィー派を異端視しているから,反アサド勢力を支援し,スン
ナ派のイスラーム国は反アサドだから,イスラーム国も支援する。というのは,サウジ
アラビアとイスラーム国の関係でしばしば出てくるロジックであるが,この見かたはあ
まりにナイーブすぎる。
サウジアラビアは対シリア外交でこれまでも,また現在もイデオロギー的・宗派的な
違いを強調しているわけではない。たしかに長いあいだサウジアラビアとシリアの関係
はよくなかったが,それはひとつにはイラン・イラク戦争でシリアがイラン側についた
ことが原因であった。もちろん,当時のイラクはスンナ派政権だし,イラン・シリアは
シーア・アラウィー派連合であると,宗派対立で説明できるだろう。しかし,湾岸戦争
後,サウジアラビアとシリアの関係は改善され,その後,サウジアラビアとイランの関
係も大きく改善されたのである。別に彼らが宗派を変えたわけではない。状況が変われ
ば,両者の関係は宗派を超えて変化できるのである。
そもそも,サウジアラビアのアブダッラー国王はシリア,とりわけアサド家との関係
が深く,バッシャールの叔父,リフアト・アサドの妻の姉妹と結婚していたとの説もあ
ったぐらいである。この説は,サウジアラビアではなかば事実として語られることもあ
るが,確認はできない。しかし,アブダッラーとリフアトとの関係は濃密で,後者が政
治的に失脚したあとも,しばしばサウジアラビアを訪問するなど関係は継続している⑶。
それ以外では,アブダッラーが自分の母と同じシャンマル族から複数の妻を得ている
ことも指摘すべきであろう。シャンマル族は,サウジアラビアからイラク,シリアにま
で広がる大部族で,その関係からもシリアと密接な関係をもち,対シリア外交は,国王
即位以前からアブダッラーの専管事項といわれていた⑷。
このラインは今もアブダッラーの息子アブドゥルアジーズ副外相が引き継いでいると
みられている。しかし,その一方で長く外交の表舞台から遠ざかっていたバンダル元駐
米大使が2012年7月,総合諜報庁長官に任命され,ふたたび存在感をアピールするよう
になった。したがって,少なくとも一時期サウジの対シリア外交ではこの2つのライン
が混在していたと考えられる。前者はアサド政権とのパイプも含めた,いわゆる「外交」
を,後者は反体制派との関係等を中心とする「搦め手」の部分を担当しているといわれ
ているが,シリア情勢の膠着化とともに後者の比重が大きくなってきていると考えられ
た。だが,2014年にはバンダルはその職を解かれている。これはしばしば彼のシリア政
策が機能しなかったためと説明されているが,真相は不明である。
アラブの春後のシリア
今述べたとおり,サウジ・シリア関係は状況に応じてはげしく上下しており,近年で
は2005年,レバノンのラフィーァ・ハリーリー元首相暗殺事件で2国間関係が大きく動
揺したのが知られている。関係が修復したのはようやく2009年のことである。しかし,
シリアはその後,2011年以降のいわゆるアラブの春をきっかけに国内が混乱し,やがて
内乱状態に陥り,サウジアラビアとの関係も断絶してしまう。
しかし,重要なのは,シリアの混乱が深刻化する2011年3月の段階では,サウジアラ
ビアはまだアサド体制支援を表明していたことである。サウジ外交が反アサドに転換す
るのは同年8月以降にすぎない。
サウジの対シリア外交では2013年5月も分岐点となった。このとき,シリア反政府勢
力が掌握していたシリアの要衝ウサイルが,レバノンのシーア派武装組織ヒズバッラー
の支援もあり,アサド政権側に奪還された。これをきっかけに有名なカラダーウィーが
アサド・ヒズバッラーを非難,サウジアラビアの姿勢を賞讃する演説を行った。その直
後,カタールでタミーム新首長が即位,さらにシリアではサウジアラビアのおすアフマ
ド・ジャルバーがカタールの支援する候補をやぶってシリア反体制派の受け皿であるシ
