立ち向かった人々、ISとモスル市民/中 「洗脳」からの解放 子供のケア、未来守る
毎日新聞2017年7月14日 東京朝刊
モスル近郊の避難民キャンプの子供たち。IS支配下で受けた「洗脳」を解くことが、子供たちの未来を守ることになる=イラク北部ハジルで1日、篠田航一撮影
識字率が8割程度のイラク。学校に通えない子供もいる。国連機関で勤務経験もあるアヤド・サレさん(40)は2003年、イラク北部モスルを中心に活動するNGO「イラク開発機構」で働き始めた。就学しない子供たちに事務所で字を教える日々。それが一転したのは14年6月、モスルに過激派組織「イスラム国」(IS)が進軍してきた時だ。
約80キロ東方のアルビルに逃れ、集合住宅地の一角にNGO事務所を移した。その後、子供たちがIS支配下のモスルで「洗脳教育」を受けている実態を知り、学校で使われている教科書を入手した。「(1991年の湾岸戦争、03年のイラク戦争で、それぞれイラクに侵攻した)米国のブッシュ大統領父子には多くの前科があります」「(ISに忠誠を誓ったナイジェリアの過激派組織)ボコ・ハラムの叔父に会いに行きます」といった英語の例文。「87人の戦闘員を3カ所に同人数配置します。1カ所あたり何人ですか」などの算数の問題。これを判断力の未熟な子供たちが習っていた。
集中的に洗脳の対象とされたのは6~10歳くらいの児童で、銃の扱い方など「軍事訓練」も受けたという。モスルから逃げてきた子供たちに、サレさんは「君が教えられたことは、他人を傷付けることかもしれないね」と諭し続ける。
国連などから出る運営費は月額約3000ドル(約34万円)。多くはない資金から、心理カウンセラーなど専門家の手配も行う。ISによる広場での処刑を見せられた子供たちをケアするためだ。
スタッフ数人の中に一人だけモスルに残った男性ジャーナリストがいた。自宅のパソコンからサレさんにISの情報をメールで送っていたが、やがて連絡が途絶えた。後に「処刑された」と聞いた。パソコン所有を許さないISに見つかったらしい。「私も身の危険を感じる。でも亡くなった彼の分まで、私は働く使命があります」
「子供たちの洗脳を解く。そしてISの蛮行を一つ一つ記録に残す。それがイラクの未来を守ることにつながると信じています」【アルビル(イラク北部)で篠田航一】