リア国民連合議長に選出された。これらが相互連関しているかどうか不明だが,このこ
ろからサウジの対シリア外交が積極策に転じたようにみられるのは重要である。
サウジアラビアは欧米諸国に対しシリア反体制派への直接的な軍事援助の必要性を主
張したが,援助がアルカイダなど過激組織にわたることを恐れた欧米はそれを躊躇して
いた。そのため,サウジの不満は高まり,2013年8月のダマスカスでの化学兵器使用以
後の一連の動きはさらにそれに拍車をかけることになった。
米国はかねて化学兵器の使用をゲームチェンジャーと主張していたので,事件をきっ
かけに軍事オプションの可能性が高まった。だが,結果的にはロシアの仲介で軍事行動
は回避され,サウジアラビアの思惑は外れてしまう。サウジアラビアはその後,シリア
国内反体制武装勢力再編をめざし,「イスラーム軍」設立を支援したが,これも,梯子を
下ろされたかたちになっている。
サウジアラビアの不満が臨界点に達していたのはこの直後,外相が国連総会での演説
をキャンセルしたことでもわかるし,さらに10月17日には,サウジアラビアは,国連安
保理非常任理事国に選出された直後に,就任を辞退してしまった。その理由としてサウ
ジアラビアは,国連が,シリア現政権の化学兵器による市民殺害を放置していることを
挙げた。
現時点でサウジはアサド政権打倒を目標にかかげており,この旗を降ろすのはむずか
しい。すでに多数のサウジの若者が反アサド勢力に義勇兵として加わり,シリアは1980
年代のアフガニスタンの様相を呈している。当時と異なり,政府レベルで義勇兵の派遣
を支援することはないが,アサド政権との安易な妥協は,彼らの怒りを増幅させかねな
い。
対イラン外交
安保理非常任理事国就任拒否の背後には,イラン情勢の変化も関係しているといわれ
ている。2013年11月のイランとP5+1の核合意で,イランと国際社会の関係が急速に
改善されてきた。サウジは政府レベルでは同合意に歓迎の意を表明しているが,もちろ
ん内心はおだやかではない。
親米国サウジアラビアは米国と「特殊な関係」を維持してきた。ところが,このイラ
ン合意は,米国が,サウジとの関係を犠牲にして,イランとの関係改善に向かっている,
とサウジ人には映ったのである。
サウジ・イラン関係は,サウジ・シリア関係以上に複雑である。サウジアラビアとイ
ランとの関係では,シリアの場合以上に,宗派や民族対立が取り上げられる。シーア派
のイランに対し,スンナ派(ワッハーブ派,ハンバリー派)のサウジアラビア,あるい
はアラブ人のサウジアラビアに対しペルシア人のイランという単純な二項対立である。
しかし,サウジアラビアとイランを宗派・民族の対立だけで説明するのは皮相的すぎる。
宗派・民族的な対立は,イランがシーア派革命の輸出を企図していた1980年代には,イ
ランがサウード家体制を批判し,サウジ東部州のシーア派の反政府運動を支援するなど
して緊迫していた。だが,その後の歴史が明らかにしているように,相互不信を完全に
払拭することはできないものの,共通の利害のまえでは,両者は手を握ることができた
のである。直近では1990年代以降のアブダッラー・ラフサンジャーニー・ハータミー時
代がそれにあたる。
この時代,両国は蜜月時代であったが,イランの核疑惑が明らかになり,さらにイラ
ンでポピュリスト的なアフマディーネジャードが大統領に就任して以降,関係は再度悪
化した。アブダッラー国王がこの時期,米国に対しイラン攻撃を再三要請していたこと
もWikileaks で暴露されている(ただし,アブダッラーのことばとして語られているの
は,サウジアラビアの駐米大使による伝聞にすぎない)[US embassy cables:Saudi king
urges US strike on Iran 日付不明]。とくにアラブの春で,バーレーンが混乱すると,サ
ウジアラビアはバーレーンへのイランの関与を疑い,ますます関係はこじれていった。
しかし,2013年にロウハーニーが大統領に選ばれると,新大統領はサウジアラビアとの
関係改善に意欲を示したため,サウジ側からも期待感が表明されている。
シリア反体制派との関係
サウジアラビアとシリア反体制派との関係も錯綜している。たしかにサウジアラビア
はシリアの反アサド勢力に資金供与・武器供与を行っていることを公言しているが,こ
の点もしばしば誤解されているところである。サウジアラビアは,みずから支援する反
アサド勢力についてしばしば穏健派と描写しているが,そもそも武装勢力間の穏健派・
過激派の区分は曖昧である。しかも,反アサド武装勢力内には明らかにイスラーム国や
ヌスラ戦線とのつながりをもつグループも存在する。サウジアラビアの支援が,意図的
か意図的でないかわからないが,イスラーム国やヌスラ戦線に流れ込んでいる可能性は
否定できない。
また,サウジアラビアが保守的なサラフィー主義武装勢力を支援し,カタールがムス
リム同胞団系組織を支援しているとの説がある。たしかにサウジアラビアはサラフィー
主義武装勢力・スンナ派武装勢力への支援を行っている。だが,同時に世俗的な勢力へ
の支援も積極的に行っており,イデオロギー的にいえば,バランスがとれているといっ
てもいい。むしろ,カタールの支援のほうがイスラーム系組織に集中しすぎる傾向があ
り,さらにイデオロギー的にも過激なグループが含まれている(たとえば,アフラール
ッシャームAh4
rār al-Shām(シャームの自由人))。
サウジアラビアがもっとも積極的に支援しているとされるグループのひとつは前述の
イスラーム軍Jaysh al-Islām である。このグループはもともとイスラーム部隊Liwā al-
Islām と呼ばれ,シリアで騒乱がはじまったのちに,シリア人のザフラーン・アッルー
シュ⑸によって創設された。2012年7月のダマスカスでの国防相暗殺事件などで名を馳せ
た。イスラーム部隊は,イラク・イスラーム国から枝分かれしたヌスラ戦線と協力して
いるといわれていたが,サウジアラビアが,自由シリア軍とは別の反アサド連合体を結
成するに際し,同グループに梃入れするかわりに,ヌスラ戦線やイラクとシャームのイ
スラーム国との関係を断絶させたとされる。
2013年秋にイスラーム部隊およびその傘下の武装グループ,さらにそのほかの集団が
イスラーム軍の名のもとに結集,同年11月には180近くの組織がイスラーム軍に加わった
という[Oweis 2013]。その後,イスラーム軍は,アフラールッシャームなどとともに,
ゆるやかな連合体としてイスラーム戦線al-Jabha al-Islāmīya を結成した。アフラールッ
シャームはアルカイダのメンバー,アブーハーリド・スーリーらによって結成された組
織で,湾岸諸国から相当の資金が流れ込んだといわれているが,とくにクウェートやカ
タールの慈善団体,政治組織から資金を得ていたと報じられている。しかし,サウジア
ラビアとの関係については,民間団体のケースも含め,ほとんど言及されていない。む
しろ,サウジアラビア政府は,イスラーム戦線のなかからアフラールッシャームを排除
する方向で動いているとの報道もある[‘Alī 2014]。
もちろん,アルカイダ(シリアの場合はヌスラ戦線)やイスラーム国への資金提供の
証拠がないといっても,前述のように,たとえば,イスラーム軍(イスラーム部隊)や
アフラールッシャームを経由して,支援がヌスラやイスラーム国へ迂回される可能性も
否定できない。ただ,この場合も確たる証拠があるわけではないし,迂回支援を行って
いないという証拠もないのである。
シリアにおけるサウジ人
政府レベルでの支援がおおむねイスラーム軍など,ヌスラ戦線やイスラーム国とは一
線を画した組織に送られていたことはまちがいないが,その一方で個々のサウジ人は政
府の思惑とは無関係にシリアやイラクにおけるジハードに向かい,その多くがヌスラ戦
線やイスラーム国に参加しているとされる。
どれぐらいの数のサウジ人がイラクやシリアで反政府活動に参加しているかは,正確
にはわからないが,2014年3月の時点で約1,200人のサウジ人がシリアの反政府勢力に加
わっているという数字が出ている。ジハード主義グループについて研究しているアーロ
ン・ゼリンによれば,2014年2月末までに300人のサウジ人がシリアで死んでいる。また,さ
らに新しい調査では,2,500人という数字も出ている[Barret 2014]⑹。これらの数字からみ
ても,相当数のサウジ人がこの両国で活動していることが想像できる。
サウジ人の死者数が具体的にわかるのは,彼らが死ぬと,インターネット上に追悼の声明が
出たり,あるいは所属する組織から「殉教」を讃美するビデオなどが公開されたりするから
である。こうした「遺言」やイスラーム国(そしてその前任グループ)の宣伝ビデオに登場す
るサウジ人をみるかぎり,「ジハード」に参加するものの大半は非常に若く,はたして彼らが
イスラーム国とその他のグループの理念的な相違などについてきちんと理解しているかど
うかすら疑わしい。
ただし,一部報道によれば,サウジ人たちはイスラーム国の組織のなかで,とくにシャリー
ア委員会や広報部門で重要な役割を果たしているという。これは,サウジ人の多くが国内で
きちんとした宗教教育を受けていることを表しているのかもしれない。
サウジアラビアの公式見解
サウジアラビアがアルカイダやイスラーム国に対し明確に反対を唱えたケースは何度も
あるが,しばしば奥歯に物が挟まったような言いかただったりしたため,逆に誤解を招くこともあった⑺。たとえば,イスラーム国の勢
力がイラクで増大したとき,サウジアラビアはイスラーム国そのものを非難するより,
むしろ当時のイラクのマーリキー首相のシーア派優遇政策を批判するほうに力点を置い
ていた節がある(こうしたロジックはサウジ国内ではわからないわけではないが,国際
的にみれば,サウジアラビアの対イスラーム国支援への疑念を強めるだけであろう)。
サウジアラビアがきわめて強い調子でイスラーム国との関係を否定した機会として,
たとえば2014年2月の勅令と同年3月のサウジ内務省声明が挙げられるだろう。まず,
2月の勅令は,サウジアラビア国外で戦闘行為に参加したもの,あるいは過激な宗教的・
イデオロギー的グループ,国内外のテロ組織に加わったものを厳罰に処することを定め
た。さらに,過激組織,テロ組織に参加したものは懲役2年から20年,それが軍人であ
った場合には懲役が5年から30年とより重い刑罰が科されることも明らかになった。す
でにこのころには,上述のように,多くのサウジ人がシリアでのジハードに参加してい
たことがメディアでも報じられていたので,ここで想定されているテロ組織が,アルカ
イダのほか,ヌスラ戦線およびイラクとシャームのイスラーム国であったのはまちがい
ない。続きを読む
新世界秩序(NWO)がシリアを嫌う8つの理由・・・
新世界秩序(NWO)がシリアを嫌う8つの理由・・・
つむじ風さんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/tumuzikaze2/e/16d0b3010448141cf7c3f9d1cc8bdfc3
一部の画像は載せていません。<転載開始>
新世界秩序(NWO)の嵐が吹き荒れている・・・それは遥か前からであるが、顕著に激しくなったのは、チュニジアであり、リビア政変であり、アラブの春であり、そして、シリア内戦であるとする見方がある・・・。
その端的な解説を、麗しきシリアンガールが語る。この当然至極で素朴な見解が、世界の常識になるのは、いつの時であろうか?
折しも、ヨルダン空軍パイロットが殺害された。それもずっと以前に殺害された可能性が高い・・・?!
ISIS(イスラム国)は、常軌を逸した残虐非道なテロリストであることを、世界に示した。世界をカオスに誘う常套手段である。
アルカイダが実行したとされる9.11テロも本質は同じである。
アルカイダは、私たちが作った、とヒラリー自身が証言している。テロリストは、テロとの戦争を継続するために、諜報機関(ISIS)が作り、育成したものであることはバレている。
そして、あらゆる残虐非道な手段を弄することに免罪符が与えられた存在なのであろう。唾棄すべき戦略・戦術である。
シリアに勃発した内戦は、イラク、アフガン、リビア、エジプト、アフリカ・・・その他世界地域のテロリストを糾合し、中東を一大カオス(混沌)に巻き込もうとする魂胆であろう。
それは、偽国家イスラエルの存続のための最終手段であろう。周りの敵を分断することは、良く用いられる戦術である。それは畢竟、偽国家イスラエル戦略が破綻しかけている証拠でもある。
形振り構わぬ残虐非道の所業も、この観点に立てば頷ける。背に腹は変えられないし、イスラエル建国目的が、世界支配戦略でもあるので、徹底的にカオス(混沌)の渦を巻き散らかして、一条の光(イルミナティー)を際立たせたいためである。続きを読む
アンサイクロペディア-ムスリム同胞団のアラブの春
アラブの春とは、俺達イスラム原理主義者が中東の無垢なる敬虔者たちを指導して、世俗化し反イスラム的だった不信心独裁者たちを追放する運動だ。チュニジア、エジプト、リビア、イエメン、シリアで特に大きな動きになり、不信心の独裁者(カーフィル)たちが続々と倒されつつある。シリアはかなり長引いてるけどな。
元々俺たちは反民主主義を訴えるアルカイダ系の一部で、イラクとかで米軍にカミカゼする兵士を募っていたんだ。しかし、民主主義というのは現代の絶対権力であるため、アルカイダ直系の大義ではどうしても夷教世界を魅了することができずにいた。そこで、俺たちは考えた。民主主義という言葉を俺たちにとってのみ都合が良いように改変してしまえば、セカイを制覇できると。これは預言者ムハンマドもタキーフとして認められた合法の戦術だ。つまり、嘘も方便という訳だ。
そして俺たちはハマスやムスリム同胞団に教えを請い、その戦術を学んだ。そこで、西欧人は不倫理の民族だから、英語を始めとする彼らの言語でだけは「イスラム革命」が世俗主義の勝利であるかのように装えと指示された。革命が始まった今、基本的に西洋メディアの報道はその線に沿っている。
エジプトの嫌世俗流
次に、俺の国エジプトに変革の波が押し寄せた。相手はホスニ・ムバラクだ。ムバラクは原理主義のすべての源流であるムスリム同胞団の象徴サイード・クトゥブ先生を獄中で斬殺した正に世俗の王というべき存在だった。ムスリム同胞団系の勢力は議会に少しばかり議席を与えられていたが、やはり独裁体制であることに変わりはなかった。
まず、自称世俗主義者がカイロのタフリール広場に集まって歌を歌っているシーンが革命の象徴として西洋メディアに映し出された。俺は「あいつら1%の癖に調子に乗りやがって。歌なんか旧体制でも歌えることじゃないか」と怒ったが、ここは寛容にも堪えておいた。そして、ムバラクは退陣し、軍の幹部が政権を握った。
ここで世俗派は調子に乗って、すぐに総選挙をと訴えた。そして選挙が行われたが、奴ら世俗派はごく一部の議席しかとれず、新国会はムスリム同胞団と俺たちの光の党、それに軍部勢力で三分された。この真の民意をみれば、エジプト人の99%の精神がどこにあるのかは明白だろう。エジプト人は世俗派を孤独な1%勢力としかみていないんだ。
俺たちのイスラム化政策は本物だ。同胞団系のモルシ大統領も民主主義の大義を手に入れて、これまで以上に大悪魔のイスラエルをより攻撃しやすくなった。イスラムは宗教を超す教えだ。なので、モルシ大統領はコプト教徒という劣ったキリスト教徒が結社をつくれないよう宗教政党をつくるのを禁じた。民主的な大統領だろう?
俺達の革命的なメディア戦略はうまくいっていたというのに、2011年7月ノルウェーですべての計画を転覆しかねないたいへんな事件が発生してしまった。ウトヤ島で白人先住民が左翼青年の大量殺人事件を犯し、衝撃的すぎる文書を発表したからだ。これが欧州独立宣言だ。日本語版も現在作成中だぞ。
どう衝撃的だったかって?それは俺達の全世界イスラム化計画の実像が赤裸々に暴露されていたからだ。しかし、アラブの春については特に何も書かれてなかった。
俺はこの宣言文を読んだ左翼団体が俺達のサヨク世界転覆計画に気付き、反撃を始めるのではと大いに懸念した。しかし、そういうことは決して起きなかった。そして、その白人先住民は裁判を受け、西洋法治主義に庇護されて懲役21年で済んだ。77人殺しておいてだ。
ムスリム遺族の声を聞き、俺たちはこの事件を徹底的に利用してやることにした。西洋世俗法治主義よりも死罪をすぐに出せるシャリーアの方が圧倒的に優れていることの事例として。そして、イスラム批判を口にした奴に「貴様は欧州独立宣言の仲間か?」と脅すための材料として。そうだ、アルメニア人ジェノサイドは宣言文で長々と糾弾されているから、つまりすべて空想の出来事なんだ。
言っておくがな、俺たちは決してムスリム人口が一定比率を越えたところで内乱を起こそうとはしていないんだぞ。それから、ウトヤ島規模のテロは現代イスラム世界では決して起きてはいないんだぞ。あれはテロではなくて、「ジハード」か「カミカゼ」だからな。
それにしても、俺たちの西洋メディア統制活動は本当にうまくいってるんだな。その白人先住民の理想世界を少し読んでみたけど、キリスト教とイスラムの部分を置き換えたら大体俺達の理想通りの世界になってるのだわ、マジで。例えば保守思想のみが支配する法廷とか。俺たちは寛大な組織だ。その白人先住民に言ってやりたい。俺達と契約して、聖ムジャヒディーン戦士になってよ!
次はシリアの事例だ。この国は異端で少数派のアラウィ―派が支配する国で、アサド大統領父子によって独裁統治されていた国だ。国民は少し不満があったが、隣のキリスト教国家レバノンに君臨してもいたから一般ムスリムの不満は抑えられていた。
しかし、レバノンの棄教者に負けて軍を撤退させ、イラクの夷教徒難民を大量に受け入れたことで、国民の不満は高まっていた。そして、子供のいたずらをきっかけにジハードが始まった訳だ。
ところが、アサドの奴はアッシリア人とかの夷教徒勢力と結託して、しぶとく生き残ってやがる。表面上の和解を演出しながら。しかし、俺達の自由シリア軍は天下の無敵皇軍だ。政府軍より悪いことをしても俺達には国際メディア公認の民主主義の大義がついているから、ことが露見しても甘くみてもらえるんだ。実際そうだろう?だから、政府軍でも札付きの悪い奴ほど自由シリア軍の側に寝返ってきている。勝利は目前だ。
そんな無敵の自由シリア軍が拠点として使っているのは夷教徒の十字軍の奴らが使っていた遺跡群だ。俺たちはこれを用いていかにキリスト教徒の遺産を大事にしているかを世界にアピールする。まあ、実の処は爆破されても構わない遺跡だから軍事拠点にしているのだけどな。これはどこかのバーミヤン大仏から学んだ偉大なる知恵だ。
それから、飾りつけに「イエスはムハンマドに劣る預言者」と公言しているキリスト教徒を名目上のリーダーにした。奴は君達の言葉でいうなら、「現代の溥儀」だ。どういう意味か分かるだろう?
英国の棄教娘マララ・ユスフザイとその仲間たちも聞け、タリバンの行為は少し行き過ぎがあった。しかし、ブルカのアナウンサーになるのなら女子教育を受けても特に構わないぞ。何といっても俺たちは今や絶対権力たる民主主義思想の体現者なのだからな。
アッラー・アクバル!
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